第68話 お説教

 先日、メイフルのところで買ったランプが壊れたので、修理をしてもらいにエレンと一緒に店までやってきた。

 別に欠陥品だったわけではなく、寝相の悪いフルンが寝ぼけて蹴飛ばしたのだ。

 寝る直前まで枕元でランプを使って本を読んでいて、そのまま置きっぱなしにしていたのがいけなかったようだ。

 精霊石のランプなので火事にはならないみたいだが、ちゃんと吊り下げるようにさせないとな。


「あらー、マントルがいかれてますな。ちょいと切らしてるんでお時間かかりますけどよろしいか?」

「頼むよ」


 メイフルに任せて、店を出ようとすると、奥から言い争う声が聞こえてきた。

 片方は店長のばあさんだが、もう一人は知らない声だな。


「いいかげん聞き分けてください、おかあさん。その足では仕入れどころか接客もままならないじゃない」

「あんたに心配されるほど、耄碌しちゃいないよ。商売の邪魔だ、かえんな!」

「おかあさん!」


 何やら揉めてるな。

 メイフルと目が合うと、肩をすくめて苦笑した。


「すんまへんな、ちょいとうちわの揉め事でして。これはお預かりしますんで、二、三日もしたらいけますわ」


 ランプを任せて店を後にする。

 ばあさんの娘が隠居を勧めに来たのかな。

 引き取って一緒に暮らそうというのか、あるいは店を継がせろというのか。

 そこはどうでもいいんだけど、メイフル的には困るだろうな。

 だから金がいるのか。

 俺に何かしてやれることは……ないよなあ。


「旦那は、ほんと考えてることがわかりやすいよね」

「そう思うか?」

「まあね、ポーカーでもすぐ顔に出てるからねえ」

「うぐ、そうなのか」


 ポーカーで連日巻き上げられていたのは、顔のせいだったのか。

 我が家はいつの間にかお小遣い制になっていて、みんなアンからもらったお小遣いをやりくりしているのだが、ポーカーを教えたばかりのみんなに、どんどん負けて俺の財布は大変なことになっていたのだった。

 賭け事は良くないな、自重しよう。


 最近は塔の探索は午前中だけにして、午後は休むことにしている。

 ここの塔は混み合うので、朝早くに出発することになるのと、敵が強いためにあまり長時間回るのは危険が大きい、というのがその理由だ。

 実際、昼ごろになると、塔の出入口は入場整理を行うほどに混みあう日もある。

 どこのテーマパークだよ、と思わなくもないが、人気の塔とはそういうものらしい。

 そんなところに殺されに出てくる魔物も何を考えているんだろうな。


 ということを、先日の探索の折に話していたら、プールがこんなことを言った。


「奴らは女神の作ったまがい物ではないのか? 言葉は通じても、話は通じぬ。いずれの国の民かさえ語らぬ」

「そういう話もありますねー。魔物だから人間の理屈は通じないのだという人もいますけどそんなことはないですからー。実際ー、魔界で戦う魔物はもっと泥臭い戦いを仕掛けてきますしー」


 とデュース。


「当然だ。魔物は獣ではないぞ」

「その通りですねー。ただ、大半の冒険者はしか知らないのですよー。魔界に通じる洞窟もー、その多くは封印されてますしー」

「もっとも、妾とて、こうして地上に出るまではさして人間を知っておったわけではないがな」

「そういうものですねー。知らないからこそー、戦えるんですよー。友人と剣を交えるのは難しいものですー」


 なんだか、難しい話になってるな。

 考えてみれば、野蛮な商売だよなー、冒険者って。

 生きるために殺しあうのか。


「生きるためだからー、殺し合えるんですよー。それ以外に戦う理由を探しだすと、正義に捕らわれてしまいますよー。理由がないと魔物が殺せないならー、冒険者はやめたほうがいいですねー」

「戦う理由なあ、考えたこともなかったな。単に試練をこなす為に戦ってるから、戦うのは手段だもんな」

「まあ、普通は考えないですねー。農家が鳥をしめるのは食べるためであって、そこにそれ以上の理由は無いのと同じですよー」

「そんな簡単な理由で、殺しあったり出来るのか。考えてみれば不思議なもんだなあ」

「だからこそー、考えないんですよー」

「なるほど」

「ねえねえ、何の話?」


 とフルンも寄ってくる。


「うん? なんで俺たちは戦ってるのかなーってな」

「試練をたっせーするためじゃないの?」

「まあ、そうだな」

「魔物はその邪魔をするんだから悪いやつだよね」

「俺たちから見れば、そうだな」

「だから魔物やっつけるのはいいことじゃないの? 違うの?」

「うーん」


 フルンも難しいことを聞くなあ。

 返答に困って思わずレーンの方を見てしまう。


「おや、ご主人様。質問しているのは私ではなくフルンさんですよ!」


 くそう、レーンは厳しいな。


「ねえ、ご主人様?」


 フルンが不安そうに聞いてくる。

 いかんいかん、俺が迷っちゃ駄目だろう。


「いや、フルンの言うとおりだ。俺たちは試練を達成するという目的がある。それを邪魔する奴は、倒さなきゃならない。フルンも頑張ってくれ」

「うん!」


 よかった、フルンも満足したようだ。

 つい油断して、もう一度レーンの方を見てしまう。


「さすがはご主人様。そう、正義とはつねに自己の行動の結果であるべきなのです! 神ならぬ身で剣をふるう以上、それは常にエゴであります! 人は自分や家族、仲間や主人のためだからこそ、己の意志で剣をふるえるのです! 戦う理由を自分の内に求めていれば、他の選択肢もまた可能となるでしょう!」


 レーンがまた弁舌をふるい出したぞ。

 長いんだよな、レーンの話は。


「しかるに正義とは、己の外なる理であり、すなわち神の定めた価値観なのです! それを戦う理由にしてしまえば、自分で決断をすることができなくなってしまうのです! 自分で決断しない行動に、どうやって責任を取れましょう! 人は己の行動の責任を神になすりつけてはなりません!」

「わかんない!」


 しびれを切らしたフルンが突っ込む。


「悪い魔物を倒すのは正義ですが、正義の為に悪い魔物を倒すのは果たして正義といえるのか?」

「なにか違うの?」

「わかりませんか!」

「うん!」

「では、フルンさんは何のために戦いますか?」

「試練のため!」

「最終的にはそうですね。他には?」

「他に? うーん、えーと、私はご主人様と御飯食べるために戦う!」

「そう、それでいいのです! 殺せばご飯が食べられる! 殺されれば、魔物のご飯になる! お互いの間で戦う理由が完結している、そういうのが良いのです!」

「ほかに戦う理由があるの?」

「あります! いずれ機会があれば、お話しましょう。今はご主人様のために剣を振るってください! 我々にとって、主人こそが理です!」

「わかった!」


 レーンのせいで話がそれてしまったが、そんなわけで今日も午前で探索を終えて、午後はこうして街をぶらぶらしているわけだ。

 エレンと二人、腕を組んで街をあるく。


 ペルウルは海上交易の拠点の一つだそうで、中心部には大きな商館などが立ち並ぶ。

 行き交う商人に混じって、派手に着飾ったご婦人なども目に入る。

 主婦でもなければ、売春婦でもなさそうだ。

 なんだろう?


「旦那はいつも女の尻ばかり見てるよね」

「胸も見てると思うが」

「そうだったね」

「で、彼女たちはなんなんだ?」

「そりゃあ、商人さ。陸と違って海の商売は女が欠かせないのさ」

「なんでまた」

「昔から船には女が乗るものだからね」

「へー、そうなのか。俺の世界じゃ、船に女は乗せないって時代が長かったようだが」

「ふーん。こっちじゃ昔から船は女が操るものだったんだよ。女神様の乗る船はみんなヴァレーテとよばれる船乗りの女達が操ってたのさ。今でも航海士は女が中心だし船の商いもまた、女がやるものなのさ」

「なるほどねえ。そいやヴァレーテってなんだっけ、何度か聞いたような」

「従者の古い呼び方だよ。知らなかった? 従者となったホロアをヴァレーテというけど、他にも神話には沢山のヴァレーテが出てくるのさ。神々に使役される人々をヴァレーテって呼んだんだよ」


 なるほど、天使みたいなものか。

 そう考えると、こいつらの有り様もなんかわかるような気がしないでもないな。


 改めて女商人を見ると、美しく着飾られたその体は日に焼け、引き締まった肉体美を感じさせるものだった。

 なるほど、海の女というわけか。


「じろじろ見てると、とって食われるよ」

「こわいこわい、退散するとしよう」


 キャンプに戻ろうと進路を変えると、通りの向こうに見知った顔が見えた。

 メイフルだ。

 商人風の女となにか深刻そうに話している。

 声をかける雰囲気じゃないよなあ、と眺めていると、視界を馬車が遮った。

 再び馬車が動き出した時には、もうメイフルの姿はなかった。


「今の女、襟にバンドン商会のバッジを付けてたね」

「バンドン?」

「メイフルのとこの店長さんの娘が嫁いだ店さ。東の香辛料なんかを扱う商社だね」

「へえ」

「元々、あの店長さんもそこの船乗りだったようだよ。脚を怪我したとかで船を降りて、それからもかなり商売でブイブイいわせてたそうだね。この界隈には彼女の弟子が多いそうだよ」

「それがまたなんで、冒険者向けの雑貨屋に」

「店長のなくなった旦那が、冒険者崩れの陸の行商人だったんだってさ。それにナマモノと違って、体に融通が効かなくても、目利きでやっていけるとか聞いたけど、詳しいところはわからないね。僕も商人じゃないからね」

「しかし詳しいな。メイフルに聞いたのか?」

「別に。これぐらいは街に三日もいれば耳に入ってくる噂さ」

「そんなもんか。俺は何一つ知らなかったよ」

「そうじゃなきゃ、僕の有り難みがないだろ」

「まったくだ。ということは、アレかな。さっきの話の続きかね。店を畳むように仕向けてるとかそういう」

「そうかもねえ。たぶん、メイフルがいるから店を畳まないんだろうさ」


 そりゃあ、辛いな。

 どうしたもんかね。


「僕達にできることは、ほとんどないよね」

「そうだろうなあ」

「だけどさ……」


 メイフルと同じスクミズ盗賊であるエレンは、さっきまで彼女が立っていたあたりを見ながら、


「旦那はいわなくてもわかってるだろうけどさ、僕はあの時、旦那に拾ってもらって、すごく嬉しかったんだよ」

「そうかい?」

「まあね。だから、お節介の一つもやきたくなってね」

「そうだな」


 俺にできることなら俺がするし、エレンなら俺ができないことでもできるかもしれない。

 他の連中にしてもそうだよな。

 そこはやってみないとわからんからなあ。

 とりあえず、こういう時の基本はマメさだよ。

 こまめに、店に顔を出すとしよう。


 キャンプに戻ると、ウクレが靴を磨いていた。

 俺の靴の手入れはウクレがしてくれている。

 最初、冒険用のしっかりした革靴を作った時に、自分で手入れもしようとしたら、アンに怒られてしまった。

 どうも主人がやっていいこととダメなことがあるらしいからな。

 難しいもんだな。


 で、俺の靴の手入れは、はじめはアンが、今はウクレがやっている。

 探索を終えて帰ると、待ち構えていたウクレが俺の靴を脱がせ、まず手桶の水で足を綺麗に洗ってくれる。

 そのあとに、靴の汚れをブラシで落とし、時々クリームをつけて拭いている。

 結構な手間だと思うが、いつも俺の靴はピカピカに仕上がっている。


「こうして、綺麗に仕上がると、すごく誇らしいです」


 そういってウクレは笑う。

 いい子だなあ。


 ちなみに探索以外では、薄皮に紐で編んだサンダルを履いている。

 わりと快適だ。

 そもそも革靴は慣れるまでマメができまくって大変だったんだよな。

 スニーカーがどれだけ快適だったか、思い知らされたよ。

 スニーカーといえば、前に一度だけ日本に戻った時に履いたままこちらに来た奴があるのだが、石畳を歩くと滑るので使ってない。

 環境によって向き不向きがあるもんだなあ。

 今はこの革靴もすっかり馴染んで快適なんだけどね。

 やっぱ、何事も慣れなのかねえ。




 それから数日が過ぎて、その日の塔の探索は六階だった。

 全十二階なので、ちょうど半分だ。

 この塔にはほとんどリドル、つまり謎解きが無いらしく、ひたすら戦うだけだった。

 まあ、そういうのもおいしく稼げて、いいのかもしれないな。

 このフロアは小部屋ばかりなので、ふた手に分かれて稼ぐことにした。


 今日はフルンとオルエンが先頭にたって、派手に戦った。

 フルンは一戦ごとに、確実に強くなっているな。

 その証拠に、今日は先日の遺跡で戦った四足のガーディアンと同じタイプのものが出たが、かなり対応できるようになっていた。


「うん、なんかね、来るだろうなー、と思う方向に攻撃が来るの! だから、かわせるみたい!」

「そりゃあ、凄いな。俺はどっちに来るかわかんないから、いつも見てから動いてるよ」

「それだと、相手が速いとかわせないもん!」

「だよなあ」

「でもね、オルエンとの練習だと、来る方向がわかっても受け切れないんだよ! 盾ごと弾き飛ばされるの! それに時々、違う方から来るの! フェイントだって!」

「フェイントか、俺はすぐ引っかかるな」

「私もひっかかる! でね、セスと練習だと、どっちから来るか全然分からないの。気がついたらあたってるの!」

「さすがセスだな」

「オルエンもセスも、私よりすごく強いけど、オルエンは、どれぐらい強さが違うか……えーとあとどれ位、力がついたら受け止められるかとか、なんとなくわかるんだけど、セスはわかんないの。オルエンはセスのほうがもっと強いからだって言うけど、私は、たぶん……えっと……強さが違うとおもうんだー、えーと、強さの……種類? うーん、わかんない!」


 下り階段側の、冒険者のたまり場で持ってきたお茶を飲みながら、フルンとそんな話をする。

 まあ、言わんとすることはわかる。

 オルエンは、なんというか生き物の強さなんだよな。

 熊とかライオンが強いってのと同じノリ。

 でも、セスはよくわからないんだよなあ。

 たとえば、ギブスとかをつけて体の動く速度を俺より遅くなるように制限しても、俺より早く剣が振れそうな気がする。

 そういう感じだよなあ。


 話すうちに別れて探索していたセスのチームが戻ってくる。


「遅くなりました。珍しく宝の出る部屋に潜れたもので」


 そういって、セスはズタ袋を手渡す。

 ずしりと重い。

 こりゃ、儲かったな。


「へえ、どれどれ、ちょっと値踏みを」


 と今日は俺のチームに入っていたエレンが中を覗く。


「こりゃ、なかなか。もっと粘ってれば僕らも行ったのに」

「それが、迎えを出そうか相談していたところに、別のパーティが押し寄せてきて、出が悪くなったもので。諦めて引き上げてきたのです」


 パチンコみたいだな。

 まあ、博打みたいな商売だ、運も大事だな。

 袋いっぱいのお宝を拝んだあとでは、地味な探索をする気にもならず、少し早めに切り上げることにした。


 冒険者ギルドで魔物から集めたコアを換金してキャンプに戻ると、メイフルが来ていた。


「おや、大将。お早いお帰りで。景気良さそうな顔してはりますな」

「まあな、ランプが治ったのか?」

「そうですねん、職人さんに気張ってもらいましたわ」

「助かるよ。代金は……」

「いま、受け取りましたわ。それともう一つ、お知らせが有りましてな」


 そういって、メイフルはビラを渡す。


「店は閉めることになりましてん。短い間でしたけど、お世話になりましたなあ」

「やはり店長さんが?」

「そうですわ、寄る年波には勝てんいうはりましたなあ。娘さんの嫁ぎ先で、お世話になるそうです」

「そうか……」


 それで、君はどうするんだ。

 と聞こうとして、すこし言葉が詰まる。

 聞いていいものか。

 だが、いつもの様に、顔に出ていたらしい。


「あら、うちに気を使ってくれてますのん?」

「ん、まあね」

「うちの旦那は、顔に出やすいだろう」


 とエレンが茶化す。


「ほんまですな。うちらとは大違いですな」


 そりゃあ、盗賊の二人に比べられてもな。


「おおきに。でも、うちの心配はいりませんねん、うちも娘さんのところで、つこうてもらいますさかいに」


 そう言って、メイフルは帰っていった。

 まあ、そういうことなら良かったのかもしれないな。

 例のなんとか商会は大きな店って話だし、彼女にふさわしい主人も見つかるかもしれない。

 俺達のお節介パワーを発揮する機会はなかったな、と言おうとしてエレンの方を振り返るといなかった。


「散歩に行くと言ってましたよ」


 とアン。

 エレンが一人でぶらつくのはいつものことなのだが、はて?




 夕飯の時間になって、やっとエレンが帰ってきた。

 さっそく捕まえて話を聞く。


「話って?」

「決まってるだろう、メイフルのことだよ」

「旦那はそういうところだけ鋭いよね」

「いや、普通だろう、普通」

「まあいいけど。なんか店長さん、夕べ転んで怪我しちゃったみたいだよ。元が船乗りだけあって大したことはなかったんだけど、元々足も悪いし、あの歳だからね、入院してるみたい」

「そりゃ大変だ」

「で、そのゴタゴタの隙に、娘さんが店を閉める手続きを進めちゃったとか」

「強引だなあ」

「でも、娘さんの気持ちもわかるけどね。店長さん、かなり無理してたみたいだし」

「そうか」

「それでメイフルだけど、まとまった物を貰って追い出されるみたいだね」


 そんな気はしてた。

 盗賊を雇う店なんて、ないんだろうなあ。


「え、なんで? さっきは雇ってもらうって言ってたよ?」


 フルンが驚いて尋ねる。

 昼間の話も聞いていたのだろう。


「そりゃあ、お店に盗賊がいたんじゃ、店の信用に関わるんだろう」

「メイフルは信用出来ないの?」

「彼女はできるさ」

「じゃあ、なんで?」


 さて、なんと説明したものかと首を傾げていると、レーンがしゃしゃり出てきた。


「それが人の決めたルールだからです! 盗賊は悪人だから商売人としては信用出来ない。そう決めたのです。言い換えるなら、それがこの世の理、つまり正義なのです!」

「正義って人が決めるの?」

「決める人もいます!」

「じゃあ、私も決める! メイフルはいい人だから商人に向いてる!」

「そう、それがあなたのきめたルール、フルンの正義です! では、異なる正義が対立するとどうのなるか! 以前の話と似ていますが、今度は相手はデュースではないですよ、赤の他人です!」

「なぐる!」

「いいですねー、一瞬の躊躇もなく、なぐる! 先手必勝、勝ったほうが正義! そういうルールもあります、それもまた人の理です! では、殴り負けたほうはどうなるでしょう?」

「えーと、正義じゃなくなったから悪!」

「おしい! 負けた正義は、悪にはならずに、負けた正義のままです。そうやってくすぶったまま、殴り返す機会を待ちます!」

「えー、負けたのに? ずるい!」

「そうです。今は勝った方も、時が経てば負けます。常に正義は移ろい、とどまるところを知りません。それはなぜか!」

「えーと、んーと、うー」

「さあ、もっと考えて」

「おかしい!」

「なにがです?」

「どっちも正義じゃない、正義なら絶対ただしいもん!」

「その通りです。どんな理屈でも前提が間違っていたら、どこまで取り繕っても間違ったままです!」

「じゃあ、なにが間違ってるの? やっぱり盗賊はみんないい人?」

「残念ながら違います。例えばエレンは同じ従者として信頼できる仲間ですが、いい人かといえば、疑問が残ります。なぜなら、いつもポーカーでイカサマをするからです!」

「イカサマってなに?」

「ズルをすることです! こっそりカードを入れ替えたりします! こう、小指でちょいっと差し替えています!」

「ずるい! エレンそんなことしてたの?」

「ちょっと、僕をだしに使わないでよ」


 あわてて割って入るエレン。

 いや、それよりもイカサマってなんだ。


「え、何のことかな? 僕は知らないなあ」


 くそう、後でとっちめてやる。


「つまり、メイフルがいい人であるというのは、いわば例外です。盗賊を雇わないというルールは必ずしも間違ってはいません。慣習というものです。多くの場合に成り立つのであれば、十分に役に立つルールです。ですが、それを普遍的に正しいルール、つまり正義だと勘違いすると、曲げることができなくなります。なぜなら正義は普遍的だからです!」

「うーん、わかんなくなってきた!」

「そうですか! では、今日はここまでにしましょう!」


 やっとレーンのありがたい話が終わったようだ。

 次は、エレンとありがたくない話をしようかな。


「あはは、まさかレーンに見破られてるなんてねえ。僕も修行がたりないなあ」

「修道院ではドラクルが流行っていましたから、お手のものです!」


 ドラクルはタロットカードのような、いわゆるカルタだそうだ。

 トランプに似たものらしいが、世間ではあまり流行ってはいないらしい。

 あとで聞いたが、盗賊などはそれでよく賭けをしていたそうだ。


 あの手この手でエレンにお仕置きをしてやると、さすがのエレンもぐったりと音を上げる。


「はぁ、はぁ、ずいぶんとヘビーにやられちゃったね」

「観念したか」

「もう懲り懲りだよ」

「ははは、エレンが弱音を吐くところを見るのもめずらしいな」

「ひどい目にあったよ。ところで、メイフルだけど……」

「うん?」


 急に話が戻ったな。


「もうしばらくは店にいるはずだよ。店じまいに数日はかかるようだし」

「ふぬ」

「行ってみなきゃ、始まらないよね」

「そうだな」


 まあ、なるようになるさ。

 その辺は、俺は楽天家なんだよ、相変わらず。

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