第67話 遺跡探索

「町外れの遺跡に、わりと美味しい掘り出し物があるんですわ。大将らのパーティなら、結構行けそうですし、どないです?」


 このところ、毎晩のように遊びに来る見習い商人メイフルが、こう切り出した。

 明日は店が休みで、暇らしい。


「俺は構わないけどな。どうしようか?」


 ベテラン魔導師のデュースに話を振るとOKだった。


「いいんじゃないですかー、塔の方も行き詰まってますしー、気分転換も必要でしょー」


 試練の塔は現在四階を攻略中だ。

 十二階建てらしいので、三割程度かな。

 特に難しいわけではないのだが、迷路はそれなりに込み入っていて、探索に時間が掛かる。

 そして至る所に敵がいて、結構な頻度で戦闘になる。

 お陰で金は稼げるが、進捗はよろしくない。

 そろそろ地図でも買って、攻略を優先すべきか悩んでいたところだったのだ。


 メイフルの話では、遺跡にはほとんど魔物はいないが、奥にちょっと手ごわいのがいるらしい。


「何がでるんですかー?」

「うちが確認した限りでは四足が一匹、まだおるかも知れまへんな」

「四足ですかー、鉄の遺跡ですかー?」

「そういうんや無いはずですけどな」

「はぐれですかねー。一、二匹ならどうにかー」

「でっしゃろ、大将のパーティなら大丈夫でっせ」


 そこに、遺跡と聞いたエンテルが話に加わってくる。


「ここの遺跡といえば、アンルー遺跡でしょうか」

「そうでっせ、姐さんくわしいですな」

「一応、発掘が専門でしたので」

「遺跡掘りですか? 冒険者には見えませんでしたけど」

「学者ですよ、エツレヤアンの。これでも教授だったので」

「ほんまでっか、そっちの専門家でしたか。いやあ、さすがは大将。そないな人まで従者にしてるとは、おみそれしました」

「もっともアンルーは私の守備範囲ではないのですが、あの時代はたしかに良い彫刻や美術品が多いと聞きますね。宝探しとしては面白いのでは。私も久しぶりに遺跡に潜ってみたいですし」


 というわけで、明日は次のメンバーで探検に出ることになった。

 セス、オルエン、フルン、ペイルーン、エンテル、紅、レーンにデュース、そして俺とメイフルだ。

 最初、紅の代わりにエレンを入れていたら、パスされた。


「一つのパーティに盗賊は二人要らないのさ」


 とのことらしい。

 エレンが要らないというなら、メイフルに任せてもいいということだろう。

 俺は何事もいい方に解釈するタイプなんだよ。

 と思ったら、代わりに紅を連れて行けという。

 腕云々じゃなくて、ほんとに盗賊同士で組むのが嫌なんだろうか。

 まあいいんだけど。




 遺跡までの道のりは、ちょっとしたハイキングだった。

 明るい森を抜け、丘を超えると、湖に出る。

 そこから細い斜面沿いの道をすすむと、谷間の開けた場所に出た。

 この下に古い都市が眠っているらしい。


「アンルーの遺跡というのは今から五千年ほど前、アビアラ帝国中期のルードゥ朝全盛期に栄えた都市の遺跡ですね。すでにあらかた盗掘されているのではと思いますが、わざわざ我々を誘うというからには、よい情報をお持ちなのでしょう?」


 エンテルがメイフルに尋ねると、その通りとばかりに頷く。


「話がはようおますな。うちもまあ目指すは世界一の商人ですけどな、腕が鈍らんように、休暇の時はここで腕試ししてますねん」


 盗賊としての腕ということだろう。

 商人っぷりをアピールしていたが、盗賊を辞めたいというわけでもないのかな?


「それでですな、まあここもあらかた目ぼしいもんは持って行かれてるんやけど、下の方でまだ漁られてない通路を見つけましてな。ただ、ちょいと手強いガーディアンがウロウロしとって、進まれへんのですわ。あいつら隠れとっても気配を見つけますからな」

「遺跡のガーディアンは熱を見る目を持つといいますね」

「なんですのん、それ」

「人の体は温かいでしょう。温かいとか冷たいというのが、目に見えるのだそうです。確かめたわけではなく、古い文献にそのような記述があったのですが」


 へー、つまり赤外線が見えるのか。

 エンテルとメイフルの話を聞き流すうちに、ふと思いついて尋ねる。


「紅、お前も赤外線、っていうか熱が見えるのか?」

「はい、マスター」

「そりゃ知らなかった」

「私の目は可視領域よりも拡張されています。音声もまた可聴領域より数倍の範囲を捉えることが可能です」

「そうか、ってことは、結構見えてる色が違うのか?」

「いいえ、通常は領域外をフィルタしています。今見えているものは同じです。必要とあれば対応いたします」


 しかし何だな、紅は人形というよりロボットみたいだよな。

 GPSとかもついてたりして。


「GPSとは?」

「あー、空に時計を浮かべてそこから電波で時間を取得して、その差で現在位置を取得する仕組みなんだけどな」

「衛星測位システムでしたら搭載されておりません。私の位置情報は地磁気によるものです」

「そうなのか。というか、人工衛星を知ってるってことは、衛星自体はあるのか?」

「人工衛星という概念は知っていますが、実用化されていたのかどうかの情報はありません」

「衛星だったら空をみてればわかるだろう。肉眼じゃ見えないかな」

「では、今夜調査します」


 しかし驚いた。

 そんな気はしてたけど、少なくともそういうことを考えるような文明があったんだ。

 いや、地磁気とGPSってどっちが高度なんだろう?

 なんにせよ、地下に潜ればそれっぽいものが色々出てくるんじゃないかなあ。

 正直、紳士の試練よりそっちを調べるほうが面白そうな気もするけど、アンに怒られそうなので黙っとこう。


「何の話でしょー」


 隣で聞いていたデュースが尋ねてきた。


「ほら、俺の故郷で飛行機とかみただろ、空飛ぶ乗り物」

「みましたねー」

「あんな感じで、もっと高いところに色んな物をだな……」


 などとアバウトに説明する。


「なるほどー、大昔にそんな文明がー。私もあちらこちら回りましたが、そうしたものは残ってないですねー」

「なになに、昔の話?」


 ペイルーンも食いついてくる。


「空飛ぶ船ねえ。まあアシハラの匣も星の彼方から来た船らしいから、神話の時代にはあったのかもね。あとはペレラールの騎馬かしら。ねえ、エンテル」

「なんです?」


 とエンテルが話にくわわる。


「ペレラールの騎兵団は、やはり普通の騎兵ではないかしら」

「ペレラの騎士は天駆ける馬に乗り、アジャール百万の兵と戦う。そに従うは麗しきヴァレーテ。って色んな文献に書いてあったじゃない。書いてたからには飛んでたのよ」

「それを言ったら、十億年生きた石とか、四十の国に同時に現れた賢者とか全部信じなければならなくなるでしょう」

「そこは常識で判断するところでしょ」

「常識で判断したから、馬が空を飛ぶことはないと考えているのですよ」

「でも、ご主人様の世界じゃ、人を載せて飛ぶ船があるんでしょ? だったらこの星にあってもおかしくないじゃない」

「それは……そうですけど」

「だいたい、プールだって空とべるじゃない、馬だって飛ぶわよ」

「プールはそんなに高くは飛べないでしょう。せいぜい、滑空する程度じゃないですか」

「まあそうだけど」


 ペレラールってのはこの星の古い国の名前だったか。

 この星自体もペレラールとかペレラの大地と呼ぶらしいな。

 二人は、その時代の研究が専門らしいからな。


 しかし学者様の世界も色いろあるな。

 そういえば、俺が学生の時も、講座の教授と講師の先生がいつも対立してたな。

 しかも、喧嘩するくせに毎週飲みに行ってたし。

 付き合わされる方の身にもなってほしいぜ。

 おごりだったけど。


「クレナイが当時のことを知っていればよかったんだけどねえ」

「申し訳ありません、ペイルーン。私がラボで見聞きした内容は、非常に限定的です」

「まあ、いいけどね。文献の読解だけでも助かってるし」

「取り込み中のところすんませんけど、ぼちぼちでっせ」


 メイフルは瓦礫に埋もれた通路の前に立ち止まり、そう言った。

 ここまでの道のりは、さんざん荒らされたのか、めぼしいものは何もなかった。

 魔物も見かけなかったので、本当になにもないんだろう。


「この奥にさらに隠し通路が有りましてな。そこから先が本命ですねん。ちょいと待ったってや」


 そういうと、メイフルはふわりと瓦礫に飛び乗って、するすると登っていく。

 エレンが小動物的な素早さだとすれば、こちらは鳥のような身軽さだ。


「大丈夫ですな、ロープ垂らしますさかいに、一人ずつついてきてんか」


 メイフルは取り出したロープを縛り付けると、こちらに垂らす。

 殿をセスに任せて、順番に上る。

 エンテルもデュースも、どちらも尻が重そうだったが、探索なれしている分、若干デュースのほうが身軽だった。


「なにを比べてるんですかー」

「そういうのは、いかがなものかと思いますよ」


 じろじろ見比べてるのがバレたのか、ぴしゃりとやられた。

 うぐぐ。


「あはは、大将もそういうところは形無しですなあ」


 メイフルが笑う。

 笑われたほうが、まだましだと思っておこう。


 瓦礫を抜けると、袋小路に出た。

 そこでメイフルが床の石畳の隙間にナイフを突き立てると、ガタッと外れる。

 更にいくつかの石を動かすと、人が通れるだけの隙間ができた。


「ここから先はランプがいりますで。ほな、お先に」


 手にしたランプを灯すと、ひょいと飛び降りる。

 俺達はロープを使って下まで降りた。


「ここからは、慎重に頼みますで」


 外壁の質感がすこし違う気がする。

 ランタンのあかりしか無いからだろうか。


「そうでもないわよ、ちょっと時代が違うようね。たぶんこの辺りは少し古い時代に作られたんだと思うわ」

「この石の組み方からすると、トーロかしら。さらに五千年以上前の、統一前の時代のものだと思います」


 ペイルーンとエンテルの薀蓄をきいて、メイフルが立ち止まる。


「へー、そないに違うもんなんやね。それで、どう違いますん」

「そうですね、例えばほら、ここの通路のアーチが実に特徴的でしょう。こういう細かい装飾がこの時代の特徴で……」


 今日のエンテルは饒舌だな、メイフルはけむにまかれているようだ。

 適当なところで切り上げて、さらに進む。


「この先ですわ。前に来た時は四足のガーディアンが徘徊してて、進めまへんかってん」

「四足はそれなりに強敵ですねー。やはり数は一体ですかー」

「見たんは一体ですな。先には進めんかったから、あとはわかりまへんねん」

「うーん。クレナイ、わかりますかー?」


 デュースの問に、控えていた紅が前に出る。


「……検知できません」


 そうか、じゃあいないのかな?


「いや、居ますで。そう遠くは無いはずですわ」

「可能性は否定できません。コア、及び熱源を検知できないというだけで、それらを遮蔽する敵であれば私は検知できません。以前のアッシンのような状況であれば……」


 メイフルは神経を研ぎ澄ますように、腰を沈めて気配を探る。


「近くに一つ……下の方に幾つか。一体はこっちに来とるで」

「駆動音を検知。距離二十メートル」


 二人のセリフを聞いたディースが注意を促す。


「四つ脚はたいてい火炎か氷の魔法を飛ばしますー、前衛は気をつけてー」


 次の瞬間には前衛の三人が一歩前に飛び出していた。


「フルンは左に、オルエンが中央で、私が右に」

「わかったー」

「了解」


 セスの合図で三人が壁を作ると同時に、正面の通路に敵が現れる。

 四本脚の先に車がついた、蜘蛛みたいな人形が襲ってきた。

 先日の木人形に似てなくもないが、こちらは質感が樹脂っぽい白くてツルツルした外装だ。

 そいつがいきなり火の玉の魔法をぶっ放してきた。

 前衛三人が、盾を並べて防ぐ。

 爆炎が消える頃には、すでに敵は肉薄していた。

 四本の脚を交互に繰り出し、攻撃してくる。

 その素早い動きに、フルンはついていけず、盾で防戦する一方だ。


「私が出ます。フルンは下がってください」


 剣を抜いて前に出た紅とフルンが変わる。


「はぁ……はぁ……、動きは、見えるけど、ついていけないの」


 珍しくフルンが息を切らしている。

 俺はといえば、ペイルーンと二人でデュースのガードだ。

 レーンとメイフルは前衛のすぐ後ろで待機している。

 もしもの時のサポート役だ。

 エンテルはじゃまにならないように更に後ろに下がっている。


 この状態で膠着すること三分ぐらい。

 もっと長く感じたが、それはいつものことだ。

 オルエンの手槍の一撃が、敵の前足の関節を破壊した。

 それで一気に機動性が削がれる。

 その隙を逃さず、セスがもう一本の前足をたたき落とした。

 それによって、完全に動きが止まる。

 その隙を逃さず呪文を貯めておいたデュースが、必殺の一撃をお見舞いした。


 強力な電撃魔法を受けて、敵は火を噴いて崩れ落ちた。


「ふー、強敵でしたねー」


 と汗を拭うデュース。


「いやー、皆さん、つようおますな。たいしたもんですわ」


 たしかに、強くなったよな。

 もはや俺の出番がない。


「クレナイ、他の様子はどうですかー?」

「やはり、検知できません。メイフルは何を元に判断されているのでしょうか?」

「うちでっか? 何と言われても、気配としかよういわんなあ」


 と真顔で首を傾げるメイフル。


「盗賊は五感が特に発達してますからー」


 とデュースはフォローするが、実際どうなんだろう。

 エレンでも紅以上にここまで鼻が利くだろうか?

 ただ、戦闘時の動きはエレンの方が上な気もする。


「でしたらー、訓練も兼ねてもうすこし探索してみましょうかー」


 メイフルの話では、もっと下層に別の気配を感じるが、この階層にはもういないようだ。

 トラップだけに気をつけながら、俺達は先に進んだ。


「前に来た時は、さっきのやつのせいで、ほとんど漁れんかったんですけど、それでもちょっとは見つけましたんで、たぶん奥には色々あるはずでっせ」

「そりゃ、楽しみだな」


 慎重に探索を進める。

 いくつかの古文書的なものを発見した。

 ペイルーンとメイフルは喜んで棚やら箱を漁っていたが、あまり金目の物は見当たらなかった。


「おかしいですなあ、いけるとおもたんですけど。うちの勘も鈍ってもうたんかなあ。せっかくお手を煩わしながらすまんこってす」


 肩を落とすメイフルに、エンテルが鼻息荒く話しかけた。


「そんなことはありません。ここは何らかの学術的な研究所だった可能性が高いですよ。興味深い文献がいくつもありました。それにガーディアンが守護するのはもっと古い、鉄やステンレスの遺跡であることが多いので、この奥にはもっとある可能性があります。盗掘の痕跡もありませんし、本格的な調査の手を入れる必要があるでしょう。アカデミアに連絡をとって調査団の編成を依頼すべきです」

「ほんまでっか? けど、金にはなりまへんなー」

「目先の収入だけで物事を考えてはいけません。この規模の遺跡なら、長期の調査になるでしょう。あなたの商売にもつながるではありませんか」

「そりゃそうですな。いやあ、さすがは学者の先生は違いますな」

「それにちゃんと報告すれば謝礼も出ますよ。あなたがよろしければ、第一発見者として申請させてもらいますが」

「ほんまでっか、そりゃ景気のええ話ですな。たしかにこの先うちらだけで進むのも難しそうですし」


 どうしたもんかな。


「メイフルの話を聞く限り、ちょっとむずかしいですねー。同規模のパーティがあとみっつは欲しいところですよー」


 とデュース。


「だったらしかたないな。戻るとするか」

「ほな、申請とやらもおねがいしますわ。うちもちょいとお金要りますねん」

「独り立ちでもするのか?」

「まあ、そんなとこですわ」


 メイフルはそういってはぐらかした。

 別に詮索することでもないな。


「けど、パーティで潜るのはたのしおますな。よければ、またたのんますわ」


 別れ際にそう言ったメイフルの後ろ姿は、ちょっとだけ寂しそうにも見えたんだけど、気のせいかねえ。




「どうだった? 盗賊が違うと、戦い方も違うんじゃない?」


 出迎えたエレンが開口一番そういった。


「そうだなあ、違うといえば、違うような。一回戦ったぐらいで、あまり探索もできなかったからな」

「そうなんだ」


 エレンは、それを見せるために、今回は抜けたのかな?

 結構、気配りが細かいよな、こいつも。

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