第66話 ガーディアン
翌日からは、さっそく塔の探索だ。
ここの塔はなかなか難易度が高いらしい。
最終的にはノズの上位種、いわゆるキングノズを十分あしらえるだけの強さがいるそうだ。
「で、どうなんだ? うちで大丈夫なのか?」
とデュースに尋ねたところ、微妙な返事が帰ってきた。
「うーん、どうでしょー。中盤までは大丈夫だと思うのですがー、最後がちょーっと厳しいかもしれませんねー」
「そうなのか」
「聞いた話だけなのでー、もう少し調べる必要はありますがー、最後のところがかなり大変で複数パーティで協力するとも聞きましたねー」
大変そうだ。
「最低でも以前話した二パーティ構成で攻めるべきでしょうねー、そこまでしないとー、ちょっと不安ですねー」
「なるほど、そりゃいいんだが、留守番をどうするかが悩むな」
「この街は治安もいいですからー、メイドが一人で店を出しても、そうそう問題はないと思いますよー。アンとエンテルとモアノアがいれば大丈夫かと思いますー」
「ふぬ、じゃあその方向で」
今日のところは様子見として、八人で行ってみる。
オルエン、フルン、エレン、プールの前衛組。
セス、俺、レーン、デュースの後衛組。
その二組で、ほぼ一緒に回ることにした。
最終的には、ここに紅とペイルーンが加わる予定だ。
古くて大きな塔だけあって、攻略もされ尽くしている。
こういうところは、その気になればマップでもリドルの回答でも何でも手に入るという寸法だ。
最初から完全攻略本付きで買ったベスト盤ゲームみたいなもんだな。
「とはいえ慌てる探索ではありませんからー、まずはカンペなしで行きましょー」
とデュースが言うので、俺達はいきなり塔に乗り込んだ。
二組に分かれて何が違うかといえば、まあ、あまり違わない。
強いて言えば、小回りが効くぐらいか。
小さな部屋を調べてまわる時に、倍のペースで回れるのは大きい。
敵が出た場合も、もし四人で厳しければ、もう一方のチームを呼んで加勢してもらう。
狭い塔の中で八人で戦うのは難しいが、一人か二人加勢するなり、交代して回せばより安全に戦えるわけだ。
というわけで、さっそく乗り込んだわけだが、
「魔物が全然いないねえ」
「全くです! 職務怠慢です!」
全く魔物と遭遇しないので結局一緒くたになって歩いている。
先頭を行くエレンとレーンはせっせと扉を開けて小部屋を回っているが、どこも先客がいた。
先客というのはつまり他の冒険者で、そこで湧いてくる魔物を待ち構えているのだそうだ。
やばいね、ゲーム感覚で殺し合いしてるよ。
異世界恐るべし。
まあでも、環境が違えば倫理観も違うんだろう。
俺だってそのお仲間なわけだし。
「これは想像以上ですねー、古い塔ほど安定して魔物が出てくるのでー、ああして自分の強さに応じた場所を独占してコアを稼いでいるんですねー」
「理屈はわかるが、俺たちゃどうすりゃいいんだろうな」
「こういうのは早い者勝ちなのでー、早めに出て場所をとるのが一番ですがー、ただああいう人達は交代で何日も住み着いてる可能性もありますねー」
「恐ろしい話だな」
とはいえ、これじゃあ修行にならんだろう。
「大丈夫ですよー、上に行けば冒険者の数は減りますからー。それに我々はコア稼ぎをしに来たわけじゃないですしー」
「そうだったな。むしろ下層で余計な魔物退治をしなくてすむと思ったほうがいいか」
そうと決まると、戦闘は諦めてマッピングに専念することにした。
予定をかえてふた手にわかれ、東西に分かれて探索する。
敵に遭遇した場合、あぶなそうなら逃げることにした。
二時間後に待ち合わせて、俺達は塔の東側に歩を進める。
「やはり広いですねー、この塔は女神グースエルのお作りになった塔ですが、この方は比較的若い女神なので、気合の入った塔を作られますねー」
地図を書きながら話すデュースの言葉を受けてレーンが、
「グースエルは千の眼で人の慢心を捉え、万の手に持ったムチで叩いて目を覚まさせるといいます! 油断は禁物です!」
「街の名にもなっている女神ペルウルとはあまり仲が良くなかったそうですがー」
「それはどうでしょう! 一般にはそう言われていますが、ペルウル記には自らを楔とした時に、最後に見守ったのがもっとも若い妹であるグースエルだったと記されています。喧嘩するほど仲が良いといいますし!」
「ほほー、それは知りませんでしたねー」
デュースとレーンの話を聞き流しながら、その一歩前をセスと並んで進む。
別れてから一時間が過ぎたが、一度も敵に遭遇していない。
「こちらは行き止まりですね。いちおう、壁を調べておきましょう」
とセスが壁に手を触れる。
あいにくとなにもないようだ。
引き返そうとすると、地図を書き留めていたデュースが呼び止める。
「うーん、その右の壁、なにかありませんかー? その奥に隙間があるようですけどー」
塔は洞窟と違って、ほぼ格子状に部屋や通路が並んでいるので、大きさを把握しやすい。
空きスペースがあっても、地図さえ描けばわかるのだ。
「いや、どうも私ではわかりかねます。エレンか紅なら別でしょうが」
「仕方ありませんねー、あなたが見てわからないなら私達でも同じでしょうしー、あとでエレンを呼んで出直しましょうかー」
その後は地図を埋めるだけで約束の時間になった。
待ち合わせ場所に戻ると、すでにオルエン達のチームも戻っていた。
無事を確認して、情報を交換する。
「こっちは何もなかったねー、隠し部屋的な物もなかったよ、そっちはどうだった?」
地図をひらひらさせながら、エレンが聞いてくる。
「こっちは一箇所だけ怪しい通路があったかな。ちょっと見てもらおうと思うんだが」
「ふーん、どれどれ」
とこちらの地図を受け取って見比べる。
「あー、ほんとだ、ここの部屋の大きさが違うね。こんな古い塔で未発見ってことはないだろうから、お宝は期待はできないけど、行くだけ行ってみようか」
昼飯までには、まだ間がある。
その前にここだけ済ませようと、先ほどのつきあたりまで戻ってきた。
「えーと、どうかな。危ないからちょっと下がっててよ」
エレンがしゃがみこんで壁のブロックを撫でまわしていると、一つだけすっとめり込んだ。
続けて壁がズルズルと持ち上がる。
俺が覗きこもうとするよりも早く、エレンが横っ飛びに飛び退いた。
「なんか出るよ!」
すぐにオルエンとセスが前に出て壁になる。
俺はわたわたと後ろに引っ込んだ。
「ガーディアン! つよいですよー、気をつけてー」
珍しくデュースが緊張した声を上げる。
隠し通路から出てきたのは木製の操り人形のような魔物だった。
敵は二体、どちらも剣と盾を構えている。
相手が体制を整えるよりもはやくオルエンが手槍を突き入れる。
だが、それは軽々と盾でかわされてしまった。
こりゃ強そうだ。
通路は二人並ぶとちょうどの幅で、オルエンとセスが前衛につくと、俺達はもう何もできない。
十メートルも下がれば十字路に出るので別の方法もあるが、そこまで引き出せるか?
前衛の二人もそれはわかっているようで、少しずつ後退しているが、なかなか敵に隙がない。
「どうする、幻影が効くと思うか?」
と問うプールにデュースが答えて、
「たぶん無理ですねー、ガーディアンは生物じゃありませんからー」
「違うのか。確かに見た目は人形だが」
「仕組みは紅と同じ自動人形ですよー、塔の防衛のために作られたもので大昔は塔にはこれしかいなかったそうですよー」
「そうなのか」
それはそれとして、この状況をどうしたものか。
俺が悩んでいると、物は試しとばかりにデュースが提案する。
「プール、拘束するタイプで試してみますかー」
「うぬ」
とプールは一歩前に出ると何か呪文を唱える。
たちまちガーディアンの足元にいばらの蔓が沸き起こり、足に絡みつく。
ガーディアンたちは一瞬動きを止めるが、すぐに蹴散らしてしまった。
「だめか」
「うーん、でも一瞬反応したのでー、一瞬でも効くなら使い方次第ですねー」
「これより強力なものだと、スペースが足りぬな。全員に影響が出る」
「そうですねー」
そこに間合いを図っていたエレンが、
「ちょっとだけ目眩ましを頼むよ」
「わかりましたー」
答えると同時にデュースが杖を掲げ、呪文を唱える。
地面から一瞬炎が立ち上り、ガーディアンの足が止まった。
次の瞬間、エレンが壁をけって飛び上がり、ガーディアンの後ろにできたわずかな隙間に踊りこんだ。
エレンでは剣の腕は劣るものの、セスとオルエンを正面で相手にしながら、背後のエレンまで相手にしきれるものではないようだ。
少しずつダメージを負いながら、二体のガーディアンは徐々に手前におびき出され始めた。
「フルンとレーンは右にー、セスは左でー」
「わかったー」
デュースの指示で、フルンが十字路の右の通路に移動する。
おびき出して四方から取り囲む作戦だ。
レーンはアン譲りの棍棒を握りしめている。
僧侶は格闘も結構行ける。
まともに殴り合えば、俺よりだいぶ強い。
で、俺は正面でオルエンのサポートになるな。
十字路のすぐ手前でオルエンとセスが一気に飛び退る。
そのまま二体のガーディアンが吸い込まれるように前に出ると、完全に四方から取り囲む形になった。
こうなればあとは時間の問題だ。
「たあっ!」
フルンの振るった一撃で、胸部を砕かれたガーディアンが膝をついたところに、レーンの棍棒が叩き込まれて、そのまま動きを止めた。
もう一体もセスに首を刎ねられている。
あっけないもんだな。
本当は俺はちょっと危なかったんだけど。
そろそろ実戦で通用しなくなってきたのだろうか。
先日、なにか掴んだ気がするんだけどな。
まいったなあ。
「みてよこのでっかいコア。今夜はごちそうだね」
「やったー、ごちそー」
エレンが取り出したコアを見て、フルンが喜ぶ。
「まさか、こんなところでガーディアンが出るとは思いませんでしたねー」
とデュースも汗を拭っている。
デュースが読み間違うのもいつものことだよな。
青の鉄人にでも再会したら、その辺をこっそり聞いておきたいところだ。
「なんだあんたら、ガーディアンを呼んだのかい?」
後ろからやってきた冒険者の三人組が話しかけてきた。
「やるんならもうちょっと上で頼むぜ。ここいらの連中じゃいざって時に刃が立たねえからな」
「すいませーん、今日が初めてでしてー」
「あれ、あんたら紳士の挑戦の紳士さんじゃないか、俺だよ俺」
よく見ると、ボズで知り合った冒険者だった。
「へえ、こっちに来てたのかい。俺達も一週間ほど前に来たばかりでね。新作はあるのかい?」
思いがけない再会に、しばし談笑して、三人組と別れた。
「彼らもあっちをクリアしてたのかな?」
「違うと思いますよー、ああした専業の冒険者は、いくつかの塔を回りながらコアを稼いでいるんですよー」
「しかし、移動する手間も馬鹿にならんだろう」
「ゲートがありますからー。安くはないですけど近場を巡回するなら定期パスも有りますしー。塔にも活動の周期などがありますからー、今ちょうど美味しい時期なのかもしれませんねー」
そういやゲートがあったか。
結局、あれから俺は怖くてゲートを使えていない。
またうっかり日本に戻って、帰ってこれないと困るからな。
ゲートというものは、神話の時代から世界のあちらこちらにあったそうで、細かい仕組みはわかっていないらしい。
その辺のノウハウはゲート公社ってのが仕切ってるらしい。
そんなわけで、仕組みがわからない以上、どうすれば日本に戻されなくて済むかの対策を立てることもできないのだ。
元々、今回の旅ではゲートを使う予定はなかったので支障はないが、いずれ解決しなきゃ駄目なのかもな。
そもそも俺だけが特別な可能性も高いしな。
無駄なリスクは避けるに限る。
そんなこんなで一階のマッピングを終えたところで、今日の探索はお開きとなった。
ガーディアンを倒したことで坊主にならずに済んだし、よしとしておこう。
翌日からの探索も似たような塩梅だった。
二階になると、多少は空き部屋が見つかるのでしばらく篭って敵がでるのを待つのだが、一、二回戦ったかと思えば、人が増えてくる。
小さい部屋なら独占できるが、そういうところは都合よくあいてないので、数組埋まるとなかなか面倒なことになる。
特に専業にしているような連中はちょっと荒っぽいので、お人好しの俺としては、つい遠慮してしまうのだった。
人間相手に喧嘩しても無駄だしな。
びびったんじゃないよ、ただ紳士的に譲歩したんだよ。
「あとから来たのにずるーい!」
とフルンなどは少々不満そうだ。
「まあまあ、あまりがっついてもいいことありませんよー」
とデュースがいなす。
「でも、順番守らなきゃ駄目だよ」
「そうですねー、でもー、正しければいいというわけではないんですよー」
「えー、なんで?」
「なんででしょうねー、でも、みんなが正しいことをしてると、うまくいかないものなんですよー」
「うーん、わかんない!」
「うふふ、私も本当はわからないですねー」
「では、私がお答えしましょう!」
またレーンが出てきた。
「フルンさんは正しいことをするのが正しいと思うわけですね!」
「うん!」
「ところが今、デュースさんはそうではないという。ではどうしますか?」
「正しいことを教えてあげる!」
「いいですね! ところがデュースさんはその教えに納得しなかったとしましょう。それどころかフルンさんの考えが間違っていると言うかもしれません!」
「えー、どうしよう……」
「さあ、どうしますか!?」
「うーん、なぐる……のはデュースだから駄目だし、えーと……、わかんない!」
「そう、わかりませんね!」
「えー、レーンもわからないの?」
「違います! いまわからないのはフルンさんです!」
「あ、そうか」
「わからないということは、今のところ答えがないということです。答えがないということは、多くの場合、最初の質問に問題が有ります」
「うーん、じゃあ、正しいことをしちゃいけないの?」
「惜しい! 正しいからといって、いつでもそれを押し通しては駄目だということです。無理やり押し通すと喧嘩するしかなくなります! あなたはデュースさんを殴りたくはないでしょう」
「やだ!」
「ご主人様もそうお考えになったから、あの場はひかれたのです!」
「そっか、じゃあ相手が怖かったんじゃないんだね!」
「当然です。なぜにご主人様が相手に恐れをなして逃げたりするでしょうか。紳士的に譲歩したのです!」
さすがはレーンのありがたいお説教だ。
俺の立場までばっちりフォローしてくれてるぜ。
ありがたくて泣けてくるよ、ははは。
……次は強気で行こう。
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