第64話 魔物退治

 再び松明をかかげて夜の森を進む。

 今度は追う立場なので全速力だ。

 モアノアと紅が先頭に立ち、俺達はそれに付き従った。


「マスター、魔物がふた手にわかれました」

「なに?」

「二匹はそのまま村の方向に、残り一匹はわきにそれて……どうやら近くに人がいるようです」

「いかんな、俺達はまず、そっちに行こう」


 さらに数分後。


「二匹は村の手前で止まりました。強力な魔法の発動を検知、プールの術と思われます。五分後にセスとエレンが接敵予定」

「そっちは大丈夫そうだな」

「もう一体は速度を落としました。村人との距離は数十メートル、すでに敵の射程に捉えられているかと」

「とにかくいそげ」


 息も絶え絶えに走って追いかけるが、俺とデュースは遅れ始めた。

 モアノアも息が上がっている。

 結構、ボリュームある体型だしな。


「く……紅、レーン、二人で行けるか?」

「お任せください! ギアント一匹なら十分です!」

「不足はないと思います」

「よ、よし、まかせた。とにかく村人の安全確保を優先でな、無理するなよ」

「かしこまりました!」


 そういって二人は先に行ってしまった。

 あの二人は近接戦もかなりのものだ、心配ないだろう。


「ち、ちょーっと、運動不足でしたねー、持久力はあるつもりでしたがー」

「そうだな、い……息が上がって、吐きそうだ」

「お、オラも、走るのは苦手だぁよ」


 それでもペースを落として、よたこよたこと追いかける。


「あ、いまプールの術が晴れたみたいですよー、おそらくは仕留めたのでしょうー」

「そうか、セスたちも戻ってくるかな?」

「たぶんー」


 紅ほど正確ではないが、みんながどこにいるかはだいたい分かる。

 それを頼りに道なりに進むと、とちゅう道がわかれていた。


「どっちも村に通じてる道だ、右のほうが近いだすよ」


 みると地面に左向きの矢印と、レーンのサインが残されている。


「こちらでしょうねー」


 気配の方向的には右の気もするんだが、道は真っ直ぐ伸びてるわけでもないしな。


 しばらく進むと、なにかいやな気配がする。

 デュースも同じく顔をしかめていた。


「なにかいますねー、まずいですねー、結界に入っちゃってますねー」


 よくわからんけど、とにかくやばそうだ。


「でも、殺意は感じないですねー、野良の魔物がさまよっているだけ、みたいなー。こういうのは難しいんですよー」

「どうする、隠れてやり過ごすか?」

「セス達はどうですかー?」

「うーん、こっちに近づいてる気はするが、まだ遠いな」

「では隠れましょー、火を消してー、その岩の陰にでも隠れましょうかー」

「いや、もう間に合わんみたいだぞ、ほら」


 目の前には、ビルぐらいもある巨大な魔物が。

 いや、これデカすぎんだろ?

 こんなのがいて、今まで気が付かないわけがない。

 そう思ってデュースの方をみるといない。

 反対側にいたはずのモアノアもやはりいない。

 またこのパターンか。


 あらためて魔物を見上げると目が合う。

 うわー、怖い。

 でかいとそれだけでもうチビる。

 沸き起こる恐怖に耐え切れず、俺は走って逃げ出した。


 だが体が重い。

 満足に走れない。

 悪い夢でも見ているようだ。


 あかん。

 これはやられる。

 なかなか思うように動かない、重い足を引きずりながら、必死に逃げる。

 泣きだしたい気分だ。


 いや、頭の何処かで、これは幻術の類いに違いない、とわかってるんだよ。

 わかってても、心の奥底を恐怖に支配されたかのように、もうどうにもならない。

 一刻もはやく逃げ出したいという一心で走りだした俺の耳に、僅かな悲鳴が聞こえる。


「お、おた…おたすけ……」


 これはたぶん、モアノアだ。

 そういや彼女もいたんだった。

 デュースは一人でも大丈夫かもしれんが、彼女をおいて逃げるわけにはいかん。

 そこは紳士として、超えられない一線だぜ。


 ありったけの勇気を振り絞って立ち止まって再び魔物を見上げる。

 怖い。

 怖いんだけど、よくみたらさっきから全然動いてないな。

 それに気がつくと、とたんに恐怖心が消え去った。

 たしかに強そうに見えるが、べつにそこまでビビるようなもんでもない。

 なんだ。

 こいつ見掛け倒しじゃないか。


「よかったー、正気に戻ったんですねー。今、つねろうかと思ってたところでしたー」


 と後ろから声をかけられる。

 見ると元通りの場所にデュースがいた。


「ご主人様が感覚をうばわれていたのでー、こちらの声が届かなかったんですよー。正気に戻ったので私が見えるようになったんですねー」

「で、あれは大丈夫なのか?」

「大丈夫ですねー。たぶん、そこいらに住む小動物か何かが魔物が現れたことに驚いて、身を守るために幻影を見せているのではー。たまにあるんですよー、そういうのがー」

「それより、彼女は?」

「そこにいますねー」


 みると地面にへたり込んでがくがく震えるモアノアがいた。

 駆け寄って声をかけるが返事がない。


「今は無理ですねー。とにかくここを離れれば大丈夫なので担いでいきましょうー」

「よし、じゃあ俺が」


 モアノアの体を抱きかかえようと手を触れると、突然体が金色に輝き出す。


「おわっ」


 久しぶりなのでびっくりしたぜ。

 モアノアも我に返ったのか、おっかなびっくり顔をあげる。


「う、うぅ、オラ、オラぁ……」

「もう大丈夫、さあ泣き止んで」

「し、しんしざばああっ!!!」


 モアノアは涙と鼻水を流しながら俺に抱きついてきた。

 よしよし、よほど怖かったんだな。

 仲間を助けようと必死だったのだろうが、やはり若い娘が夜の森で魔物を探しまわるなんて、そりゃ怖いだろう。

 そこにこんなのをくらっちゃ、泣きたくもなるだろう。


 それはそれとして、俺はどうしたもんかね。

 デュースを見ると、にっこり笑っている。

 釣られて俺も笑い返した。


 モアノアはその体を金色に輝かせながら、俺の腕の中で泣きじゃくっていた。

 紅とレーンは、うまくやったかな?




 どうにかモアノアをあやして紅たちを追うと、すでに片がついていた。

 村人も無事だったらしい。

 怪我を負って危ないところだったが、レーンの治療で、一命を取り留めていた。

 今は紅に背負われている。


「よかった、よかっただよ。ペルロも喜ぶだ」


 モアノアは相変わらず体を光らせたまま、泣いている。

 今は嬉し泣きのようだ。


 レーンは出会い頭におめでとうございますと連呼していたが、モアノアは村人の無事を喜ぶばかりで、言葉の意味をわかってないようだった。

 まあいいんだけど。

 そういや、ホロア以外は光らないとか言ってなかったっけ?

 でもエンテルも契約する前に光ってたような。

 よくわからんな。


 村まで戻った時には、こちらもすでに終わっていた。

 警告に気がついたアンが村長の妻に知らせると、村人を集めて門を閉め、守りを固めたそうだ。

 辺境の村である。

 女子供だけでも、野盗などの襲撃に備える用意はあるのだった。

 さらにプールが幻術の結界を固めたことで、ギアント二体程度では、どうにもならなかった。

 そこに駆けつけたセスとエレンに、あっけなく倒されたらしい。


「二人共、ご苦労だったな」

「なに、僕達にかかれば軽いもんさ」

「アンたちも無事でよかった」

「留守を守るのはメイドの勤めですから。それよりも、彼女は?」


 モアノアはどうにか泣き止んで、鼻を噛んでいるところだった。

 周りの村人も遠巻きに見るだけで、だれも声をかけようとしない。


「ん? みんなどうしただ? 村長たちもぶじだっただよ? もう安心していいだ」

「モアノア、あんた気づいてねえだか?」


 村の娘の一人が見かねて声をかけた。


「なにがだ?」

「その体……」

「……? な、なんだべ、これ、光ってるべ? び、病気だか? なんだべこれ!」


 その後、どうなったかといえば、例のごとくモアノアは俺の従者になった。

 本人は混乱するばかりだったが、戻ってきて事情を聞いた村長に諭されて、決断したらしい。


「お、おらみたいな田舎者で、ええんだすか?」

「俺もいちおう田舎者だからな。色々至らないところもあるが、支えてくれると嬉しいな」

「わ、わかっただ。これも運命だべ。おら、頑張るだ!」


 モアノアは孤児だったそうだ。

 この辺りは古代種にとって、それほど住みやすい土地ではないようだ。

 プリモァ族のように数が多ければまだしも、ミモア族というのは、かなり珍しい種族らしい。

 その温和な性格ゆえに、住処を追われて今ではほとんど見かけないそうだ。

 若いころ冒険者だった村長が、あまり偏見をもたない人だったから、村に溶け込めていたのだという。

 それゆえに、村長や村に恩返しをしたいという一心で生きてきたのだそうだ。


「おらはまだまだ、この村でお役に立ちたいだよ」


 というモアノアに村長はこういったのだった。


「お前は十分に役立ってくれた。これからは、自分の為にいきるがいい。わしらがお前に望むのは、そのことだけだよ」


 その言葉で、決心がついたらしい。

 俺の方はといえば、来るものはすべてウエルカムだからな。




 その夜は、村を上げてのパーティだった。

 救出の礼だけでなく、村から紳士の従者が出たということで、それも祝うのだとか、なんだか大変な勢いで騒ぎたおしてしまった。

 モアノアは派手やかな衣裳を身にまとい、まるで花嫁のように俺の側に控えていた。

 顔を真赤にしてうつむく姿が、かわいいじゃないか。

 従者が増えるのは、やっぱいいもんだな。


 宴もたけなわとなったところで、口移しに血を与え、契約する。

 あとは潰れるまで飲まされたので、何も覚えてない。

 起きたら、いつものやり方で、ちゃんと契約しないとなあ。




 結局、モアノアの村には三日ほど滞在した。

 最初の一日は宴会で潰れてしまったが、モアノアも何かと支度がいるだろう。

 べつに急かす旅でもないしな。

 馬車を村に入れて、村の集会所を借りて宿にした。

 やっぱり屋根の下で寝るのは落ち着くな。


 滞在中はモアノアが腕をふるった村のごちそうが出た。

 モアノアは料理がうまい。

 今まで我が家の家事を切り盛りしていたのはアンだ。

 献立もアンが決めていた。

 アンがとりたてて料理が下手だったわけではないが、もともと僧侶として育ったせいか、華やかさがない。

 女神様は禁欲を禁じたそうだが、別に贅沢三昧を推奨したわけでもないようで、ようするに、ごちそうのレパートリーがないのだ。

 最初は貧乏だからだと思っていたが、最近は金回りが多少いい時でも、せいぜいちょっといい肉を買って焼くとかそういうレベルなのだ。

 その点モアノアは高級料理にこそ縁がないものの、自然の豊かな恵みを生かした様々な料理を作ってくれる。

 でもって、それがまたとてもうまい。

 これにはアンも、感嘆の声を上げる。


「うーん、すばらしい。うちの料理はこれからはモアノアに任せましょう」

「そりゃいい」

「実のところ、私も料理に関しては困っていたのです。金銭よりも献立のやりくりのほうが大変で」


 それを聞いたモアノアは大喜びだ。


「き、気に入ってもらえて嬉しいだ。オラ戦ったりはできねえけど、料理は得意だで一生懸命やるだよ、見ててくだせえ、ごすじん様ぁ」


 フルンに並ぶ怪力で、力仕事もこなす。

 育ちも良かったのだろう。

 家事全般が実に巧みだ。


「いやー、これでマメスープの日々ともおさらばだね」


 と言うエレンにフルンが、


「えー、でも美味しいよ? マメスープ」


 フルンさんは昔は苦手じゃなかったか?

 ころころ変わるもんだな。


「美味しくてもこう毎日だとね」


 そうそう、毎日じゃなあ。

 苦笑するエレンに、心のなかでだけ同意する。


 屋根のある暮らしは名残惜しいが、いつまでも好意に甘える訳にも行かない。

 俺達は村に別れを告げて、再び試練の途に就いた。




 村を出て二日目。


 その日は海が見える高台でキャンプを張った。

 ここは近くに湧き水があり、旅人の宿営地にもなっている。

 周りにはそうしたテントが二つほど見受けられた。

 程々に距離を取りながら、俺達もテントを張る。


 片隅で荷物を整理しながら、エレンとモアノアがなにか話していた。


「ねえモアノア、海釣りってどうやるんだい?」

「海釣りだか? 竿はあるだか?」

「あるよ、川用だけど」

「リールがいるだよ、針をとおくにとばさにゃならねえだ。どれ、オラのを貸してやるだ」


 モアノアが自分の荷物の中から竿を取り出す。

 なるほど、竿にリールが付いている。

 といっても、シンプルな金属製の筒に糸が巻いてあるだけだが。


「餌はミミズがいいだよ。その辺掘ってみるだ」


 小柄でぽっちゃりと可愛らしい外見のモアノアだが、あふれる生活力と訛りのギャップで、なんだかすごい存在感がある。

 年少組からも慕われているようだし、エレンも一目おいているようだ。

 やはり生活力がきめてか。

 頼もしいな。

 体つきも頼もしいんだけど。

 先日、しっかり堪能してみたが、太っているわけでもないのにみっしりと詰まった肉感には、じつにたまらないものがあった。

 うん、たまらないな。




 フルンたちを連れて海岸に降りる。

 きれいな砂浜には他に人もおらず、貸し切りだ。


 流木を集めて火をおこし、持ってきたワインを一口含む。

 つまみは、モアノアが作っていたという、ドライフルーツだ。

 潮の香りが心地いい。


 モアノアが竿を振ると、錘が綺麗なカーブを描き、波間に消える。

 豪快なフォームだな。


「こうしてだな、ピクピクって来たら、ぐっと引いて合わせるだ」

「そこは川釣りと同じだね」

「んだ」

「あとはゆっくりリールをまいて、弱らせるだよ。決して、焦っちゃなんねえだ。ほら、あたりがきただよ」


 糸を巻き取りながら、ゆっくりと手繰り寄せていく。

 やがて二十センチほどの魚が釣り上がった。


「はい、いっちょあがりだ」

「すごい! おおきい! うまそう!」


 フルンは竿を受け取ると、これまた豪快になげはじめた。

 数回練習するだけで、ちゃんと前に飛ぶようになったようだ。

 たいしたもんだ。


「あれ、旦那はやらないの?」


 エレンの問いかけに、手を振って答える。


「ああ、お前たちに任せた。でかいのを頼むぞ」


 ひと通り教え終わると、モアノアが戻ってきた。


「飲み込みがはええだな。おらはもっとどんくさかっただよ」

「フルンは賢いからな」

「さすがは、ごすじん様の従者だべ」

「おまえも従者なんだから、よろしくたのむよ」

「そ、そうだっただす、お、おらももうごすじん様のもんに……ああ、昨夜のこと思い出しちまっただ、お、おらこっぱずかしいだー」


 くねくねと体をよじって全力で照れるモアノアをみてたら、こっちまで恥ずかしくなってきたよ。


 気を取り直して飲み直す。

 ばちばちと火がはぜる。

 酒が旨い。

 平和だねえ。


 しばらくすると、フルンが半泣きで走ってきた。


「うわーん、糸が切れたー、なんか全然動かなくなって、おもいっきり引っ張ったら切れたー」

「はは、星ごと釣ったか」

「星?」

「ああ、地面をつってしまったんだろ」

「糸の長さの調整はコツが居るだ、慣れると底を取れるようになるだで、気にせずどんどんやるといいだよ、どら、針を変えてやるべ」


 モアノアに針を付け直してもらうと、再びフルンは突撃していった。

 楽しそうだな。

 あと何本か竿が欲しい気もするなあ。


「竿は作れるだが、リールは無理だなあ。町に出れば売ってるだよ」

「仕掛けはもうちょっとなにかないのか? 針を三つぐらいつけるとか、浮きを入れるとか」

「漁師はそういうのをしてるだな、オラたちは本職じゃねえから、そこまではしたことないだ」


 話し終えると、モアノアは服を脱いで下帯姿になった。

 ここでご奉仕、じゃないよな。


「ちょっと潜ってくるだよ。期待してるだ」


 そう言って籠を抱えて海に飛び込んでいった。

 たくましいなあ。


 しばらくすると籠いっぱいに貝やらうにやらなまこを取ってきた。

 そうか、うにやなまこも食べるのか。

 前、生魚を食べた時に結構反応がわかれたが、こいつはどうかな。


「あ、あの、見た目はなんだども、すごくおいしいだで、よかったら食べてみて欲しいだ」


 そういってうにを手にとって見せる。

 たしかに、いきなりこれを見せられると引くよな。


「いやいや、俺は食うよ。うには生でも焼いてでもいいな」

「た、たべるだすか。都会の人は食わねえだもんで、心配してたんだども。こいつはうちのあたりではケゼっていうだ。旬にはちとはええだども、うめえだよ」

「俺も田舎もんだからな。他の連中はわからんけど」

「もしかして、刺し身もいけるだか?」

「ああ、いけるいける。前になんとかって港町に行った時もわざわざ頼んで食ったぐらいだからな」

「よ、よかっただー。新鮮な魚は生が一番だよ。んで骨は炙ってスープにするだ、あとは……」


 熱心に説明するモアノアを見てたら、よだれが出てきた。

 あと下帯一枚で身振り手振りを交えて説明するので、あちこち揺れてさらによだれが出そうだぜ。


「ちょっと味見してみるといいだ」


 平らな石を選んで火に添え、取ってきたばかりの貝をいくつか並べる。

 味付けは汲んできた海水だ。

 海水浴場とかだと大腸菌まみれな気がするけど、こっちだと大丈夫なのかな?


「村ではこうやって食べてただ。んまいだよ」


 食べてたんなら大丈夫だろう。

 腹の頑丈さが同じとは限らんけど。


 しばらくすると、いい匂いがしてきた。

 モアノアが火にあたって体を乾かしていると、フルン達が大物を釣ってきた。


「みてみてー、すごいの釣れたー!」

「それはパイにするのがいいだよ。先にしめとくべ」

「そっちは何焼いてるの? いいにおい!」

「お、食うか。もう行けそうだぞ」

「いただきます! もぐもぐ……美味しい! でも熱い! おいしい!」


 焼きたての貝をフルンに取られてしまった。

 それよりもうにかな、うに。


「今、むくだよ」


 モアノアはナイフでうにの口だか尻だかわからないが、それっぽいところをくるっとえぐり取ると、手で真っ二つにする。

 あとは手桶に組んだ海水で洗いながら、汚れを落として渡してくれた。

 うまそう。


「えー、それたべるの? だいじょーぶ? しなない?」


 フルンが目を丸くして尋ねる。


「さあ、どうかな」


 黄色い身を一切れ摘んで口に含む。

 うめえ。

 うまいじゃなくて、うめえ。

 こらたまらん。


「わたしもー、わたしもたべるー!」


 ひな鳥のように大口を開けて待ち構えるフルンの口に、放り込んでやる。


「あひゅ……んぐんぐ……んまい! あまい! おいしい!」

「焼いてもうまいぞ」

「やくー、たべるー」

「続きは戻ってからだな」


 後始末をしてキャンプにもどると石を積んで即席の釜を作る。

 手慣れたものだ。

 魚のパイづつみに、ポトフ、そいだ鳥の身を炙って燻製にしたもの、それに焼きたてのパンだ。

 このパンがまた柔らかくて旨い。


「オラの村では干しぶどうか林檎で酵母を作るだよ。それでパン種を作っておいて、パンにするだ」

「手間がかかるもんだな」


 会社にパン焼き機があったので、一時期みんなで夜に仕込んでおいて徹夜明けの朝飯にしてたことがあるが、アレと比べると手間が雲泥の差だな。


 モアノアはうちの炊事をほとんど一手に引き受けることになったわけだが、村で毎日大勢の食事を仕込んでいたというだけあって、手際もいい。

 アンは、


「せっかくなので、この技術を身につけておかねば」


 と料理を教わっている。

 あいかわらず真面目だな。


 そうした仕込みの間に、焚き火で先ほどの収穫物を焼いて食べる。

 デュースやエンテルは平気で食べるが、内陸育ちのウクレにはかなりきついようで、結局うにには手を付けなかった。

 フルンがおいしいのにーといいながら、次々平らげていく。

 俺にも残しといてくれよ。


 程よく酒が回ってきたところで、モアノア特製の気合の入った料理が出てきた。

 どれもうまい。

 はー、満ち足りてるね。


 夜はモアノアにご奉仕してもらう。

 小柄でむっちりタイプのモアノアを相手にすると、実にボリューム感がある。

 あるんだけど、奥手というか受け身なのでエクを入れてみた。

 我が家の性の伝道師であらせられるエクの手ほどきを受ければ、どんなマグロ娘もあっというまにテクニシャン。

 とはいかないんだけど、まあ盛り上がる。


「おめえ、そんなに細くて大丈夫かと思ってただが、すげえもんだな」

「私はこれしか取り柄がありませんものですから」

「いや、てえしたもんだ。おら、ご奉仕がこんなすげえもんだとは思わなかっただよ」

「ご奉仕は私共がむさぼるものではありません。あくまでご主人様に奉仕することで、その結果として喜びを与えられるものでございますれば、どこまでも奉仕の心を持って取り組むものでございます」

「んだ、料理作るのと一緒だべなあ。おらがんばるべ」


 頑張られる俺の方も大変なんだけどな、紳士の宿命なのか。

 いやあ、大変だなあ。

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