第63話 田舎娘

 ボズを出て三日目。

 田舎道を道なりにすすむと、道が二つにわかれているが、立て札もない。

 馬車をとめて、地図を広げる。


「はて、こんなところに枝分かれがありますよ。地図にはないですね」

「うーん、方向からするとー、多分、左の道だと思うのですがー」


 御者台のアンとデュースが首を傾げている。

 馬車から降りて様子を見ると、確かに右のほうが新しく、出来たての道にみえる。


「新しい集落などができてー、急に道ができたんですかねー」

「となると、左に行くべきか。まあ、急ぐ旅じゃないから、多少遠回りになっても問題無いだろう」

「そうですねー」


 相談していると、右の新しい道から荷馬車がやってきた。

 ホッカムリをした中年女と、小柄でむっちりした若い娘が乗っている。

 ちょうどいい、聞いてみよう。


「すいませーん、ちょっといいですかー」


 デュースが声をかけると若い娘のほうが反応した。


「あんれま、めずらしい。こげなところにご立派な紳士様がぁ」


 凄い訛りだな。

 これはこれでいいものだが。


「今来られた道は、どちらに通じているのでしょう?」

「こっちは畑しかねえだよ」

「そうですかー」

「んだ、あたらしい畑さこしらえて、作ったばかりの道だあよ」

「そうでしたかー。ではドド村へはこちらの左の道でよろしいんですねー」

「んだんだ、おらたちも村にけえるところだ。ついてくるとええだよ」


 というので、先導してもらうことにした。

 荷馬車について三十分も進むと村に着く。


「今日はこの近くで泊まりましょうー」

「そうだな、いい場所はあるか?」

「聞いてみましょうかー」


 そこに、先程の娘が向こうからやって来た。


「紳士さまぁ、野営なさるんなら、水場に案内するだ」

「おお、それは助かります」


 娘が案内してくれたのは村外れの河原で、他の旅人も使うのか、焚き火の跡があちらこちらに見える。


「ここの水は綺麗だで、村でも使ってますだ。洗い物をするなら、あの大岩より下流でたのむだ。飲水は、上流の水汲み場でとるのが習わしですだよ」

「世話になるね。遅くなったが、私はクリュウ。見ての通りの旅のものだ。代表して礼を言うよ、ありがとう」

「そ、そそそそげなこと、もったいないだ。お、おらはモアノアっていうだ」


 丸い顔を真っ赤に染めてもじもじとうつむく姿がかわいい。


「本当なら村長がご挨拶に来るところだべが、今、村の男手が集まって、森に魔物退治に行くところだよ」

「そりゃ、たいへんだな」

「んにゃ、ギアントが三匹ほどって話だから、平気だべ」


 それだけ話すと、モアノアと名乗った娘は村に戻っていった。

 俺と一緒に彼女を見送ったアンが口を開く。


「彼女、ミモア族でしたね」

「ミモア族?」

「フルンやエンテルと同じ、古代種の一つです。温和で怪力なことで知られています。この辺りでは珍しいですね」


 気は優しくて力持ちってことか。

 色々いるもんだな。


 いつものように、テントを張って火をおこす。


「しかし水場が近いとキャンプも楽だな」

「そうですね、飲み水は余裕を持ってますけど、入れ替えて行きましょう」


 気がつけば西の空が真っ赤に染まっていた。

 ぼちぼち夕食という段になって、なにやら村のほうが騒がしくなってきたようだ。


「ちょっと様子を見てくるよ」


 と、エレンがパンをくわえたまま駆け出す。

 十分ほどで、昼間の中年女と、先程のモアノアという少女をつれて戻ってきた。


「紳士様、折り入ってお頼みしたいことがあるだ」


 村長の妻だという中年女の話はこうだ。


 北の森にギアントが住み着いたのは二月前のことだそうだ。

 はじめはトラブルもなく、警戒しつつも様子を見ていたが、二週間ほど前から異変が起きた。

 放牧していた牛が行方不明になったのだ。

 無論、牛を狙うのは魔物だけではない。

 だが、今日の昼間に、ギアントに牛がさらわれるのを放牧中の少年がみつけたのだそうだ。

 そこで、女の亭主である村長が若い衆十人ほど連れて討伐に向かった。

 このような田舎の村では、魔物退治も自分たちでやる。

 村長も若いころに冒険者として腕を鳴らしていたらしく、さほど困難な話ではないはずだった。

 しかし魔物は思いの外、数が多く、先ほど一人が命からがら逃げてきたそうだ。


「お礼はできるだけいたしますだよ、どうか、おたのみもうしますだ……」


 そう言って、村長の妻は深く頭を下げる。

 黙って話を聞いていたデュースが口を開く。


「人数はわかりますかー?」

「戻ったもんの話では、ギアントが十匹はいるっちゅーいう話だで」

「うーん、ちょっと多いですねー。とは言え見捨てるわけにもいかないでしょう」

「そうだな。支度をしよう」

「紳士様、オラが案内しますだ」


 俺達が同意すると、ぽっちゃり娘のモアノアが案内を買って出る。


「危険だぞ?」

「わかってますだ。でも、道案内は必要ですだよ」


 デュースに目配せすると、頷いて返す。

 だったら、話は決まりだ。

 セス、デュース、オルエン、紅、レーン、エレン、俺の七人で早速森に入る。

 戦力的には俺が一番要らない気もするが、体裁もあるしな。

 なにより、こいつらだけ危険に合わせるのはちょっとね。


「紅、まだ話の場所まで遠いが、しっかり見張ってくれよ」

「了解しました。この距離では、大きく分けて四箇所に生命反応が感じられます。うち二箇所が魔物です」


 小走りに森の小道を進む。

 全員が松明かランタンを持っている。

 夜目が聞かない以上、明かりはいるのだ。

 相手に知られたとしても、仕方があるまい。


「個別に識別できるまで精度が上がりました。ギアントと思しきコアが八、さらに二百メートル北に同タイプのコアが三。人間は分散していますが、八体の魔物のそばに数人、少し西に一人または二人、反対方向におそらく一人」

「バラバラに逃げ惑っているということか」

「人間はコアがないので精度が低くなります。取りこぼしがあるかもしれません」

「わかった。とにかく急ごう、用心してな」


 自動人形である紅はレーダーのようにコアを検知できるので、こうした屋外での行動には非常に役に立つ。

 ダンジョンだとまた話は変わるようで、レーダーの精度はぐっと下がるらしい。

 そういう場合は逆に盗賊であるエレンの方が、鼻が利く。

 それに隠密行動となればエレンの独壇場だ。


 おおまかな方向がわかれば、後はモアノアの案内でまっすぐ進める。

 百メートルほど手前まで近づいた所で、盗賊のエレンが斥候に出た。


「どうだ、紅。動きはあるか?」

「ありません。魔物は交代で休んでいるように感じられます」

「ふぬ。村の人は?」

「かわらず、この先の八体のそばに五人。これは捕獲されていると思われます。また、ここから西に五十メートルほどのところに二人、これはとても弱っています」

「わかった、オルエン、紅と一緒にそっちを見てきてくれるか」


 オルエンは無言で頷くと、紅とともに離れた。

 俺達は茂みに隠れ、なるべく明かりが見えないようにする。

 相手が眠っているなら奇襲をかける手もある。

 俺は静かにすわって、エレンの気配を感じていた。

 静かに移動しているようだ。

 何かあれば多少の変化はわかるだろう。

 オルエンと紅は別れたように感じる。

 紅だけが戻ってくるのかな?

 少し待つと、紅が戻ってきた。


「どうだった?」

「負傷した村人がいました」

「ふ、負傷!? だ、だいじょうぶだか?」


 モアノアが動揺して紅を問いただす。


「落ち着いて」


 俺が優しくなだめると、モアノアはたちまち顔を赤らめて謝った。


「あ……す、すまんだす」

「それで、どうなんだ」

「二人共骨折などの重い怪我ですが、命に別状は無さそうです。オルエンが簡単な手当をしています。もう少しかかりそうなので、私が報告に戻りました」

「それで、なにか話は聞けたか?」

「詳しいことはあまり。集団と正面から戦闘になり、多勢に押されて四散。あとはひたすら逃げたものの、途中で痛みに耐え切れずにうずくまっていた、ということです」

「そうか、あまり役にはたたんな。それで、その二人は動けそうか? レーンをやったほうがいいか?」

「歩くのは無理でしょう。レーンでも治療には二、三時間かかります。手当の後に、その場に隠すとオルエンは言っていました。私も妥当な判断だと考えます」

「わかった、そっちはそれでいい。エレンの様子はわかるか?」

「現在、こちらに戻っているようです。あと一分ほどで戻るでしょう。私はもう一度オルエンのところに行こうと思いますがよろしいですか」

「よし、行ってくれ」


 紅と入れ違いにエレンが戻ってきた。


「おつかれさん、どうだった」

「ギアントが八匹、酒を飲んでるね。ただ、ギアントは単純だけど、油断してるかどうかはわからない。二十メートル四方の広場で、中央に篝火を焚いてたね。村人が五人、捕まってたよ。全員無事で、死体は見当たらなかったねえ」


 地面に簡単な見取り図を書きながら、エレンが説明を続ける。


「それに別の三匹ってのは見つけられなかったよ。気配は確かに感じたんだけど、道が見つからなくて。ギアントは人を食うことはあまりないと思うけど、捕虜をいつまで生かしておくかはわからないから、急いだほうがいいね」

「そうか」

「オルエンと紅は?」

「あの二人は……」


 手短に説明する。


「ふーん。あれ、戻ってきたんじゃない?」


 とエレンのいったとおり、二人が戻ってきた。


「ご苦労だったな、二人共」

「怪我は軽くは…ありませんでした。はやめに、決着をつけるべき……かと」

「あ、あの……」


 なにかためらっているモアノアを見て、代わりにオルエンに確認する。


「ところで二人の名前は聞いたのか?」

「カラとキクラ、そう…申していました」

「そ、そうだか。カラはエントを嫁にもらったばかりだで、無事でよかっただ」

「まだ他の人もいる。急いで助けないとな」

「んだ、たのむだよ、紳士様。お礼は村を上げてかならず……」

「期待してるよ」


 笑ってモアノアを励ます。

 ぽっちゃりと愛らしかった顔が、緊張でこわばっている。

 かなり精神的にまいってるな。

 魔物も怖いだろうが、捕虜の中に恋人でもいるんだろうか。

 とにかく、急いで助けよう。


「エレンも戻ったし、改めて作戦を立てようか」


 皆を集めて相談する。


「篝火があるならー、火を消して近づいて奇襲をかけましょー」


 デュースのたてた作戦はこうだ。

 ふた手に分かれてオルエンと俺が先陣を切って突っ込む。

 これは囮だ。

 注意を引きつけた上で、別動のセスとエレンが捕虜の安全を確保する。

 その上でデュースが魔法で仕留める。

 レーンと紅はデュースの護衛と、残り三匹の動向をフォロー。


「先陣は私とオルエンのほうが良いのでは?」


 とセスがたずねる。


「実力で言えばそうなんですけどねー」

「先陣は危険です」

「ですけど、先陣は囮ですからー、ご主人様ではいざというときに捕虜の安全が心配なんですよー」


 セスにすれば、村人と俺の命を秤にかけるのが不満なのだろう。


「まあ、大丈夫だって。俺もそろそろ、役に立ちたいしな」

「ご主人様……申し訳ありません。日々の鍛錬を忘れずに、基本に立ち返ってお臨みください」


 気配を殺して夜道を進む。

 月明かりもささない夜の森は、なんだかおそろしい。

 自分の鼓動が、やけに鳴り響く。

 やがて前方に明かりが見えてきた。

 俺達はふた手に別れて、更に進んだ。


 大きな篝火の周りでギアントが酒を飲んでいる。

 熊ほどもある筋肉の塊のような魔物だ。

 ほぼ全裸で、獣の皮の腰巻きを身につけている。

 もしこっちの世界に来て最初にあんな奴に出会っていたら、ちびりながら命乞いするのはまちがいなしだなあ。

 だが、これでも結構、戦いには慣れてきたはずだ。


 改めて様子を見ると、ギアントのうち三匹が、人質の側にいる。


「まずいな」

「読みが…当たりました。あちらには…セスが必要です」

「そうだな」

「そろそろ……切り込みます」

「よし、俺はお前についていくから、よろしく頼むよ」

「かしこまりました、マイロード。決して、離れずに……」


 茂みから飛び出すと、オルエンは、勇ましい咆哮を上げる。

 さすがの大声にギアントたちも驚いたのか、一斉にこちらを向く。

 と同時に、エレンが放ったのであろう弓が、見張りのギアントの首筋に突き立つ。

 次の瞬間にはもう、オルエンは敵との距離を半分にまで詰めていた。

 一番手前で座って酒を飲んでいたギアントは立ち上がって振り返る途中に、オルエンの槍に胴を貫かれて即死する。

 そのままオルエンは槍を手放すと剣を抜き放ち、隣のギアントの首筋に叩き込むと、その首が綺麗な弧を描いて篝火に飛び込んだ。


 俺が追いついた時には、すでにオルエンは三匹目と剣を交えていた。

 俺はその横をフォローするように、走り寄ってきたギアントの剣を受け流す。

 ずしりと重い。

 自分の倍はあろうというギアントの体から繰り出される一撃だ。

 俺のにわか剣法では、そうそう歯が立つまい。

 セスに教わった動きを忠実に守るように、ひたすら防御に徹する。

 オルエンの背中を守るのが俺の仕事だ。


 背後でどーんと地響きがする。

 たぶんデュースの魔法だろう。

 だが、振り向いて確認する余裕はない。


 そうして受け流しているつもりでも、腕にダメージは残る。

 徐々にしびれが広がり、反応が緩慢になる。

 だめだ、もう持たねえ。


 思わず弱音を吐きそうになった時に、セスの教えを思い出す。

 付き従う陰のように相手の気を受け流す、これ気陰流の極意です。

 その言葉が突然、すっと腑に落ちて、何かがわかった気がした。

 何がわかったのかはよくわからないが、体の力みが取れて、相手の動きが気がしたのだ。

 むろん、それは一瞬のことだ。

 詳しく覚えてはいないが、相手の振り下ろした大剣を、ほとんど力も入れずに受け流す。


 軽い。

 まるで力が不要で、拍子抜けするぐらいだ。


 それは敵も同じだったようで、空回りした力が行き場を失い、ギアントはまるで氷の上を歩くかのように体勢を崩し、前のめりに倒れた。

 そうしてスキだらけになった首筋に、俺はバダム翁に貰った愛剣の東風を叩き込んだ。

 景気良く、ぽんとギアントの首が飛ぶ。

 それだけで敵は絶命してしまった。

 あまりのあっけなさに、放心した瞬間、オルエンが叫ぶ。


「危ない!」


 肉薄したギアントのタックルを食らい、俺は吹き飛ぶ。

 かろうじて受け身はとれたものの、激しい衝撃に息が詰まる。

 そのまま追撃してくるギアントから、転がるように距離を取る。

 そこに飛来した矢がギアントの目玉に突き刺さり、次の瞬間、その首が宙を待った。

 セスだった。


「大丈夫ですか?」

「あ、ああ」

「何かを掴まれましたね。ですが、油断や慢心は、そう言う時にこそ人の心に忍ぶもの、お気をつけください」

「覚えとこう」


 今のギアントが最後の一匹だった。

 俺は返り血を拭いながら、全員の無事を確かめる。

 村人は、五人とも無事だった。

 そのうちの一人が村長らしい。

 まだ若い。

 せいぜい俺より一回り上といったところか。


「ありがとうございます、紳士様。おかげで助かりました」

「途中、お仲間を二人を見つけて、治療しております」

「あの二人は無事でしたか」

「村長、無事でよかっただ」


 茂みに隠れていたモアノアも出てくる。


「モアノア、お前まで来てただか」

「紳士様を案内してきただ」

「おお、ようやっただな」

「んで、他の人は?」

「わからん」

「そ、そんな。ペルロにおとうを連れて帰ると約束しただよ!」

「う、うぬ……」


 紅の調べでは、あと一人か二人いると言っていた。

 そっちも急いで助けないと。


「マスター、例の三匹が移動をはじめました」

「なに? こっちに来るのか?」

「いえ。村の方に進んでいます」


 それを聞いた村長が、


「な、なんですと! む、村には女子供ばかりで……」


 アンたちも心配だが、どうだろう。


「守りに徹するようには言ってきましたがー、プールがいるので大丈夫だとは思いますけどー」


 とデュース。


「僕とセスで先行するよ」


 とエレンの言葉にセスも同意する。


「まかせた、俺達もすぐに行く」

「ここからなら、こっちの道を真っ直ぐ行くといいだよ。途中一回だけ二股があるだで、そこは右にいくだ」

「了解、じゃあお先に」


 二人はモアノアの示した道を駆け出す。

 すぐに姿は森のなかに消えてしまった。

 俺達もすぐに追いかけたいところだが、けが人もいる村人を置いていって大丈夫だろうか。

 悩んでいても仕方がないので、オルエン一人を護衛につけて、来た道を戻ってもらうことにする。

 最初に見つけた村人の回収も必要だしな。

 こういう仕事は、やはり騎士であるオルエンがふさわしいだろう。


「お気をつけて、マイロード」


 残りの面子で、俺達もセスのあとを追うことにする。


「ちょっと待って下さいー、先に狼煙を上げましょう」

「狼煙?」

「こんな事もあろうかと、用意してあるんですよー」


 とデュースが懐から御札を取り出した。


「行きますよー、それ!」


 何やら呪文を唱えて御札を放り投げると、まるで打ち上げ花火のように舞い上がり、上空で黄色い火の玉が輝いた。

 一分ほど上空で光り続けた後、音もなく消える。


「黄色は危険を伝える印ですー。気づいてくれるといいんですがー」

「大丈夫だ、あいつらならうまくやるさ」


 モアノアは本人の希望で俺達が連れて行くことにした。


「い、急ぎますだ」


 その声を合図に、俺達は再び夜の森を駈け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る