第62話 海水浴

 潮の香りがする。


「あの丘を超えたら海ですよー」


 ひときわまったりしたデュースの声に顔を上げる。

 ゆるやかに続く登り坂の先には鮮やかな雲が見えた。

 なんだか温かい。

 すっかり春だなあ。


 ふと、つよい向かい風に煽られて、馬車の速度が落ちる。


「メデの海風ですねー、この辺りは一年中海からの風が吹いているそうですよー」

「うわーっ!」


 デュースの説明にかぶるように、屋根にいたフルンが歓声を上げる。

 ついで俺の視界にも飛び込んでくる。

 果てしなく広がる水平線、純白の砂浜。

 海だ。


「すごい! おっきい! 綺麗!」


 フルンの声につられて、馬車の中からみんなも顔を出す。


「まあ、これが海でございますか」


 控えめなエクも珍しく顔を出し、感嘆の声を上げている。

 何人かは海を見たことがないらしい。

 初めてだと、そりゃ感動するわな。

 しかもテレビとかでいつでも目にできるものでもないし。


「今日の目的地までどれぐらいだ?」

「まだ、三時間はかかりますねー」

「だったら、浜辺ですこし休んでいくか」


 砂浜にテーブルを広げて火をおこす。

 砂浜で吹きさらしだと、さすがにまだ肌寒いな。


 待ちきれないのか、フルンは服を脱ぎ捨てて海に飛び込んでしまった。

 アフリエールとウクレ、リプルも一緒だ。

 元気だねえ。

 ウクレは風邪引くんじゃないかとおもったが、まあいいだろ。


「いいんですか?」


 とアンが心配そうに尋ねるが、


「大丈夫だろ、子供のうちはちょっとぐらい無茶しても平気だよ」

「そんなものでしょうか」

「俺がガキの頃もあんなもんだったよ。とりあえずお湯でもたっぷり沸かしといてやれ」

「そうしましょう」


 せっかくなので裸で波と弄れる少女たちの姿をスマホで撮影してみる。

 撮った写真を画面越しで見るといろいろやばいな。

 横から覗いていたデュースとエンテルは、素直に驚いていた。


「すごいですねー、こうやって見たままの姿が保存しておけるなんてー。しかも本物そっくりですよー」

「写真、というのはアカデミアで研究している人もいましたけど、こう大きな金属板になにか薬品を処理して、とやっていたようですが、これはどういう仕組なんでしょうか」


 仕組みといわれても、ここまで来るとわからんよな。

 ソフトの方なら多少わかるんだけど。

 もっともフィルムのカメラだって、どういう仕組で現像とかしてるのかわからないけどな。


「動画も取れるぞ」

「動画とは何でしょうー?」

「試してみようか。エンテル、ちょっと合図したらスカートをまくってみてくれよ」

「ここでですか? ひと目もないのでかまいませんけど」


 おずおずとスカートをめくるエンテルの姿を動画に収めて見てみる。


「な、なんですかこれは。こ、こんなはずかしい、は、破廉恥過ぎます!」

「うわー、すごいですねー、動いてますねー、声もついてますねー」

「いいだろ」

「いいですねー。ですが、こんなすごい発明をスケベなことに使うというのはどうなんでしょー」


 いや、あくまで実験だから。


「しかし、これはいろんなことに使えそうですねー」


 そうだな。

 いつ壊れるかもわからないし、出し惜しみせずに使うとしよう。


 俺がカメラで遊んでる間に、アン達はちょっと早いが昼食の支度をはじめていた。

 テーブルを並べていた侍のセスが、海を見つめて手を止める。

 どうやらセスも海ははじめてらしい。

 エツレヤアンは海から近いだろうに、修行ばっかりしてたからかな。


「こんなに水があったら楽でしょうね」

「飲めないけどな、しょっぱくて」

「そうなのですか?」

「たぶん。どうなんだ、デュース」

「無理ですねー、塩がまじっているので。洗濯にも使えませんよー」

「こんなにもいっぱいあるのにもったいないですね」


 食事の支度ができたので、水遊びしていた連中をよびもどす。


「すっごい、すっごいたのしかったー。波がざばーっときて、砂がずぶずぶーってなって、またざばー」


 素っ裸で塩水を滴らせながらフルンが興奮して騒ぐ。

 楽しいのは分かったから、水で流してちゃんと服を着ろ。


 ウクレはすこし青ざめて震えていたが、それでもフルンに負けないほどに興奮していた。


「すごいです、たのしいです、波がおしよせてきて、足が砂にうまって、また波が……」


 うんうん、言ってることがフルンと同じなあたり、相当盛り上がったようだな。

 俺も一緒に遊べばよかったかと思ったが、まあ、無理だよな。

 だって冷たそうだもん。


 四人共しばらく火にあたって温めたミルクを飲むだけで、震えも収まったようだ。

 もちろんフルンやリプルはそのままでも平気みたいだったけど。


 まったりと昼食をとって、食後の珈琲を楽しむ。

 これだけの綺麗な砂浜を貸切で使えるなんて、贅沢な話だ。


 穏やかな海を見ていて、ふと疑問が浮かぶ。


「海には魔物はいないのか?」

「陸に比べると魔物はあまりいないんじゃないでしょうかー。鮫などの危険な生物はいますけどー、別にあれは魔物じゃないですしー。いつぞやのイカは珍しい方ですねー」


 鮫か。

 フカヒレ食べたいなあ。


「フカヒレとはなんでしょうー?」

「鮫のことをフカともいうんだけどな、そのヒレを干物にしてスープとかに使うんだよ。これがまたうまい」

「なるほどー、魚の干物のスープはよく見かけますし、そういう料理もあるかもしれませんねー、これから海沿いの町を通りますし、探してみましょー」




 後始末をして、海沿いの田舎道を進む。

 人通りは少ないが、道沿いには砂防の植林がされていて、道も整備されている。

 ちゃんとしてるもんだなあ。


 フルンは遊び足りないようだったが、もうすこし暖かくなれば、また遊ばせてやるさ。

 しばらくは、海沿いらしいしな。

 やっぱり次は、俺も遊ぼう。

 でも、素っ裸は勘弁な。


 御者台ではセスがデュースの相手をしている。

 そのすぐ後ろに腰を下ろし、仕切りのカーテンをあけて、中から外を眺めていた。


 のどかだねえ。

 のどかすぎて手持ち無沙汰なので、右手にペイルーン、左手にエンテルを抱きかかえてみた。

 揉み比べるとわかるが、ボリューム感で三倍ぐらい違うなあ。

 ペイルーンとウクレでも三倍ぐらい違うので、九倍ぐらいのスケール感を堪能できるんだな。

 乳揉みも奥が深いぜ。

 などとぼんやり考えていると、セスとデュースの会話が耳に入る。


「あまり人通りがないですね」

「そうですねー、この辺りは大きな町もないのでー、もう少し進まないとー」

「ですが、交易ルートなのでしょう?」

「街道はもっと山裾の方ですよー。ご主人様が海を見たいからこっちを通ろうって話したじゃないですかー」

「そうだっけ?」


 キャビンの中から返事をすると、


「そうですよー」


 と返ってくる。

 じゃあ、そうかも。


「三日もすすめばー、元の道に合流しますよー」


 などとたわいない会話を続けながら揉みしだく。

 ペイルーンは比べるとあまり揉むところがないので、ついエンテル中心で揉んでしまう。


「ん……ぁ…はぁ……」


 時折漏れる吐息が色っぽい。


「ちょっと、差別しないで私も揉みなさいよ」

「いや、べつに差別してる気はないんだけど、こうでかいとな、つい」

「じゃあ、私も揉んでみようかしら」

「ちょ、ちょっとペイルーン、やめてちょうだ……んぁ」

「ほんと、でかいわね。やわらかいし。何が詰まってるのかしら」

「お前と同じだと思うぞ」

「私はこんなにわしづかみにしてはみ出すほど詰まってないもの」

「デュースも結構違った感触だぞ」

「そうなの? どれどれ」


 とペイルーンは前にいるデュースの脇から手を伸ばす


「なにをしてるんですかー、あ、や、やめてくださいー、あぶないじゃ、あひゃー」

「ほんと、むっちりしてるというか、重いというか」

「オルエンが一番張りがあるかな、ぱんぱんに詰まってる感じでな」

「気になるじゃない、ちょっとー、オルエン! 馬を代わってこっち来なさいよ」


 ペイルーンの呼びかけに愛馬で並走していたオルエンはちらりとこちらを一瞥するが、すっとそのまま馬を進めてしまった。

 ちゃんと聞いてたのか。

 さすがに隙がないな。


「あーもう。いいわよ、あとで揉み比べるから」

「楽しそうだな。俺も仲間に入れてくれ」

「ご主人様は毎日揉んでるでしょうが」

「そりゃまあ、そうなんだけど」

「あまり騒ぐと、せっかく寝付いたフルンたちが起きるじゃないですか、程々にしてください」


 とアンに怒られた。

 みると遊び疲れたのか、子どもたちが揃って寝ている。

 俺も寝ようかねえ。


 その場に横になると、アンが毛布を手渡してくれた。

 エンテルがそれを受け取ると、俺にかけながら自分も隣に添い寝する。

 その胸に顔をうずめるようにして、俺はたっぷりと昼寝を楽しんだ。




「今日のキャンプ地につきましたよー」


 デュースの声で目を覚ます。

 すでに日は傾きかけていた。

 結構、時間がかかったんだな。


「いい水場が見つからなかったんですよー、地図にあった水場はこの時期は枯れているようで、一つ先まできたものでしてー」

「そりゃあ、ご苦労だったな。早速準備するか」


 今日のキャンプ地には、先客が数組いた。

 やはりお仲間がいるとすこし落ち着く。

 うちは大所帯とはいえ、自分たちだけだとなんか物寂しいからな。


 支度を終えると、すでに日は暮れてしまっていた。

 これからだと狩りに行くこともできないな。


「ちょっと罠を仕掛けてきたよ。運が良ければ明日のお昼だね」


 とエレン。

 いつの間に仕込んできたのやら。


 昼寝したので眠くはないが、ご奉仕ばかりじゃ身がもたない。

 とそこで、思い出した。

 トランプとかカードゲームを日本に戻された時にいくつか持ってきたんだった。

 一時期職場で流行ったので買ったものだが、うちに持って帰ってそのままだったんだよな。

 カードゲームはともかく、トランプぐらいならこちらでも作って売れるかもしれないという目論見もあるわけだが。


 それはさておき、みんなで遊ぶ。


「はーとの三、三ないのー?」

「出したらフルンがあがっちゃうじゃないか」

「あー、エレンが持ってるの? 出してよー」

「僕が持ってるとは言ってないよ?」

「じゃあ、デュース?」

「さあ、どうでしょうねー」

「ううう、みんなずるい、出せるの無い! パスっ!」


 七並べなんて何十年ぶりだろう、と思うのだが、こうしてわいわい遊ぶのは楽しいもんだ。

 将棋とかもあれば持ってきたかったけどな、持ってないので仕方ない。

 今度エレンに作ってもらおう。


 七並べはエレンのお情けでフルンがあがったようだ。

 俺はアンが入れてくれたホットブランデーをちびちびやってあったまる。


「あまり夜更かしをさせてはよくないのでは?」


 とアンが言うのももっともで、フルン達は眠い目をこすりながら遊んでいる。

 まあ、気持ちはわからんでもない。

 新しいゲームにハマるとやめられないよな。

 だが、ここでビシッとしめるのも家長の仕事だといえよう。

 というわけで、びしっと言ってみた。


「えー、じゃああと一回だけ、一回! 一回でいいからやらせてー!」


 そうやって犬耳をぱたぱたさせながらフルンに懇願されると弱いんだよな。

 しょうがない、俺も入ってサクッと終わらせてやろう。


 ……と思ったわけだが、そううまくは行かないわけで。

 一番に負けてしまい、アンに白い目で見られているところだったり。

 くそう、こんな運要素の高いゲームで負けても悔しくないぞ

 やっぱり紳士はブリッジとかしないとな。

 とにかくなんでもいいから、勝つんだ俺。


 そうして夜更けまで続いた勝負の結果がどうなったかは、あえて語るまい。

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