第58話 塔の探索 前編

「では、お気をつけて」


 居残り組に見送られて、俺達はキャンプを出発する。

 塔までは徒歩で十五分ほどなので、余計な荷物が不要なのは助かるな。


 村外れのあぜ道を歩くうちに、どこから湧いたのか、冒険者がぞろぞろと現れる。

 これだけの数がまとめて塔に挑むのか。

 魔物の数が足りないんじゃないのか?


 などと余計な心配をしているうちに塔につく。

 近づいて初めて気がついたが、塔の材質がなんだかおかしい。

 石積みの壁かと思ったが違うようだ。

 妙につるつるして、光沢があり、プラスチックのようにも見える。

 手近な石で引っ掻いてみたが、傷はつかない。


「むだですよー、試練の塔はステンレスでできてますからー」


 これが噂のステンレスか。

 しかし堅い。

 セラミックの類だろうか。

 以前の色欲の塔はたんに古びた石造りに見えたが、ここが違うのは新しいからなんだろうか。


「まあいい、じゃあ打ち合わせ通りの陣形で進むとしよう」


 オルエンとフルンが前衛。俺とデュース、レーンは中衛、殿をセスが努め、エレンはその都度臨機応変に進む。

 ひと通り装備を確認すると、いかめしい門をくぐって塔に入る。


「しんしクリューのぼうけんは、ここからはじまるのです!」


 とフルンが勇ましく宣言する。

 先頭を任されて、張り切っているようだ。


「いざ我ら、試練の道を踏み出さん!」


 フルンの口上を受けて、レーンもノリノリだ。


 セラミック風の床は、冒険者に踏み荒らされて汚れていたが、天井などはまだ綺麗なものだ。

 外周部は窓からの明かりがさすが、少し奥に入ると急に暗くなる。

 それでも要所には篝火がたかれている。

 レーンがランタンを持ち、オルエンは松明を持つ。

 先頭は松明が都合がいいらしい。

 炎で蜘蛛の巣を焼き払ったり、いざとなればそのまま殴りつけたり、火をつけたりもできる。

 ランタンは、よくできたもので、多少転がしても火が消えないそうだ。

 ガラスが割れるんじゃないかと思ったが、ガラスじゃなくて透明な石らしい。

 石英かなにかだろうか。

 そういえば精霊石も宝石のように透明な石だったな。


 しばらく道なりに進む。

 開けた所では冒険者が溜まっていた。

 なんでも魔物が現れるのを待っているらしい。

 ときおり、小部屋の暗がりから出てくるそうだ。

 どういう仕組なんだろう。


「塔と同じく、女神様が作られたと言われていますね!」


 と坊主らしく蘊蓄を立てるレーン。


「じゃあ、色欲の塔にいた女魔族みたいなのも作り物か?」

「あの淫魔の類いは、塔に出現する前の記憶をもたないと言われていますね」


 それを聞いたデュースが、


「魔界につながっているゲートがあってー、そこから召喚されているともいわれてますけどー、実際に魔界の側でゲートの入り口を確認した人はいないようですしー、こちらの説は眉唾ですねー」

「ふうん、不思議なもんだな」


 緊張感の無い会話をしながらしばらく行くと階段が見つかる。

 結局、一度も敵に遭遇しないまま二階に登ると、いきなり敵に出くわした。

 以前アカデミアの地下で俺がひどい目にあった黄色い肌の巨人、ギアントだ。

 身長二メートル以上のマッチョ野郎で、腰蓑一つで棍棒を振り回す鬼みたいな奴だ。

 酒場の親父はこいつがここで一番強いと言っていたな。

 うちのパーティなら一匹ぐらいは余裕なはずだが、同じギアントでも変異種などもいるそうなので、油断は禁物だ。


 どうにか退けるが、途中、突出しすぎたフルンをかばって、オルエンが軽傷を負った。

 一番簡単な治癒呪文で完治する程度の傷で、オルエンは気にするなとさっさと自分で呪文を唱えて治してしまった。

 怪我自体は大したことはなかったんだが、フルンはちょっと落ち込んでいるようだった。

 難しいお年ごろなのかな?

 と思っていたら、デュースが声をひそめて、


「ご主人様にいいところを見せようとして失敗したので反省してるんですよー」


 なるほど。

 やっぱり難しいお年ごろなんだな。

 もっとも探索は命がけなので、気は引き締めてもらわないとな。

 やはり油断はいかん。


 まあ、フルンの指導はセスに任せてある。

 倒したギアントからコアを回収し、俺達は先に進んだ。




 二階で何匹か魔物を倒したところで昼になった。

 弁当は持ってきているが、今日はここで引き上げることにする。

 久しぶりの実戦であることや、なれない馬車移動の疲れもある。

 それに塔の攻略はじっくり腰を据えたほうがいいらしい。


 そんなわけで、俺達は早々に塔を後にした。

 集めたコアを換金するために、村に行く。

 商人ギルドと同様に冒険者組合というギルドがあり、そこでコアをお金に変えてくれる。

 塔の出現に合わせてできた出張所のようなもので役場の一角にとってつけたように事務所を構えているが、いつも冒険者であふれている。

 さっそく換金したところ、大した金額ではなかったが、それでもエツレヤアンにいた頃の売上一日分よりは多い。

 こつこつ稼げば生活費には困らないだろう。

 もっとも俺達の旅の目的は、紳士の試練を成し遂げることなんだけど。

 あくまでそのための修行なんだよな、今は。


 受け取った金を手に、キャンプに戻ると、アンが出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ。お怪我はありませんか?」

「ああ、概ね大丈夫」

「それは何より。まずは汗を拭ってください」


 馬車の奥に囲いを作って、水浴びができるようにしてある。

 水は朝のうちにアフリエールたちが組んできたらしい。

 ありがたいことだ。

 後でたっぷり労ってやらんとなあ。


 汗を流すと、ペイルーンがタオルを持ってきて、体を拭ってくれる。


「どうだった? 初の試練の塔は」

「うーん、まだ二階までだからなあ、普通のダンジョンとの違いはわからんな」

「そんなもんなの。明日は私も行ってみようかしら」

「そうだな、ローテーションを回したいし。でも丸薬はいいのか?」

「こっちは平気よ。御札は大変みたいだけど」

「売上はどうだった?」

「朝のうちはそこそこかしら。その後はほとんどお客さんはいなかったんだけど、昼前に商人風の男がまとめて買っていったわよ」

「ふぬ」

「そろそろ、他の冒険者も戻るから、また少し売れるんじゃない?」

「だといいがな」


 話しながらもペイルーンはまんべんなく俺の体を拭いてくれる。

 なんかこうして女の子に体を拭いてもらうのも当たり前になってしまったな。

 人間、変われば変わるもんだ。

 などと考えていると、どこからか血の匂いがする。

 これもこちらに来てから覚えた臭いだ。


「ああ、それは……」


 とペイルーンが言いかけた所で、奥から紅が絞めた鳥を手に下げて入ってきた。


「これの匂いでしょう、マスター」

「鳥か」

「朝市でアンが買って来ました。絞めて血抜きと羽むしりを終えたところです」

「ごちそうだな」


 体を清め、軽装に着替えてさっぱりした所で焚き火の隣にひいたむしろの上でごろりと横になる。

 背後はタープで覆われているし、反対側には馬車がとめてあるので、死角になって周りからは見えない。

 ここでなら多少イチャイチャしても平気だよな。


 エクに膝枕をしてもらい、ペイルーンとエンテルにマッサージしてもらう。

 至福のひとときだ。

 俺のあとに汗を流していたセスたちも戻り、銘々が火の周りやむしろに腰を下ろす。

 フルンだけはテントの裏で素振りをしていた。


「いいのか?」


 とセスに問うと、


「自分から言い出しました。やらせておきましょう」


 オルエンも、


「私にも……ああした時が……ありました。フルンは強く……なります」


 と嬉しそうに言う。

 うん、俺もそう思うよ。




 焚き火には鍋がかかり、リプルの搾った乳が煮立っている。

 頃合いを見て、リプルが自らそれを注いでくれた。

 これを飲むと落ち着くねえ。


 ほんのりあまいミルクの香りを楽しんでいると、アンがやってきた。


「今日は業者さんの大量購入があったのですが、どうしたものでしょうか」

「定価で売ったのか?」

「はい」

「ならいいんじゃないか。ここに住み着いて商売するわけじゃないんだ、むしろ売れるうちに売れるだけ売ってしまうほうがいいだろうな」

「そういうものでしょうか」

「だいたい、他から仕入れる店が出てくれば、最終的に価格競争になるんじゃないか? そうなるとうちみたいな零細は割に合わん」

「なるほど。では、今のうちにたくさん作って売れるだけ売り切ったほうがいいですね」

「だと思うぞ。言うまでもないだろうけど、品質はきちんとな」

「それはもちろんです。神に捧げる御札ですから」


 手を付けていなかった弁当やらで軽めに昼食を済ませると、明日の相談をする。

 進行役は例のごとくベテランのデュースで。


「やはり七人は多かったですねー。少々窮屈でした。明日は六人で行ってみましょー」


 具体的にはどうするんだ?


「まずですねー、私とレーンはクラス的に替えが効かないので固定で行きましょうかー」


 ふぬ。


「前衛は、セスとオルエンのどちらかとフルンのペアで、中衛はエレン、紅のどちらかと、ご主人様。後衛は私とレーンでどうでしょう」


 というデュースの案に、ペイルーンが口を出す。


「あら、私も連れてってよ」

「お店の方は大丈夫ですかー?」

「私はね。アンは無理そうだけど」

「では、フルンの代わりに入ってもらいましょうかー」

「えー、おるすばん?」


 とフルンが駄々をこねるかと思ったが、割と素直に頷いた。


「あそびに行くんじゃないもんね。きょーちょーとばらんすがだいじ!」


 というフルンに、セスもにっこり頷く。

 フルンは偉いなあ。


「今はまだ早いですけどー、お店の方に余裕ができたら、二チーム作って探索するのもよいかと思いますよー」


 つまりこんな感じだ。


 セス、エレン、俺、デュース、レーンが第一チーム。

 オルエン、フルン、ペイルーン、紅、プールが第二チーム。


 として、付かず離れず、効率よく塔を回っていくという作戦だ。

 普通のパーティでも、事前に協力して非常時だけ連携する、などということはよくやるらしい。

 しかしそうなると、留守番組だけでは店番がちょっと頼りないんじゃ。


「そうですねー。これはもう少し大きな町を拠点にするまではおあずけですねー」


 ちなみに、今の留守番メンバーでも大丈夫なのかとあとで尋ねたところ、


「プールがいれば安心ですよー。彼女の幻術に対抗できるような人がー、そうそういるとは思えませんしー」


 とのことだった。

 結局明日は、騎士のオルエン、錬金術士のペイルーン、自動人形の紅、俺、僧侶のレーンに魔導師のデュースの六人で探索することにした。

 なかなかいいバランスのパーティじゃないかな?


 そんなことを話すうちに夕飯の時間になった。

 焚き火の上に鉄板を置いて、肉を並べ、更に蓋をして蒸し焼きに。

 今日もデュースがエールを樽で買ってきたようだ。

 そんなに毎日ガバガバ飲んでいいのかな?

 気にせず飲むんだけど。


「そうだ、エンテル。氷ってつくれないか?」

「つくれますけどどうするんです?」

「エールを冷やすんだ」

「冷やして飲むんですか?」

「俺の故郷じゃこういう酒はキンキンに冷やして飲むもんでな」

「では、エール自体を冷やしたほうが良さそう、試してみましょう」


 ジョッキに注いだエールに手をかざし、エンテルが何やら呪文を唱えると、手から白い煙が上がる。

 次第にジョッキに霜がつき、取っ手まで冷たくなってきた。


「おわ、つめた!」

「凍らない程度に冷えたと思いますが……」

「よし、飲んでみよう」


 きゅっと冷えたのどごし、引き立つ酸味のキレ、これぞビールッて感じだよ。


「うん、いけるな」


 しかしこういう、なんだっけ、上面発酵とかだったか、そういうビールというかエールはそれほど冷やさないほうがいいのかもしれない。

 ジョッキを渡して、飲ませてみる。


「なるほど、これはいいですね。でも、すこし旨味が落ちてるような」

「やっぱりピルスナーか」

「ピルスナーですか?」

「こういう濃い色のエールじゃなくて、金色のやつだけど、ないかな?」


「金色のエール……ですか?」


 首を傾げるエンテルの後ろから、デュースが声を上げた。


「ありますよー、ご主人様はあちらのほうが好みですかー?」

「どっちも好きだが、疲れた時には冷えたアレをぐびぐびやりたくなるな」

「うーん、でもあれはこの国だとオプールの特産でー、製法が特殊だそうでー、この辺りではちょっとお目にかかれないですねー」

「そうか、残念だな」

「予定ではー、夏の頃にオプールの近くを抜けますからー、そのあたりで探してみましょー」


 焼きあがった鳥をかじりながら、冷えたエールをグビリとやると、なかなかの満足感だ。

 そろそろご飯が食べたくなるが、俺好みの米は無いからな。

 なくは無いと思うんだけど、情報でもあれば探してみたいところだな。

 まあ肉と酒ばっかりだと筋肉がつきやすいはずだ、たぶん。

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