第51話 暖炉

 夜中にふと、目を覚ます。

 あたりはまだ暗い。

 しかも寒い。

 会社に近いことしか売りのない住み慣れたボロアパートは、相変わらずのすきま風が吹いているようだ。

 部屋の電気をつけようとするが、つかない。

 故障かな?

 枕元のリモコンを探してTVをつけると、懐かしい砂嵐だ。

 そうそう、今じゃこれもないんだよな。

 そもそもこっちの世界にはTVもないんだけど。


 こっちの世界?

 ああそうか、また夢か。

 最近、こういう夢をよく見るな。

 夢だと気がつくと、体がふわりと軽くなる。

 尻から浮かぶような、夢ならではの浮遊感。

 そのままフワフワと浮かんで、天井を突き抜ける。

 絡みつく電線をぬって、俺の意識は更に浮かんでいく。

 空を見上げると、赤く輝く天井が地を覆い尽くす。

 下を見下ろすと、朽ち果てたコンクリートの廃墟が広がっていた。


 そうだ、これが魔界だ。

 見たことがないのに、よく知っているもんだ。

 まあ、プールの故郷だもんな。

 あいつの知っていることは、俺が知っていてもおかしくない。

 だって、あいつは……。


 突然吹き荒れる強風に煽られて俺は流される。

 その先に、火柱が立っている。

 城が燃えていた。

 いや、正確には城があった場所の背後で、巨大な火山が噴火していたのだ。

 燃え盛るの炎の前で、一人の少女が叫んでいる。

 真っ赤な天井の向こうにいるであろう女神への、祈りとも呪詛ともとれる、激しい叫びだ。

 あふれる火砕流に巻き込まれた城の中には、彼女の大切なものが眠っているのだ。

 自らを守護していたはずの女神への誓いの言葉を、吐き続けている。

 父の死を、そして国の滅亡を受け入れられずに泣き叫ぶ少女の姿は、痛ましかった。

 まるでかつての俺みたいだ。

 だがな、人は死ぬんだよ。

 それは決して取り戻すことはできない。

 だから、そんなにたやすく命を捧げちゃ、いけないだろう。

 そばに行って、そう言ってやりたいのに、俺の体はいうことを聞かず、俺の言葉は彼女に届かない。


 突然、一条の雷がプールの体を撃つ。

 彼女の体はたちまちのうちに、血の通わぬ硬い石へと変わってしまった。

 やがて炎は消え、静寂が戻る。

 取り残された石像は、何処かへ運び去られていった。


 後のことは、よく知っている。

 あれが、女神の罰であり、慈悲なのか。

 なあ、お前はどうしてほしいんだ、プール。

 俺は……、どうしたいんだろうなあ。

 答えを見つけられないまま、俺はふたたび眠りの底へと落ちていった。




「寒い!」


 思わず声に出して目が覚めた。

 薄明かりの部屋は、凍えんばかりの寒さだった。

 部屋の中でも吐く息が白い。


「おはようございます、ご主人様。外は真っ白ですよ」


 そう言って裏口から入ってきたアンは、分厚いコートを着ていた。

 そうか、とうとう積もったか。


「今、火をおこしますね」


 そう言って暖炉に火を入れる。

 温まるまで、布団に包まるとしよう。

 隣で寝ていたフルンを抱き寄せると、ふわふわの毛皮が暖かい。

 こりゃいいな。


「んあー、とらないでくださいー」


 その奥で寝ていたデュースがフルンを奪い返す。

 フルンはカイロ代わりか。

 暖かいからな。


 仕方なく、反対側で寝ていた牛娘のリプルを抱き寄せる。

 四っつの膨らみはちょっと張りが出てきたかな。

 絞れば多少、ミルクが出るようになってきた。

 全員が毎日飲めるほどはまだ出ないが、将来が楽しみだ。


「んん、おはようございます。もう、朝ですか?」

「いや、朝まではあとちょっと、火がつくまではまだ朝じゃないからな」

「ん……、寒いですね、ご主人様」

「よっしゃよっしゃ、おじさんが温めてやろうな」

「んん……、ご主人様のからだ、あったかいです」


 そうやって、今しばらくまどろむ。

 部屋があたたまるのを見計らって、布団から出た。

 轟々と巻き上がる炎は、煙突へと吸い込まれていく。

 暖炉では、鍋がグラグラと煮立っていた。

 そこから白湯をすくって、コップですする。

 鼻先に当たる湯気が、心地いい。


 リプルはすでに起きだして朝の支度に入ってしまった。

 代わりに隣で抱っこする要員が必要なのだが、デュースはまだ寝ているし、アン達は忙しそうに働いている。

 しかたがないので隅っこで一緒に寝ていたペイルーンとエンテルを引っ張ってきた。


「ん……なあに? まだ眠いわよ」

「んぁーなんでしょうか、朝は苦手なんですけれど……」


 そう言わずに、一緒に暖炉で温まろうぜ。


「もう、甘えん坊ねえ」

「朝からお好きですねえ、むにゃむにゃ」


 二人ははそう言って俺にもたれかかり、再び寝息をかく。

 この二人は同タイプだなあ。

 学者ってこういうのが多いんだろうか。

 のしかかってくる柔らかい体の重みが、なんだか暖かい。

 暖炉で燃え盛る炎を眺めていると、ふいに今朝の夢を思い出した。

 先日もまた、あいつに助けられたわけだ。

 俺はなんにもしてないのになあ。

 すごく近くにいる気がするのに、手が届かない、そんな感じだ。

 どうにかしたいが、どうすりゃいいんだろうな。

 あの夢のまんまだよ。




 朝食を終えると、フルンにせがまれて雪だるまを作った。


「エンテルも一緒につくるのー!」


 といって駆り出される。

 我が家では、新入りはフルン先生の洗礼を受けて一人前になるのだ。

 エンテルとて例外ではない。

 必死にフルンの相手をしている姿は、行き遅れて焦った挙句に子持ちやもめに引っかかった少しつかれたOLみたいというか……。

 ってどんな例えだよ。

 そもそも俺も独身だ。

 これだけ美少女を侍らせていても独身なのだよ。

 考えてると複雑な気分になってきたので、気を取り直して雪だるまを作ることにした。

 作るからには特別大きいのを作らないとな。

 と意気込んだのはいいが、途中でバテて、あとは任せてしまう。

 結構、重労働だよな、雪遊びも。


 しばらくしてから表を覗くと、通りに大量に雪だるまが並んでいた。

 こんなに作ったのかと感心する物量だ。

 近所のお子様連中も一緒になって作っていたらしい。

 行き交う人も足を止めて眺めていた。

 ついでに、うちの店も眺めていってくれませんかね。




 昼からは道場に出向く。

 いつものように練習を終えると、すでに隠居した前道場主のヤーマが自ら出てきた。


「今日は気分がいい。皆、集まりなさい」


 ヤーマが道場に出てきた姿を見るのははじめてじゃないだろうか。

 セスを始め、主だった門人を並べて、中央に立つ。

 俺とフルンも同席させてもらえることになった。

 道場の隅にすわり、固唾を呑んで見守る。

 周りの門人たちも、皆表情が引き締まっている。

 ヤーマは剣を大上段に振りかぶる。

 そこから、どんな技が繰り出されるのか。

 だが、動かない。

 どれぐらい時間が過ぎただろう。

 それでもまだ、動かない。

 いや、動いていた

 気が付かぬほど、ゆっくりと。

 ゆっくりと剣が振り下ろされる。

 すっと、切っ先が宙を切り、そのまま下で止まる。

 どれぐらいの時間が過ぎたのかもわからない。

 あるいは、一瞬だったのかもしれない。

 ただ、剣が振り下ろされたことだけがわかった。

 そして斬れた。

 確かに、斬れた。

 だが、何が?

 気がつくと、ヤーマの全身は汗にまみれ、肩で息をしていた。


「ふう……、もう二度とはできぬな、これがわしの最後の一太刀となろう」


 そういってヤーマは弟子たちを見渡す。


「どうじゃ」


 と現道場主のエデムに尋ねるが、エデムは歯を食いしばり、首を振る。


「セスはどうじゃ?」


 セスはだまって頷く。


「そうか、ならばよい。今のが気陰流、花鳥の型じゃ。今はただ、目に焼き付けておけ。それでよい、それでな」


 帰路、粉雪の舞う中、フルンは興奮して騒いでいた。


「ねえ、見た? ずばーっと斬れたよ、ずばーって」


 それを聞いてセスは、


「あなたにも見えましたか」

「うん、なんかね、空気が斬れたよ。空気って普通避けちゃうでしょ? それが、避けずに斬れたの」

「よく見ましたね。私にも見えました」

「ねえ、セスも斬れる? 私も斬れるかなあ?」

「さて、今はまだ、わかりません」

「そっかー、でも、空気が斬れたら鉄ぐらい簡単に斬れるよね」

「そうなのか? 鉄のほうが硬そうだが」


 と素朴な疑問をぶつけると、


「えー、斬れないものが斬れるんだよ、斬れるものはもっと斬れるよ」

「そう言われると、そんな気もしてくるな。フルンは賢いなあ」

「褒められた!」

「ふふ、良かったですね、フルン」


 なんだか機嫌のいいセスも褒める。


「うん、ご主人様の分まで、ざくざく斬るよ」

「頼りにしてますよ。では、今日見たものを深く胸にしまっておいてください。いつか、あなたの役に立つでしょう、そしてもちろん、我らの主のためにも」

「セスってば、老先生と同じ事言ってるー」

「そうですね」


 そういってセスは嬉しそうに笑う。




 夜になると再び本格的に雪が降り出し、部屋のなかまで深々と冷えてくる。

 俺は暖炉の前の特等席に陣取って動かない。

 デュースも寒がりだが、エンテルも結構寒がりだ。

 巨乳スリートップのうち、オルエンだけは寒さにも強い。

 フルンやリプルは体を拭き清めた跡に平気で裸でウロウロしてるので、たぶん寒くないんだろう。

 これはつまり年齢的なあれじゃないのかと言う気もするが、余計なことは言わないようにしないとな。

 デュースとエンテルを両脇に侍らせて、暖炉に当たる。


「あまり近づくと燃えますよ」


 とアンが呆れているが、寒いものはしかたがないのだ。


「そうですねー、さむいですねー」

「本当に、今年はかなり寒くなりそうですね」

「困りましたねー、寒いのは苦手なんですよー」

「デュースは火炎系の術者なんですね。私、氷魔法を使うのに、どうも子供の頃から寒いのが苦手でして」

「ああ、それは迷信ですよー。精霊力の作用をレジストする耐性は関係ありますけどー、暑さ寒さは別問題ですからー。私は熱いのも苦手ですしー」


 やっぱり、あれか。


「なにかおっしゃいましたかー」

「いやいや、ナニも言ってませんよ」


 慌ててデュースを抱きかかえて一番柔らかい部分を揉みしだく。


「あんっ、もうー、お上手ですねえー」


 いつもの調子でイチャイチャしてると、となりのエンテルが顔を赤くしてそむけている。

 機嫌を損ねたんじゃなかろうかと、それとなく尋ねると、


「い、いえ……、その、目の前でそういうふうにされると、ちょっと恥ずかしくて」


 なんか新鮮だな、この反応。

 でも冷静に考えるとそうかもしれん。

 冷静にハーレムなんてやってられないけどな!

 せっかくなのでエンテルも抱き寄せて、ダブルで揉む。

 はあ、温まるねえ。


「しかし、今でこれだけ冷えるんじゃ、冬のまっただ中はどうなるんだ?」

「寒さもそうですが、風邪にも気をつけなければいけません。特に子供は引きやすいといいますし」


 と、夕食の支度をしているアンが言う。


「そうだな、手洗いとうがいはきっちりやるように」

「手洗いが良いのですか?」

「ああ、そもそも風邪っていうかインフルエンザはウイルスってのがいてだな……」


 と風邪予防について、だらだらと薀蓄を垂れる。


「ペストがネズミで感染するというのは知られてますけどー、そうですかー、そんな眼に見えない生物が原因だったとはー」


 とデュースも感心している。


「そういえば、魔法で風邪も治るのか?」

「治ります! すぐに治るわけじゃないですけど、術をかけるとそれなりに回復します! いざというときは、おまかせください!」


 とレーン。

 免疫力が上がるとか、そういう仕組なんだろうか。

 ほんと魔法ってのはよくわからんな。


「そうだ、アレは魔法で回復するのか?」

「アレとは何でしょうか?」

「アレっていったらアレだよ、精力」

「ははあ、術で回復しながら楽しみ続けようという魂胆ですね! 本当にご主人様はスケベですね!」

「はっきり言われると照れるぜ」

「残念ながら、そういう術は聞いたことがありません!」

「そうか、惜しいな」

「精力剤なら作れるけど、結構原料が高く付くわよ?」


 とペイルーン。


「そもそも、アレだけ毎日やっといて、まだ足りないの?」

「いや、足りないという訳じゃないんだけどね、将来的にね、ほら」

「だったら、困ってから言いなさい!」

「はい、すんません」

「それじゃあ、今日も絞りとってあげようかしら」


 お手柔らかにお願いします、はい。

 そうして、冬の夜は暖かく、いやむしろ熱いほどに盛り上がるのだった。

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