第50話 エンテル 後編

 ペイルーンと紅を連れて、工房を出る。

 すでにあたりは薄暗い。

 すっかり日が短くなってしまったな。

 今からもう一度見舞う訳にはいかないか。


「それじゃあ、私は病院に戻ります。今日はありがとうございました」


 そう言ってエンテルと別れた。

 その後姿を見送りながら、なにか妙な胸騒ぎがする。

 なんだろう?

 彼女を一人で行かせちゃいけない気がする。

 こう、頭のなかで声がするような……。


「エンテル!」


 気がついたら、俺は彼女を呼び止めていた。

 名前を呼び捨てにしたことは、この際気にしない。

 振り向いて俺を待つ彼女のもとに、駆けつける。


「夜道は物騒だ。病院まで送りますよ」

「まあ、すぐそこですのに」

「いいじゃないですか」

「ふふ、おかしな紳士様」


 そうして並んで歩き始めた途端、今度ははっきりと頭に声が響く。


(右じゃ!)


 右?

 そうつぶやいて振り向いた俺の目の前に小さな火の玉が飛来する。

 と同時に突き出された紅の手がそれを弾き飛ばした。


「うわっ!」


 思わず叫んだ瞬間、闇の中から大男が鉄棒を振りかざして飛びかかってくる。

 それを脱兎のごとく飛び出したセスが迎え撃つ。

 二、三合斬り合っただけで、男はセスに切り伏せられた。

 やったのか?


「いえ、峰打ちに」

「そうか」

「まだ数名の気配が感じられます。個々の識別は不可。すべて人間です」


 紅は右手の焦げ跡を拭いながらそういった。


「それ、ヒビが入ってるみたいだけど、大丈夫なのか?」

「自己修復には数日かかりますが、現在の戦闘には支障ありません」

「レーンの呪文では治らないんだっけ」

「以前検証した範囲では無理でした」

「ふむ」

「どうやら、ローゼル人のようです。なぜ、こんなところに」


 倒した男をあらためていたセスがそう言う。

 ローゼルというと、先日見た奴隷の戦士か。

 ウクレもそうだったな。

 ウクレは遊牧民なので、実は民族が違うそうだが。


「なんだってこんなところで。いつぞやの山賊のたぐいか?」

「先日、おとなりのグリアム工房で、労働者としてローゼル人の奴隷を買い入れたと聞きました。彼らが脱走したのでは」


 とエンテルが言う。

 奴隷の脱走か。

 なんか、よく聞く話だな。

 だが確かめたところ、首輪はなかった。

 奴隷ではないのだろうか?


「あるいは、鍵を奪って逃走したのか」


 とセス。

 よくわからんが、まずはあれだ、大声で叫ぼう。


「脱走だー! 奴隷が武器を持って逃げたぞー!」


 何度か大声で叫ぶと、あたりも騒ぎ始める。

 間違ってたら、後で謝ろう。

 とにかく、巻き添えを食うわけにもいくまい。

 さっさと逃げるとしよう。


「私が先導します、ご主人様は博士を」


 そう言ってセスが先頭に立つ。

 レーンとペイルーンも従者の常として武器は身につけているが、鎧はない。

 俺も刀に手をやり敵襲に備える。

 エンテルを囲むようにして、しばらく慎重にすすむ。

 所々で怒声や悲鳴が聞こえる。

 思った以上に大規模な反乱なんじゃないのか?

 一体、奴隷は何人いるんだ?


「さあ、何人買ったかは聞いていませんが……」


 というエンテルの言葉にペイルーンが補足する。


「グリアム工房はあまり良くない噂があるのよ」

「噂?」

「人体実験してるとか、そういうのがね」

「う、そりゃひどいな」

「あくまで噂だし、基本的に工房同士は不干渉が基本なんだけど……こうして反乱が起きてるところを見ればね」

「そりゃ、ダメ元で反乱起こしたりもするわな」

「駄目です、こちらはかなりの数がいます。引き返しましょう」


 少し前に出ていたセスが戻ってくる。

 セスがダメだというなら、相当ダメなんだろう。

 エンテルもいるし無茶はできない。


「この奥に、古い通用門があります。そちらから堀の外に出られるはずです」


 というエンテルの言葉を信じて、建物の裏に入った。

 工房が立ち並ぶアカデミアはエツレヤアンの町の中央、堀で囲まれた地域にある。

 堀の中には警備員はいるものの、騎士団は入れない。

 アカデミアの自治云々が理由らしい。

 かつての大学と似たようなもんか。

 そういうたてまえは結構なんだが、こうした場合どうなんだろうな。

 とにかく外に出て、助けを呼ばないと。

 俺達はヤブをかき分けながら、通用門を目指す。

 誰も通らないせいか、道があるのかどうかさえわからない。

 そのうえ、すっかり日もくれてしまった。


「何か明かりはないのか?」

「明かりをつけると目立ちます」


 とセスは言う。

 まあ、そのとおりだな。


「私は見えています。先頭を代わりましょう」


 そう言って紅が前に出る。

 かろうじてお互いが見える程度の闇の中を手探りで進む。

 俺のすぐとなりにはエンテルがしがみついていた。


「あと五十メートルほどで外壁にでます。おそらくその周辺に門があると……」


 紅のセリフが途絶えた。

 いや、正確には轟音にかき消されたのだ。

 突然足元が崩れて、俺は深い闇の底に落ちていった。




 体が痛む。

 何が起きたんだ?

 たしか、突然足元が崩れて……。

 下に空洞があったのか。

 みんな無事か?

 声を出そうとするが、息が詰まって声が出ない。

 全く酷い有様だ。

 体を起こそうとするが、うまく動かない。

 いや、それよりもみんなは……。

 漠然とみんなの気配は感じるものの、意識が集中できない。

 ふと、体が軽くなる。

 痛みが和らいで、目の前が明るくなる。

 見上げると、懐かしい姿があった。


「よう、久しぶりだな」


 プールは俺の目の前にふわりと浮かんで、暗くくぼんだ眼で悲しそうに俺を見下ろす。


「そんな顔をするなよ。俺が悪かったって」


 だが、プールは何も言わず、空を見上げる。

 視線の先には真っ暗な闇と、一面に広がる網目状の白い模様が浮かんでいた。

 なんだか見覚えのあるその模様を眺めているうちに、プールは踵を返してすっと闇に消えていく。

 その背中に手を伸ばして呼び止めようとするが声が届かない。

 あんなに会いたかったのに、いざ目の前にして何も言えないなんてことがあるか?

 たのむ、待ってくれ。

 プールっ!




 嫌な夢にうなされて目覚めると、目の前には涙を浮かべたエンテルがいた。


「紳士様! よかった、お体は大丈夫ですか? どこか怪我は」


 崩れた瓦礫の上に俺たちは転がっていた。

 どうやら随分と落ちてきたらしい。

 転がり落ちてきたのであろう崖は、かなりの急斜面で、遥か上まで続いている。

 よく生きてたな。


「エンテル、そっちは大丈夫なのか?」

「ええ、私は、ちょっとこすったぐらいで。このコートは剣でも切れない、丈夫な物ですから」


 そりゃ良かった。

 俺は大事な一張羅を汚しちゃったよ。

 あとでアンに謝らんとなあ。


「ところで、他の連中は?」

「どうやら、落ちたのは私達だけみたいです。さっき、お連れの方の声が上からわずかに聞こえましたが、こちらの返事が届いたかどうか……」


 意識を集中すると、かなり離れたところでみんなの気配を感じる。

 動き回っているようなので、きっと助けに来る算段をしているのだろう。

 向こうも俺の気配は感じているに違いない。

 紅もいるしな。

 体を起こそうとして、右足に激痛が走る。

 折れたか、少なくともヒビぐらいは入ってるな、こりゃ。

 少し血も出ている。


「足が? なにか添え木があれば……」


 あたりは瓦礫の他に、材木も大量に転がっている。

 どうやら、炭坑跡か何からしい。

 ところどころ光るものがある。


「精霊石の原石ですね。こんなに光って、何かに共鳴してるのでしょうか」


 とエンテルが教えてくれる。

 なるほど、こうやって光るもんなのか。

 お陰で周りが見えるわけだが。

 ふと思いついて懐の自分のペンダントを取り出すと、わずかに光っていた。


「なるほど。それが原因でしょうか。紳士の御印というものですね」


 よくわからないが、光ってくれるのはありがたい。


「さあ、足を出して。添え木をしておきますから」


 そう言って手頃な木を足に当てると、スカートの裾を裂いて足を縛ってくれた。

 それだけで、随分と楽になる。

 あとは冷やせるといいんだけどな。


「ちょっと待って下さい」


 エンテルは俺の足に手をかざすと、何やら呪文を唱える。

 やがてじわじわと、折れた足の部分が冷たくなってきた。


「冷凍呪文の初歩です。あまり凝った魔法は使えませんけど」


 おかげで痛みが、ましになった。


「動くのは無理そうですね。ここで助けを待ちましょう」


 そうだな。

 どっちにしろ、俺は動けない。

 それにしても、闇の中で色とりどりに輝く精霊石は、きれいなものだ。

 足の痛みを忘れて、しばし見とれてしまう。


「不思議ですよね、あの輝きが、私達の体の中にもあって、この生命を支えているんですから」


 コアってやつだっけ?

 ホロアやプリモァ、魔物なんかは、みんなそれがあるという。

 人間だけはないそうだが、俺は紳士だからあるのか。


「ええ、もちろん。こうしていてもあなたのコアのお力を感じます。女神様にも似た、とても穏やかで優しい力です」

「なんだか、照れるな。俺はそういうのはわからないんだけど」

「魔法はお使いになれないのですか」

「そうみたいなんだよな。残念だ」

「ですが、従者とのつながりは感じられるでしょう?」

「それは結構、いけるな」

「精霊の力は、それ自体が相互に干渉しますから。教会の教えでは精霊は神の力の現れとしかいいませんが、古い文献ではエルミクルムと呼ばれ、普段は世界に溶け込んでいるのです。空に、土に、そして私達の体の中に。それらが凝固したのが精霊石だと言われています」


 精霊ってそういう名前の生き物じゃないのか。

 なにか妖精っぽいのを想像してたんだが。

 その時、視界の端を何かが横切った。

 薄い光を発する、火の玉のような……火の玉?

 おいおい、怖いのは勘弁してくれよ。

 美人の前で、女の子みたいに悲鳴を上げてひっくり返るのは勘弁だぜ。


「どうしました?」

「いや、今そこで何か動いた気がしてね」

「そちらですか。ちょっと見てきましょう」


 とエンテルはすたすた歩いて行った。

 案外、肝が座っているな。


「あら、これは……」


 そういって、エンテルは無造作に火の玉を掴んで持ってきた。

 うわあ、火の玉だよ、はじめて見た。


「こんなところにゴーストがいるなんて、きっと紳士様に惹かれて、出てきたんですね」

「ゴーストってお化けじゃないのか。そういや、なにかそういうのを聞いた気がするな。」

「もちろん、ホロアの成れの果てのゴーストです。めったに見ないものなので、ご覧になったことがなくても不思議ではありませんが」


 ああ、そういえばそんなことを聞いた気がする。

 たしか、主人を得られずに死んだホロアは、ゴーストとなってさまようのだと。

 人が死んだらどうなるのかはわからんけど、こうしてあからさまに迷い出られると気の毒だよな。

 うちの従者たちも、俺と出会わなければこうなるかもしれなかったわけで。

 どうにかしてやれないんだろうか。


「どうか、紳士様が成仏させてやってください」

「俺が? でも、どうすれば。」

「紳士様や、その従者が倒せば成仏できると聞きますが」


 しかし、こんな弱々しいのを倒すのは気がひけるんだけど。


「あとは、血をつけるとか……」


 血か、契約するようなものか。

 それでいいなら……。

 足の傷口から血を拭い、それを目の前ではかなげに漂うゴーストにつけてやる。

 一瞬、ぷるんと嬉しそうに震えたかと思うと、すっと光が薄まり、かき消えた。

 あれで、成仏したのか?

 あっけないもんだな。


「よかった、成仏したみたい……」


 だといいけど。


「生まれ変わって、いい主人に出会えるといいですね」


 そうだな。

 生前はどんな娘だったんだろうか。

 生まれ変わったら、どんな娘になるんだろうなあ。

 うちに来れば、ちょっとぐらい相性が合わなくても貰ってやるからな。

 いい男がいなければうちに来いよ。

 ゴーストが成仏すると、すこしあたりが暗くなる。


「あの子に反応してたのですね。成仏したので、精霊たちも安心したのでしょう」

「そりゃ、よかった」


 安心したら、また傷が痛み出してきた。

 エンテルは自分のコートを脱ぐと、俺に寄り添うように隣に座り、一緒にコートをかぶる。

 時折魔法で冷やしてくれるので、痛みも落ち着いている。

 地面の冷たさは堪えるが、それ以上に隣にいるエンテルの温もりが心を落ち着けてくれる。

 静寂の時間がすぎる。

 暖かいなあ。

 この温もりは、離したくない。

 そう思うと、自然に言葉が出てきた。


「エンテル」

「はい」

「俺の従者に、なってくれないかな」

「私みたいな大年増で……いいんですか?」

「俺だって、おじさんだよ」

「ふふ、じゃあ、お似合いですね。だったら、貰ってくださいます?」

「よろこんで」


 薄明かりの中で見つめ合う。

 精霊たちに照らしだされるエンテルの姿は、とても綺麗だった。

 そんな彼女を優しく抱き寄せ、唇を重ねる。

 絡まる吐息が、俺の脳髄を刺激する。

 堪らなくなって、その場でエンテルを押し倒そうとした瞬間、足に激痛がはしった。


「いっ!」


 思わず声に出てしまう。


「ど、どうされたんですか?」

「いや、その、足がちょっと……」


 慌てるエンテルに、だらしなく言い訳する。


「動いてはいけません、もう一度冷やしますから」


 そう言って再び足を冷やしてくれる。

 肝心なときに不甲斐ないな、俺は。


「どうされました?」

「いや、その、なんというか……すんません」

「ふふ、おかしな人。続きは、後でしましょう。私はもう、おそばを離れませんから。ね、ご主人様」


 そう言って、エンテルは色っぽく微笑む。

 その笑顔は眩しいぐらいだ。

 眩しいというか、神々しい?

 って、光ってるじゃん!


「やだ、今頃気がついたんですか。たまに鈍い時があるってペイルーンが言っていたけど、そのとおりですね」


 全くだな。

 キスした時から光ってたらしい。

 その時にはもう、俺はすっかり興奮して周りが見えてなかったよ。


「でも、本当は私も安心しているんですよ。何度体を寄せあっても光ってくれませんでしたから」


 あ、やっぱりわざと寄せてたのね。

 女は怖いよ。

 あたた、また痛くなってきた。


「あ、ほら、動くから。いけせんよ、じっとしていなければ」


 はい、すんません。

 俺達は薄暗い洞窟の中で、ふたたび体を寄せ合う。

 地上ほど寒くはないが、それでも地面に腰を下ろしていると底冷えしてくる。

 それでいて、足の痛みで脂汗が止まらない。

 時折エンテルが冷凍呪文で痛みを和らげてくれるが、体力はどんどん消耗していく。


「やはり私、助けを呼びに行ってきます。このままじゃ、いつ助けが来るか……」

「一理あるが、ここって魔物とかいないのかな?」

「さあ、アカデミアの地下にこんな洞窟があった事自体、知りませんでしたので」

「そうなのか。それは別にしても、なんだ、一人は寂しいじゃん」

「ふふ、おかしなご主人様。でも……一緒だと……いいですよね」


 少し甘えて、エンテルの大きな胸に顔を埋めてみる。

 見かけよりかなりでかい。

 たぶんデュースよりでかいな、こりゃ。


「もう、甘えん坊なんですね」


 その時、なにか物音が聞こえる。


「助けが来たんでしょうか?」


 それにしちゃ、なにか妙な……。

 セスたちの気配は、まだ遙か上だ。

 通りの向こうから何かがやってくる。

 この気配は、どう考えても人間じゃない。


「まさか、こんなところに魔物が?」


 俺は無理やり体を起こして、刀を構える。


「無茶です、そんな体で」


 かと言って、逃げることもできないしな。


「俺は無理だ。隙を見て、エンテルだけでも逃げてくれ」

「そんなことできません! 私も、少しぐらいなら戦えます。ですから……」


 俺達が言い合う間にも、気配はますます近づいてくる。

 やがて目の前に現れたのは、黄色い肌の、人型のバケモノだった。


「ギアント! こんなところになんで」


 ギアントってのは、もっともメジャーな魔物のひとつで、以前アヌマールに襲われたときに遭遇したことがある。

 聞くところによると、強靱な肉体が繰り出す怪力で、こいつの振り回す棍棒をまともにくらえば、人間の頭はスイカのようにはじけ飛ぶとかなんとか。

 幸い、頭の方は弱いので、ベテラン冒険者にとっては、さほどの脅威では無い。

 こいつを倒せるかどうかが、冒険者の技量を測る一つの試金石になっているらしい。


 そんな御託はさておき、俺がまともに戦って勝てる相手ではない。

 ましてやこの折れた足では逃げることもままならない。

 そのギアントが、棍棒をブンブン振り回して威嚇してくる。

 怖い。

 怖いが、エンテルは守らなければ。

 勝てなくても、退けるか時間を稼げば、きっと俺のかわいい従者達がなんとかしてくれる。

 なんにせよ、チャンスは一回だな。

 何度も斬り合う余裕は、今の俺にはない。

 間合いを読め、動きを見きれ。

 まだだ、あと一歩、あと半歩……くる!

 次の瞬間、振り下ろされたギアントの棍棒を受け流し、返す刀で頸動脈に斬りつける。

 だが、この足では踏み込みが浅かった。

 皮一枚切っただけで、外してしまう。

 逆にギアントのタックルを食らって、俺は反対側の壁まで吹き飛ばされた。

 激しい衝撃で息が詰まる。

 足の添え木もとれてしまい、再び激痛が走る。

 こりゃあだめだ。

 せめて、エンテルだけでも逃げてくれ。


「いや、嫌です、主人をおいて逃げられるわけ無いでしょう、おねがい、死なないで、いやああ!」


 俺に覆いかぶさるようにして泣きじゃくるエンテル。

 そんな俺達のもとに、ギアントは一歩ずつゆっくりと近づいてくる。

 くそう、こんなとこで死ねるか。

 あいつらをおいて死ねるかよ。


 最後の悪あがきをしようと体を起こす俺の上に、無慈悲に振り下ろされる棍棒。

 だが、それが振り下ろされることはなかった。

 ギアントの巨体に幾重にも絡まった蛇が、動きを封じている。

 そして、ギアントの前に立ち塞がるように、プールが立っていた。

 頼もしいその姿は、以前よりも少し大人びて見える。


「ふん、あいもかわらず、無様を晒しておるな」


 ああ、全くだ。

 だが、俺はどうも……。


「妾がおらねばだめか」


 そうみたいだな。

 ギアントを締め上げる蛇はますます太くなり、ついに棍棒を手放し片膝をついてしまった。

 だが、プールの額には汗が浮かぶ。

 見るからにこちらもつらそうだ。


「まだか……この体はもう持たぬぞ」


 明らかに押しているにもかかわらず、プールの顔はますます青ざめていく。


「くっ、もう……」


 とうとうプールはその場に崩れ落ちてしまった。

 同時に蛇も掻き消える。


「ふ、どうやら間に合ったようだな」


 そうつぶやくと、プールの姿は掻き消えてしまった。

 まて、まだ行くな、俺は……。


「やああああっ!」


 気合を発して、空からセスが飛び降りてくる。

 振り下ろす刀でギアントの首を一刀両断にした。

 首を飛ばされたギアントは、轟音を上げて倒れた。


「ご主人様、ご無事ですか!」

「ああ……、どうにかね」

「その傷は……、レーンまだか! 早く降りてきなさい、レーンっ!」

「少々お待ちを、ロープが絡まって、あわわ、ひええええっ!」


 どすんと尻から落ちてくる。

 全く騒がしいやつだ。


「あたたた、ご主人様はご無事ですか?」

「いそげ、深手を負っている」

「こ、これはいけません。今すぐ治療を……」


 みんなの声を聞いて、張り詰めていた気が抜けたのか、俺はあっけなく気を失ってしまった。

 すまんなあ、プール。

 俺が不甲斐ないばっかりに……。




 次に目を覚ましたときは、ベッドの上だった。

 脱走騒ぎで緊急で作られた介護室らしい。

 他にもけが人が運び込まれていた。

 奴隷の脱走騒ぎもすでに収束したそうだ。

 件のグリアム工房長は死亡。

 奴隷のうち、何人かは逃亡に成功したらしい。

 何者かがグリアムを殺して、奴隷を開放したのだという。

 今頃、逃亡奴隷を探して街中を騎士団が駆けずり回っているそうだ。


 あとでわかったことだが、グリアム工房では奴隷に相当ひどいことをしていたらしい。

 それに関しては因果応報というべきだが、巻き添えを食った連中や被害にあった奴隷は気の毒だわな。

 特に俺とか。

 いや、俺の方はトータルで十分プラスといえるな。

 エンテルという新たな従者を得たのだから。


「まったく、人が心配してたら勝手に出来上がってるんだから、いい気なものね」


 とペイルーンはぷりぷり怒ってみせるが、内心は喜んでいるのが見え見えだ。


「ですけど、もうこんな歳になってから貰っていただくなんて、本当に良かったのかしら」


 とエンテルは言うが、うちで年齢の話はいかん。

 いかんぞお。


 それはそれとして、俺の傷は、足の骨折を除けばどれも軽傷だったらしい。

 打撲はレーンの呪文だけですっかり回復し、骨折の方もあとから来た高位の神官の治療を受けてすっかりくっついた。

 ひび割れ程度ならレーンでもすぐに直せるが、骨折は慎重にくっつけないと綺麗につかないらしい。

 しばらくは痛むそうだが、大したことはない。

 しかしもっとやられた気がしたが、そうでもなかったか。


「自然と防御の形が取れてきたのです。修行の成果と言えましょう」


 とセスは言うが、自分ではよくわからないな。

 だいたい、プールがいなければ死んでたからな。

 礼の一つも言わせろってんだよな、まったく。

 エンテルの父親に仔細を告げ、娘を貰うけることを願い出ると、感極まって男泣きに泣いた。

 もうしばらく看病に付きそうというエンテルに、従者となったからにはその勤めを果たせと追い返してしまった。

 あの調子なら、大丈夫そうだな。


 ペイルーン同様、発掘暮らしが長かったエンテルの身支度は簡単で、そのまま我が家にやってきた。

 あとはいつものアレだよ、アレ。

 デュースに匹敵する巨乳、しかもメガネ付き。

 これを揉まない手はない!


 というわけで、揉みました。

 なんというかね、この年まで溜まりに溜まった濃厚な女の色香というか、情欲というか、そういうものがあふれんばかりで……堪能いたしました。

 ええ、堪能いたしましたとも。

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