第47話 奴隷

 祭りの最終日。

 連日のどんちゃん騒ぎで、街はかなりどうしようもない感じになっているが、みんな元気で結構なことだ。

 冒険者も遊んでるので、うちの商売的にはイマイチなんだけど。

 今日は再びアンとデュース、それにオルエンを連れて、買い物に来ている。

 買うのは布地ではなく、人だ。

 つまり奴隷の競売に来ていた。


 古い劇場を使った会場は、もっと陰惨な雰囲気を想像していたが、中に入ると先日の牛娘の時とあまり変わらない。

 強いて言えば、もう少し金の有りそうな連中が多いというだけで、割とあっけらかんとしている。

 どうも、奴隷と言っても近世の黒人奴隷のようなものではなく、ローマの奴隷のようなものらしい。

 とはいえ、生殺与奪の権利は主人にあるし、基本的に命令には逆らえないものだという。

 奴隷の大半は男で、借金や犯罪などで市民権を奪われたもの、あるいは戦争捕虜で身代金を払えなかったものなどが多い。

 彼らは労働力として買われていく。

 かつては奴隷といえば剣闘士として、命がけで戦う見世物になるものも多かったが、随分と昔に剣奴は禁止されてしまったそうだ。


 うちはといえば、男はいらないので若い娘を買いに来たわけだ。

 しっかりと躾けて、忠実な奴隷従者として育て上げるためだ。

 奴隷の一人も従えることができなくては、民衆をコントロールすることなどできない。

 だから、貴族のような支配階級の子弟は幼少のうちから奴隷を買い与えられ、将来の腹心の部下となるまで育て上げる。

 そんなロジックで貴族は奴隷を買うそうだが、下手な貴族より貴い身分である紳士の俺も、そうしなければならないらしい。

 すでにうちにはエクという奴隷扱いの従者がいるんだけど、俺の想像する奴隷とは違いすぎて、ちょっと理解を超えてるところがある。

 ああいうのを自分で育成しろと言われても、ちょっと無理だよなあ。

 アンにはもうちょっと柔軟にやってほしいと思うんだけどな。


 だいたい、この数日でまた二人も従者が増えたし、これ以上、どこに寝かせるんだよ。

 と言いたいところなんだけど、言い出せないのはやはり俺が支配階級の人間として未熟だからなのかね。

 別にそんなもんにならなくても、いいんだけどねえ。

 気乗りしない俺をよそに、アンはずんずん先に進む。

 気負ってるなあ。


「ご愁傷さまですよー」


 とデュースは慰めてくれるが、そういいながらも、


「大丈夫ですよー、奴隷の娘なんてー、毎日可愛がっていればー、すぐになびきますからー。一昔前なら紳士の従者になるためなら奴隷に身を落としてもいい、なんて言う人も居たそうですしー」


 などといい加減なことを言う。

 いやいや、そんなエロ漫画みたいなことありえないから。

 はあ、気が重い。

 重いと言いつつ、奴隷の調教という言葉の背徳的な響きに、ちょっとだけ興味をひかれているのも事実だった。

 まったく、俺ってやつは。

 鬱々と歩いていると、騒々しい声が響いてきた。


「おお、心の友よ、しばらくではないか!」


 人形フェチの貴族、ボルボル卿だ。

 よりによって、なんでまたこんな暑苦しい奴が。


「貴殿も奴隷を買いに?」

「まあね。そちらこそ、どうして? 人形は売りに出されていなかったと思うが」

「なに、人形の世話をさせる奴隷が足りなくてな」


 ああ、そういうのね。

 ボル野郎の暑苦しい口上を聞き流すうちに、鐘がなる。

 そろそろ始まるらしい。

 そのまま別れようとしたが、ボルボルに無理やりVIPルームに連れこまれる。

 二階の出窓みたいなところから、下が見下ろせるようになっていて、なんというかこうブイアイピー、って感じだ。

 よくわからんが。


 高そうな酒を飲みながら、次々と出される奴隷を眺める。

 日に焼けた浅黒い肌で、いかにも屈強の戦士、といったたぐいの男たちが並ぶ。

 奴隷のはずなのに、胸を張っていささかも陰りが見えないのが、印象的だ。


「先ごろのローゼルとの戦での捕虜だな。良い働き手となるだろう。戦士としても屈強だがプライドも高い。商人などが用心棒として重宝すると聞くが、自分の身の回りに置くのはちと、はばかられるな」


 ローゼルとは、このスパイツヤーデ王国の北に位置する国で、古くからいさかいが絶えないらしい。

 オルエンが守りについていた北方砦も、対ローゼルの守りの要だったそうだ。


「幾度か剣を交えたことがありますが、いずれも手練の戦士です」


 とオルエン。

 そうか、魔物としか戦ったことがなかったけど、普通は人間同士で戦争するもんだよな。

 なるべく、そういうのとは関わりたくないものだ。

 思わず武者震いしたのをごまかすように、酒を飲み干す。

 うまいな、これ。


「おお、良い飲みっぷりではないか。さあ、遠慮せず、もっと飲まれよ」


 そういってボルボルは次から次へと酒をすすめる。

 どうせただ酒だ、どんどん飲んでやれ。

 飲んでるうちに競売が終わってても仕方ないよな。

 ぐびぐび。

 そんな感じで、ボルボルと景気よく酒盛りを始めてしまった。

 こうして酒を酌み交わすと、なかなか話の分かるいい男じゃないか。

 やはりこだわりのある男は違うな。

 俺ももっとこう、メイドへのこだわりをだな……。


 やがて売りに出される奴隷は若い娘が中心になり、オペラグラスで覗きながら、あの娘は腰が細すぎる、いくらなんでも胸がでかい、いや、でかい分にはいくらでかくてもいいのだ、などと騒いでいた、と思う。

 ちょっと飲み過ぎて覚えてないんだけど。

 いつの間にか競売も終わり、いい心持ちでソファにふんぞり返る。

 ボルボルは向かいの席で酔いつぶれていた。

 まったく、だらしないやつだなあ。

 しかし喉が渇いた、


「おーい、アン、水をくれ」

「アンは手続きに行っていますよー」


 と代わりにデュースが水をくれる。

 そうか、手続きか。

 ……なんの?


「それはもちろんー」


 そこでアンが戻ってくる。

 その後ろには、首輪を鎖で繋がれた少女が立っていた。

 黒いおさげ髪に青い瞳とそばかすが印象的な、一言で言うと、幸の薄そうな娘だ。


「さあ、ご主人様にご挨拶を」


 アンに促されて一歩前に出た少女は、おずおずと頭を下げる。


「ウクレ……です。よろしく、おねがいします」


 怯えて今にも泣きそうな少女の顔を見て、俺は一発で酔いが吹き飛んでしまった。

 そういや、なんか酔っ払った勢いで、決めたような気がする。

 たぶん。

 背筋に嫌な汗が流れる。


「こちらが契約書、病気の有無や処女であることの検査証明、その他の手続きは済ませてきました」


 とアンはにこにこと説明する。

 いや、そんなあっけらかんと。


「少々値が張りましたが、なかなかのお買い物だったと思いますよ。ローゼルの遊牧民の娘だそうですが、戦乱から逃げ延びで来たところを不法入国で捕まったそうです。素性も悪く無いですし、よく働いてくれるかと」


 そ、そうか。

 改めて奴隷の少女を見ると、俯いて目をそらされる。

 気まずい。

 気まずすぎる。

 とりあえず、帰ってから考えよう。


 ボルボルのことは連れの人形たちに任せて、俺達は競売会場を後にした。

 買ったばかりの奴隷を連れて。

 とぼとぼと家路についていると、アンが話しかけてきた。


「あの、ご主人様……」

「どうした、アン」

「差し出がましかったでしょうか」


 う、顔に出てたか。

 いや、大丈夫だ。

 そもそもその子を選んだのは俺だしな。

 酔ってたけど。

 それはいいわけにはならんだろう。

 だいたい、やめるならもっと前にチャンスはあったわけで。

 まったく、何やってるんだか。


 家に帰ると、いつも新入りがきた時のようにフルンが寄ってきて、あれこれ話しかけるのだが、ウクレは俯いたまま、たどたどしく答えるだけだ。


「ねえねえ、ご主人様。ウクレって病気なの? ご主人様に貰われてきたのに嬉しくなさそう」

「いや、そりゃまあ、なあ。君たちのようにはいかんでしょう。人間だし」

「でも、エクはいつも嬉しそうにご奉仕してるよ?」


 そうだっけか。

 まあ、プロだからな。

 プロってなんだよという気もするが。

 ウクレは一度顔を上げて俺の方をちらりと見たが、目が合うと再び顔をふせてしまう。

 目尻が少し濡れていたようだ。

 うわあ、どうすんのこれ。

 と、とにかく、二、三日様子を見てだな……。


「では、支度をさせてまいりますね」


 とアンが裏に連れて行ってしまった。

 支度って、俺の支度ができてないよ。


「だめですよー、もっと胸を張って威厳を持ってー、偉大な紳士が情けをかけてやろうという感じで接しないとー、いつまでたっても従いませんよー」


 とデュースは言うが、そんな都合よく行くか!

 やがて、綺麗に身だしなみを整えて、奴隷の少女が入ってくる。

 首輪のほかは何も身にまとっていない。

 前を隠そうとして、アンにたしなめられる。


「ほら、よく見ていただきなさい。あなたはこれからその体を楽しんでいただくのですから」

「あ……う…」


 すでに目は涙ぐんでいる。

 というか、アンも倫理観がバグってないか?

 淫乱な魔族はダメで、奴隷娘はOKなのか?


「この子、ほんとに大丈夫か?」

「はい、首輪の効果も説明してありますし。足かせは邪魔なので外しましたが、よろしいですか?」


 首輪の効果というとあれか、主人に逆らうと首がしまるという。

 ウクレはアンに引きづられるように俺の前までやって来る。

 周りを取り囲むように、メイドたちが見守る。

 足は目に見えてわかるほどにふるえている。

 エレンとフルンが小声で話すのが聞こえてくる。


「なんでこんなに怯えてるのかな、いまからご主人様にご奉仕するんでしょ?」

「ちょっと想像してみなよ、フルンが突然しらない男の前に連れて行かれて、その人にご奉仕しろって言われたらどうする」

「ええーっ、そんなの無理だよ、ぜったい泣いちゃう!」

「そういう感じかな」

「え、じゃあ、この子はご主人様の従者じゃないの?」

「ご主人様の奴隷だよ」

「エクと何が違うの?」

「これからエクみたいにきっちり教育するんだよ」

「教育したら私達みたいにご主人様が大好きになるの?」

「たぶんね。人間は僕達みたいなホロアや古代種とは違うから」

「そっかー、人間って大変なんだね」


 横でそういう話をされると、手を出しづらいんですが。

 それでも周りのプレッシャーにまけて、思い切って抱き寄せてみる。


「っ!」


 抵抗こそしないものの、ウクレは明らかに怯えており、体の震えが伝わってくる。

 泣くに泣けないのか、しゃっくりをし始めた。

 うぐぐ、おれはどうすれば。

 途方に暮れて、とりあえずきれいな黒髪をなでつけてやるが、なかなか落ち着いてくれない。

 そりゃそうなんだろうけど、どうにもならんので、少し強めに抱きしめてみると、ウクレはとっさに抵抗するように俺の体に手を押し当てる。

 その指先が、俺の胸元のペンダントに触れた瞬間、わずかに体が光った。

 ウクレではなく、俺の方が。


「え?」


 光ったのは一瞬だったが、ウクレは俺の顔を見て驚いている。


「紳士……さま?」


 いきなり体が光って、俺も驚いてるんだけど、ウクレはそれ以上に驚いたようだ。

 そばかすの残る頬を紅潮させて、さっきまで涙目だった目は、どこか艶を帯びているようにも見える。

 もっとも、それは俺の気のせいかもしれんが、がんばって髮をなでていると、ちょっと落ち着いてきたのか、ウクレの呼吸も静まってくる。

 もしかして、今ならどうにかなるんじゃ無かろうかと、思い切って本人に聞いて見ることにした。


「いまから、アレな事をしようと思うんだけど、いいかな」


 ウクレはちょっと身をこわばらせて、それから静かに頷く。

 まあ、断ったら死んじゃうんだから断れないよな。

 ひでえやつだなあ、うん、ひどい。

 などと言いながら、おっかなびっくりウクレを抱いた。

 泣きながらも抵抗しないのは、恐怖からか諦めからか、それともさっきの光が効いてるのか。

 正直、俺だって逃げ出したい気分だぜ。

 それでも罪悪感と嗜虐心のないまぜになった感覚は、癖になりそうで怖い。

 こうやって人は変わっていくのか。

 どうしてこうなった。


「さあ、よく頑張りましたね」


 ウクレの体を拭いてやりながら、アンが奥に連れて行く。

 うう、やっと終わったよ。

 だれか、俺も慰めてくれ。


「どうだった、ご主人様。やっぱり人間はちがう?」


 とフルンが無邪気に聞いてくる。

 正直、あんまり覚えてない。

 というか、思い出したくないんですが。


「じゃあ次、私がご奉仕するー」


 そう言ってフルンが抱きついてくるが、あとでな。

 今、そんな気分じゃないのよ。

 身だしなみを整えたウクレは、部屋に戻ると、隅で小さく三角座りをしていた。

 うう、すごい罪悪感。

 少し遅目の夕食は、ごちそうだった。

 ウクレもアンに言われるままに、隅の席に着く。


「あの……、私もここで?」

「ええ、うちは皆同じテーブルについて頂きます。ご主人様のお情けに感謝して頂いてください。今日は特別、ごちそうですよ」


 はじめは同席と聞いて驚いていたようだったが、隣のエクがいつもの口調で話しかける。


「私も同じ奴隷の身でありながら、かようなお情けを賜っております。お互いよい主人に貰われたことを女神様に感謝して、いただくといたしましょう」


 それを聞いて、おずおずと料理に手を付ける。


「……おいしい、です」


 いつもこんなごちそうは出ないけどな。

 さらに、二、三口運ぶうちにウクレの手が止まる。

 見ると泣きだしていた。


「どうしたんです?」


 慌ててアンが声をかける。


「ご、ごめんなさい。なんだか、急に……」

「さあさあ、落ち着いて。ここにはあなたを責める人なんていませんよ」


 いや、俺が今さっきひどいことしたじゃん。


「ありがとうございます、アン様。私……こんなに良くしてもらえると……思わなくて……、スパイツヤーデの奴隷になると……ひどい目にあうって……聞かされて、だから、怖くて……でも、ご主人様はご立派な紳士さまで……お優しいし、ご飯も……美味しくて……わたし…わたし……」


 そこまで言うと、ウクレは泣き崩れてしまった。

 ああ、そうか。

 俺じゃなくて、ここにいる事自体が怖かったのね。

 そりゃそうだよな。

 戦争で故郷をおわれて、敵国で捕まって奴隷になってたんだから、そりゃ毎日怯えて暮らしてたんだわな。

 俺は、その程度の想像もつかなかったのか。

 倫理観がバグってたのは俺の方だよ。

 こっちの世界に来て、わけのわからないままモテ過ぎたもんで、ちょっと調子に乗っていたというか、わけがわからなくなってたのかもしれない。

 それなのに勝手に自分だけ罪悪感だけ感じて、しかもやることはやってるんだから、ひでえ話しだな。


「さあ、もう泣き止んで。料理が冷めてしまいますよ」


 アンに優しく諭されて、ウクレは泣き止む。

 俺も慰めて欲しいぜ。

 責任感に押しつぶされそうだ。

 あれか、これが支配者の心構えってやつなのだろうか。

 なんにせよ、もう奴隷はこりごりだよ。

 エクがあんなんだったから、奴隷に対して油断してたところがないでもないんだけど、今になって思えば、普通に考えて奴隷とか無しだよな。

 とはいえ、買ってしまったものの責任はとらねばなるまい。


 寝る前にもう一度ウクレを抱くと、ぎこちないながらも、最初よりもずっと打ち解けているように見えた。

 少なくとも抵抗は感じない。

 これなら、どうにかやっていけるかなと思ったが、それほど甘くはないと、すぐに思い知らされるのだった。

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