第46話 日々の特訓

 祭りはまだ続いているが、今日は裏の空き地で、新人僧侶のレーンを交えてフォーメーションの確認をしていた。

 アンやオルエンと違い、レーンのような僧侶クラスの場合、戦闘中に継続して回復することができる。

 そうなると、効率よく回復を回す練習が必要になってくるのだ。

 特に重要なのが前衛で、セス、オルエン、フルンの三人が交互にローテーションを組みながら斬り込み、壁を作り、回復を受ける事ができれば、敵の付け入る隙を減らすことができる。

 あるいは紅を入れてもいいのだが、紅はレーダー役として後衛につくほうがいいようだ。

 冒険者として別格の魔導師デュースを除けば、うちで一番の達人である侍のセスはもちろん、オルエンも騎士としてそうした訓練を受けてきたので問題ない。


 問題があるのはフルンだった。

 フルンはいまでは一日中セスがつきっきりで修行している。

 その成長は目覚しく、すでに俺は足元にも及ばない。

 さらに肉体の頑強さが物を言い、敵が力押しで来れば人間離れしたパワーで壁になることもできる。

 だが、技で翻弄されるとまだまだ歯がたたないようだ。

 以前の冒険時に襲われた、アッシンのような敵相手だと、苦戦するだろう。

 そもそも戦い方に落ち着きが無いので、上手く回復を受けることができない。

 しびれを切らしたレーンがフルンに向かって叫ぶ。


「あーもう、フルンさん、どうしてそうちょこまか動くのですか! 呪文が乗らないじゃないですか!」

「えー、でもじっとしてるとやられちゃうよー」

「やられません! そのために前にお二人が出ているでしょう、もっときっちり落ち着いて回復を受けてください!」

「うう、難しいよう」

「じっとするのが難しいなどということがありますか! 心を落ち着け、己と相手を見定める。クラスを問わず、もっとも基本となる行動です!」


 レーンはこれまで随分と修行を積んでいたようで、冒険者としての練度はなかなかのものである。

 だてに勇者の従者になりたいと言っていただけのことはある。


 そういえば、勇者って具体的になんなんだろうな。

 前に聞いた気もするけど……。

 みんなが休憩に入ったので、レーンに聞いてみた。


「勇者とはもちろん、魔王を倒した者に送られる称号のことです!」


 ああ、称号だったのか。

 ちなみに、魔王とは魔界を統治する王のことで、昔は結構いたそうだ。

 説明を受けた第一印象は、魔界とか魔王とかいるんだなあ、という程度だった。

 まあ、魔物がいるんだから、魔王だっているだろう。

 詳しく聞くと、魔王とはもっとも力と権力をもった、そして大抵の場合、地上の人間に害をなす魔族というだけで、それ以外の点では人の世界の王とあまり変わりないそうだ。

 そんな王様のところに乗り込んでいって倒したりしたんだろうか、あの青の鉄人は。


「青の鉄人をご存知なんですか?」

「一度会ったことがある」

「すばらしい! さすがご主人様! サ、サインとかは貰いましたか?」

「いや、貰わないけど。」

「なぜ貰わないのですか、普通貰うでしょう! 勇者様ですよ、勇者様!」


 だそうだけど、どうしたもんかね、デュース。

 と、俺の後ろで一緒に見学していたデュースに話しをふる。


「ゴウドンはサインが苦手ですからねー、どうでしょうかー」

「え、デュースのお姉さまもご存知で?」

「ええ、古い仲間ですよー」

「なんと! すばらしすぎます! ぜひ、お姉さまもサインを!」

「あらあら、困った子ですねえ」


 たしかに、困ったもんだ。

 で、青の鉄人はどうやって、そんな王様を倒したんだ?

 普通に考えると、軍隊相手の戦争になりそうなもんだが。

 とデュースに尋ねると、


「そうですねー、魔族だって普通の国は普通に暮らしてるのでー、そういう普通の王を討ったりはしないんですよー。討つ必要もないですしー。国ごと戦争になればともかくー」

「じゃあ、普通じゃない魔王がいるのか」

「そのとおりですー。古くは伝説の魔王オルイデのようにー、地上も魔界も滅ぼそうとした狂人やー、近年では奴隷商人フォルムや魔界学士ウェディウムなどのように強大ですが国を持たずにー、人の社会に悪影響を及ぼす者だけが討伐の対象になったんですよー」

「なるほど、魔王と言っても色々いるのね」

「ゴウドンはー、青竜鬼と呼ばれた魔王を討ったことから、青の鉄人と呼ばれるようになったんですよー」

「竜で鬼とか二倍怖いじゃないか。怖いねえ」

「ムムム、紳士ともあろうお方が、そのようなことでどうするのですか!」


 などとレーンが割り込んできた。

 すまん、俺は熱血タイプじゃないんだ。


「もっとも今は討伐の対象になる魔王はいないと聞きます。魔王エデト亡き後、魔界は混乱状態にあるという話もありますが、これもずいぶん昔のことですし。ですが、青竜鬼のように突然現れて暴れ回るものもいないではありませんし、それ以上の大物が出てくるかもしれません! その時のためにも! 今から! 腕を磨いておくのです!」

「まあ、夢はでっかく持つべきだな」

「ところで、エデトってどっかで聞いた名前だな?」

「プールの父親ですよー」


 とデュース。


「ああ、そうだったか。プールなあ、なんで出てこないんだ、あいつは」

「どなたですか?」


 そう尋ねるレーンに、


「いや、魔族の知り合いだよ」

「魔族にも知り合いが! さすがはご主人様、顔が広い!」


 レーンは前向きだな。

 ちょっと感心するよ。


「とにかく、勇者はダメでも英雄があります。むしろ紳士なら英雄を目指すのが本道です!」

「そういや、英雄ってのもいるんだっけ? 勇者と何が違うんだ?」

「なぜにそんなこともご存じないのですか!」


 レーンは当然とばかりにふんぞり返って話す。

 いやね、おじさんはまだこの世界のことに疎いのよ。


「そういえば、放浪者だとおっしゃっていましたね」


 らしいな、よく知らないけど。

 従者になった者には、ちゃんと俺の素性は話してある。

 もっとも、俺自信詳しいことがわからないので、大したことは話せないのだが。


「神話に名称こそ出てきますが、放浪者とは具体的に何をする人なのかがわからないのです。ただ、女神の、とくに創世の三柱と親しいとしか……。ご主人様は女神にお会いしたことがありますか?」

「ないよ」

「うーん。あてにならない肩書ですね。しかし、勇者はともかく、英雄にはなっていただかなければ」

「そっちのほうが簡単なのか?」

「難易度で言えば、そうです。英雄とは試練の塔をクリアしたものに与えられる称号ですから」

「こっちも称号か」

「試練の塔はピンからキリまでありますから、簡単な塔をクリアすれば、それだけで英雄の称号は得られます」

「なるほど」

「ですから、貴族の子弟などは金に物を言わせて仲間を募り、形だけ英雄を名乗ったりするそうです。ケシカラン話です」

「ケシカランということもなかろうが。称号なんてそんなもんじゃないのかな」

「実際には、創世の三柱やその直系の女神、その他、名のある神の試練に打ち勝ったものだけが、一般には英雄と呼ばれます。例えば、創世の三柱であらせられる戦神ウルの試練を達成したものは、戦女神の英雄、などと呼ばれます」

「英雄にも格があるのか」

「ご主人様は紳士ですから、女神ネアルの試練に挑まれます。これをクリアすれば、ホロアマスターと呼ばれる、英雄の中の英雄となることでしょう。それは勇者にも匹敵する、立派な称号です」

「そりゃ大したもんだ、アンが熱心なのもわかるな。まあ、それに関しては精一杯頑張る所存なので、皆様に置かれましてもご協力を賜りたいところだなあ」

「無論です! さあ、続きをやりますよ、いつまで寝そべってるんですか! さあさあ、起きてください、フルンさん!」

「えー、もうちょっと、ちょっとだけ、ちょっとだけだからー」


 俺の膝を枕に寝転がっていたフルンは駄々をこねる。

 諦めろ、押しの強さはアン譲りだ。


「さあ、ご主人様もご一緒に、頑張りますよ、皆さん!」


 お、おう。

 俺もかよ、俺は現場監督でいいんだけど。

 すっかり巻き込まれて、特訓に付き合わされてしまった。


 特訓が終わると、当のレーンとフルンはそのまま連れ立って祭り見学に行ってしまった。

 あの二人はさっきまで言い合いながら特訓していた気もするが、仲はいいようだな。

 二人共脳筋タイプだから、馬が合うのかもしれん。

 しかし、仲がいいのは結構だが、タフだなあ。

 俺はといえば、ふかふかのベッドに横たわって、姫奴隷のエクのマッサージを受けていた。

 性的じゃないマッサージもなかなかの腕で、実に結構なものだ。


「少し、お疲れのようです。大切なお体でございますから、あまり無理をなさらないでくださいまし」


 そう言って、口に含んだ油をたらしこみながら、俺の体に刷り込むようにマッサージしてくれる。

 いや、やっぱり十分性的でした。

 全身をたっぷりほぐされてリラックスしていると、エレンとオルエンが煙突掃除をするといってやってきて、追い出されてしまった。

 そうか、暖炉って煙突があるんだよな。

 使ったことがないのでよくわからんが。


 しかし、こんな時間に放り出されてもな。

 四時前ぐらいだろうか。

 しょうがないので、誰か連れて散歩に行こう。

 目についたのは、洗濯物を入れていたセスだった。

 あとエク。


「私は、外の世界を歩いたことがございませんから、足手まといになるだけでございます」


 とは言うものの、いつまでも座敷犬というわけにも行かないんじゃないかなあ。

 たまには陽の光を浴びてビタミンDを作るべきだよな。

 というわけで、無理に連れだしてみた。

 ダメそうなら、すぐに引き返そう。


「おおせとあらば、従うのみでございます」


 俺に腕を取られ、しゃなりしゃなりと歩く姿は、かなり目立つ。

 今はセスとお揃いのメイド服を着ているのだが、それでも家政婦的な雰囲気は微塵も感じない。

 さらに襟元から覗く金ピカの奴隷の印がまた目立つ。

 まったく、難易度の高い子だよ、エクは。


「街は、賑やかなものでございますね」

「今は特に祭りだからな」

「これが祭りというものでございますか。女神様に感謝する催しだと聞き及んでおります」

「まあ、そんなところだ。それよりも、疲れてないか?」

「いえ、まだ大丈夫でございます。それに……」

「それに?」

「街というものは、ほんとうに活気にあふれた場所でございますね。城とは……随分と違っております」


 そんなものか。

 どうやら、見ているだけでも楽しめているらしい。

 連れてきてよかったのかもな。

 他の娘と違って、人間のエクは相性も何もないからな。

 どう扱っていいのか、悩む。

 デュースなどに言わせれば、どのように扱っても、ただ従うだけだと言っていたが、そういう扱い方はできんよなあ。

 そのまましばらく回っていると、人ごみに酔ったのか、単に疲れたのか、エクはベンチに座り込んでしまった。


「もうしわけ、ありませぬ。身の程もわきまえず、祭りの様子に浮かれてしまい、ご迷惑を……」


 うーん、失敗した。

 思った以上に体力がなかったか。

 もっと気を使ってやらないと。


「何か飲み物でも買ってきましょう」


 とセスが近くの屋台に走る。

 その後姿を見送っていると、気配を感じた。

 これは……フルンか。

 それにレーンだ。

 あたりを探すとすぐに見つかった。

 耳をパタパタさせながら、フルンが走ってくる。


「ご主人様ー、近くにいると思った」

「そうかそうか、お前もわかるか」

「私もわかります!」


 レーンも元気よく宣言する。


「そうだレーン、ちょっとエクを回復してくれ」

「おまかせください!」


 呪文をかけると、たちまちエクは元気になってしまった。

 便利なものだなあ。

 どういう仕組なんだろう。


「ありがとうございます。おかげさまですっかり良くなりました。奴隷の身でありながら従者様のお手を煩わすことになって、誠に申し訳なく」

「何を言っているのです、ご主人様はホロアも獣族も皆、分け隔てなく、従者として扱っておいでです。あなたも同様だとお姉さま、じゃなくてメイド長より聞いております。であれば、あなたは私にとって、従者の先輩ではありませんか。もっと、私めをおつかいください!」

「ああ、貴方様のお言葉の端から、ご主人様の徳があふれているようでございます。私はなんと幸せな奴隷なのでありましょうか」

「全く同感です、我々はすばらしい主を得た、素晴らしく幸運な従者なのです!」


 おじさん呼ばわりしてた同じ口から出たセリフとは思えんな。

 まったく、調子のいいやつめ。

 そういうところも可愛いが。

 元気になったんなら、そろそろ帰るか。

 日が暮れると急に冷え込むからな。

 エクには負担になるだろう。


 家に帰ると、部屋が温かい。

 みると、暖炉があかあかと燃えていた。


「まだ、早いかと思いましたが、せっかく掃除したので試しに」


 とアンが言う。

 暖炉の中には鍋がかけてあり、ミルクが煮立っている。

 リプルの搾りたて、だったら理想的だが、あいにくとまだそんなには出ない。

 いつもの牛のミルクだろう。

 外で冷えた体に温かいミルクが染み渡る。

 生き返るねえ。

 手の空いた者から順番に、火の周りに集まってくる。

 互いに髪をとかしたり、内職の続きをしたり、寝そべって本を読んだり。

 銘々が俺のそばでのんびりと時間を過ごしている

 俺はそれを横目に、じっと炎を眺めていた。

 炎はいくら見ていても飽きないよなあ。

 なんだかこのままずっと、見ていられる気がしてきたよ。

 そんな風に、今日も一日が終わるのだった。

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