第44話 かわいい仔牛
あいにくと気の利いた店はどこも満席で、ペイルーンが選んだのは大きな天幕にテーブルを並べた、カントリー風のミルクバーとやらだった。
しぼりたてのミルクと食事が取れるということで、狭い店内は混み合っていた。
ちなみにしぼりたてというのはもちろん牛娘のミルクだ。
テーブルに取り囲まれた中央のお立ち台に牛娘が四人集まって、盛んに四つの乳をしぼっている。
それだけじゃなくて、ウエイトレスの娘も同じく牛娘で、胸をさらけ出したエプロン姿でミルクのジョッキを運んでいた。
え、なにこれ、おっパブ?
なんでこんな素晴らしい、じゃなくて破廉恥な店が存在してるの?
というか、デートでこんな店に連れてくるバカが居るか、ペイルーン!
こんな結構な、じゃない、いかがわしい店でのんびり会話など……と思ったら、エンテル教授は美味しそうにミルクを飲んでいる。
「久しぶりにしぼりたてを飲みました。いいものですね」
あ、ハイ。
思わず珍妙な表情を浮かべた俺に、
「あら、ミルクはお嫌いですか?」
「いやいや、むしろ大好きですが」
しかし……。
改めて店内を見渡すと、子ども連れやらカップルが結構いた。
みんな普通に食事を楽しんでいる。
あれ、こういうもんなの?
あっけにとられている俺の前を四つのおっぱいがゆらゆらと漂っていく。
いや、こんな環境で平気でいられるってどうなのよ。
牛だから平気なのか?
俺がおっぱいを視覚からシャットアウトするのに全精力をつぎ込んでいる間に、二人はあれこれ料理を楽しんでいた。
積み上げられた料理がみるみる減っていく。
二人共、いい食べっぷりだ。
健啖っぷりに感心して、ちょっとだけ煩悩が薄らいできた。
そのまま見とれていると、エンテル教授は俺に見られているのに気がついたのか、顔を赤らめて、
「ご、ごめんなさい。朝から何も食べていなかったもので……」
「はは、お気になさらず、ゆっくり召し上がってください」
彼女はすっかり恐縮して、俯いてしまった。
ペイルーンは隣でそっぽを向いているし。
こいつ、明らかに俺たちの様子を見て楽しんでいるな。
ここは俺が紳士的にリードしなければ。
とは言うものの、共通の話題がなくて間が持たない。
うっかり顔を上げると、おっぱいが目に飛び込んでくるし。
生殺しすぎる。
もっとゆっくり鑑賞させてくれ。
じゃなくて、普通の女性とのデートを楽しませてくれ。
とにかく何か話題は……と、そういえばアレを聞こうと思ってたんだった。
「遺跡を掘り進むと、鉄の層やステンレスの層がある、という話でしたが、一体、どういうものなんです?」
エンテル教授は専門分野の話題になったせいか、急に調子を取り戻す。
「この大地の下に魔界が広がっている、というのはご存知でしょう。場所によって違いますが、一キロ前後の地殻が存在し、その下に魔界があります」
ベルヌの地底旅行みたいだな。
子供の頃に図書館で借りて読んだんだけど、ちょうど真ん中のページが抜けてていきなり話が飛んでしまい、子供ながらに憤った記憶がある。
図書館の本は大事に読めよといいたいね、俺は。
おっと、続きを聞かねば。
「最初は土と岩盤で覆われているのですが、魔界の手前まで来ると、鉄でできた層にたどり着きます。エリスタール公国などのように地表の浅いところに鉄の層があらわれているところでは、盛んに採掘していますけど、大抵はかなり深いので掘り出すのは困難ですね」
「鉄鉱石とかじゃなく、鉄そのものが埋まってるんですか?」
「そうですね、そちらはあまり専門では無いので詳しいことはわかりませんが」
「鉄ってそんなかたまってるもんでしたっけ?」
「かたまっているといいますか、鉄と岩でできたダンジョンのようなものが広がっていまして、さらにその下には女神が魔族を封印するために作られたという天井、これは魔界側から見た場合の天井ですが、それが広がっています」
人工物なのか。
あれ、人工の天井ってなんか記憶にあるな。
なんだったっけ……デジャブ?
しかし、星をまるごと覆うような技術なんてありうるものなのか?
そいや、なんだっけ、高度に進んだ宇宙文明があれば、太陽を覆ってそのエネルギーを利用してるだろう、みたいな話を聞いたことがあるな。
なんか掃除機みたいな名前の……わすれた。
まあいいや、じゃあ、女神ってのはそういうケタ違いの技術を持ってて、それが魔族……魔物と魔族って違うのかな?
とにかく、そいつらを星ごと蓋をして封印したって話なんだろうか。
ただの神話ならわかるんだけど、実在するとなるとなんかすごいスケールだな。
ぜんぜん違うかもしれないけど。
一度ぐらい、魔界も行ってみたいな。
「……で、ところどころ魔界に抜ける通路があるのですが、そうした領域は、ステンレスで作られていることが多いのです」
おっと、ステンレスが出てきた。
やっぱりあれかな、金属の……。
「種類は様々ですが、白かったり黒かったり、金属のようだったり石のようだったり、ただどれも強固で錆びない不思議な材質で出来ています。それらを総してステンレスと呼んでいます」
錆びない不思議物質は全部ステンレスか。
なんか違和感があるな。
対応する言葉がないのか。
俺の謎翻訳能力にもほころびが……。
「試練の塔なども、大抵はステンレスで出来ています。興味がお有りでしたら、一度ご覧になられては?」
「前に行った色欲の塔は普通の石に見えたが……あれは古くて苔むしていたからそう見えただけなんでしょうか?」
「まあ……、紳士様ともあろうお方が、あのような場所に!」
「いや、何事も経験というか、その……」
「……私、まだ仕事がございますので、失礼致します!」
ああ、怒らせちゃったよ。
そういやアンも嫌がってたもんな。
勢い良く立ち上がったエンテル教授に驚いて、ちょうど後ろにいたウエイトレスの少女がつまずいてしまう。
「あっ」
少女が手にしたミルクジョッキはお盆から飛び出し、そのまま俺の頭にざばーっと。
やれやれ、ついてない時はこんなもんだ。
「ご、ごめんなさい、すぐに拭きます!」
少女はしどろもどろになりながら、手にしたフキンで汁まみれの俺をふいてくれる。
胸を晒してないので、人間の子なのかな?
こっちも悪かったんだから、そんなに動揺しなくてもいいよ、となだめると、
「で、でも……」
少女はすでに半泣き状態だ。
おいおい、泣かれるとこっちが気まずいじゃないか。
周りの客の空気もなんだか緊張しているように感じる。
まるでヤクザとトラブルでも起こしたみたいな雰囲気だぜ。
俺は善良で平凡な市民ですよ。
いや、市民じゃなかったか、特権階級だもんな。
それで、この反応なのかな。
エンテル教授も慌ててハンカチを取り出し拭いてくれている。
「大丈夫ですか、私が急に立上がったから……」
「いやいや、大丈夫。あなたこそお怪我は?」
「いえ、私は……」
と言いかけて、エンテル教授の手が止まる。
どうしたんだ?
「いえ……あの……ひどい格好で、ぷ……くくっ……あはは」
あ、笑い出した。
あんがいひどいな、この姉さん。
そんなに気持ちよく笑われると、ますます気に入っちゃうじゃないか。
だが、それで若干空気が和んだ気もする。
「誰が見ても面白いわよ、ほら、早く拭きなさい」
そう言ってペイルーンがタオルを投げてよこす。
早く渡しなさいよ。
タオルを受け取って、さっさと拭きとってしまった。
服の中はまだ濡れていたが、仕方あるまい。
そんなことはほっておいて、とうとう泣き出してしまった少女の涙を拭ってやる。
「ほら、もう大丈夫だから、泣き止みなさい」
「で、でも、でも……」
まいったな。
何がまいったって、この子の体が光ってるんだよ。
金色に。
そこに店主らしき男と、ひときわでかい乳の牛娘が、娘というより熟女だな、いい感じの牛熟女が駆けてきた。
すげー揺れてるんですけど。
だが、見とれる間もなく店主は俺の前に立って、
「し、紳士様、これはとんだ粗相をいたしまして。とにかく、こちらに……」
と俺を天幕の裏まで引っ張っていった。
確かに、余計な注目を集めていたしな。
店主は土下座しかねない勢いで平身低頭してわび続けるので、俺は何度も大丈夫だと言い聞かせるはめになった。
紳士ってのは特別な身分だと言っていたから、こういう場合はこちらも気を使ったほうがいいのかもしれない。
別に怒ってるわけでもないしな。
それよりも、さっきの少女は……。
そこにいいタイミングで、先ほどのウエイトレスの少女が、牛熟女に連れられて入ってきた。
「さあ、リプル、お前からも寛大な紳士様にお詫びを……っておまえ、その体は……」
店主は光り輝く少女の体を見て、あっけにとられている。
「ええ、そうなんですのよ、この子ったら……」
と牛熟女も途方に暮れた顔をしている。
残念ながらすでに上着を羽織っていた。
いや、別に普通に戻っただけなんだが。
「わたくし、この子の母のレイプルと申します。この度は娘がとんだことを……」
それはもう、いいんだけどね。
そもそもの原因はこっちにあるんだし。
しかし、その子は牛娘だったのか。
それにしては、随分と貧相な体つきというか……、いや別に貧乳を差別するわけじゃないが。
「ご覧のとおり、この子は乳房もちいさく、満足に乳の出せない体でして、先日の競りにも出さずじまいだったのですが……」
そういう子もいるのか。
ちょっと内気っぽく見えたが、そういう事情なら内気にもなるかもなあ。
「紳士様は先日の競りでもお見かけいたしました。もし、モゥズの娘をご所望でしたら……その、乳は出ないかもしれませんが……」
母親が非常に苦しそうに言葉を紡ぐのは、たぶん胸の小さい牛娘ってのは相当なハンディキャップなのだろう。
店主も「おまえ、そんな失礼なことを……」などと小声で言っているが、表立って止めようとしないのは、どうにか押し付けたいというところか。
押し付けるというと語弊があるかもしれんが、紳士の従者になるというのは、この世界では相当なステータスみたいだからな。
俺としては、この際ミルク云々は二の次でいいんだけど。
だって、あんな熱い眼差しで見つめられると、どんな女の子でもウエルカムしちゃう男なんだよ、俺は。
というわけで、ご当人と向い合う。
「私はクリュウという。まだなんの功名も立てたことのない紳士でね。君は、なんと言ったかな」
「わ、私は、リプルと申します、紳士様」
「リプルか、可愛い響きだな。単刀直入に聞こうか、私のところに来るかい?」
「あ、あの……私……胸が…」
「うん」
「でも、料理や洗濯やお掃除は人一倍がんばれます!」
「うん」
「だから……、だから……」
少女はそこで言葉に詰まる。
牛娘の風習がどんな物かはわからんが、この小さな胸に抱え込んだコンプレックスは相当な物だったのかもな。
果たして、俺はこの子を幸せにしてやれるんだろうか。
この子だけじゃない、他の従者たちも俺のもとで幸せになれるのか。
だけど、俺が悩んでるようじゃ、ダメなんだよな。
俺にできることといえば、結局はでんと構えてご主人様をやることだけなんだよ。
だから、俺は少女の手をとる。
たちまち体は光り出し、少女の瞳に力が湧き上がる。
「私を、貰ってください」
少女は力強く、そういったのだった。
俺のものとなったリプルという牛娘は、今、母親に連れられて、奥で支度をしている。
店主は隣で何やらおべんちゃらを使っているが、適当に聞き流していた。
なんだか無性に疲れたよ。
「おつかれさま」
と言ってペイルーンが、労ってくれる。
なんだかそれだけですっと楽になるから、現金なものだ。
「あの子、喜んでましたね」
とこちらはエンテル教授。
そういえば、放ったらかしにしてしまってたな。
そのことを詫びると、
「いいえ、お気になさらず。それにしても、クリュウ様はやはりご立派な紳士ですのね。ペイルーンが自慢するだけのことはありますわ」
「はは、ペイルーンが俺を自慢するところなんて想像できないけど」
「今日は本当にありがとうございました、よろしければ、工房の方にも遊びに来てくださいね」
「ええ、喜んで」
それだけ言うと、エンテル教授は帰っていった。
リプルに気を使ったのかね。
しかしまあ、結構いい雰囲気だった……ってことも別にないか。
普通にしてれば俺のモテっぷりなんてあの程度だよな。
増長しちゃいかんぞ、俺。
「馬鹿ねえ、帰しちゃわずに、もっとごり押しすればよかったのに。結構、脈ありだったでしょう」
「え、脈なんてあったか?」
「あるわよ。そもそもエンテルは行き遅れて焦ってるんだから、もうちょっと頼りになるところを見せればイチコロよ。」
「イチコロって、そもそもなんで俺が口説くみたいな話になってるんだよ。俺はちょっと楽しいひと時を過ごせれば、それでよかったんだが」
「そんなナンパな理由で、人の友人をもてあそばないで頂戴。婚期を逃した女は大変なのよ。今更変なところに嫁に行くより、紳士の従者になったほうがお得に決まってるじゃない」
「もてあそぶなんて人聞きの悪い。というか、お得なのか、それは?」
「とにかく、お膳立てしておくから、次はちゃんとやるのよ!」
「はい、すいません」
しかし、なんでそういう話に……。
でも、行き遅れってのも案外そそるな。
だれでもウエルカムとか言ってたのはだてじゃないぜ。
そうこうするうちにリプルが戻ってきた。
中央アジアの少数民族みたいな格好で着飾っている。
顔を真赤にして俯いてるところなんて、可愛いじゃないか。
改めて母親に念入りに頭を下げられて、恐縮しつつも、リプルを貰い受けた。
「さあ、じゃあ行こうか」
「はい、ご主人様」
こうして、俺は念願の牛娘を手に入れたのだった。
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