第43話 大人のデート
祭りも中盤となった。
連日の騒ぎでさすがにバテてきたのだが、フルンだけでなくアフリエールも行きたがるので、つい俺も一緒になって遊んでしまう。
でもって、もう、彼女たちと同じペースでは遊べないのだということを嫌というほど思い知らされたのだった。
フルンとかね、ずっと走り続けてるんですよ。
たとえば通りの向こうで囃子が聞こえると、
「ご主人様! あれ、あれ、なんかやってる!」
とか言ってダーッと走って行って、俺もまあ追いかけるんだけど、半分ぐらい行ったところですでに一往復したフルンが戻ってきて、
「すごいよ、すごいよ、ほら、早く見ないと終わっちゃう!」
とかいって、俺の手を引いてグイグイ走らされるわけですよ。
毎日素振りで鍛えてるのとか、意味ないね。
単純にポテンシャルが違うのよ。
まあ、いいんだけどね。
フルン達は楽しそうだし。
祭りの最中には、地方からも大勢来るので、珍しい市も立つ。
今日は遊牧民の開くバザーをのぞいていた。
アンとデュースは少々派手なデザインの布地を手にとって眺めている。
あれでエキゾチックなナイトドレスでも作れば、夜が楽しそうだなあ。
などと両手を荷物でいっぱいにしながら考えていると、同じく隣で両手をいっぱいにしていたオルエンがつぶやく。
「女の買い物は……長いですな」
「そういうことを言うから、女性ファンが増えるんだよ」
「申し訳……ありません」
騎士として育ったせいか、オルエンはどうも無骨だな。
これに比べれば、剣一筋で生きてきた侍メイドのセスのほうがまだ女らしい。
いや……、似たようなものか。
修行の時はビシバシと打たれて道場を転がされてるからな。
だが、夜になればそんな二人を思うがままに組み敷いて、ブイブイいわせるのがまた……。
いかんいかん、往来で変な想像をしているとまた顔に出てアンに怒られる。
それにしても時間がかかるな。
ちょっと覗いてみるか。
「あ、ご主人様。どうです、これなんて?」
と、鮮やかな刺繍の生地を見せてくる。
「いいんじゃないか、色気があって」
「こちらのほうがー、肌の色が引き立つと思うんですけどー」
とデュースがすこしシックな生地を取り出す。
「あなたやオルエンのように、スタイルが良ければいいかもしれませんが、私達にはちょっと……」
「そんなことありませんよー」
「そうでしょうか」
などと埒もない。
「ところで、何をつくるんだ?」
「試練の旅に出るときに着る、おそろいのローブを作ろうかと思いまして」
おそろいか、いいな。
色々見ていると、ちょっと地味だが、気になる物があった。
淡く染め抜いた生地にピンクの花が刺繍してあり、まるで桜のように見えた。
「おお、ダンナ、オ目が高い。それは東洋の高価な絹ね。オススメあるよ」
禿げたおやじは胡散臭いしゃべりで妙に馴染みやすい。
「あらー、素敵ですねー」
「いいですね、なんだか落ち着く色合いです」
と二人も気に入ったようだ。
良かった良かった。
じゃあ、それを買ってそろそろ家に……
「じゃあ、こういう方向で探してみましょう」
「そうですねー」
そうですか、まだ決まりませんか。
さすがに疲れた。
荷物持ちだけでも変わって欲しいぜ。
まあ、荷物をもたせてくれなかった頃にくらべると、このほうがマシか。
紅でも連れてくればよかったんだが、今日はペイルーンのお供で工房に行ってるんだよな。
こういう時に携帯でもあればなあ。
最近は気配で位置が何となくわかるとはいえ、それだけじゃ……。
と思ったら、近くに気配を感じる。
見回すと、通りの反対側をペイルーンが歩いていた。
向こうもこちらに気がついたようだ。
紅もいる。
更にもう一人、いつぞやの学者先生もいた。
紅の発見者で名は確か、エンテルだったか。
「こんにちは、クリュウ様。その節はお世話になりました」
お上品に頭を下げる。
化粧は薄いしアカデミアの制服である地味なコートのままだが、相変わらずのいい女だ。
うちにはいないタイプだからな。
メガネだし。
「なに、買い物中?」
とペイルーン。
ああ、見ての通りだ。
そう言ってアンの方を示すが、当人はこちらに気が付かずに、商品をあさり続けている。
「しょうが無いわね、私達は早く上がったから、少しぐらい祭り見物でもしようと思ったんだけど……ご主人様も来る?」
「そうしたいのは山々だが、この荷物がな」
「では、私が代わりましょう」
そう言って紅が代わってくれた。
あとを任せて立ち去り際に、思い出して一言加える。
「アンとデュースになにか聞かれたら、逆らわずに全肯定だ、じゃないと終わらんぞ、アレ」
「かしこまりました」
それだけ言って、俺はそそくさとその場を後にした。
「良かったのですか? 主人がいなくては困るのでは」
と尋ねるエンテル教授に、俺は手を振って大丈夫と答える。
「そうね、どうせいてもいなくても、結論は同じよ」
ペイルーンの言うとおりだな。
「ふふ、信頼していらっしゃるんですね」
そんな大層なものでもないと思うがなあ。
祭りを流しながら、たわいない会話を続ける。
エンテル教授は、研究以外にほとんど興味が無いタイプのようで、話題の幅が狭い。
広場で大道芸を見ながらも、発掘の出土品の話ばかりしている。
たまには年頃の女性とデート、と洒落込むつもりが、ちょっと期待と違ったかな。
だが、たまにはこういうのもいい。
最近、御守りばかりしてた気がするからな。
「……その時、出土したのが、先ほどお話したカプセルで……って、私さっきから自分の研究の話しかしてませんね。ごめんなさい、つまらない女だとお思いでしょう?」
「いやいや、面白いですよ。不勉強で歴史には詳しくないのですが、興味深いお話です」
「父にもよく言われるんです、お前は世の中を研究対象かそうでないかの二通りでしか見とらん、って」
そう言って自嘲気味に笑う姿にも、どこか魅力がある。
このままぜひ、食事にでも誘うべきところだが、さて、あまりこの辺りの店には詳しくないんだよな。
「ねえ、エンテル。お腹すかない? そこいらで、何か食べて行きましょ」
少し後ろに控えていたペイルーンがいいタイミングで声をかける。
「ええ、私は構わないですけど、紳士様は?」
「もちろん、喜んでお伴しますよ」
ナイスだ、ペイルーン。
さて、どんなところがいいかな。
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