第41話 牛乳
ちょっとした冒険旅行を終えて、いつもの日常が戻ってきた。
今日は盗賊のエレンと人形の紅を伴って、薬の出前にでている。
街はすっかり秋めいて、俺も家を出る時に、アンに一枚余計に服を着せられた。
あんまり過保護なのもいかがなものかと思うんだけど、どうなんですかね。
「旦那は手がかかるからねえ」
とエレンはいうが、そんなことはないだろうと思うんだけどな。
こっちに来てからは自信がないけど。
自信がないといえば、俺はまたちょっとだけ剣の鍛錬に力を入れている。
せめて、みんなの足を引っ張らないぐらいになりたいからな。
なかなか続かないんだけどね。
もちろん、素振りだけはずっと欠かしていないが、その先がどうにも。
そもそも、セスからは型をひとつしか教わっていない。
素振り以外でやることといえば、その型と、道場での打ち合いぐらいのものだ。
こんなので強くなれるんだろうか。
「今のご主人様が技を学べば、かえって弱くなるでしょう。今はただ、精進してください」
とセスが言うので、素直に従うことにする。
素人の思いつきほど有害なものはないからな。
そう、頭ではわかっていてもやはり不安にはなる。
フルンはいつの間にか、剣さばきが随分と巧みになっていた。
小さな体でくるくると踊るように大剣を振り回す姿は、カンフー映画のようだ。
同じ師匠について練習しているとは思えん。
あれを真似しようと思っても、俺には無理なわけで。
できることをやるしか、ないんだよなあ。
黄色く色づいた街路樹はところかまわず落ち葉をまき散らし、踏み潰された銀杏っぽい実がなんとも言えない匂いを漂わせている。
その景色にみとれていると、勢い良く走ってきた荷車に弾き飛ばされそうになる。
活気があるというか、せわしないというか。
俺がのんびりし過ぎなだけか。
それにしても、今日はやけに人が多いなあ、とつぶやくと、半歩前を行くエレンが振り返ってこういった。
「祭りが近いからね。来週にかけて、もっと賑やかになるよ」
「へえ、祭りか。秋だと収穫祭とかかな?」
「麦の収穫はとっくに終わったよ。そろそろ秋麦を蒔くんじゃないかな? お米はまだだけど」
一応、お米はあるんだよな。
いわゆる長粒米だけど。
前に一度手に入ったので炊いてみたが、風味がきつくて口に合わなかった。
湯がいてチャーハンとかにすればいけるだろうけど。
そういえばカレーになら合うかもしれないな。
今度ペイルーンを連れて、スパイスを探してみないと。
「旦那は女とごはんの事しか考えてないんじゃないかと思う時があるよ」
あながち、間違ってないかもしれん。
「それにしても、祭かあ。で、何の祭だったっけ?」
「感謝祭だよ。女神ネアルが地上に降りて初めて乳をしぼった日を祝うんだ」
「乳って牛の?」
「まさか、女神様のにきまってるじゃん。女神自らがその乳をしぼりて地に垂らすと、たちまち百万のホロアが生まれた……ってね。旦那も前に聖書読んでなかった?」
「読んだけど、そんなフレーズは記憶に無いな。そうか、女神様は母乳が出るのか。」
「ホロアも女神にならって出るはずだけどねえ。僕達みたいに小さいとダメだけど、デュースとかは出てもおかしくないんだけど……」
「毎日しゃぶってるけど出ないぞ? すでに枯れてるとか……あ、今のナシ」
「聞かなかったことにしておくよ」
「はい」
「ま、個人差があるのかな。オルエンとかのほうが張りがあって出そうだよね」
そうかもしれん。
よし、帰ったら早速ためそう。
それにしてもちょっと暑い。
やっぱり服が一枚多かったんじゃないだろうか。
喉が渇いてきたぞ。
こういう時は自販機が恋しいぜ。
どれ、屋台でお茶かエールでも。
「おっ、珍しいな、ミルク売りだよ。旦那も飲んでみる?」
「珍しいって、うちで飲んでるのと違うのか?」
「あれは牧場の牛でしょ。こっちは牛娘のしぼりたてだよ」
牛娘?
みると、屋台のお立ち台で、大きな乳を四つもさらけだした、むっちりした可愛い娘が、せっせと目の前のオケに手で母乳を絞り出していた。
「なんだありゃ」
思わず声に出る。
「見ての通りのミルク売りだよ。ちょっとまっててよ」
とエレンは小走りに駆け寄り、小さなジョッキに二つ買ってくる。
ちょっと生ぬるいが味は濃厚で、ほんのり甘い。
「いけるね、どうだい、旦那」
「ああ、うまいな。というか、いいのかあれは」
「旦那も好きだねえ」
「そうかもしれない」
「他所の国じゃ、たまに牛娘を飼ってる家もあるみたいだけど、この辺じゃ見ないね。牛娘も獣族だからね」
「あれが飼えるのか」
というか、飼うって表現はどうなんだ。
「しかしいいなあ。おっぱいが四つもあったら、二倍お得じゃん」
「旦那はわかりやすいねえ。そういうところは好きだよ」
「照れるな」
「褒めたわけじゃないけどね」
「違うのかよ」
「祭だと牛娘が売りに出るかもしれないね」
そうかあ、ちょっと欲しいな。
あくまでちょっとだけ。
その後、出前の間中、四つのおっぱいが頭から離れなかったわけだが、帰宅後、それとなくアンに聞いてみると、
「牛娘ですか。あれはモゥズ族といいますが古代種の一種で、私達ホロアと同様に一人の主人に仕えます。良い乳を出すためには子供の頃からしっかり可愛がって育てなければなりませんが、大丈夫ですか?」
「ペットでも飼うみたいな感じだな」
「まあ、飼うというのは慣用的な表現で、要するに我々従者と変わりませんが」
「ふうん。なにか特別大変だったりするのか?」
「いえ、普段私達にしていただいているように、可愛がっていただければ、それで十分だとは思いますが……」
だったら、いけるんじゃないかなあ。
冒険はともかく、そっちの方はわりとイケてるんじゃないかと思うんだよ、俺。
「そういえばモゥズはグッグやプリモァよりも相性の影響が大きいとか聞きました。相性を見て、売る相手を決めるそうです」
「ホロアと一緒か。そういえばフルンたちは相性とかは関係無かったのかな?」
「それはもちろんありますよ。フルンも最初からなついていたでしょう。アフリエールは一目惚れ状態でしたし」
「そうだった気もする」
「なんにせよ、ご主人様がお望みでしたら、構わないとおもいます。そこまで高くもないはずですし。ですが……」
「ですが?」
「祭りの時には、奴隷市も立つので、まずは奴隷を一人育てることで、紳士としての心構えを磨いていただきたいと思うのですが」
心構えってなんだろう。
「ご主人様は大変思いやりのある優しいお方ですが、優しいだけでは、ただのヒモです。それでは我々もそのお心に甘えてしまうばかり。名を揚げていただくためにも、しっかりと紳士としての心構えを身につけていただきたいのです」
ただのヒモって、身もふたもないな。
いやまあ、そんな気はしてたんだけど、あえて考えないようにしてたのに。
「そもそも、紳士ってどんなのが理想なんだ? こっちに来てから、自分以外の紳士に一度もお目にかかったことがないのでわからん。貴族とは違うのか?」
「紳士とは神の末裔、女神の盟友ともいわれる偉大な種族です。その高貴さ、威厳はおよそ人の並びうるところではありません」
「え、そんなになの?」
だったら、アンが気負いすぎてるようにみえるのも、仕方がないのか。
「ですから、ご主人様にもそれにふさわしい威厳を身につけていただきたい。そのためには、奴隷を育てるのが一番と、昔から決まっているのです」
決まってるのか、そりゃしょうがないな。
しかし奴隷かあ。
奴隷調教育成物かあ。
威厳とは程遠い気がするんだけど、気のせいかな?
「では、牛娘と奴隷の両方が買えるぐらいには、お金を用意しておきます。楽しみにしててくださいね」
「はい」
しかし、偉大だの高貴だのと言われても、俺はただのおっさんだからなあ。
アンの期待には応えてやりたいが……。
そうだ、大事なことを忘れるところだった。
「デュースとオルエンはどこだ?」
二人をさがすが見あたらない。
「二人共、今、買い物に出てもらってますけど?」
「うぐぐ、そうか」
「御用でしたら、私どもが……」
「いや、あの二人にちょっとね」
「そうですか。ところでご主人様」
「なんだ?」
「お顔がだらけていますよ。せめて明るいうちぐらいは、もう少し引き締めていただかないと」
「はい、すんません」
「で、どんな御用だったのですか?」
「いや、その、とくにこれと言ってべつに……」
「そうですか。私はそろそろ、夕飯の支度にかかりますので、店番の方をおねがいしますね」
「はい、了解です」
「夕飯はミルクのシチューにしましょうか。しぼりたてじゃありませんけど」
はい、大変結構で……ってバレてるじゃん!
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