第40話 たのしいキャンプ 後編

 刀傷のやつと赤マスクの間に俺とペイルーンで強引に割って入る。

 赤マスクは俺の与えた傷が効いていたのか、かなり弱っているようだ。

 それでもとどめがさせないのが俺の頼りないところだが。

 刀傷の方は全く隙がなく、紅の相手をしつつも、油断するとすぐにこちらに切り込んでくる。

 嫌な感じの膠着状態が続く。

 こうなると、距離をとることもできない。

 一人抜けるだけでバランスが崩れるし、そもそも下手に下がるとかえって隙を作ってやられそうだ。

 はっきり言ってきつい。

 心臓がバクバク言ってる。

 だが、無性に勇気だけは湧いてくる。

 まるで胸元のネックレスから力が注ぎ込まれているようだ。


 赤マスクのアッシンがしびれを切らしたのか、脇に刺さったままの俺の刀を引き抜いて地面に投げ捨てる。

 ちょうど手を伸ばせば届きそうな距離だ。

 だが、これは罠だ。

 目の前に得物をちらつかせて相手を誘導するってやつだ。

 前にエレンに教わった。

 今、俺がやることは刀を拾って斬り合うことじゃなく、この短剣で二体の敵を引き離すことだ。


 赤マスクは無理に刀を引き抜いたことで、傷が開いたようだ。

 血が止まらなくなっている。

 顔色までは分からないが、たぶん、青ざめてるに違いない。

 あとひと押しだ。


 強引に一歩踏み出して押し切ると、とうとう赤マスクは向きを変えて逃げだした。

 その背中に立て続けに三本、エレンの矢が突き刺さる。

 と同時にデュースの稲妻が炸裂する。

 赤マスクは悲鳴を上げて息絶えた。


 残りは二体。

 紅と刀傷では、敵のほうが一枚上手のようだ。

 俺とペイルーンもフォローに入るが、三人がかりでどうにか互角といったところか。

 明らかに逃げに入っている相手だが、なかなか倒せない。

 刀傷は俺が一番弱いと見て、俺にプレッシャーをかけてくる。

 だが、それはこちらの思う壺だ。

 俺の方に逃げれば、エレンとデュースの射線に出る。

 押し切られるふりをして、うまく誘導してやるのだ。

 いや、ほんとはふりじゃなくてほんとに押し切られそうなんだけど。

 でも、それを狙ってこちら側に立ったのは本当だ。

 膠着状態を打ち破るように、再び雷鳴がとどろき、オルエンと対峙していたアッシンが火柱に包まれる。

 デュースの雷撃魔法で、焼きつくされたのだ。


 残るは一体。

 こいつをどうにか引きずり出して……。

 と思ったら、突然、紅に向かって口から火を吐いた。

 紅は冷静に回避するが、その隙に突破されてしまう。

 俺の作戦なんてお見通しだったか。


「追います」

「あ、おい」


 静止する間もなく、紅が追いかける。

 確かに、ヘタに逃すと他の仲間を呼ばれる危険があるというが、一人で行かせられんだろ。


「エレン!」

「任せてよ」


 声をかけると、すぐにエレンが後を追う。


「こちらは……片付きました」


 とどめを刺して戻ってきたオルエンは、傷ひとつ、ついていなかった。

 やはり頼もしい。

 セスも言っていたが、迷いの晴れた今のオルエンは十分強い。

 今日はそれがよくわかった。


「エレンと……クレナイは?」

「のがした敵を追っていったよ」

「困りましたねー」


 とデュース。

 ほんの二、三分で、二人は無事に戻ってきた。


「取り逃がしました」

「まいったよ、脇目もふらずに追いかけてくんだもん」

「逃がすべきではないと判断しましたので」

「仲間がいると思うか?」


 淡々と語る紅に俺が尋ねると、


「分かりません。ですが、あの個体は探知が十分に働きませんでした。逃すとやっかいです」


 との紅の答えを受けてデュースが補足して言うには、


「アッシンは影に潜みますからー、用心に越したことはないですねー」

「あいつはまだ、余裕があったと思うよ。あのペースで逃げ切るんだから」


 とエレン。

 さて、どうしたものか。


「夜明けまであと何時間ですかー?」


 とデュースが紅に尋ねる。


「二時間十二分です」

「そうですかー。では、全員で起きておきましょうー。それがいいと思いますよー」


 じゃあそうしよう。


「まずは結界を貼り直すわ、クレナイ、デュース、二人とも手伝って」

「はいはーい」


 ペイルーンは二人を伴い、途切れた結界を貼り直しにいった。

 その間に幾つか食らった俺の傷を、オルエンが呪文で治療してくれる。


「良い指示だったと……思います」


 オルエンにそう言ってもらえると助かるな。


「旦那はちょっと考え過ぎかな。腕がついてこないとかえって失敗するよ」


 隣で治療を手伝ってくれていたエレンは手厳しい。

 だが、それももっともだな。


「ん?」


 どうした、エレン?

 急に深刻な顔をして。


「なにか、気配というか匂いが……」


 デュースと紅がいる方を向いて叫ぶ。


「そっち、気をつけて!」


 叫び声と同時に、茂みから躍り出た影が紅を襲う。

 ちょうど結界の札を貼っていた紅は、一瞬反応が遅れた。

 その紅を突き飛ばすようにデュースが割って入る。


「デュース!」


 遠目に斬られたように見えた。

 と同時に、デュースと紅の前に火の壁が立ち上がり、炎に照らされた影はたちまち姿を現す。

 体勢を立て直した紅が、敵を一突きにした。

 剣の根本まで胴を貫かれた敵は、即死だった。

 どうにか撃退したものの、デュースは大丈夫だろうか。

 慌てて駆け寄ると、押さえた肩口から、血があふれていた。


「だ、大丈夫か?」

「命に関わる怪我じゃないですよー、でも、ちょっと休憩が必要ですねー」

「し、しかし……」


 動揺する俺の肩をオルエンが優しく叩く。


「落ち着いて、ください、マイロード。見かけほど……深くはない」

「そ、そうか。オルエン、あとは頼む」

「分かりました、マイロード」


 オルエンの魔法で、デュースの傷を治療する。

 深くないと言っても、かすり傷ではない。

 オルエンの術ではひとまず傷を塞ぐだけで手一杯だったようだ。

 あとは薬で手当をする。


「この程度なら慣れたものですよー」


 とデュースは気軽に言うが、まだ痛そうだ。

 僧侶が見つからない以上、怪我はなるべく避けたいのだが、そんなむしの良い話もないよな。

 手当をする間に紅とエレン、ペイルーンの三人が警戒しながら、結界を貼り直す。

 それが終わったら、倒した魔物のコアを回収だ。

 これがないと、金が入らないからな。


「ふう、なかなか大変だったね」


 エレンとペイルーンがコアを剥ぎとりながら話している。


「敵があと一体いたらやばかったかな」

「難しいわね、私もあんまり役に立ててないし。クロスボウもちっとも当たらなかったわ」

「しょうがないよ、さっきの奴らはかなり強かったよ。みてよほら、この立派なコア」

「たしかに、高く売れそうね」


 後始末をおえて、反省会だ。


「私は……、やはり前に出ないほうが……よいです」


 とオルエンは言うが、どうしたもんだろうな。


「うちはやはりセスが前に出て、オルエンかフルンが壁になるというスタイルがいいですねー。いろいろケチって二人をおいてきたのは失敗でしたー。今日もどちらかがいればもっと楽だったかとー、あたた……」

「後衛のあなたが私をかばっては、行動に支障が出ます。あの場は私が破損してでもあなたを守る状況でした」


 治療を手伝っていた紅がそう指摘すると、デュースは困った顔で答えた。


「こういうのはー、つい体がうごいてしまうんですよー」

「それでは、我々の使命に支障が出ます」

「そうですねー、でも、あの時隣にいたのがご主人様ならー、きっと同じことをしてたかもしれませんよー」

「それでは、困ります」

「ふふ、そうですねー」

「笑い事ではありません」

「そうですねー、あたた……」

「痛みますか?」

「これぐらいなら大丈夫ですよー」

「痛みを私に移せれば良いのですが」

「おもしろいことを言いますねー、あなたはー」

「そういえば、以前ホロアは死なないとかなんとか言ってなかったっけ?」


 ふと思い出して尋ねると、


「そう教わったわよ? 特に紳士に仕えるホロアは死んでも復活するって」


 とペイルーンも同意するが、デュースは首を傾げる。


「うーん、一般にそう言われてますけど、どうなんでしょうかー」

「え、違うのか? じゃあ、あんまり無理して戦ったりしないほうがいいんじゃ」

「昔ー、呪文で回復できないほどの重症を負ったホロアがー、紳士の印である精霊石に吸い込まれたところを見たことはありますけどー、その時は復活して出てくるのにー、ひと月ほどかかってましたねー」


 吸い込むって、この石にそんな秘密が。


「紳士だけの秘密だそうで、詳しくはわかりませんねー」


 しかし、ぱぱっと復活するわけじゃないのか。

 もっともそれならひどい怪我は治療しないで、死んで復活したほうが早いってことになるもんな。


「これは伝聞ですけどー、竜のブレスで跡形もなく焼きつくされたら復活できない、という話もありますしー。なんにせよー、死んでも大丈夫ー、とは思わないほうがいですねー。もちろん、ご主人様のお命を守るのは最優先ですけどー」

「俺的に辛いところだな。かと言って、俺だけ安全なところに引っ込んでいるわけにも……」

「ふふ、そう考えちゃいますよねー」


 まさにデュースの言うとおりなわけで。

 今更言っても始まらんか。

 強くならないとなあ。


「大丈夫ですよー、ご主人様はちゃんと強くなってますからー。それに何より……」

「うん?」

「従えた従者の力こそがー、ご主人様の力ですよー。それを忘れないでくださいねー」


 ああ、肝に銘じておこう。

 結局、俺達は朝まで寝ずに、そのまま警戒して過ごした。

 デュースの怪我はたいしたことはなかったようで、朝には歩けるようになっていた。

 それでも一応、紅がそばについて、肩をかしている。

 紅とデュースは、色々話しあっているようだ。

 あれか、ロボットが非合理的な人間の価値観に疑問を持つとか、そういうパターンか。

 心情的にはデュースを支持するが、理性的には紅が正しいと思う。

 ここでリーダーがすべきことはなんだろうな。

 相変わらず俺は、なんにもわからないままだなあ。


 夜明けとともに発ったせいか、まだ午前中の早いうちに街についた。

 その足で病院に向かい、デュースの治療をしてもらう。

 大事を取ってここで一泊してもいいのだが、二泊で戻ると言っている以上、留守番組に心配をかけたくもない。

 二日目ともなると、結構足も痛くなっているのだが、俺が泣き言を言うのもな。

 幸い、デュースも病院で回復したので、用事を済ませて帰るとしよう。

 まずは冒険者組合と呼ばれる役所、いわゆるギルドに行って、コアを換金する

 思いの外高額で、四匹で一月分の食費になった。

 たしかに美味しい商売に思えるが、危険もあるわけだ。

 ちなみにデュースの治療費は食費三日分かかった。

 今回の目的は、野営込みの冒険の練習だが、もう一つ、この街での仕入れ作業がある。


 ここオブルウツは港町だけあって、各種海産物が揃っている。

 目当ては薬の原料になる、海藻やサンゴ、貝殻など、らしい。

 らしいというのも頼りないが、そのために今回はペイルーンが同行したのだった。

 代わりにセスが留守番となったわけだが、それで良かったのかどうかはわからないな。

 いくつか店を回って、目当ての品を手に入れる。

 そうそう買いにこれるものでもないので、先ほど稼いだ金を合わせて、多めに買っておく。


「ちょっと、これいくら?」

「そこ書いとるやろ、いっこ十Gや」

「書いてる値段からいくらまかるのかと聞いてるのよ!」

「ねえちゃん、美人やのにキツイなあ。ほな三つで二十五Gや」

「いっぱいあるんだからもっとまけなさいよ」

「しゃあないなあ、ほな五つで四十四Gでどうや?」

「上がってるじゃない!」

「なんや、ねえちゃん計算も強いな、ほんまかなわんで……」


 黙っていればとびっきりの金髪美少女なペイルーンが、大阪のおばちゃんみたいにべらべら喋りながら、次々と値切り歩くさまは、近所の商店街ではすでに有名だったが、ここでも多くの人の知るところになっただろう。

 俺はもう慣れた。

 実際は、コミュ力があまり高くないペイルーンが虚勢を張った結果の押しの強さなので、本人の苦労を考えるとむしろ応援してやりたいぐらいだな。


「さて、用事は済んだわよ」

「いやいや、一番大事なものが残ってるだろ」

「そうだったわね、ここに来たら、お魚を食べないとね」


 というわけで、ちょっと奮発していい店に入る。

 といっても冒険者装備なので、ドレスコードのない店だけど。

 メニューがよくわからないので、適当にじゃんじゃん頼んでみた。

 刺し身もあるらしいので、それも。


 しばらくするとむっちりしたウエイトレスが料理を運んでくる。

 うまそうだ。

 俺は食うぜ!

 フライやらムニエルやらをモリモリやりながら、生ぬるいエールをグビグビいく。

 たまらんな。


「やっぱりおいしいわよね、エツレヤアンでもこれぐらい魚が食べられればいいんだけど」


 ペイルーンはガツガツと景気よく食べている。

 品が良いのか悪いのか。

 あのペースで食って、こぼさないのは大したもんだな。

 デュースは治療を受けた後だからと、いつもより控えめに飲んでいる。

 オルエンとエレンもマイペースに食べていた。

 でもって紅は、俺の後ろに控えている。

 人形はそういうものらしい。


 そうこうするうちに、お目当ての刺し身が来た。

 旨いな、やっぱ魚は生に限る。

 刺身最高。

 醤油がわりのつけダレがかなり匂いのきつい魚醤なので、いまいち口にあわないんだけど。

 味噌もないし、そのへんが日本人的には辛いところだ。

 むしろ白身なんかは、塩で食べるほうが美味しい気がする。

 カルパッチョ風に油がかけてあるのもうまいな。

 まあ、うまければなんでもいいんだよな、俺。


「な、生で食べるのですか……」


 オルエンはかなり抵抗があるようだが、俺に勧められて嫌とはいえないようだ。

 槍を持つと勇ましいオルエンが、刺し身をおっかなびっくり食べる姿は、とても可愛らしい。


「思ったより……これは…なかなか……」


 しこたま飲み食いして店を出る。

 時刻は正午をわずかに過ぎたところで余裕はあるが、デュースの提案で駅馬車を使うことにした。

 森を抜けて、船着場まで一気に運んでもらうことにする。

 まあ、いろいろやっておくのもいいだろう。


 そうして船着場についたのは少し日が傾きかけた頃だった。

 最終便にいそいそと乗り込み、大河を渡る。

 そこで、今日はキャンプだ。

 周りには俺達の他にも野宿する商人などが見受けられた。

 安全なところで野営するべきだとのデュースの判断なのかもしれない。


 実際、二日目の夜は何事も無く過ぎた。

 いや、なにかまた夢を見たような気がする。

 たぶん、プールの夢だ。

 俺はなにかペコペコ頭を下げて、あいつはふんぞり返って何か言っていた気がする。

 何を言ってたんだっけなあ。

 そんなことを考えていたら、無性にアンたちの顔が見たくなってきた。

 急いで帰ろう。

 俺は足の痛みも忘れて、皆と家路を急いだのだった。

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