第39話 たのしいキャンプ 中編

 先の戦闘ではさしたる遅れは出なかったようだ。

 ほぼ予定通りに、河を渡り終えた。

 そこからしばらくは道なりに進む。

 小一時間も進むと、深い森が見えてきた。


「気をつけてくださいねー、ここからは魔物やら狼やらがでますよー。明るいうちに、頑張って抜けちゃいましょー」


 先頭にエレンと紅。

 ついで俺とペイルーン、デュースが固まって歩き、最後にオルエンが殿を務める。

 森の間をぬうように続く道を慎重に進む。

 船着場では大勢いた同行者も、すでに見えない。

 まあ、俺達のペースが遅いからだけど。

 途中、棍棒を持った猿みたいなのに襲われたが、これは難なく退けた。

 そのまま森を抜けて、小さな丘に出たところで時間は三時過ぎ。


「そろそろ、野営の準備をすべきね」


 とペイルーンが言う。


「もう、そんなもんか」

「ええ、そんなものよ」


 馬から荷物をおろし、キャンプの支度をする。

 まずは場所決めだ。

 立派な木の下に大きめの布を広げて屋根にする。

 蜜蝋で防水してあるらしい。

 要するにタープだな。

 寝袋はなくて、銘々が毛布に包まって眠るそうだ。

 雨風は防げるし、いざというときにはすぐ動けるのだという。

 たしかに寝袋じゃ飛び起きて動けないもんな。

 エレンとオルエンは薪拾い、デュースとペイルーンは結界を張る、俺と紅は水汲み、という分担で支度をする。

 なんだか楽しくなってきたぞ。

 キャンプといえばカレーといきたいところだが、あいにくとこの世界でカレーにはお目にかかれてない。

 ウコンは以前ペイルーンが二日酔いに効くといって見せてくれたことがあるので、他のスパイスもどうにかなりそうな気がする。

 それっぽいスパイスをたくさん混ぜればカレーみたいなもんだ。

 家に帰ったら作ってみよう。


 支度をするうちに、あっという間に日が暮れた。

 思った以上に、時間がかかるもんだな。

 火をおこして食事にする。

 薪を集めるついでにオルエン達がうさぎを獲ってきた。

 昼間のイカは筋張っていてあまり美味しくなかったが、こいつは旨い。

 いや、ホントはちょっと臭みがあって旨いという程でもないんだけど、みんなモリモリ食べるので、俺も負けずに食わんと。

 あれだよ、ジビエ旨いとかいいながら食うとそれっぽいのよ、たぶん。


「お天気もよくてよかったですねー。雨だと大変ですからー」


 持ってきたワインを革袋から直接飲みながら、デュースが空を仰ぐ。

 柔らかそうなデュースの太ももを枕に、ごろりと横になると、満天の星空が目に飛び込んでくる。

 知ってる星座はないが、天の川はあるんだな。


「この人数だとー、ご主人様は見張りの必要はないですけどー、どうしますー?」

「どうしようか、まあ、練習だしやったほうがいいんじゃないか?」

「ではー、クレナイは不寝番ということでー、あとは交代にひとりずつですねー」


 俺は、ちょっと格好をつけて、大変そうな夜中の担当になってみた。

 そして深夜。

 気持よく寝ている所を、ペイルーンに鼻をつままれて目を覚ます。

 夜中に起こされると、サラリーマン時代を思い出すぜ。


「あら、ご不満顔ね」

「もうちょっと気の利いた起こし方はないのかね、君」

「じゃあ、もう一度目をつぶりなさい」


 言われるままに目を閉じると、唇に柔らかい物が触れる。

 ムニュムニュッとして、レロレロッて感じだ。


「どう、目が覚めた?」

「ああ、バッチリだ」


 そのまま交代でペイルーンは床についた。

 毛布にくるまったまま焚き火の所まで行く。

 夜も火は絶やさないものらしい。

 紅が煮えたぎった鍋のお湯をコップについで手渡してくれる。

 あったかい。

 コップのお湯をすすっていると、体が暖まって、頭も冴えてくる。


「どうだ?」


 と紅に尋ねると、


「異常ありません」


 との答え。

 いつもながらシンプルだ。

 枝で焚き火をつつくと、チラチラと火の粉が上がる。

 それを目で追って空を見上げると、大きな月が出ていた。

 見慣れない模様の月。

 こういうでかい衛星が、偶然浮かんでたりするもんだろうか?

 月は地球の環境に欠かせない存在だとは言うが、この星でもきっとそうなのだろう。


 女神アウルは、家の神、守護の神で大地の底に眠るという。

 だが、何故か月の女神でも有る。

 神話だから生成過程で色々混じったのかもしれないが。

 とはいえ、魔法がある世界だからなあ、女神だってやっぱりいるんだろうなあ。

 いや、それは早計か。

 ひとつ不思議な事があったからって、他の不思議の証明にはならんからな。

 当たり前のようだけど、勘違いしがちだ。


 思考を中断して、紅に目をやる。

 紅はまばたきひとつせずに、俺を見つめている。

 照れるなあ。

 負けじと俺も見つめ返していると、


「なにかご用でしょうか?」

「いや、見つめてるだけ」

「わかりました」

「わかってくれたか」

「マスター」

「どうした」

「私の外見に何処かおかしな所がありますか?」

「いや、むしろ非の打ち所のない美人だなあ、とな」

「わかりました」

「わかってくれたか」

「マスター」

「どうした」

「なにか近づいてきます」

「敵か!?」

「距離は南方五百メートル、森のなかです。四つのコアを検知、おそらく魔物です。敵と見て良いかと」

「よし、みんなを起こそう」


 寝ていた四人はすぐに目を覚ます。

 オルエンは槍を抱えて寝ていたようで、起きて即、臨戦態勢だ。

 実に頼もしい。


「敵はどっちだい?」


 とエレンが紅に尋ねると、すっと森のほうを指さす。

 エレンは地面に耳を当てて、


「うーん、ちょっと探ってくる」


 というと、たちまち木々の闇に消えた。


「火は消したほうがいいのか?」


 と尋ねると、デュースが答えて、


「夜目が効かない分ー、暗いとこちらが不利ですよー。むしろ炎を背に戦うようにしてくださいねー」


 なるほどね。

 でもエレンは明かりもなしで森に入って大丈夫なのか?


「盗賊はもともと五感が優れていますけどー、あの子は特に優秀ですよー」


 そうなのか。

 感心しているうちに、エレンが戻った。


「なにかいるね。姿は確認できなかったけど三人分の足音は聞こえたよ。まっすぐこっちに近づいてる」


 野営地は小さな丘で、四方の見晴らしはいい。

 すでにオルエンは槍を構えて、それをサポートするように紅が立つ。

 エレンは弓を担いで、近くの木に登る。

 俺とペイルーンはデュースを守るように、構える。


「来たよ」


 とエレンがつぶやく。

 なにか来たんだろうが、姿が見えない。


「右前方五十メートル、三体います。まもなく結界に接触。残り一体は何処かに潜伏しています」


 その直後、紅の指示した方向に閃光が走る。

 結界に引っかかったようだ。

 ペイルーンが札を破ると、火の玉が三つ飛び出し、今光った方向に襲いかかる。

 同時にデュースが杖を掲げて、雷が落ちた。


「一体に命中。二体は左右に展開」


 炎に焼かれて姿が見える。

 間髪入れずエレンの放った矢が、燃え盛る魔物の目に突き刺さる。

 一体目は大きなうめき声を上げて、動かなくなった。


「隠れ身のローブですねー、珍しい物を。でもー、これで見えますよー」


 残り二体も体の一部が燃えて、姿が見えるようになった。

 そのローブが焼けたからだろう。

 姿を表したのは、見たことのない人型の魔物だ。

 灰色のうろこ状の肌が炎に照らされてヌラリと光る。

 小柄で素早い。

 だが、姿さえ見えれば、戦えるはずだ。


「アッシンですねー、素早いですから気をつけてー。影に潜んでいるかもしれませんからー、そちらも気をつけてー」


 陰に潜むって何だ、気をつけろと言われてもな。


「残りはわかるかい?」


 エレンが尋ねるが、もちろん俺にはわからない。

 紅だのみだ。


「やはり二体しか検知できません」


 右からくるアッシンはオルエンが迎え撃つ。

 小柄だが盛り上がった筋肉で両手斧を振り回す、やばそうなやつだ。

 オルエンは軽快な槍さばきで敵をいなす。

 あっちは大丈夫そうだ。


 左はまっすぐ俺の方に来た。

 こちらは細身の剣に軽装で、動きも一番素早い。

 赤い布で顔をマスクした不気味なやつだ。

 ペイルーンが威嚇するようにクロスボウを放つが、素早く身をかわす。

 だが、その動きはエレンの予測の範囲内だったようだ。

 エレンの矢がアッシンの膝に突き刺さり、動きを封じた。


「うおおおおっ!!」


 俺は雄叫びを上げて、敵に突進する。

 場数もちょっとは踏んできた。

 ビビっていてはこれ以上成長しないだろう。

 昼間だって上手くやったじゃないか!


 一度剣を交えると、余計な考えは吹き飛んで、斬り合いに専念する。

 矢のダメージがあるのか、敵の動きが鈍い。

 豪快に振りおろされたアッシンの一撃を盾でいなすと、がら空きの脇腹に一撃を叩き込んだ。

 分厚い皮を切り裂いて、刀は半ばまでめり込んだが、筋肉に食い込んで抜けなくなった。

 抜けない刃を引き抜こうと、必死にもがいていたところに、


「マスター、下!」


 突然足元の影から別のアッシンが姿を現す。

 間一髪で手を離し、後ろに飛び退いてどうにかかわす。

 だが、姿勢を崩して尻餅をついたところに、さらに飛びかかってきた。

 だめだ、とおもった瞬間、敵は急に俺を見失ったかのように立ちすくむ。

 なんだ?

 アッシンの顔の周りに一瞬だけ黒いもやがかかったように見えた。

 何にせよ命拾いした。

 その僅かの隙に俺は転がるように後ろに下がり、距離をとった。

 紅が割って入り、壁になる。


「マスター、下がってください」

「たのむ」


 さらにペイルーンがフォローに入ってくれた。


「怪我はない?」

「今のところはな」


 エレンも木から飛び降りてきた。

 紅の代わりにデュースのカバーに入る。

 俺は肩で息をしながら、腰の短剣に持ち替えて、体勢を立て直そうとする。

 だが、呼吸が整わない。

 短剣を握る手が汗で滑りそうだ。

 次はどうする?

 無意識に胸元のネックレスを握りしめる。

 小さい頃からの癖だ。

 緊張したり行き詰まったりした時はこれを握りしめていると心が落ち着く。

 だが、今日は落ち着くどころかむしろ勇気が湧いてきた気がする。

 恐怖心が消え、力が湧いてくると、同時に周りが見えてくる。

 そうだ、ちゃんと周りを見なければ。

 俺に襲いかかったアッシンは、傷ついた仲間をかばうように位置しながら紅と対峙している。

 胸に大きな刀傷のあるそいつは、一番の使い手と見えて紅も苦戦していた。

 ペイルーンはこの乱戦では慣れないクロスボウが使えずに、剣を抜いて俺をガードしている。

 一方、オルエンの相手は腕前こそオルエンに劣るものの、相当なタフさで、かすり傷をいくつも負いながらまったく力が衰えていない。

 凄まじい形相で両手斧を振り回す相手に、オルエンも攻めあぐねているようだ。

 しかし、状況的に、助けに出られない。

 今更気がついたが、刀傷のアッシンの場所どりが絶妙すぎるのだ。

 デュースは呪文を溜めているようだ。

 俺達が隙を作るのを待っているのだろう。

 エレンは再び弓を構える。

 どっちを狙う気だ?

 エレンと一瞬目が合う。

 一番弱いやつか。

 俺が最初に傷つけた赤いマスクのあいつだな。


「ペイルーン、フォローしてくれ。こいつらを引き離すぞ」

「わかったわ」


 どうにかして、隙を作らないと。

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