第33話 紅

「まあ、人形が買えるほど儲かったんですか?」


 と驚くアンに、手短に説明する。

 話し終えた頃に、エレンが戻ってきた。


「尾行はされてないと思うんだけど、どうもおかしいなあ。通りの向こうに怪しそうなのがいたし。彼女になにかついてるのかも」


 そういってエレンは先ほど拾った人形を見る。

 俺が紅と名づけた娘は、部屋の真ん中で寝息ひとつたてずに眠っていた。

 そもそも呼吸をしていない。

 人形だとわかっていなければ、医者と坊主のどちらを呼ぶべきか悩んでたところだ。

 身につけているものは素朴なもので、本人の完璧といえる造形に比べると、とても頼りない。

 さて、どうしたものか。


「来るとしたら、今夜のうちだと思うよ」


 とエレンは言う。


 果たして、一時間もしないうちに来客があった。

 目元のたるんだ、丸い中年だ。

 アデント兄弟商会とかいう街でも有数の大店の番頭らしい。


「こちら様に、当方の商品が紛れ込んでしまいましたようで」


 番頭は複雑な表情で、まずは下手に出てきた。


「知らぬな、引き取られよ」


 応対にはアンとセスがでた。

 俺は横に立っているだけ。


「お隠しになると、ためになりませぬぞ?」


 一見下手でいながら脅してくる商人に、セスが啖呵を切る。


「無礼な。ここをニホンの紳士クリュウの屋敷と知っての物言いか!」

「も、もちろん、存じておりますが……」


 あ、急にしどろもどろになった。

 あんがいヘタレかも。


「あの人形は昼間、とある事故で荷馬車から逃げ出してしまいましてな。本日中にさるお屋敷にお納めすることになっていたのでございます」


 そう言って、控えていた丁稚っぽいのから包を受け取り、


「失礼かとは存じますが、お礼の品をお持ちいたしました」


 今度は懐柔策か。

 俺が喋ったほうがいいのかな。

 ためしに口を開くと、「ご高名はかねがね」などとお為ごかしを言う。


「なるほど、あなた方は彼女をお探しでしたか」

「さようでございます」

「ですが、ひと足遅かったようで。こちらも偶然とはいえ、彼女を私の従者として、受け入れてしまったのです」

「まさか! そんなはずは……」

「無礼者。紳士が嘘をつくと思うてか」


 と、セスが刀に手をかける。


「いえいえ、滅相もない。しかし、あの人形は、いままで誰も……」

「本当ですよ、私は彼女に名を与え、彼女はそれを受け入れました。一度、私の従者となったものを、売り渡すわけには行きません」

「し、しかし……」


 名を与えたことがよほどショックだったらしい。

 番頭はしどろもどろでせっせと汗を拭いている。


「と、とにかく、我々としてもこのまま引き下がるわけには」


 男の連れのうちの、強そうなのが前に出る。

 こちらもセスとオルエンが出て、一歩も下がらない。

 頼もしいなあ。

 などとのんびり構えている場合ではない、さてどうしたものか。


「マスター」


 振り返ると人形の少女が目覚めていた。


「よう、おめざめか?」

「はい」


 とこたえて、更に一歩踏み出す。

 番頭は明らかに怯えていた。


「マスターの敵は排除します」

「よ、よせ」


 番頭の声は完全に裏返っている。

 紅と俺が名付けた少女は手を掲げると、番頭はこの世の終わりと言わんばかりの顔をしていた。

 もしかして、この人形娘、やばいのか?


「待て!」


 俺はとっさに危険を感じて、紅を制する。

 紅は手を掲げたまま、俺を振り返る。

 表情が単調で感情が読み取れないが、たぶんやる気満々だったな、この娘。


「こ、後悔なさるな!」


 との捨てぜりふを残して、番頭は逃げるように走り去った。


「ふう……。アン、塩でもまいてくれ」

「塩ですか?」

「ああ、うちの故郷じゃ、嫌な客には塩をまいて追い払う風習があるんだ」

「かしこまりました。では」


 アンは塩を一掴みすると景気よくぶちまけた。


「いいねえ」

「ふう、スッキリしますね」

「さて、と……」


 俺は人形の少女に向き直る。


「おはようございます、マスター」

「ああ、おはよう。よく眠れたかい?」

「はい」


 色々聞きたいこともあるが、先にこちらから名乗るか。


「俺は黒澤久隆。クリュウと呼ばれている」

「はい」

「で、回りにいるのが……」


 と順に説明する。


「お前は九人目の従者というわけだな」

「光栄です、マスター」

「じゃあ、お前のことも聞かせてくれるか」

「はい。私はマスターである貴方様の従者、クレナイです」

「ふむ」

「以上です」

「……そうか」


 ちょっとコミュニケーションがむずかしいタイプかな?


「さっきの商人は?」

「知りません、マスター」

「出会った時、どうしてあそこにいたんだ?」

「目が覚めるとあの場所にいました。赤い夕陽を眺めていると、背後からマスターが現れました」

「ふぬ」

「ひと目であなたがマスターであると理解しました。以上です」

「じゃあ、それ以前の記憶はないのか?」

「あります」

「それを話してみてくれ」

「目覚める前のことです。記憶が曖昧なため、正確さに欠けることをお許し下さい。また、どれぐらい前かは時間の記録がありませんので不明です」


 一瞬の間をおいて、紅は話を続ける。


「ハカセがいました」

「ハカセとは?」

「彼女はハカセと呼ばれていました。私もそう呼んでいました。彼女は私をつくりだし、名を与えようとしました。ですが、どれも私の名前ではありませんでした」

「なぜだ?」

「ハカセは私のマスターではないので、当然のことでした」


 人形ってのは名前を当てたら、従者になるのか?


「その後、何度か名を与えに来た者がいましたが、どれも私の名を呼びませんでした。その後、ハカセは私を封印するといいました。マスター無しでの運用は危険だと判断したそうです」


 危険なのか。

 今は名前を与えたから大丈夫なんだろうか?


「待機モード中に何度かアクセスを受けました。やはり名を呼ぼうとしたようですが、あまり記憶に残っていません。それ以降は、今日、目覚めるまで、記憶にありません。以上です」

「ふむ、わかった」

「わかったのですか?」


 セスが今の問答に首を傾げて聞いてきたが、まあ、だいたいわかった。

 彼女はどこかでハカセと呼ばれる人に創られたんだろう。

 人形だしな。

 名前を当てることが、メイド族における相性のようなものなのだろうか。

 あるいは、何かの鍵になっているんだろう。


 俺が名前を呼んだのは偶然だったのか?

 だが、彼女は一目見て俺がマスターだとわかったと言っている。

 その俺が呼んだ名前だから受け入れたのか。

 マスターだから、正しい名前が偶然頭に浮かんだのか。

 それとも、俺がこの名を与えたのは必然なのか。

 気になるといえば、彼女はあの時、教える前に俺の名を口走っていた。

 うーん、わからん。

 なにがなにやら……。


「それよりも先にだな……」

「なんでしょう、マスター」

「その、ナニをだな」

「了解しました。肉体による奉仕をご希望ですね」


 やっぱ従者としたからには、これがないとな。

 むしろ最近は、俺はこれをするためにこの世界に飛ばされてきたんじゃないかと思うぐらいだよ。


 で、堪能したわけだが。

 いやあ、いい体だった。

 個別にあげるとキリがないが、たぶん理想の体型というのは紅のことを言うのだろう。

 こんな女を抱いてしまえば、普通の女はだけなくなるんじゃないか?

 そう、普通の男ならね。

 俺は素晴らしい紳士なので、これからも万遍なく俺のメイドたちを愛せる自信があるといえよう。

 ことを終えると、紅は再び、人形のようにそばに鎮座している。

 まあ、人形だけど。


「こっちのアンがうちのメイド長だ。基本的には彼女の指示に従ってくれ」

「かしこまりました」

「ところで、お前は何が得意だ?」

「得意かどうかは検証しないと判断出来ません。私は、炊事洗濯などの家事のほか、主人への性的な奉仕活動も可能です。こちらは今ご確認頂きました。それ以外では、戦闘も可能です」

「戦闘か、具体的には?」

「概算ですが、私の戦闘能力は、反射速度ではセスの三割、力でオルエンの六割、エルミクルムのキャパシティではデュースの一割以下、これはいわゆる魔力ですが、光学系魔法がいくつか使えるようです」

「そりゃなかなか、してその根拠は」

「肉体をスキャンした結果ですが個人の経験は反映されていないので、これより下がる可能性があります。実践の場で再検証すれば、さらに精度が上がると思われます」

「回復……、えーとつまり、神霊魔法はつかえないのか」

「それに関する情報は持っておりません」


 なんだかわからんが脱いだら凄いだけじゃなくて、戦ってもいけそうだな。

 でも、ずば抜けてどうこうってわけじゃないよな。

 我が家で底辺戦力を争う俺が言うのも何だけど、さっきはなんかもっとやばそうな……。

 そう、いつぞや青の鉄人に感じたような別次元のやばさみたいなのを、感じたような気がするようなしないような……。

 などと俺が首をひねっていると、アンが身を乗り出して、


「それよりも先程の商人です。あのまま引き下がるとは思えません」


 エレンもうなずいて、


「アデント兄弟商会といえば町有数の大店だからねえ。ほら、昼間もいただろ、貧乏貴族と揉め事起こしてた所」


 あれか。

 貴族相手に突っ張るのでは、紳士の肩書が効くかどうかは妖しいな。


「まあ、いざとなったら夜逃げだな」

「敵に……背を見せるのですか」

「オルエンは不服そうだな」

「いえ…その」

「だが、臨機応変にいくのも大事だぞ。なんでも正面突破じゃすぐにへこたれるからな」

「な……なるほど。一理……あります」


 俺は改めてみんなに向かって、こういった。


「しばらくはみんな一緒にいることにしよう。何かあると面倒だからな。買い物も近所で手短に」

「かしこまりました」


 すこし間をおいて紅が訪ねてきた。


「マスター、私の存在は、ご迷惑になりますか?」

「いや、問題ない。多少のトラブルはよくあることだ」


 文字通り人形のように表情をあまり変えないが、それでも安心したようにみえた。

 気のせいかもしれないけど。

 まあ、たとえ気のせいでも、フォローしていかんとな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る