第34話 決闘

 翌日の昼頃、老騎士のバダムがやってきた。


「がはは、クリュウ殿、元気でやっておるかね」

「ええ、おかげさまで」


 相変わらずみなぎってる爺さんだ。

 夏バテとか経験したことなさそうだな。


を手に入れたと聞いてのう」

「おや、お耳が早い」

「実は、お主に引きあわせたい者がおってな」


 そういって、一人の婦人を紹介された。

 珍しく若い女性など連れているから冷やかすべきか悩んでいたんだが、俺の客だったか。

 余計なことを言わなくてよかったよ。


「はじめまして、エンテルと申します」


 そういって名乗ったのは、アフリエールと同じ、銀色の髪に長い耳の女性だった。

 プリモァ族なのだろう。

 でもって、メガネ!

 いいなあ。

 歳は三十いってるかな?

 俺よりは下っぽいな。

 醸しだす知的な雰囲気がメガネとマッチしてる。

 いい女だなあ。

 などと俺が頭を下げる一瞬の間に考えていると、奥から錬金術師のペイルーンが顔を出した。


「エンテル! あなた、いつ戻ったの?」

「つい、昨日ですよ。お久しぶりですね、ペイルーン。それに、おめでとう」

「ペイルーンの知り合いか。となると学者つながりの?」


 と尋ねると、メガネ美人はうなずいて、


「ええ、そうです。かつてイドゥール工房でペイルーンとは席を並べておりました」

「つまり、私の先輩ね。今ではエツレヤアンの新しい教授よ。今回の遠征が終わったら、工房をひらくんでしょう?」


 ペイルーンが珍しいことに随分と親しげだ。

 最近気がついたが、ペイルーンは結構人見知りするんだよな。

 それを隠すためにいつも強気にあたってるのかもしれないなあ。

 すぐ、ぼろが出るけど。

 初めて会った時もそうだった。


「ええ。その時にはあなたにも来てもらいたかったのだけれど……」

「残念ね。私はもう、売約済みだもの」

「でも、よかったですよ。あなたが無事に従者になれて」

「ありがとう。わざわざ、それを言いに? なにか見つけたって手紙にはあったけど、もしかして……」

「そうです、こちらにいるのでしょう? 例の人形が」


 やっぱり紅のことか。

 とりあえず話してみるか。


「どうやら、うちのペイルーンがお世話になっているようで」


 と切りだすと、エンテル教授はオーバーに頭を下げる。

 ペイルーンや彼女の元ボスであるイドゥールと違って、随分と殊勝だなあ。


「それで、彼女にどのような御用が?」

「会わせていただけるかしら」

「構いませんよ。おい、紅、ちょっとおいで」

「クレナイ! そう名付けたのですか」

「ええ」


 俺がうなずくと、エンテル教授は、天を仰いでため息をついた。


「クレナイ……、確かに今回の発掘の元になった文献にも真紅の闘神にまつわる伝承が含まれていたわ。パフ記にもある真紅の闘神の異名が暁の乙女、そこからの連想でしょうか。紳士様は神学にも精通なさっておいでなんですね」

「いや、そういうわけじゃなくて、なんとなくというか、フィーリングで……」

「なんとなく! では、やはり相性の問題かしら。私たちがいろんな名を与えても、何の反応も無かったのに」

「それは、あなたがマスターではなかったからです、ハカセ」


 メイド服の袖をまくって洗濯をしていたらしい紅が顔を出すと、開口一番そういった。


「え、あなたが例のハカセ?」


 ペイルーンが驚いて尋ねるが、エンテル教授は首をふる。


「いいえ。彼女は発掘した時にもすこしだけ目を覚まして、私をハカセと呼びました。おそらく、誰かに似ていたのですね」

「たしかに、生体ピンの適合率は六十二%です。本人で無いことは確実ですが、相当な世代を経た物と考えられます」

「とにかく私が来た目的から話しますね。私はこのところずっとドーンボーンの遺跡で発掘作業をしていました。時間をかけて掘り進み、土の層、鉄の層を抜けて、ステンレスの層から彼女は見つかったのです」


 ステンレス?

 話の腰をおるのもあれなので、後で聞こう。


「そこで出てきたのが彼女です。魂は入っていたのだけれど、ほとんど動かなくて、工房に運ぶことにしましたが、輸送の途中に彼女は盗まれてしまい、人手を経てアデント兄弟商会の元にうつったようです。どこかの貴族に売りつけるつもりだったみたいですね」


 エンテル教授は忌々しそうに顔をしかめる。


「それを知って、父の友人でもあった、こちらのバダム卿の手を借りて取り戻そうとしたのですが、調べてみると通りすがりの紳士様が彼女を従者にしていた、というわけです」

「お話はわかりました。残念ながら彼女をお渡しすることはできませんが」

「わかっています、契約したのでしょう。私にとってはトラブルだけど、彼女にとっては幸運だったというわけですね。その代わりと言うわけではありませんが、彼女の話を聞かせてもらえないでしょうか」

「それぐらいなら構いませんよ」


 エンテル教授は、紅にいくつかの質問をしていた。

 彼女が聞き出せたことは、昨夜の話と大差ないように思える。

 時間がかかると見たのか、バダムが話を切り出した。


「ところでな、クリュウ殿。例の商人が引き渡す予定じゃった貴族じゃが、これがボルボルというて、いささか変わり者での」


 ボルボルってもうちょっとマシな名前はないのか。

 いや、たぶんこの世界じゃ普通なのかもしれないなあ。


「まあ、名前からしてアレなんじゃが、本名は忘れてしもうわた」


 やっぱり、変な名前なのか。


「なんでも、人形に随分と執着する男と聞いておる。家柄もいいし、宮廷での地位もあるが、どうも人形に関しては、な」


 人形マニアか。

 俺も理系出のプログラマの例に漏れず、多少はオタク趣味だったが、あんまり物に執着しない方だったので、いまいちよくわからない。

 いや、実は俺の趣味の対象はメイドだったのかもしれないな。

 最近は、従者が増えることに執着するようになってる気がするし。

 まさか生メイドのいる暮らしがこんなに素晴らしいものだったとは。

 メイド喫茶とか興味なかったんだけどな。

 あれか、本物じゃないとダメだった、というわけか。

 今の暮らしは貧乏だし狭いし結構危険もあるけど、それを差し引いても釣りが出る素晴らしさだぜ。

 新たな自分を発見して深く感じ入っている俺を無視して、バダムが話を続ける。


「儂も騎士の身では上級貴族相手にいかほどのフォローができるか、心もとないのでな」

「お心遣い、感謝します。ですが、自分の従者のことですから、どうにかしてみましょう」

「うぬ、まあお主なら大丈夫じゃよ」


 エンテル教授は色々質問をしていたが、途中からはペイルーンも加わって根掘り葉掘り質問攻めにしていた。

 紅は表情一つ変えず淡々と答えているが、あまりめぼしい結果は得られなかったようだ。

 後日、改めて、ということにして、バダム達が帰る支度をしていると、表で怒鳴り声が聞こえる。


「ウホンッ、我こそは人形貴族とほまれ高いボルボルである! クリュウとかいう田舎紳士よ、出てくるがいい!」


 でかい声だ。

 どうやら、バダムの言っていた例の貴族らしい。

 本人様のお出ましか。

 商人をクリアしてからかと思ってたので、直接出てきてくれると手っ取り早いな。

 しかし、なんだか随分と挑発されてるなあ。


「無礼な、私が刀の錆に」

「私の槍を……口にねじ込んでやります……」


 侍のセスと騎士のオルエンが同時に立ち上がって叫ぶ。

 うちの用心棒二人は物騒だな。


「まあ、まてまて。」


 と二人をなだめる。

 血を見る前に、俺が出よう。

 人形フェチとメイドフェチ、話が通じるかもしれん。

 俺はにわかだけど。


 表に出ると、二メートル近い強面の大男が立っていた。

 金髪のリーゼントで真っ白いスーツがパリッとしている。

 バダム翁をはじめ騎士団の面々で、でかい連中には慣れていたが、こいつはさらにごつい。

 おかしい、もっとマニアックな風体の相手を想像してたのに。

 肉弾戦だと負けそうなので、口げんかで攻めてみよう。


「出てきてやったぞ、まずは名乗ったらどうだ、小僧」

「こ、小僧だと、ぶ、無礼な、名なら名乗ったではないか!」

「おや、そうだったか。あまりに面妖な名前だったので、君の名前だとは思わなかったよ、失礼」


 調子がいいと、俺もこれぐらいの挑発はする。


「うぐぐ、私の人形を返してもらおう」

「返すとは穏やかではないな。彼女が君のものだったことは一度もないだろう」

「あれは私が買ったものだ!」

「ほう、どこから買ったというのかな?」


 と、バダムも出てきて口を挟む。


「あの人形はこちらのエンテル教授が発掘したもの。それを輸送中に盗まれたと届け出も出ておる。盗品の購入は無効だというのは無論ご存知であろうな」

「ええい、騎士団の老いぼれが生意気な!」

「口の聞き方を知らん若造に説教するのも、老いぼれの努めよ」


 バダム翁も、頼りないことを言っていた割にはやる気満々だな。

 どうしたもんか。


「このボルボル、人形のためなら、たとえウルの雷をこの身に受けようとも、決して退かぬ!」


 大した覚悟だな。


「みよ、この美しき人形たちを。ここにあの人形が加わることで、私のコレクションは、至高の頂へとまた一歩近づくのだ」


 人形マニアのボルボル氏が後ろに引き連れていたのは、みな人形だった。

 どれも皆、美しい。

 これはちょっと欲しくなるかも。


「おい、貴様! いま、私の人形を、ちょっといいな、と思ったな!」

「あれ、顔に出てた?」

「見どころのあるやつめ。さすがはペレラールのヴァレーテと契約しただけのことはある!」

「なんだそりゃ?」

「ちょっと、どういうこと? この子がペレラールの人形だって言うの?」


 と今度はペイルーンが飛び出してきた。

 話がどんどん、ややこしくなってきたぞ。


「いかにも。古今東西、あらゆる人形に通じているこの私が仕入れた情報より見立てたのだ、間違いない!」

「なんてことかしら、これは世紀の大発見ね。ちょっとエンテル、ぼーっとしてないで、質問のやり直しよ!」

「え、ええ、そうですね。まさかペレラール時代のものだったとは……」


 ペイルーンとエンテル教授はボルボルを放置して、奥に戻ってしまった。

 なんか知らんが、そっちのほうが面白そうだなあ。


「あ、こら、待ちたまえ。せめて私にも一目あの人形を……」


 あとを追いかけてうちに入ろうとするボルボルをバダムが止める。


「ええい、邪魔をするな、今忙しいのだ!」

「ならぬわ!」

「面倒だ、力ずくでも奪ってくれる」


 思ったより単純だな。

 だが、本人を始め、引き連れた人形軍団もなかなか強そうだ。


「バカモン!」


 びっくりした。

 バダムが突然叫ぶので、驚いてひっくりかえるところだった。


「いくら貴族とはいえ、天下の往来で、しかも紳士相手に狼藉を働いたとあれば、貴様だけではなく、家名にも害が及ぶことぐらいわからんのか!」

「うぐっ……、そ、そんなもの、人形のためなら……」


 筋金入りだな。

 だが、さすがに躊躇してるようだ。

 貴族ってのも大変だな。


「では、どうしようというのだ!」

「決まっておる、決闘だ」

「ふん、良かろう」


 いや、決闘って爺さん、そんな勝手に……。

 良くはないが、断れないんだろうなあ。

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