第31話 自動人形

 午後のこの時間は客もほとんど無い。

 暇だなあ。

 アンとデュースは買い物に出ており、ペイルーンも朝から工房に出かけている。

 セスとオルエンは裏の空き地でフルンに稽古をつけていた。

 エレンはいつの間にか姿が見えない。

 つまり、今、うちにいるのは俺と長耳娘のアフリエールだけだ。

 小さなカウンターの後ろから通りを眺める。


 お茶を入れてきたアフリエールが隣に腰を下ろしたので、おもむろに太ももに手を伸ばすと、「あっ」と消え入りそうな声を上げるが、じっとされるがままになっている。

 むしろ嬉しそうだ。

 ホントやりたい放題だな、俺。

 そのうち怒られるんじゃないだろうか。

 つるつると指を這わせて、靴下に上からゆびを突っ込んでみる。


「ん……」


 そのまま縁にそって、指を行ったり来たりさせていると、脚の柔らかい所と堅い所のギャップが楽しめる。

 それだけでアフリエールはプリモァ族の特徴である長い耳まで真っ赤にして、俯いてしまう。

 更に調子に乗って、靴下を上げ下げしたり足指の隙間に自分の指を突っ込んだりしていると、なにやら殺気が!


「往来から見えるところで、何をされているんですか?」

「やあ、お帰り、アン」

「まったく、留守番もお任せできないとは……」

「いやいや、ちゃんとしてたよ、留守番。なあ、アフリエール」

「は、はい」

「ほら、アフリエールもそう言ってるぞ!」


 だが、そんな俺の言葉は無視して、アンはさっさと奥に入ってしまった。


「はーい、おみやげですよー」


 アンと一緒に帰ってきたデュースが一枚のビラを渡す。


「号外だそうですよー」


 ふぬ、どれどれ。

 謎の海獣があらわれ、貿易船が沈没……か。

 こわいねえ。


「それのせいで、コーヒーが値上がりするかもしれませんねー」

「う、俺のささやかな楽しみが」

「しばらくは太ももだけで、我慢してもらうことになりそうですねー」

「しかし海獣か。クラーケンとかそういうのかな」

「クラーケンというと、イカのバケモノですねー。昔はいたそうですねー。神話では戦女神ウルが、一万本あったクラーケンの足を次々に切り落としてー、九千九百九十本落としたところで逃げられたとかー。以来、イカの足は十本だそうですよー」

「神話ってそういう由来を語りたがるパターンが多いよな。なんででだろう」

「やはり理由を知りたいんじゃないでしょうかー。中には単に真実を伝えてるだけのものもあるでしょうがー」

「なるほどね。ところで、貿易船ってどこと貿易してるんだ?」

「南方のデール大陸ですねー。あちらは熱帯なので、果物とか香辛料などが多いんですよー」

「へー、しかし香辛料はともかく、果物は腐らないのかな?」

「凍らせているので平気ですよー」

「冷凍できるのか、そりゃ凄い」

「そうですかー? 氷系魔法は火炎と同じく多くの人が使えますよー。うちにはたまたまいませんけどー」

「そうか、魔法か。しかし凍らす魔法があれば、夏場は快適だろうなあ。」

「そうですねー、こう暑いとー、冷たいものがほしいですねー」


 かくいうデュースは、下着一枚でうちわで仰いでいる。

 ところどころ汗で張り付いてエロいな。

 流れる汗が凝脂を洗うかのようだ。

 ナイスむっちり。


「こんなに暑いのにー、ご主人様も達者ですねー」

「そうだな」

「ご主人様の世界ではー、家庭で使える氷は無いんですかー?」

「あるよ。少なくとも俺の時代では氷は自動で作れるからな」

「それはすごいですねー。火は魔法なしでも起こせますが氷はそうは行きませんからねー」


 しかし、魔法と科学じゃ結構守備範囲が違うもんだな。

 どうも慣れてきたせいか、ちょっと不便な田舎暮らし、みたいな感覚になってたけど、他にも色々違う所は有るんだろうな。

 などと考えていると、アンが手桶に水を張って戻ってきた。


「氷はありませんが、井戸の水も冷たいですよ」


 そう言って、冷たい水で手ぬぐいを絞り、汗を拭ってくれる。

 ひんやりとして気持ちいい。

 井戸は裏路地にあってこの並びの共有だが、この暑い中に水を汲むのも一苦労だろう。

 アンに限らないが、みんなよく働いてくれるよなあ。

 しかも俺のために。

 つくづく、何かしてやらないとなあ、という気持ちになる。


 とりあえず、お礼としておしりをなでてやろう。

 俺の体を拭くアンのおしりをせっせと撫で回してみるが、アンは眉ひとつ動かさずに作業を続ける。

 もう少し恥じらいとかあってもいいんじゃないかと思うんだけど。

 最初はあんなに俺にメロメロだったのに。

 理想のメイドとか紳士がどういうものなのかよくわからないが、どうもアンは奉仕の仕方というか、メイド長としての義務感とか、そういう部分で自分を律しすぎてるんじゃないかね。

 試しに指を立ててきゅっと押さえてみると、ぴくっと反応した。

 やっぱり我慢してたんだな。


「むぅ……」


 あ、睨まれた。

 すみません。

 俺を綺麗にしてくれると、アンは再び裏口から出て行った。


「ちょーっと、メイド長としてのプレッシャーを意識し過ぎでしょうかー。うちも急に人数が増えたからー、大変でしょうけどー」


 デュースが言うとおりなのかもしれない。

 俺がちゃんとフォローすべき所なんだろうな。

 うん、やっぱり丸投げはいかんな。

 その後もデュースとたわいない雑談を続ける。


「かつて南方貿易は奴隷貿易が主流だったんですよー」

「かつてということは、今はないんだな」

「そうですねー」


 と、ちらりと裏口の方を見る。

 そこでは今、フルンが稽古をつけてもらっている。


「今ー、この大陸にいる獣人はー、多くがかつての奴隷貿易で連れて来られたそうですよー」

「そうか」

「この国の人が獣人を抱かないのはー、そうした歴史もあるからなのですけどー」


 そういえばエレンがそんなことを言っていたな。

 あんなに可愛いのになあ。


「他にも理由はいろいろありますがー、大きな戦争などもあったりしてー、今では南方との奴隷貿易は禁じられていますねー。国内に奴隷はいますけど、大半は人間ですねー」


 よくわからんが、歴史ってのはそういうもんだろうな。


「今いる奴隷はー、戦争捕虜かー、借金、犯罪などを理由に市民権を剥奪された人ですねー。主に労働力として買われていますねー。土木ギルドのレオルドの所なら、多分たくさん抱えていると思いますよー」

「そうなのか。しかし、男の奴隷には興味ないな」

「でしょうねー。性奴隷もいますがー、こちらは女衒が農村などで小娘を買い集めてー、娼館に直接卸したりするのでー、あまり奴隷市には出ないかもしれませんねー。あまり高い値はつかないので、出物があれば買ってみるのもいいですよー」

「え、いいの?」

「はいー、貴族の子であればー、奴隷の子を買い与えて教育させー、人の使い方を覚えさせるものですよー。さらに大きくなれば解放してやって腹心の部下としても重宝しますしー」

「俺はもう、そんな歳じゃなさそうだが」

「あははー、そうですねー。まあ、貴族のたしなみぐらいに思っておいてくださいねー」


 しかし、やっぱり奴隷労働が街を支えてるのか。

 目立たないけど、結構いるのかな。


「先日、お渡しした首輪をつけているのですぐに分かりますよー」


 今まで気が付かなかったが、意識して見ておこう。


「あとはー、自動人形がいますねー」

「自動人形? 人形が動くのか?」

「そうですよー、主に木製の体にー、精霊石をコアとして埋め込んでー、精霊を宿して動かすんですー」


 すごいな、まるでロボットじゃないか。


「そういうのがあれば、奴隷はいらないんじゃないのか?」

「労働用の木人形はー、もろくてすぐ壊れるんですよー。危険箇所での消耗品ですねー」


 なるほどな。

 しかし、今までそれっぽいのを見たことないなあ。


「ペイルーンのいるイドゥール工房には一人いましたよー」

「ほほう、今度行ったら紹介してもらおう」

「あとはー、名工の作った愛玩用の自動人形もいますよー。白磁のような透き通る白い肌をもった美しい人形を侍らせるのはー、お金持ちのステータスですねー」

「ほうほう、それは気になるな」

「こちらは、とても高いですけどー」

「期待させておいて、ひどい」

「いずれ機会があればー、お持ちになるのもよいかもしれませんねー」


 儲かったらね。


「しかし、そういう目標は大事だよな、モチベーションってやつだ」

「モチベーションとはー?」

「やる気の源みたいなもんだな」

「なるほどー」


 たまに通じない単語があるんだよな。

 どういうふうに脳内で翻訳されてるんだか。

 ……やっぱ翻訳されてるのかな?

 だれが?

 どうやって?

 謎だらけだな。

 まあそれはどうでもいいや。

 当面の問題は、その自動人形だ。

 気になるなあ。

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