第29話 目覚めの一杯

 騎士メイドのオルエンのおっぱいに顔をうずめて目を覚ます。

 時刻は五時前ぐらいだろうか。

 外はすでに明るい。

 時間が地球と同じなのは助かる。

 どこまで同じかはわからないが、自転や公転周期は地球とほぼ同じようだ。

 腕時計ぐらい身につけていればよかったんだが、なんせパンツ一丁だったからな。


 この時間に起きているのはアンとセスだけだったが、オルエンも朝は早いようだ。

 俺が抱きしめていたので仕方なく横になっていたらしい。

 俺は体調さえ良ければ、昔から早寝早起きなんだよな。

 サラリーマン時代は、同僚の大半は夜型だったが、俺が朝四時には起きているというと、「黒澤君は意識高いから」、などと冷やかされたものだ。

 だが、夜更かしすると体調が悪くなるんだよ、朝型最高じゃねえか。

 などと言いたいところだが、現実にはおっぱい枕の魅力には抗えず、なかなか起きられない。

 オルエンはおとなしく枕役に甘んじていたようだが、むにむにと顔を擦り付けると、我慢できずに声を上げた。


「お、おはよう……ございます、マイロード」

「よく眠れたか?」

「その……緊張……しました」


 このところ毎日のように添い寝してもらってるのに、まだ慣れないか。


「俺はこの柔らかさが心地よくてぐっすり眠れたよ」

「そ、それは……その…光栄です」


 かわいいやつめ。

 そんなに顔を真っ赤にしてると、もっと過激なことを言いたくなるじゃないか。

 と思っていたら、朝の支度中のアンがやってきて、たしなめられた。


「ご主人様、朝からいじめちゃだめですよ」

「そ、そのようなことは……決して」


 俺の代わりに弁解するオルエン。

 あるいは、アンにかこつけて、この場を脱しようとしたのか。


「何か……手伝いを」

「では、私よりセスの方をお願いします。すっかり洗濯物が増えてしまって」


 そりゃ、九人分だもんな。

 どうしてこうなった。


「承った。セス殿は……裏に?」

「はい。お願いしますね」


 オルエンは素早く身支度を整えると、さすがに軽い身のこなしで、まだ眠っている連中の間を抜けていく。

 アンは小声でアフリエールを起こすと、二人で裏口から出て行った。

 こちらは朝食の支度だろう。

 ペイルーンとデュース、フルンは未だ熟睡中。

 エレンは目覚めてはいるが、布団から出る気はないらしい。

 俺も再び横になって、エレンを抱き寄せる。

 小柄な体をまさぐると、オルエンより体温が高い気がする。

 そのまましばらく無言でサワサワしていると、徐々に眠くなってきた。


 次に目を覚ました時には、すでに日はのぼりきっていた。

 コーヒーの良い香りが漂っている。


「どうぞ」


 メイド服を着こなしたオルエンが心地よい匂いをまとわせて、淹れ立てのコーヒーを運んできた。

 最近のささやかな楽しみの一つだ。

 この世界は地球に似たところが多いが、食べ物も原材料レベルなら似たものが多い。

 幸いなことに俺の大好きなコーヒー豆もあった。

 あったのはいいが、このエツレヤアンの街ではほとんど飲まれていないらしい。

 コーヒーという飲み物を知っているのはデュースだけだった。


 需要がないなら高そうな気もするが、飲み物として飲まれていないだけで、眠気覚ましの薬としては流通していたのだ。

 実際、デュースの説明を受けるとペイルーンはすぐに「ああ、カルデの実ね」と理解したようだ。

 そういう名前で流通しているらしい。

 ややこしいのでここではコーヒーで統一しておく。


 早速、豆は入手したものの、道具がない。

 デュースがうろ覚えで淹れてくれたが、まず鉄鍋でアバウトに焙煎してからすり鉢で潰し、鍋でぐつぐつ煮込んで、その上澄みを飲むというものだった。

 トルココーヒーがこんなんだったかな?

 飲んだこと無いんだけど。


 試しに飲んでみると、たしかにコーヒーなんだが、実に味が大雑把だった。

 やはりきちんと煎って、きれいに磨り潰して、布か何かでこさないとダメか。

 いずれどうにか、と思っていたらオルエンがコーヒーの淹れ方に詳しかった。

 以前いた北方砦のあたりでは、ドリップ風の淹れ方で飲むらしい。

 生憎と道具はもっていなかったが、どこで聞きつけたのか、老騎士のバダムが道具を一揃え贈ってくれた。

 ちょっとした高級品に見える。

 オルエンの件で挨拶に行った時も、セスの時と同様、たいそう喜んでいた。

 あまり甘える訳にはいかないが、それぐらいはいいだろう。

 とかく年寄りは子供に物をやりたがるからな。

 そんな時は、素直に喜んでおけばいいのだ。


 というわけで、朝のコーヒーはオルエンの仕事になっている。

 鍛え込まれて引き締まった、それでいて出る所はしっかり出ているオルエンがメイド服を着ると、ウェーブの効いたブロンドと相まってスーパーモデルのようだ。

 そんな彼女が、優雅にコーヒーを淹れてくれるのだから堪らない。


「はあああ……」


 一杯の贅沢に、思わず声が出る。

 コーヒーの時間になると、遅起き組も諦めて起き始める。

 最後まで粘るデュースの乳をもんで起こすのは犬耳フルンの仕事だ。


「あひゅ! あひゃ! あひゃひゃ! やめ、やめてくださいー、おきますおきますー、起きましたってばー」


 フルンも容赦無いな。

 しかもアレは俺への見せ方を考慮して揉んでいるようにみえる。

 実に頼もしい。

 何故か隣で控えていたオルエンが真っ赤になっているぐらいだ。


「フルン、ちょっと来なさい」

「なあに、ごしゅじんさま」

「オルエンも揉んで欲しいそうだ、一つ頼む」

「りょうかーい」

「え! わ、私は! や、だめ……だめえええ!」


 うむ、眼福眼福。

 今日もコーヒーがうまい。




 まじめに働けばあっという間に日が暮れる。

 夕飯にいつもの豆料理を囲みながら、今後のことを話し合う。

 具体的には、試練への備えについてだ。

 ネックは度々話題になっている回復役のことだ。

 長旅であれば僧侶が一人はほしい。

 アンの初歩の回復魔法だけでは心もとない。

 ただ、回復魔法であれば実はオルエンも使えるのだ。

 騎士は神への信仰が特に厚く、その加護を受けている。

 今はアンと同じ初歩のものしか使えないが、修行を積めば中級の回復魔法までは使いこなすという。


「神聖魔法は人の肉体と精神に影響するものが多いのですがー、回復魔法に関しては大きく三段階に分けられますねー」


 デュース先生の薀蓄が始まった。

 おとなしく聞こう。


「初歩のものはー、かすり傷と疲労の回復ー。これは多くの人が使えますねー。うちではアンとオルエンだけですがー。次に中級になると軽い骨折程度まで治りますー」

「ふむ」

「このクラスの術者であればー、簡単な病気の治療も可能になりますねー」

「なるほど」


 しかし怪我もそうだが病気も治るとは不思議なものだな。


「上級になると、四肢の欠損や瀕死の怪我、さらに重篤な伝染病患者などでも回復させてしまいますー。ここまで使える人はひとつの国に数人、といったレベルですねー」


 そりゃそうだろうな。

 そんな人ならでかい病院でも構えていれば入れ食いだろう。


「冒険者として必要なのは中級の術者なのでー、オルエンがどんなに頑張ってもたぶん数年はかかるでしょうからー、今彼女に期待するわけには行きませんねー」

「申し訳……ありません」

「いえいえー、あなたには壁役という大事な仕事があるのでー、むしろ回復がおまけでついてくるだけめっけ物ですよー」

「はい、盾ならば……私が……」

「えー、壁役は私のしごとだよー」


 とフルンが身を乗り出すが、デュースがいなして、


「もちろんですよー、フルンにはしっかり壁役に育ってもらいますけどー、今はオルエンのほうが上手いのでー、フルンはしっかり教わってくださいねー」

「でも、私の先生はセスだよ?」


 と尋ねるフルンにセスが答える。


「私の剣技はすべて授けるつもりですが、壁役というあなたのポジションはあなた自身が築いていくものです。そのためにはオルエンからも多くを学ばなければなりません」

「うん、わかった!」


 とまあ、そういう感じらしい。

 俺は頷いてるだけだったが。

 なんにせよ、壁役が増えれば、デュースにはもう少し力を発揮してもらえるのではないだろうか。


「そうですねー、安定して一分間詠唱できるようになれば、先日の火炎壁ぐらいまでなら使えますからー、紳士の試練でもどうにかなりそうですねー」

「火炎壁! そんな……大魔法を?」


 オルエンが驚いて尋ねるので俺も聞き返してみる。


「やっぱり大魔法なのか」

「そう……です」

「なるほど、さすがは雷炎の魔女様だな」

「雷炎の……魔女? それは……七十年戦争で活躍したという…伝説の……あたッ!」


 デュースがどこからか杖を取り出すと、オルエンの頭を小突く。


「な、なにか……」

「余計なことを言わなくて結構ですよー」

「は、はい」


 七十年戦争ってなんだろう。

 それとなく聞こうとアンの方を向いたら、目をそらされてしまった。

 あれか、よほど古い戦争……いてっ!


「詮索してはいけませんー!」


 俺まで叩かれた!

 もうしません、先生。


「ところで……旅立ちはいつ頃……」


 オルエンが話題を切り替えた。

 口下手だと思っていたがやるじゃないか。


「期限は決まっていませんが、お金がたまり次第、ということになっています」


 すかさずアンがフォロー。

 良いチームワークだ。


「今のペースだと、どんなに急いでも半年はかかりますが、そうなると冬が来ます。まずは、来年の春を目安に考えるべきでしょう」

「なるほど……。で、いずれの……地に?」

「ルタ島に行く予定です。順調に行けば三、四ヶ月で着くでしょうから、夏を過ぎた調度良い季節に試練に挑めるのではないかと思います」

「あそこは……もう無い……のでは?」

「最近復活したそうです。先日教会でも確認したので、間違いないでしょう」

「そう……でしたか。あの島は……三百年前の七十年戦争の後も、何度も……あいたっ!」


 あーあ、また殴られた。

 しかし、三百年か、そうかー。でも三百年前にすでに活躍したってことは……いてっ!

 俺もまた殴られた。

 ええい、今日の会議はおしまい。

 ご奉仕だ、余はご奉仕を所望じゃ!


「しょうがないですねー」

「よしよし、そのけしからん乳にたっぷりと……」

「怖いですねー」

「全然怖そうじゃないな。やはり歳相応の貫禄が……いてっ!」

「今夜はハードにいきましょうかねー」


 お手柔らかに頼みます。

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