第28話 マイロード

 道場でいい汗をかいたり、いいアザを作ったりしていると、門人の一人が話しかけてきた。

 最近知ったが、彼は騎士団の一員だった。

 道理で、いいガタイをしている。

 あの騎士団はみんなごつすぎるんだよ。


「先日はオルエンが世話になったようで」

「ああ、そのことですか。彼女がなにかいいましたか?」

「様子がおかしかったので、問い詰めたのですよ。どうもあの娘は不器用で……。そこが騎士らしくも有るのですが」

「なるほど。まあ、俺は通りがかっただけですよ」

「私はあれと一緒に北方砦で任務についていたものでしてね。御存知の通りの性格で、あれでも最初はもう少し可愛かったんですが……。見習いとして赴任早々、騎士の従者となるのだといって、砦の騎士全員に顔見せをして回ったのですよ」


 顔見せというと、いつぞやのアレか。

 俺は相手にされなかったわけだが。


「挨拶を兼ねて握手をして回るだけなのですが、最初のうちは、そうとう意気込んでいたようで。ですが、誰ひとり、全く光ることもありませんでした。普通はたとえベストでなくとも、少しぐらいは反応を示すものなのですが」


 口下手なようで、行動はアクティブなんだな。


「そのことでショックを受けたのか、次第に顔見せ自体断るようになりましてね」


 それだけショックだったのかもなあ。

 ちょっと子供っぽくはあるが。


「我々も、あれを妹にように思っておりましてな。いつかはどこか立派な騎士に仕えさせてやりたい、騎士でなくとも立派な主人に、とまあ、バダム以下、そろって願っておるわけなんですよ」

「お気持はわかりますよ」


 と、俺も頷く。

 なるほど、確かに少々偏屈だが、皆に愛されているようだ。

 俺も気になってはいたんだよ。

 兄貴連中の仲間いりかね。

 のんびり見守るのも、いいもんだ。


 だが、ひょんなことから事態は動いた。

 ぼちぼち結界の状態が安定してきた神殿の洞窟に、様子見を兼ねて出かけた時のことだ。


「どうしたんでしょー、何やらトラブルでしょうかー」


 デュースの言うとおり、詰め所の周りで人が集まっている。

 どうやら、魔物にやられたパーティが動けなくなり、救援要請を出したらしい。

 依頼すれば、駐留している騎士団が助けを出してくれる仕組みになっている

 その日はオルエンほか二名の騎士が詰めていたが、オルエン以外は近所の森に出た熊退治に出かけており留守だった。

 規則では最低二人は同行することになっていたが、どうやらオルエンが一人で救援に向かったらしい。

 勇者に同行した俺たちを、詰所の事務員が覚えており、その応援を頼まれた。

 いや、俺達はあくまで素人パーティなんだけどね。

 とはいえ、個人的にもオルエンのことは気にかかる。

 慌てて後を追うことにした。


「無理をしていなければいいのですが」


 セスはやはり心配そうだ。

 口では反発していても、どこか共感するところがあるのだろう。

 今日のパーティは侍のセスに魔導師のデュース、盗賊のエレン、そして犬耳のフルンと俺だ。

 薬草集めよりもフルンの実践訓練が今日のメイン。

 そして、老騎士のバダムからもらった俺の刀の実践プレイというわけだ。

 話に聞いていた場所まで行くと、傷ついた冒険者が二人、うずくまっていた。

 駆けつけて問いただす。


「無事か! 助けに来た騎士は?」

「そ、それが、魔物を追って行ったっきり……」

「むちゃしやがって」


 すぐに追いかけたかったが、この冒険者の傷も深そうだ。

 応急手当を施していると、別の冒険者がやってきたので後を任せて俺達はオルエンを追う。

 暫く行くと血痕が見つかった。

 魔物のもののようだ。

 戦闘のあとがある。


「みなさーん、気をつけてー、ここはすでにテリトリーですよー」


 いつもながら気の抜ける声でデュースが注意を促す。

 こういう時には、素直にデュースの言葉を聞く。


「テリトリーとは?」


 と尋ねると、


「上位の魔物が作り出す、自分の結界のようなものですよー。先の色欲の塔のトラップみたいなものですー」

「以前、アヌマールと戦った時に、霧に包まれたでしょう。あれです」


 セスが補足する。


「あれか。しかし、あれに比べるとなんともないな」

「格の違いもありますがー、そもそも結界の種類が違いますからー。アヌマールのそれが恐怖を煽るなら、これは心の油断をさそうんですよー」


 なるほど、ちょっと油断してるな。

 たいしたことないんじゃないかと、根拠もなく考えていた。

 気を引き締めよう。


「ねえ、僕が少し先行するよ」


 とエレン。


「そうですねー、どうします?」


 デュースが俺に判断を促す。


「わかった。じゃあ、気をつけてな」

「了解!」


 エレンは無茶はしないはずだ。

 この場は信じよう。


「もし、危ないと思ったら逃げてくださいねー。ただし、目の前の物を無闇に信じちゃだめですよー。みなさんもいいですかー」

「むずかしいな」

「がっつですよー」


 エレンが一本道を先行する。

 その後を暫く行くと、三叉の分岐がある。

 だが、そこにエレンはいなかった。


「おかしいですねー、印がありませんー。進んだ方向を残しているはずですがー」


 デュースが首を傾げる。


「ご主人様ー、いまエレンがどっちにいるか、わかりますかー?」

「ん? ああ……」


 意識を集中する。

 そばにいる三人はよく分かる。

 だが、エレンはどこだ?

 近い……すぐそばにいる。

 だが、どこだ……。


「近い……はずだが、どこだ?」


 (だ……だん…な)


「どこだ、エレン!」


 (も……と…、あし…もとに……)


「足元?」


 次の瞬間、目の前の地面が盛り上がり、巨大な紫の蔓が何本も生えてきた。

 と同時に抜刀したセスが切り裂くと、次々に切り落とされていく。

 俺も必死になって刀を振るうが、蔓の表面を覆う粘液で滑ってうまく切れない。

 武器をパワーアップしたからといって、都合よく強くなったりはしないか。


 俺が手間取っている間にセスが次々と切り落とし、デュースが片っ端から焼いていく。

 いまや丸裸になった蔓の魔物は、巨大な胴をセスに切り裂かれる。

 切り裂いた隙間から、体液にまみれたエレンとオルエンが転がり落ちた。

 間髪入れずにデュースが杖を掲げると、火柱が上がり、敵を焼き尽くした。


「大丈夫か、エレン!」

「げふ、げふっ、ちょっとドジっちゃったね。でも、旦那の声が聞こえたよ」

「ああ、俺もだ」


 一方のオルエンはセスが介抱している。


「オルエン、しっかりしなさい!」


 オルエンは溶けてこそいなかったが、意識がない。


「どうだ?」

「それが、呼吸も止まっていて」

「人工呼吸だ」

「な、なんですか、それは」

「変われ」


 そういえば、人工呼吸は近代までまともになかったと言うな。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 やり方を思いだせ。


「エレン……いや、セス。急いで地上に応援を」

「はい!」


 返事と同時にセスは走りだす。

 俺はオルエンの胸当てを取り払い、胸部を圧迫する。

 一分間に百回だったか。

 思いの外の重労働で、すぐにペースが落ちそうになる。

 あとはなんだった。

 気道確保か。


「フルン、俺がやっていたように、胸を何度も押さえつけてくれ。おもいっきりだ」

「う、うん!」


 オルエンの口に詰まった粘膜のようなものを指でかき出し、顎を上げてやる。

 あとは人工呼吸か。

 しかし、いいのか?

 息を吹き込むだけじゃ、契約したことにはならんのか?

 もし、そうなったら……。

 いや、今はそんなことを悩んでいる場合じゃ……。


「げふ、がはっ!」


 俺が一瞬、躊躇している間に、オルエンの呼吸が戻った。

 同時にセスに連れられて、回復呪文が使える騎士が駆けつけてくる。

 すぐそこまで来ていたらしい。

 それによって、どうにかオルエンは一命を取り留めた。


 俺の処置が正しかったのか、魔法が効いたのかは分からないが、特に問題はないようだ。

 なんにせよ、無事でよかったよ。

 仲間の騎士は、しきりに礼を言ってくるが、当のオルエンは、すっかり気落ちしたのか、呆然としている。

 本人にはあえて話しかけず、


「しっかり休ませたほうがいい」


 とだけ言って、俺達は詰め所まで戻った。

 そのまま立ち去ろうとすると、セスが小声で呼び止める。

 見ればオルエンが泣いていた。

 ひと目もはばからず、泣き崩れるオルエン。

 そっとしておくべきか、励ますべきか……。


「私は……私は……」

「紳士殿がいなければ危うかったとはいえ、お前のお陰で冒険者も助かった。まずは良かったではないか」


 年配の騎士は、そう言ってオルエンを励ます。

 だが、オルエンは取り乱した様子で、叫んだ。


「ちがう、ちがう! 私は……あそこで引き返すべきだったのだ! でなければその場を確保する! それなのに、私は……身の程もわきまえず……紳士殿がいなければどうなっていたか……」


 興奮のせいか、オルエンは次々と言葉を吐き出していく。

 まるで日ごろ溜め込んだ、鬱屈した心をそのまま吐き出すように。


「こんな私だから、誰からも必要とされない! 従者になれない! 私は……私は……」


 やりたいこと、やるべきことがうまく行かないと、はじめは焦り、苛立ち、やがては諦めるようになる。

 でも、諦めきれないと、時にヤケになって暴走してしまう。

 俺もそういうことがあったなあ。

 あの時は、どうしたんだっけ?

 そんなことを思い浮かべながら、俺はオルエンに語りかけた。


「俺も新人の頃、仕事で大失敗してなあ。自分がすごく無力な気がして、惨めで仕方がなかったことがあるんだよ」

「……」

「けど、その時にいつも厳しい上司が飲みに連れて行ってくれて、こういったんだ。若いうちの失敗はだれにでもある、失敗しないのはなにもしない奴だけだってな。だから、若い奴の失敗は俺達が尻拭いしてやる。お前も今のうちに何度も失敗して、ちゃんと後輩の尻拭いができる奴になれってな」

「……紳士……殿」

「オルエン。顔を上げて、周りを見てみろ」

「まわり……」

「お前に感謝してる人、心配してる人、そう言う人たちをちゃんと見るんだ。そうすれば、お前を必要としてる人、お前が必要とする人がきっと見つかる」

「まわりを……」


 オルエンは涙を拭い、顔を上げる。

 騎士団の仲間や助けられた冒険者を見渡した。

 そして最後に、俺を見る。

 その体は真っ赤に輝いていた。


「今……わかりました。あなたが……剣を捧げるお方……なのですね」


 オルエンの気が変わらぬうちに終わらせてしまえと言わんばかりに、その後は慌ただしく事が進んだ。

 居合わせた騎士が立会人となり、オルエンは俺に剣を捧げ、血の杯を交わして従者となったのだった。


「この剣を、あなたの名誉と勝利のために……永遠に捧げます。どうか……私をお導きください。マイロード」


 正直、急展開過ぎて全然実感が湧かなかったのだが、従者となって迷いの晴れたオルエンは、実に美しい。

 肩肘張った態度がとれて、代わりに優雅さを身にまとったようにも見える。

 そんな彼女を見ていると、オルエンにふさわしい主人にならなければ、という実感がいきなり湧いてきた。

 そう、こういうのはいきなり自覚ができたり、わかったりする物なのだ。

 オルエンもきっとそうだったんだろう。


 あとは、口下手ゆえにみんなとうまくやれるかだが……。

 すっかり元の口下手に戻ったオルエンだが、皆と打ち解けようと、必死に言葉を繰り出していた。


「先日は……失礼を……した」

「ふふ、先ほど主人も申していたでしょう。後輩の尻拭いをするのも先輩の勤め。私も、そうなりたいものです」


 そうして頭を下げるオルエンに、ちゃっかり先輩風を吹かすセス。

 まあ、こいつらなら大丈夫だろう。

 オルエンを連れて家に戻ると、いつものようにアンが出迎えた。


「あら、早かったですね」

「そうでもないだろう、もう、日が暮れるぞ」

「いいえ、彼女を連れてくるのが、ですよ。その人が噂の騎士メイドでしょう」


 なるほど。

 たしかにこのパターンもそろそろマンネリだな。

 そこに顔を出したペイルーンが、


「あらー、立派な馬ね。ご主人様よりイケメンじゃない?」


 そうなのだ。

 オルエンは馬を連れていた。

 騎士だから当然だが、馬なんて競馬場でしか見たことが無いので、こう間近に見ると新鮮ではある。

 美しい栗毛で、額の白いラインがなんだかかっこいい。

 今はフルンがまたがっている。

 俺も乗りたい。

 乗りたいが、乗ったことがないので、人前で失敗して恥をかくのは避けねば。

 俺はもうそれほど若くないから、あまり失敗できないんだよ。


「馬は裏につなぎましょう」


 とアンに連れられて、オルエンは裏に馬を引いていった。

 二件隣の店は、商いで荷馬車を引くロバをつないでいるし、問題ないのだろう。

 血の盃をかわして契約はしたものの、やはりあれをしないとな。


 結論から言うと、オルエンはマグロだった。

 行為の最中、目を閉じ、身を固くしてじっと事が終わるのを待っているありさまだった。

 これはなかなか大変だな。

 だが、見込みはある。

 なんといっても乳がでかいのだ。

 デュースに匹敵するサイズで、我が家では圧倒的巨乳組だといえよう。

 巨乳と巨乳が合わさることで、可能性は無限大に広がるのだ。

 なんだか、楽しみなことになってきたなあ。

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