第27話 不器用な騎士
最近はじめた丸薬の出前が、思ったより好評で、散歩を兼ねて配達に付きそう。
いつもはセスとエレンが回るのだが、今日はペイルーンもついてくるという。
定期的に顧客の意見を聞きたいのだそうだ。
そういうのは大事だよな。
それにしても、この街は結構年寄りが多い。
今の日本と、そう変わらないんじゃないだろうか。
どうも魔法による医療は相当高度だとみえる。
どういう仕組みかはさっぱり分からないが、なんせ魔法だからな。
あとは、平和で豊かなので、長生きするのに都合がいいんだろう。
うちは貧乏だけど。
薬を持って行くと、みんな喜んで受け入れてくれる。
たまに機嫌が悪い時もあるが、まあ、そこはそれ。
子供の頃の田舎暮らしを思い出しながら、年寄りと世間話をするのも悪くないもんだ。
街の情報にも詳しいしな。
ひと通りの配達を終えての帰り道。
聴きとったメモを見ながらペイルーンがため息を吐く。
「ふー、これは大変ね」
「どうした?」
「みんな好き勝手注文してくるから。全部を作るとなると、ちょっと薬草が足りないわね。洞窟に生えてないものもあるし……」
そもそも、洞窟が封鎖されていたので仕入れも滞っていたのだ。
今はもう大丈夫になったので、近いうちに採取に行くことにはしているが。
「それにしても、薬作りも結構楽しいわね。見習いで修行させられてたときは、面倒なだけだったけど。需要が見えてるからかしら?」
「客の顔が見えてるかどうかって、大事だよな」
「そうみたいね」
そういえば、好きにすればいいと言っていた遺跡の研究は、ほとんどできていないはずだ。
そこのところをそれとなく聞いてみると、
「そうねえ、発掘はまたやりたいけど。それでも研究は続けてるし」
とのことだ。
今でも週に一回程度、ペイルーンは工房に顔を出している。
もちろん無給だ。
まあいいんだけど。
「それに、私のやりたいことはそれだけじゃないからね」
そういって、ペイルーンは笑う。
セスとエレンは少し後からついてきていた。
普段、あまり会話をしているところは見ないが、家でもよく一緒に家事をしているので、案外仲がいいのかもしれない。
直接聞いたわけではないが、あの二人はお互いに一目置いているようだ。
共に技巧派で、かつ守備範囲が違うからかな。
出会いの場でこそ、一悶着合ったが、仲良くしてくれるなら結構だ。
通りから外れて近道しようと、脇道に入る。
日陰になっていて、吹き抜ける風が心地よい。
「はやく帰って、水でも浴びたいわね」
ペイルーンはさも暑そうに、ワンピースの襟元を指で摘んでぱたぱたとやる。
チラリと覗く首筋が色っぽいじゃないか。
「見たい?」
「よせよ、往来でみっともない。」
「じゃあ、その物欲しそうな顔をやめることね」
全くだ。
もっとクールになれ、俺の顔。
「なになに、旦那がまた往来で発情してたの?」
と地獄耳のエレンが後ろから声をかける。
よしてくれ、誤解されるじゃないか。
「そうです、そういうことは聞こえないように言わなければ」
とセス。
言うこと自体は止めないのね。
まったく、よくできた従者達だぜ。
そうやって仲良く歩いていると、いつぞやの山賊騒ぎの公園で、喧騒に出くわした。
バダム翁に紹介された見習い騎士メイドのオルエンと、どこかの人足の集団だった。
遠目に眺めていた人に話を聞くと、どうも酔っ払った人足が遊んでいた子供にぶつかって、蹴り飛ばしたらしい。
それを通りがかったオルエンが見咎めたということだ。
「おうおう、騎士様よう、言いたいことがあればはっきり言えや」
「む……」
「なんだおめえ、メイドじゃねえか、おとなしくウチで主人にケツでもふってりゃいいんだよ」
「くっ……私は……」
オルエンが何か言おうとすると、酔っぱらいたちは畳み掛けるように罵声を浴びせかける。
こういう時、口下手は不利だよな。
思い余ったのか、オルエンはつい腰の剣に手を掛ける。
だが抜くに抜けず、固まってしまう。
さすがに喧嘩で刃傷沙汰はまずかろう。
無礼討ちみたいなのが有るかどうかは知らないけど。
「お、何だやるってのか?」
「……ぐぅ」
しかし、不器用なやつだ。
しょうがねえな。
ここは紳士様の出番か。
というわけで、俺はノシノシ近づいていった。
「おいおい、昼間からさわがしいな、何事だ?」
「む、お主は」
先に気づいたのはオルエンだったが、酔っぱらい連中も従者を従えた俺を見て、
「ちっ、貴族か?」
と及び腰になる。
俺はオルエンと人足を無視して、泣いている子供に話しかける。
「お嬢ちゃん、大丈夫かね? うん、こりゃイカン、大きな傷が……! おい、この子を傷つけたのはどいつだ! 日本の紳士、クリュウの名において幼子を傷つけるような輩は成敗してやろう」
「え、し、紳士様!? いや、あっしらは別に……おい、いくぞ」
よっぱらい人足たちは、我先にと逃げていった。
うむ、ちょろい。
紳士家業も少しは様になってきたかな。
「き、傷が……深いのか?」
オルエンは動揺して訪ねてきた。
酔っぱらいより子供の怪我のほうが気になるらしい。
「自分で見てやらなかったのか?」
「そ、それは……あの者達が…非礼で……」
「大丈夫、ちょっとこすっただけだよな、ほら、もう泣くんじゃない」
顔を拭ってやると、子供は泣き止んだようだ。
そのまま走り去ってしまう。
「見ての通り、なんともなかったようだな」
「そ……そうか、よかった。……はっ! で、では、我らをたばかったのか!」
「なに、ちょっと砂がついてたのを見間違えたのさ。それよりも、お前さんこそ、こんなところでくだらんことをして、バダム殿に迷惑をかけるなよ」
「お、お主の…知ったことでは……ない!」
と、オルエンは足早に去っていった。
面白い子じゃないか、とエレンに話を振ると、
「そうだね、セスの二割増しぐらい偏屈で、かなり旦那向けじゃないかな」
「二割しか違わないというのですか!」
「謙遜は良くないよ」
むきになるセスだが、エレンは取り合わない。
こういうのは、むきになったほうが負けなんだよな。
オルエンが走り去った方向を見ながら、俺はそう思ったのだった。
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