第26話 急患

 昨夜遅くから降りだした雨は、朝になっても止む気配がない。

 雨だと冒険者も億劫なのか、ほとんど客が来ない。

 それでも、一応店は開けている。

 棚は軒先に出せないので、引っ込めたままだ。

 狭い店内で、デュースと並んでお茶をすすっていると、いつもの薀蓄が始まった。


「雨の日の冒険は危険ですよー、水害も怖いですが、水生の魔物もでますしー」

「ほほう」

「場所によってはダンジョンが水没することもありますしー」

「そりゃ怖いな」

「おおきなダンジョンならー、魔界まで抜けてるので早々水没はしませんけどー」

「魔界って地下にあるんだよな。地下世界って恐竜とか住んでそうなイメージが」

「恐竜とは何でしょうかー」

「こういう、でっかい爬虫類というかなんというか……」

「大きい魔物なら南方に行けばたくさん居ますよー。同じものでしょうかねー」


 どうなんだろうな。

 この世界には人間以外にも、似た動物がいるみたいだからな。

 たまに見かける野良猫などは、そういう品種だと言われたら、たぶん日本で見かけてもそのまま受け入れてしまうだろう。

 むしろ、人間だけが似ているよりも、不思議じゃない気もするな。


 何杯目かのお茶を飲みながら、ぼんやりと人のいない通りを眺めている。

 なごむなあ。

 うちの中を覗くと、朝の雑用を終えたアフリエールが、フルンと一緒に読み書きの勉強をはじめた。

 デュースかアンのどちらかが交代で教えている。

 アフリエールは賢い子ではあるが、田舎では学習の機会がなかったせいか、あまり読み書きができない。

 フルンは素直でいい子だが、あまりお勉強ができるタイプではなさそうだ。

 今はふたりとも同じぐらいの学力だが、どうなるかな?


 メイド達は幼い頃から精霊教会の庇護の元、みっちりと教育を受けるそうなので、実はとても賢い。

 生まれた時から剣ばかり振っていそうなセスでさえ、読み書きは堪能だ。

 意外そうな顔をしたら、木剣でポカリとやられたので間違いない。

 それ以外では、手の空いた時にペイルーンが薬の調合をアフリエールに教えていた。

 ペイルーンは助手が欲しかったらしい。

 うちの細かいところは、メイド長であるアンを中心にまかせているので、何も言うつもりはない。

 よきにはからえ、というやつだ。


 気がつけば飯時だ。

 昼飯は炒り豆か豆スープかな。

 必ずしも交互でないところがミソだ。

 味噌漬けのお肉食べたいなあ。

 などと考えていると、肉屋の奥さんが駆け込んできた。


「だ、旦那さん、お薬を、お薬をはやく!」

「大丈夫ですか、奥さん。ちょっと落ち着いて」

「そ、それが、息子が熱を出して、ドルドン先生は昨日からご不在で」

「わかりました、おい、ペイルーン!」


 呼ぶと同時に飛び出してきた。


「症状はどんな感じ? 熱はいつから?」

「昨夜はなんともなかったんです。それが今朝起きたら体がだるいと言い出して、寝かせておいたんですが、さっき見たらすごい熱で」

「昨夜は何を食べた?」


 食あたりか?

 にしちゃ発症が遅いか。


「ボードー熱かも知れませんねー」


 デュースが顔を出して続ける。


「先週からとなり町で出ているそですよー。お子さんは大池のあたりで遊んでませんかー?」

「農家の友達が一人いますけど、昨日遊んだのかしら?」


 話しながらも、ペイルーンは薬をカバンに詰めていた。

 一人じゃ大変だろう。


「大丈夫、でも誰か一人……」

「わ、私が!」


 アフリエールが声を上げるが、ペイルーンは少し考えて首を振る。


「じゃあ、僕だね。いざとなれば病院にもひとっ走りできるし」


 慌ただしく二人は出ていった。




「私、まだお役に立てないでしょうか」


 後に残されたアフリエールがポツリと呟く。

 連れて行ってもらえなかったことを気にしてるのだろう。


「仕方ないですよー」


 とデュースが慰めるように言う。


「どうして……ですか?」

「ボードー熱だと、あなたは伝染るかもしれないからですよー」

「え?」

「ホロアがボードー熱にかかったー、という話は聞かないですけどー、人間のハーフであるあなたは可能性がありますからー」


 なるほどね。


「私……ホロアじゃないから」

「そこは気にするところじゃないですよー、人それぞれ、いいところが有るんですよー」

「そうでしょうか」

「たとえば、あなたのそのスラリと長い耳はご主人様のお気に入りじゃないですかー。毎日いやらしく舐め回してるぐらいですしー」

「そう……ですね」


 それはフォローになるのか、デュースさん?

 アフリエールもまんざらでもなさそうな顔をしない!

 昼を少し過ぎてから、二人は戻ってきた。


「どうだった?」

「大丈夫、もう平気よ」

「で、なんだったんだ?」

「紫毒ね、どこかで虫に噛まれたみたい。私じゃ直せないから、熱を下げる薬をあたえて、馬車で病院まで運んできたの」

「そうか、まずはよかった」

「アフリエール、さっきはごめんね、説明してる時間がなかったんだけど、あれは……」


 とペイルーンが言うと、アフリエールは首を振って応える。


「いえ、理由は聞きました。私、病気のこととか全然知らなくて、でもこれからはもっと勉強してみんなのお役に立てるようになりたいです」

「そう、いい子ね。私も教えがいがあるわ」


 夕方になって、やっと雨が上がった。

 その後、先ほどの肉屋の奥さんがお礼にやってきた。

 どうやら、回復したらしい。

 なんにせよ、良かった。

 もっと良かったのは、肉屋の奥さんが手土産にお肉をたくさん持ってきてくれたことだ。

 質より量なあたり、よくわかっている。

 さすがご近所さん。


「お手柄だったな、ペイルーン。」


 と、俺が肉にうかれているのに、ペイルーンは深刻な顔をしていた。


「どうした?」

「でも、だめね。薬だけじゃ治せる病気は限られてるのよねえ。神聖魔法は使えないし」

「そうか」


 また、僧侶がほしいって話になっちまったな。

 いっそ張り紙でも出しておくか?


「バイトじゃないんですから、募集した所で相性というものが有るでしょうに」


 とアン。


「引きあわせて相性を見るだけのサービスとか、どこかやってくれてもいいのにな」

「あまり便利すぎるのもいかがなものかと」

「そりゃそうだ」


 先日、どこかの爺さんが似たようなことをしようとしてたけどな。


「いざとなったら、奴隷を買うのもいいですよー。人間なら、神聖魔法が使える者も多いですからー、才能のある者をじっくり育てると言う手もー」


 とデュース。

 奴隷か、綺麗サッパリ忘れてたが、別に居てもおかしくないのか。


「しかし、人間に魔法が使えるなら、俺も使えるんじゃないの?」

「何言ってるんですかー、ご主人様は紳士ですよー」


 紳士ってそういう種族だったのか。

 まあメイドやスクミズがいるんだから、不思議ではないが。


「ご主人様からはびっくりするような力を感じますけどー、女神や精霊のものとはなにか違うのでー、それが紳士のお力なんでしょうねー。紳士の術は使えるのでしょうがー」

「紳士の術ってなんだ?」

「先日、リースエルも言っていたと思いますがー、紳士だけに伝わる不思議な力のことですよー」


 勇者の相棒、オズの聖女リースエルか。

 そんなことも言っていたな。

 しかし、デュースでも知らないことがあるのか。


「紳士はそれぞれ自分だけの術を持っているそうですよー、たいていは先祖から引き継ぐのでー、親から子へと受け継ぐんですよー」


 それじゃあわからんな。

 結局、張り紙案はボツ。

 もっとも冗談のつもりだったので、賛成されても困るけどな。

 まあいいさ、肉をくおう、肉を。

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