第25話 見習い騎士

 剣の道は遠くても、足を引っ張らない程度には強くならなきゃなあ。

 先日の勇者の一件で決意を新たにした俺は、再び剣の修行に力を入れ始めた。

 といってもやることは同じで、朝晩、重い木剣を振り、剣の先生である侍メイドのセスや、道場の高弟達にしこたま打ち込まれる。

 その繰り返しだ。

 果たして強くなってるのかね?


 道場に週に二回は通っているが、犬耳のフルンと並んでビシバシやられていると、いささか主人としても威厳が保てない気がする。

 頑張って打ち込んでみるが、ビシバシ返されて、痛い。

 ほんと痛い。

 それに比べてフルンは楽しそうにやってるなあ。

 俺はやっぱりダメだ、あとは任せたぞ、フルン。


 先に上がると、奥に呼ばれて道場主ヤーマの相手をする。

 道場は弟子の中で一番人望のあるエデムが、あとを継ぐことになったそうだ。

 一番強い、ではないところで色々ありそうだったが、俺が口を挟むことではないしな。

 その点はセスも同様で、あえて何も言わず、ヤーマもまた、意見は求めなかったようだ。

 いずれにせよ、セスに続いて跡継ぎ問題も片付いて、ヤーマもすっかり安心したようだ。

 そのせいか、最近は血色もいい。

 やがてフルンの練習も終わり、俺達は道場を後にした。


 午後の日差しが強い。

 もう、すっかり夏だな。

 眩しいほどに照りつける夏の風景は、日本とあまり変わらない。

 でも、なにか物足りないんだよなあ。

 なんだろうな。

 道場から少し行ったところに墓地があり、帰りしなに一緒に参った。

 ここはセスを従者にした時に、一度だけ来たことがある。


「ここは誰のお墓?」


 フルンが尋ねる。


「ここはな、セスの大切な人が眠ってるんだよ」

「ふーん、ちいさなお墓なんだねえ。私のご先祖様のお墓は、こーんなおっきい塔だったけど、壊されちゃったんだよ」


 そういえば、フルンは住んでいた土地を魔物に追われて逃げてきたんだったな。

 両親はおらず、孤児として、村で他の子どもと一緒に面倒を見られていたらしい。

 グッグ族という種族は戦士の一族などとも言われているが、一人前になると皆、村を出て騎士や傭兵、冒険者などとして剣一本で身を立てる。

 それ故、村には年寄りと子供ばかりが先祖の墓を守って暮らしていたのだとか。

 デュースの話では、今でもその一帯は危険で、立ち入ることはできないようだった。


「一緒にお祈りしていい?」


 と尋ねるフルンに、セスは優しげに微笑んで答える。


「ええ、お願いします」


 同じように手を組んで、俺達は祈りを捧げた。

 静謐なひとときが過ぎ、墓所を後にする。

 その時ふと気がついた。

 ああ、蝉の声が聞こえないんだ。

 静かな真夏の風景が、異国であることを感じさせていたんだな。

 一人で納得しながら路地に出たところで、女騎士とすれ違った。


「マム様!」


 セスが声を上げる。

 女はいぶかしそうにセスを見返すと、


「……なに…か?」

「し、失礼。知人と見間違いましたもので」

「さよう…か」


 そういって、女はそのまま通り過ぎる。

 かなりの長身でいい体格をしている。

 たぶんスタイルもいいな。

 年齢はまだ若そうで、娘と言ってい年頃かもしれない。

 ショートの金髪がクールビューティって感じだ。

 だが、必要以上に肩を怒らせて歩く姿が、ちょっと滑稽でもある。

 自意識過剰なお年ごろなのかな。

 セスはしばらく呆然としていたが、ややあって首をふると苦笑した。


「今、マム様の墓前で語り合ったばかりだというのに、我ながら呆れてしまいます」

「似ていたのか?」

「いえ、そういうわけでは。ただ、どことなく立ち振舞が」

「よく似た人間は、世の中に三人はいるというからな」

「そうなのですか?」

「俺の故郷では、そう言うな」


 たまたま似ている人、と言うのはほんとにいるものだ。

 そして偶然かどうかは知らないが、そういう人ほど縁があったりする。

 学生の頃、偶然入ったお店に子供の頃の友人にとてもよく似た店員がいて驚いたことがあった。

 後日、何故かその店でバイトすることになってしまい、その人ともすっかり仲良くなった事がある。

 多分、そうした根拠のない関係も、縁と名前をつけてやれば、立派な人のつながりになるのだろう。

 そんなことを話してやると、


「ふふ、では彼女も縁があるかもしれませんね」

「どういうことだ?」

「あの騎士は、ホロアでしたので」

「そりゃ、気が付かなかったな」


 まだまだですね、とセスは笑うと話題を変える。


「ところで、ご主人様のお国は小国だと伺っておりましたが、どれほどの人が住んでいたのでしょう」

「ん、人口か? 一億人は越えてるなあ」

「い、一億! まさかに?」

「いや、本当だよ」

「そ、それは一体どうやって数えるのです?」

「そうだな、まあ役所が頑張るわけだが」

「この街はこの国でも大きな方ですが、それでも人口は十万人を下回ると聞いております。そんな街が千も有るということでしょうか?」

「お、掛け算がはやくなってきたじゃないか」


 簡単な算数は全員に教えているのだ。


「あ、そういえば……。いや、それよりも、今は人口の話です。それほどの人に食料を用意するだけでも、大変なことかと思いますが」


 たしかにそうだよなあ、どうやってるんだか。


「この世界とは全く違う生活ではあったな。庶民レベルでは似たような毎日を送ってるんだけど、インフラがな」

「インフラ……とは?」

「水や食料、その他の生活物資を大量に運ぶ仕組みだな。俺のいた世界では、大勢の人間を効率よく生活させる仕組みがあるんだよ」

「失礼ですが、ちょっと恐ろしい感じもしますね。もし、ご主人様が故郷に戻られたとして、私たちはそこでも従者としてやっていけるでしょうか」

「大丈夫だよ。個人の能力には、そんなに差がない。むしろ魔法がない分、ここよりも頼りないかもな」


 セスは感心しつつも、今ひとつ信じられないようだった。

 俺だって、こうしてあの世界を離れて暮らしていると、どうしてあんな仕組みがうまく回っているのか、わからなくなる。

 いや、そもそもどうやって世の中が動いていたかなんて、実は全然わかっていなかったのかもな。




 翌日、騎士団指南役のバダム翁から使いが来た。

 道場の後見役でもあったバダムは、ヤーマ同様セスの行末を案じていたが、こうして俺の従者になってからは事あるごとに顔を出したり呼び出したりしてくる。

 まるで孫が気になる爺さんだよな。

 もっとも、そういう付き合いは嫌いではない。

 セスを伴って訪問すると、


「クリュウ殿、よう来てくれた。セスもしっかり仕えておるか?」

「はい、不肖の身では、まだまだ至らぬかと思いますが」

「わしもヤーマも、お前に良い主人が見つかって、やっと肩の荷が下りたのじゃからな。うちの娘どもが片付いたのに、お前だけがいつまでも頑張っておったからのう。もっとも、これも運命じゃったというわけだ、がはは」


 挨拶代わりのように毎回同じことを言うが、多分これからも言うのだろう。

 それが照れ隠しだと分かる程度には、俺もおじさんなんだよ。

 セスはどう思ってるかわからないけどな。


 バダム翁に今日の用件を尋ねると、


「実は引きあわせたいものがおってのう。これ、オルエンを呼べ」


 控えていた側仕えに声をかけると、誰かを呼びに行ったようだ。


「失礼……致します」


 入ってきたのは、昨日、墓地で見かけた女騎士だった。

 こちらを見て、綺麗な顔を少ししかめる。

 なるほど、縁があった。

 でも、ガードは硬そうだな。


「および、ですか?」

「うむ、こちらは前に話したクリュウ殿だ。まだ名を挙げてはおられぬが、近年稀に見る立派な紳士でな」

「そのお話であれば……お断りしたはず。私は剣に……忠誠を誓ったのです。この身を捧げるのは……ただ剣のみ」


 女騎士は一言ずつひねり出すように話す。

 口下手というより、まるで口を開くと力が抜けるとでも言わんばかりだな。


「そう言わずに、せめて顔合わせでもしてみぬか?」

「いいえ……失礼……します」


 一礼したかと思うと、こちらには目もくれず、きびすを返して出て行ってしまった。


「やれやれ、これは飛んだご無礼を」

「いや、お気になさらずに」


 むしろ面白いものを見せてもらった。

 ホロアにも色んなのがいるんだな。

 そう、たしかに彼女はメイド族だった。

 先日ははっきりとはわからなかったが、今日改めて間近で見るとはっきりと分かる。

 独特の気配があるんだよ、彼女たちは。

 俺も成長したのかな?


「あの者は騎士メイドでしてな、うちで預かってから北方砦で見習いとして修行させておったのじゃが、そろそろ頃合いと思って呼び寄せたものの、見ての通りの堅物でな」


 バダム翁は頭を掻きながらセスに向き直ると、


「どうじゃ、セス、似ておるとは思わんか?」

「……マム様にですか?」

「うん? いや、そうではないが……確かに、どことなく似ておらぬでもないが、儂の言うたのはお主のことよ、似ておるじゃろう、お主に」

「私はあのような失礼な真似はいたしませぬ」


 セスはさっきのオルエンという女騎士の態度に怒っているようだった。

 まあ、失礼ではあったな。

 でもそういうのが可愛く感じたりもするんだよ、おじさんは。


「態度はともかく、一途に自分の運命を決め込んで、主を求めようとはせぬところが、どうにもお前を思い出してな、つい、おせっかいをしたわけじゃよ」

「似たもの同士なら、似た主人と馬が合う、というわけですか」


 と俺が言うと、バダム翁は笑う。


「がはは、まさにその通り。紳士殿は話がわかる」

「笑い事ではありません。あのような者が、わが主にふさわしい訳がありません」


 とムキになって反対する。

 セスも結構頑固だからなあ。


「もっとも、あの様子ではたとえ相性が良くとも、体は光らぬわな。そうではないか?」

「そ、それは……」


 事実、セスもそうだった。

 自分の主は亡くなったヤーマの一人娘マム、ただ一人と思い込んでいたせいで、俺に触れても初めは体が光らなかったのだ。

 だが、主人を選ぶのはホロアという種族にとって、人生最大のイベントだ。

 どのような場合でも主人に絶対の忠誠を誓うメイドが、生涯ただ一度、自分の意志で決めること。

 それが自らの主人を選ぶことなのだ。

 周りの者は、せいぜいおせっかいを焼くことしかできない。

 今のバダムのように。

 しかし、この爺さんも、見かけの割に随分と気を使うタイプだな。

 騎士団指南役ってのはそうした能力も必要なのかもしれないな。


「今日の用事というのは、彼女のことで?」

「それもあったのじゃが、もう一つな」


 再び側仕えが部屋を出ると、今度は長い木箱を持ってきた。

 俺達の目の前でそれをあけると、中には立派なあつらえの刀が一振り、置かれていた。


「さる貴族から譲り受けてな。銘はないが、ひと目で分かる業物じゃ。紳士殿にどうかと思うてな」


 装飾こそ、こちら風だが、ひと目で分かる日本刀だ。

 鞘から抜くと、薄暗い部屋でひときわ光る。

 刃紋が実に美しい。

 切っ先が、妙に輝いているようにも見える。

 俺もセスに習って、ちょっとは刀の見方がわかってきたんだよ、ほんとにちょっとだけ。


「立派なものですが、銘はなかったのですか?」


 セスが尋ねるとバダムは首をふる。


「いや、掘られてはおるが、読めぬのじゃよ。見たことのない文字でな」

「ご主人様、少しよろしいですか?」


 刀を渡すと、手慣れた手つきで目釘を抜いて、柄を外す。


「なるほど、たしかに……」

「どれどれ。ああ、東…風……とかかれているな、他は読めないが」


 ん、東風?

 漢字じゃないか、これ。


「ほう、紳士殿は読めますか」

「あ、ええ。どうやら故郷のもののようで」

「ほう、これがニホンという国の文字ですか」

「そうですね、古いもので全部は読めないのですが」


 おどろいた。

 これは偶然か?

 たまたま漢字そっくりの文字があったのか?

 それとも、この刀も俺と同じように地球からやってきたのか?


「なにか、この刀に言われなどは?」


 それとなく聞いてみる。


「ふむ、古いものなのは確からしい。その貴族が、旅の際に土地の者から手に入れてな。なんでも祖先が天より降ってきた刀を拾ったが、折れていたので大小二振りの刀に研ぎ直したとか。もう一振りあったそうで、その貴族も探したそうじゃが、手に入らなかったと見えるな」

「天から、ですか」

「まさか紳士殿の故郷のものだったとはな。ちょうど良い、貰ってやってくだされ」


 俺はありがたく受け取った。


「先日も部下が世話になっておるしな、なにより、セスは儂にとっても孫娘のようなものじゃ、こうして何かにかこつけて顔を見たくもなるというもの」

「バダム様、そのような……もったいない」


 セスは恐縮しているが、こういうセスも可愛いもんだ。

 やはり本当にバダムはセスの顔が見たかっただけなのかもしれないな。

 鞘には立派な装飾が施されていた。

 俺にはちょっと派手すぎる気がしたが、紳士というのは大層な身分らしいし、体裁を保つのも大事だろう。

 腰に下げると、思ったよりしっくり来る。


「どうだ、セス。似合うかね」

「ええ、とてもよく」


 ちょっと身が引き締まる思いだな。

 セスも自分のことのように喜んでいる。

 こうやって浮かれてると、失敗するんだよな。

 そろそろ調子に乗って失敗するのは避けたいところだよ、ほんと。

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