第24話 月夜

「あちぃ」


 夜半に目覚めた俺は、思わずそうつぶやいた。

 すっかり夏に入ったエツレヤアンの街は、夜もジメジメと鬱陶しい。

 俺に抱かれて眠っていたアンの肌も、汗に湿っていた。


「ん……どうされました?」


 起こしちゃったか。

 なんでもないよと答えると、アンはなにかつぶやいて、また寝息を立てる。

 その隣では、デュースが豊かな肢体を横たえていた。

 僅かな明かりの下で、こんもりと盛り上がったふたつの隆起は、重力にも負けずに見事なラインを保っている。

 しばらくみとれていると、すっと汗が一滴、流れ落ちた。


「ううん……」


 とデュースが寝返りをうつと、目の前にぼいんとした物がぼよんと垂れてくる。

 でけえな。

 なんだか目が覚めちまったよ。


 そのまま鷲掴みしたくなる衝動を抑えて、体を起こす。

 すると今度はデュースの影に隠れた、セスの引き締まった体が目に入る。

 うーん、完全に大人と子供だな。

 だが、それでいいのだ。

 反対側にはエレンとフルンが寝ている。

 エレンは寝てるのか起きてるのかわからない。

 こいつは全く隙がないからな。

 フルンは上下が逆さまだった。

 今夜はまだ寝相がいいな。

 土間に転がり落ちていたこともあったからな。

 その向こうではペイルーンとアフリエールが行儀よく寝ている。

 この二人は眠っていると襲いたくなる系の正統派美少女だ。

 もっとも、ペイルーンは起きていると、というかしゃべっているとちょっとイメージが変わるのだが。

 あくまで、ちょっとだけ。

 二人のシルエットが描く丘陵は、どちらも小ぶりだが、ペイルーンは呼吸をする度にわずかに揺れて、アフリエールは揺れない。

 なるほど、こんなところに違いがあったとは。


 急にもよおして、俺はトイレに立った。

 改めて見ると狭い部屋の中には様々なバリエーションの娘たちが七人、あられもない姿で寝転がっている。

 まったく酷い有様だ。

 これが全部、俺の……。

 いかんいかん、よだれが。

 紳士なのに!

 ……あかん、漏れそう。


 踏まないように注意して、裸体の間を忍び足で通り抜けた。

 用を足して土間に出る。

 水瓶から一杯すくって飲み干すと、妙に床が明るいことに気がついた。

 わずかに開け放った勝手口の隙間から、きれいな月が見えた。

 そっと裏庭に出る。

 外はわずかに涼しい。

 ベンチに腰掛けて月を見ると、その見慣れない表情に、また違和感を覚える。

 探してみると、やはり色々と違うものだな。

 でも、そうした違いにも、徐々に慣れてきたのがわかる。

 そう……慣れるもんなんだなあ。

 ふと、目線を下げると、足元の影の闇に、顔が浮かんでいた。


「よう」


 と声をかけると、するりと影の中から褐色の魔物が浮かび上がる。

 いつも突然現れるな。

 こっちにも慣れたけど。

 何がしたいんだろうなあ、こいつは。

 ああ、俺を殺すとか言ってたな。

 全然そうは見えないのが、玉に瑕だが。

 などと考えていると、


「隙があるかと覗いておれば、この妾に対して、随分と余裕を見せるではないか」

「そうみえた?」

「ふん、貴様の心など、隙だらけだ」

「隙だらけか。ははあ、もしかして、心配してくれたのか?」

「馬鹿を申せ! 貴様の魂は妾の手の内にあるのだ」

「そうだっけ?」

「ふふん、そんなこともわからぬとはな」


 そう言って嘲る彼女の表情はどこか元気がない。

 月明かりのせいだろうか、それとも、具合でも悪いのかな?


「そりゃどうも。それよりも……、」

「なんだ」

「大丈夫か? なんだかお前こそ、元気が無いぞ。夜更かしはよくないな」

「……ふん」


 魔物はそのまま、飛び去っていった。

 何だったんだろうな。

 寝直すか。


 大きなあくびを一つして、俺は寝床に戻ったのだった。

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