第23話 強者達

「アヌマールが出たのは何階かね?」

「五階です、青の鉄人」


 先頭を行く勇者の質問に、同行の騎士が答える。

 よく考えたら、俺達って当事者なんだよな。


「そうですか、紳士様がアヌマールを……」


 純白のローブを纏ったリースエルは、落ち着いた様子で俺の話を聞いていた。


「紳士には、そうした特殊な力が幾つかあると言われています。ですが、それぞれに違うものなので、あなたがどういう力を持っているかはわからないのですよ」


 そうなのか、でもやっぱりあれは、俺の力だったのかな?

 セスの持っていた形見の宝石が何かしたようにも思えたが。

 どうもよくわからないな。


「紳士の力は、先祖代々受け継がれると聞きますが、あなたはご両親から教えを継いではいらっしゃらないのですか?」

「両親は幼いうちに亡くなったものでして」


 もっとも、そんな力をもっていたとも思えないけど。


「お気の毒に。ですが、あなたならきっとご自分で悟られるでしょう。なんといっても、雷炎の魔女を従える紳士なのですから」


 雷炎の魔女ってデュースの異名か、かっこいいな。

 青の鉄人とかオズの聖女ってのもイカスが。

 俺もなにかそういうのが欲しいぜ。


「どうかね、二人共、何か感じるかね?」


 五階まで降りたところで、青の鉄人はデュースとリースエルに尋ねる。


「そうですねー、ビンビン感じますねー」

「だけど、アヌマール級の魔物は、さすがに居そうにないですね」

「ですねー。何だと思いますかー?」

「おや、テストですか。怖いですね……。そう、これは……鼻でしょうか」

「ふふふ、どうでしょうねー」


 のんびり話しているが、あんなのがたくさんいたら、いくらなんでもヤバイんじゃないのか?

 勇者が凄く強いのはわかるんだけど、具体的にどれぐらい強いのかさっぱりわからんので判断しようがないのよね。

 勇者の背中には、幅が三十センチはある巨大な剣が担がれていた。

 あれを振り回すのか。


「ねえねえ、ごしゅじんさま、あの剣すごいよね」


 隣をひょこひょこ歩いていたフルンが俺の裾を引っ張りながら話しかけてきた。

 俺もそう思うよ、と言おうとしたら、それより先にフルンが駈け出して勇者の所まで行ってしまった。

 あ、こら、迷惑をかけるんじゃないぞ。


「ねえねえ、ゆーしゃ様、そんなに大きな剣、どうやって振るの?」

「おう、お嬢ちゃんも剣士か。俺の剣が気になるかな?」

「うん!」

「どれ……」


 と片手で軽々と引き抜くと、さっと一振りした。

 それだけの風圧で、土煙が舞う。


「ほら、もってみな」


 と手渡された大剣を、フルンは両手で持ち上げようとする。

 かろうじて上がったものの、腰はフラフラで今にも倒れそうだ。


「お、上がるだけでも大したもんだ。その調子でしっかり修行するんだぞ」

「うん、がんばります!」


 勇者に頭をなでられて、フルンはホクホク顔で戻ってきた。

 良かったな。


 そのままみちなりに進むとアヌマールを倒した小部屋に出る。

 そこで、一行は何やらしていたが、すぐにまた動き出す。


「闇の衣の瘴気を完全に消しておかないといけませんからー」


 とデュースが説明してくれるが、よくわからないな。

 お祓いみたいなものか。


「結界を貼るのは十階だと言っていたな」

「そうです、青の鉄人」

「よし、進むかね」


 洞窟をどんどん降りていけば、いつかは魔界とやらにたどり着くらしい。

 魔界とやらがどんな場所かはわからないが、普通の冒険者はあぶないのでまずそこまでは行かないそうだ。

 それなら洞窟など全部塞いでしまえば安全なのだろうが、冒険者という需要がある以上、完全にフタをしてしまうわけにも行かない。

 そこで、ある程度都合のいいところで結界を張って、一定以上の強さのモンスターが出てこなくするのだという。

 要するに、ダンジョンの難易度コントロールをしてるわけか。

 なんだろう……、何かに似てるような。


 そのまま、更に八階まで降りてきた。

 ここまで来たことはないんだよな。

 それにしても、敵が出ない。

 何故だろう?


「やはり勇者の力に、魔物が怯えているのでしょう。我々とてあの時はそうだったではありませんか」


 とセスが言う。

 なるほど、確かにあの時、俺達は魔物の気配に怯えて逃げ出したんだった。

 追いつかれたけど。

 吹き抜けになった広間に出たところで、ふと勇者が歩みを止める。


「どうされました、青の鉄人?」


 同行の騎士が尋ねると、


「ここがいいか。下がっていたまえ」


 そう言って、勇者は背負った剣を再び解き放つ。

 ただ剣を構えただけで、すごい威圧感だ。

 同行の騎士と僧兵は言われたとおりに俺達の所まで下がる。


「みんなー、ご主人様をおねがいしますねー」


 そう言ってデュースはリースエルとともに前に出た。

 今更だけど、デュースも貫禄あるな。

 いや、乳の話ではなく。


「どうやら、当たりのようですね」

「お見事ですよー」

「私がレジストしますから、囲ってください。あとはゴウドンが」

「了解ですよー」


 リースエルの言葉に頷くと、デュースは杖を構える。

 先頭に青の鉄人ゴウドン、続いてデュースとリースエルが並ぶ。


「来るぞ!」


 ゴウドンの台詞と同時に、前方の闇から無数の光の矢が襲い掛かる。

 それをハエでも追い払うかのように大剣を振ると、たちまち消し飛んでしまう。

 その後ろでリースエルが何かの呪文を唱えると、体が光りだした。

 デュースも何か唱えているようだ。

 気になって半歩前に乗り出すと、側にいた騎士が、


「いけません、もっと下がってください」


 と押しとどめる。

 これだけ離れていてもまずいのか。

 そうこうする間にも、リースエルの体はますます輝いていく。

 気がつけば、あたりの壁もところどころ斑に光っていた。

 何だありゃ?


「土に含まれる精霊石が反応しているのでしょう。ペイルーンであればもっと詳しくわかったのでしょうが。こんな機会があるのであれば、彼女たちも連れて来るべきでしたね」


 セスの解説を聞く間も、闇の向こうからは、間断なく光の矢が飛んでくる。

 それを青の鉄人が軽々と叩き落としていた。

 魔法って、剣で弾けるのか……。

 俺をかばうように立つセスが、フルンに話しかける。


「あれが壁役というものです。フルン、あなたはああいう戦いができるようにならなければなりません」

「う、うん!」

「しっかりと目に焼き付けておくのです」

「うん!」


 そう言うセスも、勇者から目を離さない。

 彼女にしても、得るものが多いのだろう。

 俺は驚くばかりなんだけどな。

 デュースの詠唱は続いている。

 あんなに長い呪文を唱えているところは見たことがない。

 むしろ普段のデュースはちょこまかと動きながら、みんなの間を行き来して細かく魔法を使っていたが、そうか、あれはそうするしかなかったのか。

 俺達が未熟すぎて、デュースはあんなに長い呪文を安定して唱えることができなかったのだ。

 つまり、デュースが魔法を外したかのように見えた時は、それだけ俺達がパートナーとして、なっていなかったからなんだな。


 その時、デュースの詠唱が途絶え、杖を掲げた。

 たちまち巨大な火の壁が立ち上り、俺達と前方の闇の間を塞ぐ。

 相当離れているにもかかわらず、すごい熱気だ。

 普段使う火の玉や雷撃の呪文が子供だましに見える。

 デュースは、こんなすごい呪文が使えたのか。


 火の壁の向こうで何かが動く。

 ギラギラと赤く揺らぐ炎の向こうから、地響きを立てて何かがやってくる。

 象のように長い鼻。

 昏くくぼんだ眼。

 勇者よりもさらに巨大な体躯。

 それが四つ、いや五つか。


「あれは……ノズ。しかも上位種とみました」


 セスが説明してくれるが、初めて聞く名だ。

 だが、先のアヌマールに匹敵するような力を感じる。

 デュースの創りだした炎を物ともせずに魔物は歩み寄る。

 炎が激しく魔物の肌を焼くが、身じろぎもしない。

 むしろ焼けた肌が次々と再生しているようにみえる。

 ちょ、ちょっとグロいな。


 魔物が炎の壁の半ばまで来た瞬間、リースエルの詠唱が終わる。

 何が起きたのかはわからないが、とたんに魔物たちは苦しみだした。

 同時に再びデュースが杖を掲げると、炎の壁が更に高く、巨大に広がり、その色も赤から青へと変わる。

 魔物たちが回復もままならぬまま、みるみる焼かれていく。

 温度が上がったのか?

 これだけ離れていても、熱風で焼かれてしまいそうだ。

 デュースは大丈夫なんだろうか。

 気がつくと側にいた僧兵たちが一斉に呪文を唱えていた。

 それに合わせて俺達の周りを光の壁が覆う。

 それでだいぶ熱気は和らいだ。


「ゴウドン! 一つ外しました!」


 リースエルが叫ぶよりわずかに早く、魔物の一体が飛び出してきた。

 あれだけの炎にも、ほとんど焼かれていない。

 魔物の巨体が宙に踊ったかと思うと、まっすぐデュースに向かって飛びかかる。

 たぶん、瞬きするほどの間だっただろう。

 実際、速すぎてよく見えていなかったのだが、気がつけば魔物の前に勇者が立ちはだかり、巨大な胴を薙ぎ払っていた。

 そのまま真っ二つになる魔物。

 あっけにとられるうちに、戦闘は終わった。


 なんだこりゃ、まるでバトル漫画じゃないか。

 トップレベルの冒険者ってのはこんな戦いをするのか?

 とてもじゃないが、俺がいくら頑張ったところで到底及ぶわけがないぞ?


 その後は大したことは起きなかった。

 地下十階まで降りた俺達は、大きな広間に出た。

 その中央には壊れた祭壇と、魔法陣のようなものがあった。

 元々ここにあった結界が破れて、強力な魔物が侵入するようになったらしい。

 同行した僧兵たちが魔法陣を書き直し、祭壇を修理して、リースエルが結界を貼り直すと、今回の冒険は終わりとなった。

 デュースがローブについた埃を払いながら、こちらに戻ってきた。


「一月もすれば、手頃な魔物が戻ってきますよー」


 ふぬ。

 そうか、なんとなくわかった。

 ここは釣り堀みたいなものなのか。

 都合のいいレベルの魔物だけを放って冒険者に戦わせる養成所なんだな。


「どうでしたー、勇者はすごかったでしょうー」

「お前もすごかったよ、デュース」

「ありがとうございますー。この力はすべて、ご主人様に捧げるために身につけたものですからー、どうか存分に使ってくださいねー」


 使えと言われて、一朝一夕にどうにかなるものでないことは、よーくわかった。

 わかったが、そんなふうに言われたら、頑張るしかないだろう。

 俺はレディの期待は裏切らないことにしてるんだ。


「それでこそ私達のご主人様ですよー」


 洞窟を出たあとは、そのまま打ち上げに突入し、飲んだ食ったの大騒ぎだった。

 あんなに飲み食いしたのはこっちに来てから初めてじゃなかろうか。

 留守番のアン達に申し訳なく思いつつも、しこたま腹に詰め込んでしまった。

 勇者たちはしばらくこの街に滞在するらしく、再会を約束して別れた。

 フルンとエレンは何やら両手にいっぱい荷物を抱えていたが、土産に包んでもらったらしい。

 しっかりしてるな。


「だってあんな美味しいの、みんなで食べなきゃだめでしょ」


 フルンの言うとおりだ。

 家に帰ると土産をあけて、二次会となった。

 たまにはいいよな。

 デュースがどこからともなく酒瓶を取り出して、


「余ってたので貰ってきましたー」


 とやると、エレンも同じく、


「なんだ、僕だけじゃなかったんだ」


 と、こちらもどこに仕舞っていたのか、懐からボトルを取り出す。

 ほんと、しっかりしてるな。


「それにしても、デュースはお疲れだったな。俺も勉強になったよ」

「それはよかったですー」


 俺の隣でしなを作るデュースに酌をしてやると、ぺろりと飲み干す。

 今日はよく飲むな。


「ゆーしゃ様もすごかったけど、デュースもすごかったよ! 私、頑張って壁役になるね!」


 ほろ酔いのデュースの膝に抱かれて、フルンが未だ興奮冷めやらぬ様子で熱弁する。

 すっかり感服したようだな。

 確かにあれはすごかった。

 今日のデュースの勇姿を回想するうちに、俺はふと昼間耳にした言葉を思い出す。


「そういえば、ゴーストってなんだっけ。昼間、リースエルさんが口にしてたけど」

「ゴーストですかー、ご存知ありませんでしたかー」


 以前、聞いたような気もするんだけどな。


「メイド族はー、いえ、ホロアはみんな主人を求めてさまよいますがー、もし運悪く主人を得られぬまま生涯を終えるとー、ゴーストと呼ばれる霊魂となって、永遠に地上をさまようんですよー」

「そりゃ……辛いな」

「主人を持ったホロアに倒されることでー、メイドならメイドの天国、メイドヘブンに召されて、再び生まれ変わると言われていますねー」


 そうなのか。

 しかし、デュースが何歳かまだ知らないけど、ホロアって結構長生きなんだな。


「いいえー、従者になれば主人と同じだけ生き続けますが、そうでなければ人とそれほど変わりませんよー、五十年から、長くて百年ですねー」


 そうなのか。

 じゃあ、デュースが二百年以上かけて魔法を習得したってのはやっぱり冗談か。


「だから、私も百歳を過ぎた頃にはー、いつゴーストになるかと毎日怯えていましたねー」


 それは……。

 そう…だったのか。


「ふふ、あの頃の私は、お酒ばかり飲んでいた気がしますよー」

「そうか……、随分と、待たせちまったんだな」

「はいー、ほんとうにー、本当に長い間ー、長い間……待ちましたよー、あなたに会うために、ずっと……ずっと……」

「ねえ、デュース、泣いてるの? ねえ、お腹痛くなった? ねえ?」


 膝に抱かれたフルンが心配して声をかける。


「ふふ、ちょっと飲み過ぎちゃいましたねー、こんなことを話しちゃうなんてー。でも、こんなに美味しいお酒を飲めるんだからー、私も幸せですよー」


 そういいながらも、デュースはあふれる涙を拭おうともしなかった。

 俺はただ、黙ってもう一杯、ついでやるだけだった。

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