第22話 勇者という生き物
数日後、俺達は封鎖中である神殿の洞窟までやってきた。
いよいよ噂の勇者様がやってくるからだ。
とにかく勇者ってのは凄いらしいので、ぜひとも一度見ておきたい。
一応冒険装備はしてきたものの、探索でもないのに店を休むわけにも行かず、アンとペイルーン、それにアフリエールは留守番だ。
同じメイド族のホロアと言っても、戦闘向けのクラスかどうかで、冒険への適正は変わってくるようだ。
アンやペイルーンは元々戦闘には向いていないのだ。
それでもペイルーンは遺跡発掘で冒険的なことに慣れているので、まだどうにかなるが、アフリエールぐらいになると、戦闘の場に連れて行くだけで危険が伴うかもしれないという。
デュースの説明によると、
「プリモァ族はたしかに魔術が巧みですけどー、それでもみんながみんな、戦闘用の魔術が使えるわけではないですよー。特にアフリエールは人とのハーフですからー、魔力自体も弱いですし、あまり連れて行かないほうがいいですねー」
「そんなものか」
「真面目な子ですからー、きっと無理をしてしまいますー」
「そりゃいかんな。しかしハーフだと魔力は弱くなるのか。」
「魔力というかー、人間は精霊術が苦手な人が多いですねー、よほど才能がないと精霊の声が届かないですからー」
精霊の声か、かっこいいな。
俺も聞こえないけど。
「その代わり、神聖魔法が使える人はそこそこいますねー」
「どう違うんだ?」
「神様の力を分けていただくのが神聖魔法ですよー、神霊術ともいいますがアンの使うのがそうですねー。私やペイルーンのが精霊術ですー、こちらは内なる力をコントロールして使う魔法ですよー」
なるほど、魔法使いと僧侶で呪文が違うようなものか。
「ところで、ハーフで思い出したが、アフリエールはハーフだから嫁に出せないとか言っていたな。あれは何故だ?」
「人とプリモァのハーフは子供が作れないからでしょー」
そうだったのか。
色々あるんだな。
地球には人間に似た生き物ってのはいなかったから、そう言う発想がなかったよ。
人種の違いってのはただの環境の違いだけど、ここで言う種族ってのは、遺伝子レベルで大きな違いがあるのかな。
こういうのはえてして繊細な問題になりがちなので、気をつけておかないとな。
そんなことを話すうちに、洞窟の入口までやってきた。
普段であれば、洞窟の入口はひっそりとしているのだが、今日は見物の野次馬が大勢いた。
むろん、俺達もその仲間だ。
入り口側にある掘っ立て小屋は、普段兵士の詰め所になっていて、トラブルが合った時に対応してくれる兵士か騎士が詰めている。
地元民も薬草をとりに潜るだけあって、お国のサポートがついてるのだろう。
先日登った色欲の塔も、似たようなサポートはあったし、なんだか不思議な感覚だな。
ゲームとかだと、ダンジョンでサポートなんてないもんな。
それとも、最近のゲームだと違うんだろうか。
暇になったので、また何かして遊びたいな、と考えたところで、もうゲームで遊べないことを思い出す。
そうかあ、こっちにいると、もうTVゲームでは遊べないんだな。
いかんいかん、些細な未練が、知らない間に大きくなったりするもんだ。
ホームシックなんて、きっかけはほんとにちょっとした事で起きるからな。
急にあたりが騒がしくなる。
騎乗した騎士の先導で立派な馬車が到着し、中から人が出てきた。
でかい!
二メートルはあるんじゃなかろうか。
紺色の鎧を着た大男だ。
「あれがー青の鉄人、ゴウドンですよー」
青の鉄人は見物客に軽く手を振ると、そのまま詰め所に入っていく。
続いて年配のご婦人が出てきた。
こちらは純白のローブをまとっている。
動き一つとっても、実に品のあるご婦人だ。
「あら、リースエルもー」
デュースが、声を上げる。
その声に純白のローブの婦人が、こちらを振り向いて目を丸くした。
「デュース? あなたデュースね! ああ、デュース。こんなところで逢えるなんて……あなた、いつ海をわたったの?」
婦人が駆け寄ってデュースに抱きついた。
「まあまあ、リースエル。あなたも来ているとはおもわなかったですよー。それにしてもー、いつまでもおてんばですねー」
「何を言っているの、デュースったら。私達、顔を合わせる度にあなたのことを心配して、今頃どこかでゴーストになってるんじゃないかと……ほんとにもう、あなたったら」
「あらあらー、ごめんなさいねー。でもー、もう大丈夫ですよー」
「え、まさかあなた! 本当に!?」
「ほらー、こちらの紳士が私の大切な主ですよー」
「そう、そうなのね。やっとなのね。よかった、ほんとうに……」
純白のローブの婦人は、あたりもはばからずに目をうるませる。
「もう、リースエル。いい年をして子供みたいに泣かないでくださいよー」
「まあ! 歳のことをあなたが言うなんて信じられない! ほんとうに従者になったのね。ああ、嬉しい。本当に今日は素晴らしい日だわ。さあさあ、あなたの主人を紹介してちょうだい」
挨拶がすむと、婦人は俺の手をとってこう言った。
「デュースは私達みんなの親友であり、誇りなの。あなたはまだ駆け出しのようだけど、きっと立派な紳士になると信じています。どうか、私達の親友を、お願いしますね」
あんまり熱心に言うものだから、俺もなんだか胸が熱くなって、あやうくもらい泣きするところだった。
婦人は続けて他の従者の手もとり、同じように語りかける。
エレンは妙に恐縮していたし、フルンは目を丸くしていた。
セスはなにか感じ入るところがあったのか、目に涙を浮かべていたようだ。
それだけ、この婦人の言葉には、心がこもっていた。
「おおぃ、リースエル! 何をしとるんだ!」
とそこに、耳が裂けそうな大声が響き渡る。
青の鉄人が小屋から顔を出して叫んでいた。
「まあ、ゴウドン。あなたそんなところで何をぼんやりしているの! デュースよ、デュースがいたのよ! しかも主人と一緒に。あなた信じられる? デュースがヴァレーテになったのよ! ああもう、なにをぼんやりしているの、早くこっちに来なさい!」
「なんだと、デュースが? 信じられん、いや、しかしその姿はまさしくデュース!」
青の鉄人はその巨体で地響きを立てながら歩み寄ると、デュースの前にひざまずいた。
「おお、懐かしきその姿。あなたはちっともかわらん。いや、ますますもって美しい」
「まあまあ、ゴウドン。あなたも女性にお世辞が言えるようになったのですねー」
「これがお世辞なものか! 生きて再び
「だめですよー、ちゃんと潜ってくれないと、皆さん待ってらっしゃるんですからー」
「うむ、そうだったな。だが、あなたも一緒に潜ってくれるのだろう?」
「うーん、今の私達では足手まといですねー」
デュースの言葉に、青の鉄人は俺達を一瞥する。
ふむ、と頷くと俺の前に立ち、こういった。
「お主がデュースの主殿か。我が名はゴウドン、青の鉄人などとも呼ばれておるが、ただの力任せの剣士よ」
眼の前に立たれるとすごい貫禄だな。
どうにか名乗り返すと、ゴウドンは「どれっ」とつぶやいた。
次の瞬間。
どんっ!
と全身に強烈な衝撃を受ける。
いや、実際は何も起きていない。
何も起きていないと頭ではわかっているんだが、体がそれを認めない。
確かに何かされた、されたのだ。
つまり、この青の鉄人という勇者は、ただひとにらみしただけで、ここまで俺たちを叩き伏せることができるというわけだ。
勇者ってのは……そういうものなのか。
前に殺されかけた、アヌマールなどの比ではない。
眼の前にいるだけで死を覚悟するような圧倒的な強さの権化。
それが、勇者なのか……。
「ほう、保ったか。いや、結構」
かろうじて倒れることだけは免れた、というよりも金縛りにあって動けないだけっとも言うが。
「ゴウドン、あなた何をしているの。紳士様に失礼でしょう」
婦人はそう言って割って入ると、何やら呪文を唱えた。
心地よい安らぎが俺たちを包み込み、体が回復する。
「いや、失礼をした。だが俺も、それだけ多くの者から、デュースの行く末を託されておったということだ。どうか、ご容赦願いたい」
正直、まだ呆然としていたが、それでもどうにか正気を取り戻す。
それにしても参った。
人はこんなにも強くなれるのか?
「申し訳ありません、ご主人様ー。ゴウドンは子供の頃からやんちゃが過ぎて、手に負えなかったんですよー」
「勘弁して下さいよ、雷炎の魔女。あなたに怒られるかと思うと、それだけで俺は熱を出して寝込んでしまう」
そういって青の鉄人は豪快に笑う。
まるで舞台俳優でも見ているような高笑いが妙に似合う。
素でこういう笑い方ができる人間がいるんだな。
しかし、デュースが勇者に敬意を払われるほどの存在だと知って、驚くと同時に誇らしくもあった。
頼りになる仲間がいるってのは、いいもんだ。
俺は頼りないけどなあ……。
結局、青の鉄人がどうしてもというので、俺達も勇者に同行することになった。
恥をかくのは、もうどうしようもないだろうから、せめて邪魔にならないようにしよう。
メンバーは勇者である青の鉄人ゴウドンとその相棒であるオズの聖女リースエル、付き添いの騎士が三人。
それとは別に結界を張る作業をする僧兵が十人ほど。
最後に俺たち五人だ。
ちゃんと装備を持ってきてよかったぜ。
「勇者の戦いをそばで見ておくのはー、きっと役に立つはずですよー」
そういうものかも知れないな。
またとない機会だろう。
俺はちょっと武者震いしながら、封印された洞窟へと足を踏み入れた。
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