第21話 営業努力

 うちの店の主力商品は、アンの作る御札にペイルーンの丸薬、それにデュースのおみくじの三つだ。

 割合で言えば六:三:一といったところか。

 おみくじはおまけというか、客寄せみたいなものなのでこれでいいが、丸薬はもう少し売れてもいいはずなんだよな。

 なんとなれば、御札は冒険者しか買わないが、丸薬は一般人でも買うからだ。

 であれば販売機会は御札より多いはずなのに、それほど売れていないのは、やはり冒険者以外の客層の開拓ができていないからだろう。


 実際、商店街の並びの連中は、時々買ってくれるが、裏手の住宅街の客は来た試しがない。

 近くにちゃんと医者がいるということもあるが、腹下しや咳止めの丸薬ぐらいはもっと売れてもいいんじゃなかろうか。


「でも、どうすればいいのかしら? チラシでも配る?」


 とペイルーンは言うが、たしかに宣伝は重要だよなあ。

 だが、うちの規模でまず大事なのは営業だな。

 欲しい人を探して売り込みに行く。

 まずはそこからだ。

 というわけで、あれこれアイデアをひねっていると盗賊のエレンが、


「体の弱いお年寄りのうちに配達したらどうかな。まえに病気で寝込んだ人に買い物を頼まれたことがあったけど、需要あると思うよ」


 なるほど、介護ビジネスか。

 たしかに売れ線だな。


「何人か年配の知り合いがいるから、その人達に紹介してもらうよ」


 とエレンが請け合うので、丸投げしてみた。

 いやいや、丸投げという言い方はいかん。

 その道のプロフェッショナルにアウトソーシングだ。

 めぼしい相手を見つけてはペイルーンが乗り込んで、必要な物を選び、配達する、みたいな感じで試してみるそうだ。

 結果が出るのは、まだ先になるだろうが、色々やらないとな。

 従者も増えたし。


 その従者の最新メンバーである長耳少女のアフリエールは、何やら裏庭に畑を作ってネギを育て始めた。

 第一印象と家柄から深窓のお嬢様かと思ったら、この娘は実はカントリーファーマーだった。

 先年、あの土木ギルドの元締めである祖父のもとに身を寄せるまでは、田舎で両親と畑をやって暮らしていたらしい。

 メイド服で土いじりをしている姿は、様になっていた。

 裏庭と言っても、土間と路地の間の僅かな隙間でやることなので大したことはできないだろうが、土を入れ替えたり枠を作ったり、あっという間に小さな畑のようになってしまった。


 むろん、俺も神殿の近くまでズタ袋を担いで土をとりに行かされたり、掘り返した土を近所の空き地に捨てに行ったりさせられたわけだが。

 これ、日本だったら不法投棄だよなあ、と思いつつ、どんどん運ぶ。

 ヘビーだぜ。


 その間にもアフリエールは野菜の苗を作ったり、残飯を集めて肥料を作ったり色々していたようだ。

 俺も祖母と暮らしていた頃は、田舎だったので畑仕事は身近に見ていたが、祖母はそうしたことは何もしなかったので、俺も具体的なやり方は全然知らないんだよな。

 アフリエールはアンたちと一緒になって楽しそうにやっている。

 亡くなった両親の仕込みが良かったのか、腕もいいようだ。

 やりがいのある仕事があるってのはいいもんだよな。

 俺の仕事は何だったっけ?

 あれか、ご奉仕されることか。

 そんなわけで俺は、連日の重労働で凝り固まった体を、皆にマッサージでほぐしてもらっていた。

 別にいやらしいマッサージじゃなくて、普通のマッサージだけども。

 こういうのがね、いいのよ。


「体がガチガチじゃない。何をやったらこんなになるのよ」


 そりゃ、重い荷物担いで何往復もすればこうなるんですよ、ペイルーンさん。


「まだまだ、修行がたりないようですね。しっかり体ができていれば、このようなことにはなりません」


 そうは言っても、おじさんには辛いんですよ、セスさん。


「申し訳ありません、私のせいで、あんな重労働を……」


 平気平気、そうやって労ってもらえるだけで、たちまち元気になるのよ、アフリエールさん。


「はー、ほぐれますねー」


 だよな、デュースさん。


 ちなみに最後のデュースだけは俺と並んでほぐされる方だ。

 デュースのムッチリした体の上を、フルンが裸足でぐりぐりと踏みしだいている。

 いいな、あれ。

 俺も後でやってもらおう。


「ただいまー、配達してきたよ、って二人とも何、その格好。なんか配達先のご老人連中とそっくりなんだけど」

「ほっといてくれ、エレン。」

「あと、これおみやげね。ローエルのばあちゃんが、みんなで食べてくれって」


 そう言ってパイを取り出す。


「やったー、お菓子ー」


 フルンがデュースから飛び降りて、そのままエレンに飛びつく。


「ああぁ、ま、まだー、まだやめないでー」


 デュースの嘆きも、パイを目の前にしたフルンには届かなかったようだ。


「お疲れ様、エレン。ほら、おやつは食事の後ですよ、フルン」


 店じまいの支度をしながらアンがフルンをたしなめる。

 すっかりお母さんのようだな。

 いつもの豆料理のあとに、頂いたパイを食べる。

 うまいな。


「そう言えば、いよいよ勇者が乗り出すって話だよ」


 パイをぺろりと平らげたエレンが、思い出したかのように言う。

 例の封鎖中の神殿の洞窟に乗り込んで、何やらするらしい。


「あー、思ったより早かったですねー。誰が来るんでしょうかー、今、スパイツヤーデには勇者はいなかったと思うのですがー」


 とデュースが尋ねると、


「青の鉄人だって言ってたけど」

「ははー、あの人はこちらに戻ってましたかー。最後に会ったのは……どこでしたっけー? 懐かしいですねー」

「会ったことあるの?」

「ありますよー。南方で一緒に旅をしたこともー」


 よくわからんが、そんな凄いパーティに居たのかな。

 その割には結構ドジっ子な面もあるデュースだが。

 しかし、火炎と稲妻の魔法を極めていると言っていたしな。


「勇者って凄いんでしょ? 素手で岩を砕いたりとか、空飛んだりとか」


 とフルンが目を輝かせて尋ねる。

 そりゃ凄いな。


「そうですねー、青の鉄人なら素手で山を割るぐらいはするかもしれませんねー。空は飛べないでしょうがー」


 ほんとかいな。


「一度見てみたいな」

「ぜひ、見に行きましょー。元気にしてますかねー」


 夕食後、裏路地の縁台で涼む。

 畑作りの際に、あれこれ作ったついでに、この縁台も作ったのだ。

 夕涼みはこれに限る。

 隣ではアンがゆっくりとうちわを仰いでくれている。

 平和だねえ。


「お茶を頼んでおいたのに、遅いですね。少し様子を見てきます」


 そう言ってアンは中に入る。

 慌てなくてもいいぞ、こんなにまったりしてるんだからなあ。

 はあ、それにしても、のどかな暮らしだなあ。

 日本にいた頃じゃ、考えられんね。

 いや、そうでもないか。

 ガキの頃は、もっと余裕があった気がするな。

 ……ほんとにそうだったっけ?

 人間、都合の良いことしか覚えてないもんだからなあ。


 西の空に夕日の僅かな残光が残り、目の前の地面には、隣家の植え込みが深い影を落としている。

 それをぼーっと見ていると、なんだか吸い込まれそうになってくる。

 アンはまだかな。

 随分と時間が立った気がする。

 すでに太陽は沈み、あたりは真っ暗闇。

 まるで目の前の影が染み出してきたようだ。

 まったりと、まどろむような闇に包まれるとなんだか気持ちよくなってくる。

 無性に目の前の闇が柔らかそうに見える。

 ああ、やわらかそうだなあ。

 と無意識に手を差し伸べると、ほんとに柔らかかった。


「んきゃぁああ!」


 悲鳴を聞いて、はっと正気に戻る。

 目の前には金髪褐色の魔物娘がいて、俺に豊かなおっぱいを鷲掴みにされていた。


「ななな、何をする離せ離さぬかこの変態ドスケベ変質者!」

「おわっ、お前どこから出たんだ!」

「お、おのれ、マヌケヅラのスケベヅラとおもって油断した。一人になる隙を狙っておったのに!」

「ははは、なんだか知らんが、よほど俺に執着があるようだな」

「うるさい、妾が貴様に引導を渡してやろうというのだ、さあ、恐れおののけ!」


 なんだか喋ればしゃべるほど貫禄がなくなるタイプだな。

 ちょっとおもしろかったので話しかけてみた。


「なんだ。言い残すことがあるなら聞いてやろう」

「まあ、ちょっとここに座りなさい。」

「よ、よし。さあ、話すがいい」


 お、ほんとに座ったぞ。

 素直というより、天然なのかな?

 見た目以上に子供っぽい。


「なんだ、ジロジロ見おって。そんなに妾の姿が恐ろしいか!」


 デュースほどではないが、メリハリが効いていい体だな。


「ふふん、怯えておるな。さぞや妾が怖ろしかろう。その恐怖が貴様の心を覆い尽くした時、その魂は我が手に落ちるのだ」

「うん、怖い怖い。だから、なぜ俺を狙うのか教えてくれないかな」

「よかろう、冥土の土産に聞かせてやろう」


 ふんぞり返ってニヤリと笑う姿は、悪巧みするいたずら少女って感じで、なかなかかわいいな。


「我こそは魔王の中の王と称せられし魔王エデトの娘プール。その妾に対して忌まわしき女神が呪いをかけ、石像に封印しおったのじゃ」

「そりゃ大変だな。しかし女神に封印されるとは、よほどひどいことをしたんじゃ」

「ふん、戯れに女神の名を借りて立てた誓を、ちょっと破ってやったらこの有り様だ。まったく妾をなんだと思っている」

「そりゃお前、神様との誓をやぶっちゃまずいだろう」

「妾は何者にも縛られぬのだ!」


 怒ってるところもなかなか可愛い。


「で、それと俺を殺すことになんの関係が?」

「決まっておろう、女神の封印を解いたものには……ハッ! 妾は何をペラペラ喋っておるのだ。貴様、怪しげな術で妾をはめおったな!」


 いや、はめたって人聞きの悪い。

 たしかに最近のが急に得意に……いかんいかん、オヤジ的な発言は控えないと。


「おのれおのれおのれ、この恨み、万倍にして返してやるからな、覚えておれ!」


 そう言い捨てると、プールと名乗った魔物の娘は夜の闇に消え去った。


「つ、次はこうはいかんからな! 夜の闇はすべて貴様の敵だと思え! 安穏たる安らぎとは無縁の生活をおくらせてやるからな!」


 消え去った闇の向こうから、捨て台詞だけが響いてきた。

 あーあ、行っちゃったよ。

 もうちょっとで理由を聞けたのに。


「惜しかったね」


 と、どこからともなく声がしたかと思うと、隣に生えてる立派な木の上からエレンが音もなく飛び降りてきた。


「そんなところで何してたんだ?」

「やだなあ、旦那の護衛に決まってるじゃないか」


 なるほど、手には弓を持っている。


「デュースがこの間の魔物が来てるから、様子を見て来いって言うもんだからね」

「ははあ、頼もしいな」

「それにしても驚きましたねー。エデトの娘とはー」


 奥からデュースも出てきた。


「知ってるのか?」

「知り合いではないですけどねー。魔王エデトといえば、三百年ほど前に亡くなるまでは魔界随一と恐れられた強大な魔王でしたよー」

「なるほど、そりゃ怖そうだ。じゃあ、あの子もああ見えてやばいのかな?」

「大丈夫でしょー。幻術が巧みなようでしたねー。それだけなら直接危害を加える力は持ってないと思いますよー。ただ、人の心の隙間に忍び寄るので、油断すると精神を乗っ取られるかもしれませんよー。そうなると危ないですねー」

「そうか、気をつけないとな。でも、どうやって?」

「とりあえずー、一人にならないようにしてくださいー。それで十分だと思いますー」


 おっしゃおっしゃ、なら君たちも側に来て座りなさい。

 両隣にかわい子ちゃんを侍らせて、俺は再びまどろむ。

 空には満天の星が広がる。

 ああ、ガキの頃はこうして祖母と一緒に縁側で星を見てたなあ。

 ちょっと思い出してきたよ。

 学校で覚えてきた星座を説明しながら、スイカ食ったりしたっけ。

 ここの星座は、さっぱりわからんけどな。

 そういえば、あの時祖母の他にも誰かいたような。

 近所の子だったかな?

 うーん、思い出せん。


 それにしてもあの魔物の娘。

 やっぱり気になるなあ。

 おっぱいも柔らかかったし。

 一体、どれぐらいの間、石像にされてたんだろうか。

 父親はすでに死んでるらしいけど、その事は知ってるのかな?

 なんだか、無性に気になって仕方がないな。

 でもまあ、あの調子ならまた逢えるだろう、たぶん。

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