第19話 商人と孫 中編

 それから、数日が過ぎただろうか、道場の帰り道のことだ。

 セスとフルンの師弟コンビの他に、盗賊のエレンも一緒だ。

 最近はエレンも道場に顔を出す。

 手裏剣の修行をするらしい。

 先日の暴れ馬の一件で、セスの放った石礫に感服したので学びたいのだそうだ。

 盗賊は投げナイフが巧みなものが多いそうだが、エレンは弓に比べると、こちらは一段劣るという。

 飄々としているが、世事に長けるし腕も立つ。

 それにこうして鍛錬も怠らないのだから、感心するな。

 そんなことを考えながら路地を曲がると、エレンが耳打ちする。


「旦那、そのまま真っすぐいって、次の角で待っててよ」


 そう言うと、エレンは素早く壁をよじ登って、外壁の隙間に身を隠してしまった。

 どういうことだ?


「気になさらず、そのまま真っすぐお進みください」


 とセスも言う。

 言われるままに道を進み、更に曲がったところで、「ここでいいでしょう」とセスが歩みを止める。

 この辺りは大通りから離れて、人通りもない。

 一人だとちょっと怖いかな?


「しばらく静かに……」


 待つこと、三十秒。

 うわっ、と声が上がる。


「出てきていいよー」


 というエレンの声に様子を見ると、恰幅のいい爺さんが、エレンに背後から抑えられていた。

 何事だ?


「先程から我々をつけていたのです」


 なんとまあ。


「フルンは気付いてたか?」

「ううん、ごしゅじんさまは?」

「当然、気づかんな」

「だよねー」


 と笑い合う俺達の隣で、セスは顔色一つ変えずに尋ねる。


「ご老人。我が主に、何か御用か?」


 結構、迫力がある。

 以前もチンピラをあっけなくあしらってたしな。


「どっはっは、噂に違わぬよい従者をお持ちで。わしも腕に覚えはあったのですがなあ」


 と、老人は悪びれない。


「わしは中央通りで土木ギルドを構えておる、レオルドじゃ」


 名乗られたら、返さないとな。


「クリュウです、よろしく」

「なるほど、度胸も座っておる。そこらの三流貴族の青瓢箪とはわけが違うのう。さすがは紳士殿」


 顔は笑ってるけど、目は笑ってないな。

 ちょっと怖いぜ。


「レオルド殿、して我が主を付け回した理由は?」


 セスが一歩前に出る。

 頼もしいなあ。


「ここで立ち話もなんじゃ、ぜひ儂の別宅までお付き合い願いたいが、いかがか?」


 どこに連れて行こうというのか、この爺さんは。

 セスは無言で頷いた。

 まあ、大丈夫なんだろう。


「いいでしょう、では、お邪魔させていただきましょう」


 レオルドと名乗る老人の案内で、彼の隠宅とやらに案内された。

 街の外れにある、レンガ造りのこじんまりした屋敷は、よく見ると細かく手の行き届いたものだとわかる。

 木々に囲まれて、心地よい風が通り抜けていく。

 なるほど、こんなところで隠居暮らしってのは、良さそうなものだな。

 お茶を出してくれたのは、普通の人間の女中だった。

 メイド服を着ていると見ただけではホロアと区別がつかないので、あとで確認したわけだが。

 金はありそうだが、それだけではメイド族を従えられるわけではないらしい。

 土木ギルドの長を名乗るこの老人は、開口一番こういった。


「儂の孫娘を、お主の従者に貰ってはいただけぬか」


 また、突然な話だな。

 今いる従者も、出会いは大半が突然だったが。


「これ、アフリエールを呼んで参れ」


 老人が家のものに告げると、奥から娘が出てきた。

 みると、先日の長耳美少女だ。


「暴れ馬に助けられたそうで、まずは礼を言いたい。これが我が孫娘の、アフリエールじゃ」


 紹介された娘は、いつぞやと同様、顔を真赤にして頭を下げる。


「紳士様……先日は…その、危ないところをありがとうございました」


 アフリエールね、良い名前じゃないか。

 これだけの美少女を貰うことにはやぶさかではないが……、ホロアと違って、そう簡単に決めていいものなのか?

 俺が戸惑っていると見たのか、レオルドはあとを押すようにこう言った。


「これが是非にというのでな」


 あれか、とかいう奴か。

 都市伝説かと思ってたよ。

 こんな美少女が俺をねえ。


「ひとつ、儂自ら確かめてみようと思ったが、良い従者を持っておる」


 それなりに社会的地位のある人物のようだが、自分一人で付け回すとは、よほどの自信家なのだろうか。


「この子のことを話せば長くなるが……」


 と、レオルドは語り出す。


 実際、長かったのでかいつまんで言うと、彼の三男が庶子で、継母と折り合いが合わず家を出た。

 それがプリモァ族の女と家庭を持ち生まれたのが、この長耳美少女のアフリエールなんだそうだ。

 その息子夫婦が亡くなり、孫を引き取ったのは前年のことで、やはり祖母と打ち解ける事ができず、鬱々と過ごしていた所、先の暴れ馬の事件で助けられた紳士、つまり俺のことをたいそう気に入って、文字通り恋わずらい乙女となって、食事も満足に喉を通らない有り様だそうだ。

 俺も罪作りな男だな。

 そうやって説明されている間も、俯いて顔を真赤にしている。

 かわいいじゃないか。


 ところで、土木ギルドの長といえば街の顔役で、詳しくは知らなかったが、たしかにレオルドには貫禄が合った。

 たとえ俺が断ったところで、あの手この手でゴリ押ししてくるタイプだといえる。

 そもそも、俺に断る理由はないのだ。

 くれるというなら、貰っておこう。


「彼女が、それを望むなら」


 と付け加えて、承諾するとレオルドはたちまち破顔して、俺の手をとった。

 そうして喜ぶ姿は、孫の幸せを願う、普通の老人なんだけどな。

 もちろん、当のアフリエールは、ますます顔を赤くして俯いてしまう。


「じゃが、ひとつ問題が合ってな」


 あ、やっぱり?

 そんなにうまくいくはずはないと思ってたんだよ。


「わしの連合いが、これもアフリエールの父親を追い出す形になったことを、今では悔いておるようじゃが、それでもやはりそうした孫と暮らすのはいたたまれんのじゃろう。懇意にしておる、さる貴族の家に行儀見習に出す手はずを勝手につけておってな」


 体よく追い出すわけか。


で嫁に出すわけにも行かぬ。箔をつけていずれは誰ぞの従者に、というつもりだったのであろう。そのことには異存はなかったのじゃが……」


 まあ、俺の従者にと言ってくるぐらいだしな。

 しかし、なぜ嫁はダメなんだろう。

 聞くのも恥ずかしいんだけど、どうしたものか。

 アンかデュースがいれば、それとなく助け舟が出るところだが……。


「そちらは断れば済む話じゃが、連れ合いのほうがな、孫を従者に出す相手は自分が見極める、などと言い出してな。早い話が、一度、わしの連れ合いと会うてはくれぬか」


 勝手な話だとは思うが、老人のそういう偏屈さはよくある話だ。

 とって食われるわけでもあるまい。


「恥ずかしい話じゃが、わしも入婿でな。未だに頭が上がらんのじゃよ、がはは」


 しばらくして、老婆が案内されてきた。

 同時にアフリエールの表情が硬くなる。

 たしかに、あまりうまくいってないようだな。

 父親と祖母の確執があったのなら、仕方がないか。

 レオルドの妻は年の割に背筋のピンと張った、いかにも厳格そうな婆さんだ。

 しかも、眼鏡をかけてる。

 初めての眼鏡っ娘がこれかよ!


「紳士様、年寄りのわがままにお付き合いくださり、ありがとうございます」


 そう言って頭を下げると、じっと俺の目を見つめる。

 こちらも別の意味で貫禄があるなあ。


「確かに、この子が参るのも無理の無い、ご立派なお方とお見受けします。私からお願いしたいことは唯一つ、ズドウ山の中腹に実る、アシトバの実を摘んできていただきたいのです」


 お使いイベントか。

 その山も実も聞いたことがないのだが、かぐや姫並みの無理難題じゃないだろうな?

 ちらりとセスやエレンの様子を見るが、よく知らないらしい。


「紳士様であれば、いずれは試練に赴かれるのでしょう。孫をお譲りするとなれば、それにふさわしいお力をお持ちかどうか、不安になるのも人情というもの。どうか、老い先短い年寄りのわがままと、お許し下さい」


 つまりは、力試しというわけか。

 まあ、ダメならダメで、その時考えよう。

 了承した旨を伝えると、老婆は慇懃に頭を下げて出て行った。


 屋敷を去り際に、ふと気を引かれて二階を見ると、アフリエールがいた。

 カーテンに身を隠すようにこちらを見ている。

 夕暮れ時で、顔はよく見えないが、軽く手を振ると、あちらも恥ずかしそうに振り返した。

 なるほど、こういうのもいいじゃないか。

 ちょっと頑張ってみますか。

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