第17話 色欲の塔 後編

 不思議空間トラップに引っかかって仲間とはぐれた俺は、どうにか出会えたペイルーンと二人で、色欲の塔をさまよっていた。


「ねえ、みんなの気配は感じない?」


 紳士の能力かどうかは知らないが、自分の従者たちの気配のようなものが離れていてもなんとなくわかる。

 たしかに近くにいる。

 いるんだけど……どこかわからない。

 なんだか気配がフワフワとしていて、どうにもつかみどころがない。


「しょうがないわね。とにかく、歩きましょう」


 と歩き出そうとするペイルーンを呼び止める。


「どうしたの?」


 さっきはフルンの手をつないで歩いていたにもかかわらず、いつの間にかはぐれてしまった。

 こうして二人で歩いていても、またはぐれるんじゃなかろうか?

 その旨を伝えると、


「なるほどね。といっても、手をつないでいてダメだとなると難しいけど……」


 そう言ってペイルーンは腰に下げたロープを解く。

 十メートルほどの長さがある。


「お互いの体をつないでおきましょ。これでだめならお手上げだわ」


 三メートル程の余裕を持って、腰のあたりをロープで結びつけた。

 あまり近すぎても戦闘で困るしな。

 そうして探索を始めると、先ほどの一本道とは打って変わって複雑な迷路が広がる。


「また、地図を書くだけ無駄なのかしら?」


 とペイルーンはキョロキョロしながら、そうつぶやく。

 一応書くだけ書いてみるかと、鞄を漁るうちに気がついた。


「あれ、明かりを持ってないのに見えてるぞ?」

「何をいまさら言ってるのよ、このフロアに入ってから、ずっと天井が光ってるでしょ」


 見るとピカピカの通路は、天井が光っていた。


「なんだこりゃ」

「遺跡とかにはこういうのがよくあるのよ。ちゃんと周りを見なきゃだめよ」

「まったくだ、気をつけよう」


 そうして、あてもなく歩いていると、エレンとフルンがいた。


「うわーん、ごしゅじんさまー!」


 半泣きですがるフルン。


「よしよし、すまなかったな」

「うん、もう平気!」

「それにしても二人共、無事でよかった」

「それはこっちのセリフだよ。旦那に何かあったらどうしようかと思ってたけど、どうやらなんともなかったみたいだね」


 とエレン。

 死にかけたけどな。

 二人をロープでつないで、再び探索を始める。

 それにしても、敵も出ないしなんなんだ、ここは。


「試練の塔には、神様の仕掛けた様々なトラップ、つまり文字通りの試練があるそうよ。これもそうなんじゃないかしら?」


 とペイルーンは言う。


「しかし、ここって色と欲を満たす試練なんだろ?」

「そうね。でも、本当にそうなのかしら?」

「どういうことだ?」

「あるいは、欲望に流されないことで、解ける試練なのかもしれないわよ、これは」

「ははあ、つまり目の前の餌に釣られるとだめという寸法か」

「私達は倒した魔物もスルーしてたじゃない。だからこそ、この試練に入ったのかも」

「なるほど。となると、ここを抜ける秘訣も禁欲か?」

「わからないわ。前提が間違ってるかもしれないし」

「頼りないな」

「目先の方針が立たないなら、とりあえず本来の目的を果たそうよ」


 とエレン。

 それもそうだな。

 つまりは指揮の訓練だ。

 じゃあ、こういう場合は……。

 エレンを先頭にして、俺とフルンがつづき、殿がペイルーン。


「よし、これで行こう、どう進むかはエレンに任せる」

「うん、いいんじゃないかな。じゃあ、適度に距離をとってついてきてよ」


 エレンは慎重に歩を進める。

 何も考えずに練り歩いてた俺とは大違いだな。

 時間にして三十分ほどだろうか。

 なにも起きないまま進むと、小部屋に出た。

 五メートル四方ほどの部屋で、中央に小さな石像がある。

 もしかして、これがデュースの言っていたスイッチか?


「気をつけてよ。ああいうわかりやすいものの側に、わかりにくい罠を仕掛けるのが定番だからね」


 なるほど、こわいな。

 まずはエレンに任せよう。

 エレンは一歩ずつ確かめるように石像に近づく。

 幸いなことに、罠はなかったようだ。


「さて、どうしようか」


 エレンが首をひねる。

 近づいてみると、石像は羽の生えた悪魔のような少女をかたどっていた。


「オーソドックスな魔族のようだけど、幼い割には体つきに妙に色気があるし、淫魔かな? ここにはふさわしい像だと思うけど……」

「なるほど、これに何かするのか」

「やっぱりあれじゃないかな、旦那がこの像で致すとかそういうの」


 それはどうかと思うよ、エレンさん。

 うーん、しかし見てるとムラムラくるな。

 いかんいかん。


「デュースは破壊しろって言ってなかったっけ?」


 エレンの言うとおり、俺もそれを考えていたが、間違ってたら取り返しがつかないよな。


「まずは私が調べて見るわ」


 なるほど、ペイルーンは考古学者だったな。

 こういうのの調査はお手の物か。


「うーん、そんなに古くはないわね。たぶん……これ、石化された魔族よ」


 石化!

 確かにファンタジーっぽくはあるが、こうして目の当たりにするとにわかには信じがたいな。


「じゃあ、生きてるのか?」

「わからないわね。こんな綺麗なポーズで石化されたなら、すでに死んでたのかも。石化された動物とかって、もっと苦悶の表情を浮かべてるもんだし」

「それはそれで悪趣味だな」

「もし、生きてるなら石化を解く鍵があるはずよ」

「具体的には?」

「そうね、例えば……王子様のキス、とかね」

「なるほど」


 まあ、やってみるか。


「アンが居なくて良かったね」


 エレンが冷やかす。

 確かにこの姿はあまり見せたいものではないな。

 石像に近づき、そっと唇を重ねる。

 なんだか、イケナイ気分になってきたぞ。


「何も起きないね」


 とエレン。


「そうでもないようよ」


 そう言ってペイルーンが指さすと、しゅわーっと泡と煙を立てて、石像がみるみる溶けていく。

 その下から、褐色の肌が現れた。

 ちょっと身震いして、金色の髪が揺れる。

 最後にわずかに光ると、石化少女はゆっくり目を開けた。

 もちろん、俺達は警戒を怠らない。

 エレンは弓に手をかけ、ペイルーンは手に札をもつ。

 俺とフルンも剣を構える。

 石化が解けた魔物娘は、しばし呆然としていた。

 状況が理解できていないのか。


「おい、大丈夫か?」


 声をかけてみる。


「……」


 何もしゃべらないな。


「……?」


 キョロキョロしてる。

 俺と目があったぞ。


「っ!」


 あ、顔を赤らめた。

 なんか可愛いぞ、こいつ。


「き、貴様か」

「はい?」

「貴様が妾の封印を解いたのか!」

「そうみたいだな」

「こ、こんな間抜けヅラが……」


 酷い言われようだな。


「ごしゅじんさまは間抜けヅラじゃないよ! すけべヅラだけど!」


 フルン君、それはフォローになってないぞ。


「認めぬ、認めぬぞー!」


 そう叫ぶと、魔物は飛び上がり、すっとかき消えた。

 と同時に、空間がぐらりと歪んで……俺は気を失ってしまった。




 目覚めると白いモヤに包まれている。

 久しぶりのアレか。


「フラれたのう、主殿」

「まだわからんだろう」

「目覚めのキスは王子様と、相場が決まっておるのでな」

「紳士様じゃだめかな」

「貫禄が足りんな」


 左様でございますか。

 はあ、それにしても、なんだかここは落ち着くな。


「じゃが、多少は揃うたか?」

「すでに持て余し気味なんだけど」

「甘えてはいかんぞ、お主は……紳士なのじゃからな」


 たまらんな。

 そういえば、


「この間は助かったよ」

「そうそう、それじゃ。そういうマメさに、女は弱いのじゃ」

「そうかな?」

「ほれ、はよう戻れ。皆が待っておる」


 はて、この間ってなんだっけ?

 俺は誰と話してたんだ?

 なんだか……暗いな、そして眠い。


「ご主人様、ご主人様!」


 むにゃむにゃ、もうちょっとだけ……。


「起きてください、ご主人様!」

「のわっ!」


 激しくゆすられて目を覚ます。

 そうだ、ここはどこだ!

 みんなは無事か!?

 慌てて問いただすと、


「はい、全員揃ってますよ」


 アンが涙目で俺の顔を覗きこんでいる。

 ああ、またやっちまったか。


「ご主人様ー、申し訳ありませんー、私としたことがこんなことにー」


 デュースが乳を揺らしながら何度も頭を下げる。

 だが、全員無事なら問題ないよ、気にするな。

 そう言い聞かせると、デュースは、


「ううぅ、私も修行のやり直しですー」


 と言った。

 アン達三人は、どこか別の小部屋で閉じ込められていたらしい。

 脱出の手段を探すうちに、トラップがとけて、こうしてみんな集まったそうだ。

 なんだったんだろうな、いったい。


「とにかく、今日のところは引き上げましょう」


 そういえば、あの魔物娘はどうしたんだ?

 帰りの馬車で、ふと思い出して訪ねてみると、


「気がついた時には、いなかったよ」


 とエレン。

 ちょっと好みだったのにな。

 まあ、仕方あるまい。

 さっき言われたとおり、俺に貫禄が足りないんだろう。


 ……はて、誰に言われたんだっけ?


 どうも最近、物覚えが悪いな。

 まったく、先が思いやられるぜ。

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