第16話 色欲の塔 前編

「ぎにゃあああああっ!」


 俺は恥も外聞もなく叫びながら逃げる。

 背後から迫るのは、巨大な石。

 いわゆるローリング・ストーンのトラップだ。


「ごごごご主人様、あそこ! 右! 右!」


 隣で顔をひきつらせて走っていたペイルーンが叫ぶ。


「ぐおおおおっ!!」


 間一髪、横っ飛びに脇道に飛び込んで、九死に一生を得た。


「はぁ、はぁ、はぁ……大丈夫か、ペイルーン」

「ま、まあね。ご主人様も大丈夫そうね」

「おう」

「みんなは無事かしら?」


 俺とペイルーンはピカピカの通路で途方に暮れていた。

 なぜこんなことになったかというと……。


「実地訓練ということでー、色欲の塔に行きましょー」


 とデュースが言うと、アンが渋い顔をする。


「あそこはご主人様にはふさわしくないのでは?」

「清濁併せ呑むのもー、一流の紳士というものですよー。貞操は我々が守ればよいのですー」

「それはそうですが……、ボズに出来たという新しい塔はどうです?」

「話は聞いてますけどー、片道二日はかかるので訓練にはちょっとー」

「たしかに……」

「それに一番近いという神殿の洞窟はアヌマールがでたというのでー、封印されてるそうじゃないですかー」


 そうなのだ。

 先日のセスが死にかけた事件は、実は大事になっていた。

 あのアヌマールという魔物は、魔界の深淵に住むという、それはそれは恐ろしい魔物らしい。

 並の冒険者では遭遇しただけでおしまいだそうだ。

 俺達はよほど運が良かったらしい。


 だが、その結果、あの洞窟は入口周辺を残して、封鎖されてしまったのだ。

 魔物の住む洞窟というのは、遥か地下で魔界につながっているのだという。

 そういう洞窟ならいくらでもあるのだが、あのような強力な魔物が登ってくる洞窟は、他の魔物もつられて大挙して押し寄せてくる可能性があり、結界をかけて封印しなければならない。

 いずれは名のある勇者や英雄が乗り込んで、安全を確保するまでは、俺たちじゃあ潜れないそうだ。

 そこで、騎士団が総出で乗り出して物理的に封鎖したそうだ。

 先日の山賊狩りは、その件の合間のことだったそうだが、それであの大乱闘なんだから、バダム翁の苦労も知れるというものだ。


「ご主人様にはー、場数を踏んでいただかなければなりませんしー、それにあの塔は初心者向けですからー、ちょうど良いですよー」

「確かに……、わかりました。では、計画を立てましょう」


 ということで、待望の色欲の塔に行くことになったのだ。

 はてさて、どんな色っぽい魔物が……じゃなかった、修行だよ修行。

 俺は修行しに行くんだ。


 朝一の駅馬車に揺られること一時間。

 痛む尻をさすりながら馬車から降りると、人が大勢居た。

 冒険者がうじゃうじゃいる。

 屋台のような出店もいっぱいある。

 朝から娼婦が客を引いている。

 中には半裸の魔物っぽい娘を抱きかかえて練り歩くものもいる。

 まさに色と欲の塊だな。

 たしかにこれは教育上よろしくない。

 特にフルンにはまだ早い!

 そう思ってフルンを見ると目を丸くしてこういった。


「ねえねえ、ごしゅじんさまの大好きなおっぱいがいっぱいだよ。よかったねえ」


 よかったねえ、じゃありませんよ、フルン君。


「まあまあ、とにかく行きましょー。はやく行かないと混みますよー」


 とデュースに背中を押される。

 たしかに、後から後から人が増える。

 中央にそびえ立つ試練の塔とやらを中心に、それを取り囲むように屋台やバラックが並び、冒険者とそれ目当ての商売人が大量にいるのだ。

 まるで祭だな。


 急ぎ足で塔に近づく。

 古めかしい石造りの塔は、都心の高層ビルほどは有るサイズで、貫禄がある。

 どうやって作ったんだろう?

 デュースに聞いてみると、


「試練の塔はー、ある日突然地面から生えてくるんですよー」

「生えるのか、凄いな」

「とにかく入ってみましょー」


 色欲の塔というからには中は酒池肉林の体液まみれなんじゃ……、と思ったが、そうでもなかった。

 石造りで整然と通路が伸びている以外は、前の洞窟とさほど変わらない。

 そこをしかめ面の戦士たちが行き来している。

 それに混じって、女の冒険者も結構見かけた。

 そういう趣味なのか?

 それともオスの魔族とかもゲットできるんだろうか。


「ここは特に財宝も出やすいんですよー。それ目当てですねー」

「いいことずくめじゃないか」

「財宝は上の方まで行かないと出ないので、必ずしもいいとはいえませんがー」

「そんなもんか」

「この辺りは混んでるので、上に行きましょー。下調べによるとー、四階あたりがベストですよー」


 途中、何度か色っぽい魔物だか魔族だかと遭遇した。

 指揮の訓練のはずが、どうにも気になって集中できない。


「雑念は常につきものですよー、それに迷わないのもリーダーに必要なスキルですよー」


 デュースの言葉はいちいちもっともだが、襲いかかる巨大なおっぱいに、俺はどう立ち向かえばいいのか。

 さっき倒した紫肌のムチムチねーちゃんも、太いしっぽをくねらせながら、俺に媚びてきたが、結局そのまま逃してしまった。

 だって、アンが怖いんだもの。

 ご主人様って大変だな。


 そうやって進む内に、五階まで登ってきた。

 デュースは事前に用意した地図を見ながら案内する。


「この先に詰め所があるので、そこで休憩しましょー」

「ダンジョン内にそんなものがあるのか。便利だな。」

「一度に遠征するのは難しいですからねー。兵力をおいて拠点を作り、橋頭堡を築くわけですよー」


 なるほど。

 ここまで登るだけでも、大変だもんな。

 拠点には五組ほどのパーティがいて、休養をとっていた。

 それらを横目に、俺達も軽食をとる。


「最初はどうなることかと思いましたが、なかなか良くなってきたのではないでしょうか」


 アンの刺もとれて、いつもどおりになってきた。

 確かに、多少はイケてる気がする。

 もっとも、現状ではとやかくいうことがあまりないのだが。


「そういうものですよー。基本的にはみんなを信じて、でーんと構えておくものですー」


 確かにな。

 口うるさい上司は、嫌われるものだ。

 五階にはあまり敵がいないので、まっすぐ六階に向かう。

 ここまで来ると、冒険者の数がぐっと減る。

 大丈夫なのかな?


「事前情報から判断すれば、大丈夫かと」


 そう言いながらも、先頭のセスは警戒を怠らない。

 隣ではエレンが弓を片手に、同じく慎重に進んでいる。


「今のところ、罠も見当たらないね。少ないと言っても、この辺は毎日冒険者が通ってるから、さすがに罠は残ってないだろうけど」


 とのエレンの言葉にデュースが釘を刺す。


「油断してはいけませんよー、試練の塔のトラップは神が仕掛けたものー、いつ復活するかわかりませんよー」

「そうだった、僕としたことが。ばっちり見張るから、罠は任せてよ」


 そうして進むこと一時間。

 何故かばったり敵と出会わなくなってしまった。


「気配も感じませんね」


 とセスも言う。


「うーん……、トラップにかかりましたねー」


 とデュース。


「そうなのか?」

「地図とあいませんー。ここはおそらくー、の中に閉じ込められているようですー」

「またそんなけったいな」

「初歩的……とは言いがたいですがー、たまにあるトラップですねー」

「僕は全然気が付かなかったなー」


 エレンが不審そうにつぶやく。

 罠は任せろと言った手前、認めがたいのかもしれない。

 だが、そういうのは良くないぞ。

 と何か言おうとしたら、デュースに先を越された。


「このトラップはー、精霊力の微妙な変化を捉えるしかないのでー、私の受け持ちでしたー。この難易度の塔であるとは予想してませんでしたー。もうしわけないですー」

「そんなにやばいトラップなのか?」

「危険度は不明ですが回避しづらいのでー、そう言う意味では難しいですねー」

「で、結局どうすりゃいいんだ?」

「塔で課される試練にはいろんなタイプがありますがー、この手の物はたいていどこかにスイッチがあるはずですー。石像を破壊とかレバーとかー、そういうパターンが多いですねー。それで結界が解けて元に戻れますー」


 俺達は虱潰しにスイッチを探すことにした。

 だが、なかなか見当たらない。

 リアルタイムに空間が歪むようで、地図を書いてもあてにならない。

 難易度高すぎだろう。


「とにかくー、はぐれないようにしてくださいー。もしはぐれたら、一人ならその場から動かないでくださいねー、必ず仲間が迎えに行きますからー、二人以上なら、状況に応じて他を探してくださいねー」


 はぐれて一番やばそうなのは、フルンか。

 俺もだけど。

 よし、手を握ってやろう。


「おててつないで、お散歩みたい!」


 はしゃぐ姿は可愛いが、遊びじゃないからな。

 気をつけろよ。


「とにかくー、はぐれないようにしてくださいー。もしはぐれたら、一人ならその場から動かないでくださいねー、必ず仲間が迎えに行きますからー、二人以上なら、状況に応じて他を探してくださいねー」


 デュースが何度も同じアドバイスを出す。


「とにかくー、はぐれないようにしてくださいー。もしはぐれたら、一人ならその場から動かないでくださいねー、必ず仲間が迎えに行きますからー、二人以上なら、状況に応じて他を探してくださいねー」


 まただ。


「とにかくー、はぐれないように……」


 同じセリフを聞く度に、同じ所を歩いている気がする。

 どうなってるんだ。

 嫌な汗が流れて、俺は汗を拭う。

 あれ?

 この手はさっきまでフルンの手を握っていたんじゃ……。

 振り返るとフルンはいない。

 フルンだけじゃない。

 他の誰もいなかった。


「なんじゃこりゃー!」


 思わず叫びそうになって、慌てて口をふさぐ。

 だめだ、冷静になれ。

 道は一本道だ。

 どこまでも続く一本道。

 いやいや、おかしいだろ?

 たしかに大きな塔ではあったが、こんな先が霞んで見えないほどでかくはなかった。

 しかも、石造りのはずの通路はピカピカの金属質なものになっている。

 なんじゃこりゃ。

 デュースはなんて言ってたっけ?

 一人なら動くな、か。

 だけど、全員がバラバラだとどうするんだ?

 他のメンバーはともかく、俺だけはリーダーとして探すべきなんじゃないのか?

 どうする、俺。

 だが、状況は俺に悩む時間をくれなかった。

 ゴゴゴゴ……。


「なんだ?」


 振り返ると、壁が迫ってきた。

 いや、壁じゃない、巨大な石のボールだ。

 冒険モノの映画なんかでよくあるアレ。

 まさが実際にあれに追いかけられることになるとは。

 俺は走った。

 メロスもかくやといわんばかりに走りまくった。

 途中、何度か曲がり角を曲がったが、その度にボールはこちらに向かってくる。

 ひどい!

 それでも必死になって次の角を曲がったところで、何かにぶつかった。


「あいた! なにすんのよ、ってご主人様!」

「ペイルーンか!」

「よ、よかったー、会いたかったわ」

「そ、それどころじゃない、逃げろ!」

「え?」


 角から覗くと、すぐそこまでローリング・ストーンが迫っていた。


「ひ、ひぃ!」


 再び逃げ出す俺たち。

 ……そうして走り続けて、どうにかローリング・ストーンを回避したところなのだった。


「で、どうするの、ご主人様」

「そりゃ、みんなを探すしかないだろ」

「それもそうね。よし、呼吸も整ったし、行きましょ」


 ペイルーンとともに、俺は他の従者を探して、さまよい出すのだった。

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