第15話 日常

 朝、目を覚ますと、腕の中にふわふわで温かいものがある。

 撫で回しているとふにゅーんと甘い声をあげる。

 ほんの数日ですっかり元気になった犬耳娘のフルンだった。


「ごしゅじんさま、おはよーございます」

「おはよう、よく眠れたか」

「うん、ゆうべはいっぱい可愛がって貰って、嬉しかった!」

「そうかそうか、かわいいやつめ」


 巫女のアンと侍のセスはすでに起きて炊事と洗濯に勤しんでいた。

 盗賊のエレンは何やらナイフを研いでいる。

 錬金術師のペイルーンと魔導師のデュースは、まだ寝ていた。

 朝は大体こんな感じだ。

 さて、今日も一日がんばるか。


 日課の朝練を終えて、揃って食事をとったあと、アンとペイルーンはいつもの様に商品の仕込みに。

 デュースは表に出ておみくじを売る。

 最近は朝一の店番担当だ。

 セスは今日からフルンに稽古をつけるようだ。

 俺はやることがないのでエレンとイチャイチャしてみた。

 九時過ぎには少し客足が途絶える。

 ぼーっと、表で売り子をするデュースの大きなおしりを眺めていると、セスにしごかれ、水を浴びて素っ裸のままフルンが飛び込んできた。


「おわっ、お前ちゃんと拭きなさい。風邪ひくぞ」

「ねえねえ、セスってすごいんだよ、ずばーっとやって、がばーっとやるの」

「お前も早くあれぐらいできるようになるといいな」

「うん、がんばる!」


 体を綺麗に拭いてやって、そのまま抱っこする。

 かわいいなあ。


「おみくじかんばーい」


 そこに一仕事終えたデュースが入ってきた。


「今日は早いな」

「お客さんも多かったですよー」

「どれ、それじゃあ店番変わるか」


 と腰を上げると、フルンも、


「わたしも店番するー」


 と慌てて服を着始めた。

 セスにしごかれたあとで、よく動けるなと感心するが、俺がヘタレなだけかもしれない。

 商売の秘訣、なんてものは知らないが、学生時代に小売店でバイトした経験から言うと、値札一つとっても大切だ。

 値段の他に、効能などのセールスポイントを添えておくとわかりやすい。

 それだけでも手にとってくれる確率が上がる。

 馴染みの客ほど同じ物しか買わないことが多いが、そういう人にも新商品をアピールする効果もある。

 相手に応じてのセールストークも重要だが、これはあくまでだめ押しの一手だ。

 トークだけで無関心のもの、必要のないものを買わせるのは、それこそ啖呵売のような高度な技術がいる。

 幸い、うちは冒険者向けの消耗品を扱っているのだから、ターゲットは絞られている。

 あとは最低限、商品知識を身につけておく。

 客の質問に答えられないようでは、売れるものも売れなくなるからな。


 店番をしながら、新しいポップを書いていると、いつぞやの女戦士の二人連れがやってきた。


「こんにちはー、あら、かわいいわんちゃん」

「いらっしゃいませー、なにをお求めですか?」

「赤札を十枚ちょうだい」

「かしこまりましたー」


 フルンが御札を一枚ずつ丁寧に数えだす。

 その間に世間話をする。


「今日は遅めですね」

「そうなのよ、すこし遠出しようと思って。しばらく戻らないから挨拶にね」


 たしかに、いつもより荷物が多い。


「それはそれは、お気をつけて。ちょっと待ってください、アンを呼びますから」


 顔を出したアンと女戦士は、何やら新しい塔について話しているようだ。


「じゃあボズに?」

「うん、新しい塔ができたらしくて、様子見にね」

「噂は聞いています。戻ったら詳しく教えて下さいね」

「任せといて」


 そこでフルンがアンに袋詰した御札を手渡す。


「御札用意できたよ」

「ありがとう、フルン。では、こちらを。あとおまけにこれを」


 女戦士二人は去っていった。

 相変わらずいい尻だ。


 試練の塔といえば、一番近いところに色欲の塔というのがあると言っていたな。

 メスモンスターを倒してどうこうって、結構ときめくんじゃないですかね?

 気になるな。


「試練の塔か、うちも一度ぐらいチャレンジしてみるべきなのか」


 それとなく口にすると、アンがジト目で、


「雌の魔族目当てですか?」

「いやいや、そんなことは言ってないだろう」

「顔を見ればわかります」

「やはりだめか」

「だめではないんですけど、私達と違って、魔族はその……誰にでも股を開くといいますから、そういう人と一緒にお仕えするのは……。パートナーと死に別れたとか、そういう場合であれば別ですけど、貞淑さは従者の基本ですよ」


 まあ、わからんでもない。


「だが、他にも塔はあるんだろう?」

「近場には今まで例の色欲の塔しかなかったのですが、新しいのができたそうなので、それにチャレンジしてみるのもアリですね」

「ふむ、となると情報待ちか」


 それでおまけまで付けてお願いしていたのか。

 やはりアンは気が利くなあ。


 午後からは、アンが店番に立つ。

 ペイルーンとデュースは工房に出向いて、何やら調べ物をするそうだ。

 俺とセスはフルンを連れて道場に向かう。

 エレンはついてくるかと思えば、アンと一緒に留守番するらしい。

 ほとぼりが覚めるまでは、家でおとなしくしているそうだ。

 殊勝な心がけだが、そのうちまたなにかしでかすつもりじゃないだろうな。

 まあ、信じてやるのも甲斐性だ。


 二人に送り出されて、道場に向かう。

 いつものように高弟たちにしこたましごかれる。

 どうも俺だけ手厳しいと思っていたが、どうやらみんなのアイドルだったセスを俺が貰ってしまったので、妬まれているらしい。

 気持ちわかる。

 だが彼女は俺のものなのだよ、ハハハ。


 セスは道場主のヤーマにフルンの指導方法を相談していた。

 気陰流はどちらかと言うと力より技で押すタイプなので、パワー型のグッグ族に向くのかどうか不安があったらしい。

 だが、かつての同門にはグッグ族のものもいたそうだ。

 力と技が合わされば、人では及ばない境地に至れるのだとか。

 それを聞いて、セスは自分の持てるものをすべて教える気になったようだ。

 俺の修行も忘れずにな。


 帰り道、散歩がてらに市場をのぞいて帰る。

 屋台のウマそうな匂いにフルンが釣られるが、買ってやるほどのお小遣いはないのだった、ゆるせ。

 と思ったら、セスが懐からお金を取り出した。


「アンがこれで何か食べさせるように、と」


 なんて気の利くメイドだ。

 俺にはもったいないぜ。

 誰にもやらんけどな。


 回転焼きのような焼き菓子を三つ買って歩きながら食べる。

 フルンはいたく気に入ったようで、あっという間に平らげてから、エレンの分まで食べちゃった! 半分こしなきゃだったのに!

 と騒ぎ出した。


「大丈夫だよ、エレンにはこれをやろう」


 とまだ手を付けてない俺のぶんを渡す。


「でも、ごしゅじんさまは?」

「俺は甘いのは苦手でなあ」


 と適当な嘘をつく。


「あー、おじさんはそういうよね。村の人もお酒飲みながらみんなそう言ってたよ」

「そうなんだ」


 でも、おじさんは勘弁してほしいなあ。


「あ、でも、今はエレンだけじゃなくて、アンやペイルーンやデュースもいるから足りないよ」

「それもそうだな、じゃあ、まとめて買ってくか」

「うん」


 再び屋台に並んでいると、すっかり耳に馴染んだおっとり声が聞こえてきた。


「あらー、おいしそうなもの食べてますねー」

「私達の分も、当然あるのかしら?」


 ペイルーンとデュースだった。

 二人は朝から学園内に出向き、放浪者について調べていたらしい。

 つまりは俺のことだ。

 考古学者のペイルーンによると、そもそも放浪者という言葉が初めて出てくるのは、精霊教会の聖書のひとつ、創世記の中だそうだ。

 全知の女神ネアルの友であるパフ、あるいはパフィエと呼ばれる白髪の老人、彼が自らを放浪者と名乗った。

 彼の助けを得て、女神は世界を滅ぼそうとする異界の神を退け、この世界を守るべく自らと一族を楔として世界の根幹に打ち込み、世界を封印した。

 それによってこの世界は外界から守られ、平和になったという。

 そんな話を夕食のつまみに聞きながら、今日も豆を食べる。

 人数は増えたが、食事の総量はあまり増えていない。

 何も言わないが、アンやセスは少なめに食べている。

 俺が不甲斐ないばっかりに……。


「ほら、フルン、あなたはもっと食べなきゃだめですよ」

「うん、でも……おマメにがて……」

「栄養があるんだから、これをしっかり食べて、しっかり体とを大きくしてご主人様のお役にたってください」

「うん、がんばる」


 アンさん、その教育方針はどうかと思うよ。

 食事の後はいつもの様にご奉仕タイム。

 最近は全員にナニするのがちょっと辛くなってきた。

 十代の性欲の塊みたいだった頃ならともかく、三十過ぎると性欲って結構衰えてくるんだぜ。


「あの、ご主人様。別に毎日全員をかわいがっていただかなくてもいいんですよ。直接抱くのは一人か二人にして、日替わりにするとか」


 さすがはアン、よく気が利く。


「それじゃあ、そんな感じで」


 と、今日はペイルーンとデュースを同時にいただいた。


 ご奉仕タイムが終わるとフルンは早々に寝てしまう。

 だが、大人が寝るにはまだ早い。

 安酒片手に、まったりと夜を楽しむ。

 夜はまだ長いからな。

 あれこれ話すうちに、お金の話になった。

 世知辛いが、これもまた現実なのよね。


「やはり冒険でお金を稼ぐしかないのでしょうか」


 珍しくほろ酔い顔のアンがつぶやく。


「そうなあ、商売も頭打ちだしなあ」

「それもあるんですが、なにより、いつまでここに住めるかわかりません」

「そうなのか?」

「もともと、ここは見習い僧侶のための施設なんです。主人を得たら普通はそれに付き従って出て行きますから。ご主人様の場合は事情が事情ですから、引き続き使わせてもらってますけど、後輩になるホロアが出てきたら、明け渡さないと行けません」

「そうか、となるとますます早急に稼ぎ口を探さんとな」

「となると、やはり冒険しかないでしょう」


 ということらしい。

 そうだなあ、ぼちぼち本腰入れ無きゃダメか。

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