第13話 会議
ひとつわかったことがある。
俺は弱い。
まあ、普通の日本人としては当たり前なんだが。
それでも、ちょっと修行して、ちゃんばらのまね事を覚えていい気になっていたが、セスの件といい、先日の山賊といい、十分に身にしみた。
要するに、俺は今いつ死んでもおかしくない社会で暮らしてるんだという認識が、できてなかったんだな。
かと言って、俺がセスの域まで剣術を磨くのに、何年修行をすればいいのか?
一生かかっても無理かもしれない。
魔法に至っては、使うことさえできないじゃないか。
そんな俺が、これまでのような不甲斐ない状況に、再び陥らないために必要なのはなにか?
俺がとるべき最適な行動はなんだったのか、反省してみたわけだ。
ポストモーテムというやつだな。
うん、元IT屋っぽいカタカナ語が出てきたぞ。
要するに事後検証のことだが。
紳士というやつは、紳士の試練というのを受けるのだという。
そのためには、ちゃんと冒険者としてやっていける必要があるだろう。
それでなくても、思った以上にこの世界は危険が多そうだ。
ちゃんと死なないようにするだけでも、案外大変なんじゃなかろうか?
そんなことを、あれこれ悩んでみたが、よくわからない。
それでもしいて言えば、俺はこいつらのご主人様なんだよな。
つまり、戦闘に関して言えば隊長のようなものだ。
だから、俺がしなきゃならないのは、この可愛くて仕方がないメイドたちを、ああ、スクミズもいたな、その従者たちをいかにうまく使うか、のはずだ。
仕事で人を数人使ったことはあるが、剣術以上に戦闘指揮の経験などないわけで、それがわかったところですぐにどうなるというわけでもない。
それでも、注力すべきポイントを見誤っていては、努力も空回りするだけなんだよな。
という方針で、まずはアンに相談してみた。
アンは一応うちのメイド長、従者頭ということになってるようだし、他の従者もアンを立てているようだ。
従者のヒエラルキーはよくわからんし、特にうちで上下関係があるようにも見えないが、アンが一番リーダーに向いているようにはみえる。
そもそも、俺も何かあったらまずアンに頼っている気がするな。
やはり最初の従者というのは特別なんだろうか。
「紳士の試練に挑むときは従者のみが戦う。以前、そうお話したと思いますが、それはまさに、紳士の役目が従者の指揮者であるからなのです」
「ふむ」
「ですから、ご主人様のお考えは、まさに紳士にとって有るべき道を指していると思います」
「そりゃ良かった」
「日常においては、ご主人様は我々の主人として、十分になされていると思います」
「ご奉仕されてるだけの気もするが」
「ですが、戦闘においては……、正直、私にもわかりません」
「そ、そうか」
「まずはもっとも経験の豊富なデュースに相談してみるべきでしょう」
というわけで、昼前の暇な時間をとって、みんなで考えてみることにした。
会社が潰れてから、久しぶりの会議だな。
進行役はデュースだ。
「えーとー、まず、ご主人様の戦闘や冒険のご経験はー?」
「ないな、ここに来てからの数回分が全てだ」
「故郷の……えーとー、ニホンでしたっけー、そこではー、そういうことはなかったのでしょうかー? 三十年も生きていればー、戦争の一つも起きそうなものですがー」
たしかに、海の向こうではしょっちゅう起きてたけどな。
考えてみれば、恵まれた環境だったんだな。
「へー、そんなに平和を維持できる社会なんて、興味あるわね」
異世界に興味津々のペイルーンが割り込んでくるが、話がそれるのでまた今度な。
「うーん、結局は経験が全てだとは思うのですがー。本来、紳士を排出するような家柄は貴族などの支配階級が多いものですからー、幼少から軍事や内政においてエリート教育を施されているものなんですよー」
帝王学、ってやつか。
でもエリート教育ってのは実際効くんだよな。
そういうやつを大学時代に見てきたからよく分かる。
「ですが、ご主人様が望まれるなら、そのようにサポートするのが我らのつとめでは?」
と、セスが真面目っぽいことを言う。
セスはメガネが似合うと思うんだけど、この世界でメガネっ娘を拝んだことがないな。
凝ったガラス細工や金属加工品もあるから、メガネがあってもおかしくないんだけど。
っていかんいかん、俺が脱線してどうする。
「もちろんその通りですねー。では、まずは現状分析からしていきましょうかー」
まずはアン。
「私は巫女ですから、本来は神に祈りを捧げるのが仕事です。豊穣祈願や雨乞い、安産祈願などの仕方は心得ています。従者として見た場合、ご主人様が土地や領民を得てからのほうがお役に立てるでしょう」
「ふむ」
「戦闘向けということであれば、初歩の回復呪文が使えるだけです。これは擦り傷程度の怪我をなおし、痛みを緩和することができます」
次にペイルーン。
「私は錬金術師よ。おもに研究室で精霊石を錬成するのが仕事ね。これは営業資格を取らないと商売にできないのがネックね。規制が厳しいからこの街で新規に取るのは無理だわ、自分が使う分ならいいけど」
「そうだったのか」
「あとは初歩の薬草学も嗜んでいるわ。いつも作っている丸薬がそうね。即効性はそんなにないけど傷や病気、毒や疲労の回復に効果があるわ。本格的な探索においては、キャンプでサポートをする役ね」
「なるほど」
「あとは、剣が多少使えるけど、これはセスの足元にも及ばないわね。今のご主人様よりはマシだと思うけど。あと火炎呪文の初歩だけ。これはデュースに教わって、今後伸ばしたいとは思ってるわ」
次にセス。
「私は侍です。刀と槍、それに馬術もひと通り身につけています。ただし、呪文は一切使えません」
「侍なら神聖魔法はだめでも精霊術は使えるのでは?」
とアンが聞くと、
「そのとおりなのですが、私は不器用なので、ひたすら剣のみに生きてきました。今から呪文を修得するのはむずかしいかと」
たしかに、付け焼き刃は良くないよな。
俺のことだけど。
次にエレン。
「僕は盗賊だよ。スリは余興みたいなもんで、盗賊の本分は斥候さ。場所を問わずパーティに先行して状況を掴み、罠を解除したり、あるいは仕掛けたりしてパーティの行動を裏からサポートするのさ」
「なるほど、便利だな」
「あとは剣と弓も使えるよ。弓はちょっと自信があるかな」
最後にデュース。
「私は魔導師ですー。火炎と雷撃の呪文がひと通り使えますー」
「え、全部使えるの?」
と驚くペイルーン。
やっぱりすごいのか。
「一系統極めるだけでも、百年はかかるって言わない?」
「うーん、そうでしたっけー」
ごまかしてるな。
二系統で二百年か……。
聞かなかったことにしよう。
「補助系の呪文は苦手なので使えませーん」
「だいたいわかった。で、どうなんだ?」
とデュースに尋ねると、
「パーティとしては回復が弱いですねー。僧侶が欲しいですー」
それはわかる。
昨日のように、ずばっと傷が治るなら、重宝するだろう。
「補助魔法はあると便利ですけどー、まあ工夫すればどうにかー。それよりも壁役が居ないのが困りますねー」
「壁役?」
「私みたいな後衛の、文字通り壁になる人ですー。呪文を唱える間は無防備ですからー」
「なるほど。昨日、セスがやっていたようなやつか」
「そうですねー」
「それならセスでいいんじゃ?」
「私は、どちらかと言うと先頭で飛び込んで敵と斬り合うのが向いています。防御に徹するのは苦手です」
とセス。
そうなのか。
見ててもわからなかったけどな。
デュースは一度戦闘を共にしただけでわかったのか。
「目下の対策としてはー、この二点をいかに埋めるかですねー」
「なるほど、よくわかった」
「では、最後にご主人様おねがいしますー」
俺か。
何もないから相談してたわけだが……、いや、そうじゃないな。
俺にできることは……。
「お前たちに指示を出すことか」
「そのとおりですー」
ハナマルと言わんばかりの笑顔で、デュースが答える。
「我々ホロアは主人の命令には絶対服従ですー。もちろん何かの提案はしても、決定がくだされれば絶対に逆らいませんからー」
「絶対なのか」
「そうですよー。極論を言えば、死ねと言われれば死にますからー」
「物騒な話だな」
「これは指揮者の能力としてみた場合、決定的な利点ですよー」
「そうかも。だけど怖いな」
「ですからー、あとはご主人様が正しい指示を出せればいいんですよー」
「それじゃあ、問題が一周りして元に戻っただけじゃない?」
ペイルーンの言い分ももっともだが……、でもそうか、そうだわな。
別に銀の弾丸を求めてたわけじゃない。
今やることを再確認するのが目的だったんだから、これでいいんだ。
「うん、よくわかったよ、ありがとうデュース」
「それはよかったですー」
「え、わかったの?」
と驚くペイルーンに、
「ああ、俺はこれから、お前たちをうまく使う訓練をする。だからお前たちもそのつもりで頑張ってくれ」
「そりゃあもちろん……、って、ああ……そうね、そういう話だったわね」
「かしこまりました」
「仰せのままに」
「まかせてよ」
「頑張りましょー」
ペイルーン以外も納得したようだった。
うん、なんか絆が深まった気もするな。
がんばろう。
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