第12話 スクミズを着た盗賊 後編

 デュースと二人で、しばらく公園内を歩きまわっていると、数人の騎士が固まっているのが目に入る。

 周りには武装した兵士も控えていた。


「ぶっそうですねー」

「何事だ?」

「あそこにセスがいますよー、聞いてみましょー」

「そうだな。おーい、セス! どうした、なんの騒ぎだ?」


 近づきながら声をかけると、セスが振り返って返事をする。


「ご主人様、探しておりました」


 と同時に、隣の人物も声をあげる。


「おお、紳士殿ではないか」

「これは、バダム殿」


 騎士団指南役の老騎士バダムだ。

 俺とセスを引きあわせてくれた恩人でもある。


「今、お主のことを話しておったところじゃ。どうじゃな、セスはうまくやっておるか?」

「ええ、もちろん」


 バダムには、セスを貰い受けた翌日に挨拶を済ませておいた。

 道場主でセスの保護者代わりでもあったヤーマ同様、たいそう喜んでくれた。

 それだけ、セスは愛されていたのだろう。


「少々立て込んでおってな。しばし失礼」


 話を中断して、バダムは周りに控える騎士たちに指示を下していた。


「これはいったい?」

「それが……」


 セスの話では、この公園に山賊が潜んでいるらしい

 それを掃討するために、騎士団が乗り出したということだった。


 なんで街に山賊が居るんだよ、と思ったら、よそで討伐された山賊の生き残りだとか。

 盗賊ギルドとは無関係の、街のルールから完全に外れた連中というわけだ。

 俺の感覚だと、山賊と盗賊がどう違うのかわからないけどな。

 日本のヤクザのシマにチャイニーズヤクザが乗り込んできたので、抗争になる前に機動隊が出撃した、みたいな話だろうか?


「宿無しがねぐらにするのは黙認しておったのじゃがな、それを隠れ蓑に黒山羊団と名乗る連中が根城にするようになってのう」


 とバダム。


「もしかしてあの娘も?」

「それはわかりません」


 セスは首をふる。


「盗賊のホロアがー、無法者の慰み者になるというのもよくある話ですよー」


 おっとりした声でデュースに言われるとかえってどきりとする。


「でもー、契約済みなら体は光らないのでー、あの子は大丈夫ですねー」


 そりゃ良かった。

 良かったと思うってことは、俺はかなりあのスクミズ娘に執着しているんだな。


「ひとまず浮浪者を保護して、しかるのちにあぶり出すという作戦なんじゃが……」

「それじゃあ、山賊は逃げ出すでしょう」

「じゃろうな。とはいえ、街中の公園で派手にやりあうわけにもいくまい。後のことは考えてあるが……」


 突然、子供の泣き叫ぶ声が聞える。


「えれんー、えれんたすけてー」


 先ほどの犬耳娘が、騎士の先導で兵士に腕を捕まれ、連れられてきた。


「えれんーっ!」


 思わず駆け寄って問いただす。


「ちょっとまってくれ、その子をどうするんだ」

「あ、おじさん」

「その子は俺の友人なんだ、あまり乱暴にしないでくれ」


 騎士はいぶかしそうに見返したが、バダムの知り合いと知って、


「御心配はいりません。騎士団で保護したあと、本人の希望により、解放するか、施設に預ける事になります」

「大丈夫じゃ、紳士殿。儂が責任をもって預かる」


 とバダムも受け合うので、俺としては信用するしかあるまい。


「大丈夫だ、この人たちに任せておけば良くしてくれるよ。えーと、名前は何だったかな」

「……フルン」

「そうか、フルン。いい子だから今はおとなしく、な」

「エレンは? エレンはどうなるの?」

「大丈夫、エレンも後で一緒に……」

「あぶないっ!」


 そこで突然、セスが俺の前に割って入る。

 と同時に、目の前の地面に矢が突き立った。


「この唐変木、フルンをはなせ!」


 どこからか飛び込んできたさっきの盗賊娘エレンが、兵士を突き飛ばしてフルンを奪い去る。


「なんじゃ、あの娘は」


 驚くバダムに、隣の騎士が説明する。


「あれは赤猫! 近頃、街に出るスリです」

「山賊の仲間か?」

「いえ、どうやらギルドの方の……、貴族ばかり狙うと評判のようで」

「ほう、初耳じゃな、ドルン。お主どこで聞いた?」

「それがその……実は私も一度……」

「ほう、スられたか。お主ほどの男からスるとは、たいしたものじゃ、ガハハ」


 とバダムは笑っているがどうしたものか。

 なんだか話がややこしくなってきたぞ。


「おい、エレンだったな、ちょっとまってくれ」

「さっきの旦那! フルンに手を出すなんて許さないよ」

「そうじゃないって、話を聞け」


 すっかり怒らせちまったな。

 手をこまねいていると、セスが一歩前に出る。


「お待ちください、ご主人様。ここは私が……」

「さ、さっきのメイド!」

「先程の非礼をお詫びしたいのです。どうか、お許し下さい」


 そう言ってセスは深く頭を下げる。


「な、なにやってんだよ、あんた、ホロアが主人の顔に泥を……」

「全ては私の不徳のいたすところ、どうかお許し願いたい」


 突然のセスの行動に、盗賊のエレンは毒気を抜かれてしまったようだ。

 呆然と口をあけている。

 間髪入れずに俺も頭を下げる。


「いや、セスのことは俺からも謝りたかったんだ。許して欲しい」

「旦那までなに言ってんだよ、僕みたいなこそ泥に」


 混乱するエレンにフルンが話しかける。


「でも、あのおじさん、良い人だよ」

「フルン……」

「さっきも助けてくれたもの」

「で、でも」


 エレンは動揺していた。

 後一声、なにか言うべきなんだが、それが俺にはわからない。

 それを悩んでいると、老騎士のバダムが諭すように、こう言った。


「エレンとやら、盗賊にも矜持があろう。観念してはどうじゃ? それに、その娘も病んでおろう」


 それでエレンおこりが落ちたようにおとなしくなった。

 さすがは年の功。

 頼りになる爺さんだ。

 と思ったら、今度は別の方から怒声が響き渡る。


「今度はなんじゃ!」

「た、たいへんです。逃げそこねた山賊の集団が暴れてこちらに」

「ええい、間の抜けた連中め。紳士殿、この場を動かれるな」


 そう言ってバダムは部下を率いて隊列を組む。

 そうする間に山賊団が押し寄せてきた。

 思ったより多い、見えるだけで十人以上はいる。

 こちらは騎士がバダムを入れて三人に兵士が五人ほど。

 残りは公園内に分散しているらしい。

 作戦ミスなんじゃないか、と思わなくもないが、今はそれどころではない。

 セスが一歩出て俺の前に立つ。


「ご主人様は私の後ろに!」

「お、おう」

「私が壁になります。デュース、あとは頼みます」

「わかりましたー。気配が取れれば公園はすべて射程内ですよー」

「了解。……っ!」


 目にも留まらぬ速さでセスが抜刀すると、地面に両断された矢が落ちた。

 飛んできたことにも気が付かなかったよ。

 あっけにとられている間にデュースが杖を振り上げ、「えいっ」と声を上げる。

 たちまちまばゆい火の玉がほとばしり、茂みの中に消えていった。


「ぎゃーっ!!」


 当たったみたいだ。

 あれだけで気配がつかめたのか。

 この二人、もしかして俺が思ってたよりもすごく強くない?


 公園内はたちまちのうちに乱戦となる。

 遠目に見えるバダム翁は、とんでもない強さだった。

 あの老体で巨大な剣を一振りする度に、山賊の体が砕け散る。

 すげーな。

 こちらはセスが壁になり、デュースが狙い撃つ。

 このコンビはたしかに強いが、一塊になって押し寄せられると、そううまくは捌き切れない。

 隣にいたエレンは、弓で的確に山賊を仕留めているが、病気のフルンをかばいながらでは思うように行かない。

 こいつはもっと自由に動けなきゃだめだ。

 なぜだか、俺にはそれがわかった。


「エレン! フルンは俺が預かる、お前は前に出ろ」

「ふん、僕は旦那の従者じゃないよ!」

「細かいことは気にするな」

「そうみたいだね、フルンを頼むよ!」


 エレンは満更でもない顔で飛び出していく。

 セスの動きも早いが、エレンはまるで小動物だ。

 木を使って縦横に飛び回り、迫る山賊を倒していく。

 それにしても、どれだけいるんだ。

 あたりはむせ返るような血の匂いで目が回る。

 フルンをかばいながら、あたりを警戒する。

 俺にできるのは、ここまでやってきた山賊をしのぎながら、セスかデュースが仕留めてくれるのを待つ。

 それだけできれば十分だ。

 そう自分に言い聞かせる。


 時間の感覚も麻痺しているが、戦闘が激しかったのは、ほんの数分だろう。

 周りの山賊が一掃されて一息つくと、急に吐き気がしてくる。

 血の匂いにやられたのか。

 その隙を突くかのように、後ろから二つの人影が飛び出してきた。

 手負いの山賊がフルンに斬りかかるのを、身を挺してかばう。


「ぐっ……」


 かわしきれずに、俺は肩を切られてしまった。


「ご主人様っ!」


 デュースの呪文で一人は火だるまになるが、もう一人が間を縫って剣を突き出してくる。

 身をかわそうとするが、痛みで体が言うことをきかない。

 セスが駆け寄ってくるのが見えたが間に合わない。

 山賊の剣が、俺を貫こうとした瞬間……。


「旦那っ!」


 突然躍り出たエレンが、突き出された剣の前に身を投げだし……刺された。

 まただ。

 また俺は目の前で……。

 何度同じ失敗をする気なんだ、俺は!


「おのれ!」


 駆け寄ったセスが山賊の首筋を切り裂く。

 絶命した山賊は、鈍い音を立てて崩れ落ちた。

 血まみれのエレンを抱きかかえると、まだ息があった。


「よかった、旦那は無事だったんだね……」

「お前のおかげだよ」

「ふふ、バチが当たったかな、仕事をしくじった上に……旦那のお情けまでないがしろに……でもしょうがないかな、僕は盗賊なんだし」

「エレンー、エレンー、死なないでー」

「ごめん……ね、フルン」

「エレンは私のために悪いことしてたんだよ、だからほんとに悪いのは私なんだよ、エレンはわるくないのー」


 フルンは泣きながら訴える。

 ああ、わかってるよ。

 わかってる。


「いけない、急所をやられています! 早く契約を」


 傷を見たセスがそう言って急かすが、当のエレンは、


「だめ…だよ、僕みたいな盗賊が……、旦那の名を汚しちゃう」

「俺のことはいい、お前はどうしたいんだ」

「え……」

「お前は俺のものになりたいか? 俺が知りたいのはそれだけだよ」

「僕は……ぼくは……」


 いつに間にか、エレンは泣いていた。


「……なりたい、に……」

「わかった」


 自分の傷からしたたる血を口に含むと飲ませてやる。

 次の瞬間、エレンの体はまばゆくひかり、傷はたちまちに癒えてしまった。


「だん……な…」

「エレン、今日からお前は俺のものだ」

「うん……うん……」


 そう言って俺にすがりつき、声を上げて泣いた。

 バダムの方も片付いたらしい。

 俺達のそばまで来ると、


「良いのですか?」


 と騎士の一人がバダムに耳打ちする。


「現行犯でもあるまいし」

「しかし……」

「スリの娘は死んだ。ここにおるのは、新たな従者の娘。そうじゃのう、ドルン」

「はあ、かしこまりました。ではそのように」

「そういうわけじゃ。紳士殿、可愛がってやるといい」


 どこまでも頼りになるバダムのお陰で一件落着、かと思ったらそうでもなかった。


「良かった、良かったね、エレ…ン……」


 犬耳のフルンは言い終わらないうちに、気を失ってしまった。


「フルン!」

「こりゃいかん、医療班はおらぬか? これ、だれか」


 駆けつけた僧兵の治癒呪文でフルンの容態は安定したが、ひとまず入院が必要らしい。


「この娘は儂が責任をもって預かる。明日にでも使いをやろう、見舞いに来てやると良い」


 とのバダムの言葉にすべてを任せることにする。

 ついでに俺の傷も直してもらったのだが、治癒呪文でも上位のものになるとかなり凄くて、みるみる傷が治ってしまった。

 ちょっと気持ち悪いぐらいだ。


 エレンはフルンに付き添いたそうにしていたが、フルンに止められた。


「わたしはだいじょーぶ。エレンは従者になったんだから、ちゃんとおじさんに仕えなきゃ」

「そうだね。また明日、お見舞いに行くよ」

「うん、まってる」


 フルンをまかせ、俺達は新たな従者であるエレンを連れて帰途についた。


「それにしても色々あったな」


 とつぶやくと、俺の半歩前を歩くエレンが振り返り、


「まったくだよ、まさかこの僕が従者になるとはね。しかも紳士様の!」

「ははは、俺もこうして五人目の従者を得て、そろそろ紳士として貫禄が出てきたかな」

「僕、五人目なんだ。正直、そんなに従者がいるとは思えなかったよ」

「そうか?」

「そもそも、なんで旦那に手を出しちゃったんだろ。僕はふんぞり返ってる貴族専門で狙ってたのに」

「だから俺の貫禄が……」

「どう見ても、いいところ貧乏貴族の三男坊だからねえ」

「……まあ、似たようなもんだ」

「でしょ。あの時はすごく立派な紳士に見えたんだけどなあ……」


 首を傾げるエレンに、デュースが答える。


「それはー、ご主人様があなたにとってー、世界で一番ステキな方だからですよー」

「うーん、そうかなあ」


 くるくると俺の周りを回りながら、首を傾げて俺の顔を覗き込むエレン。


「ま、そういうことにしとくよ」


 と、会心の笑みで答える。

 うんうん、そういうことにしといてくれ。


「さー、遅くなりましたよー、早くお肉を買ってかえりましょー」

「え、お肉? だったらいい店を知ってるよ」


 とエレンが手を挙げる。


「ほう、この街に来て肉なんて食ったことないからな、どこがいいんだ?」

「ゴブの店はよく施しをやってるけどクズ肉ばかりなんだ。あそこは売り物にも屑肉を混ぜ込んでるからね。逆にアダールはたまにしかないけど、堅物の店主がちゃんとしたものしか出さないから」

「ほほう、くわしいな」

「ゴブの店といえば評判のいい店ですが、評判の裏にはそういう秘密が」


 とセスが感心する。


「さっきもらった金一封もあるしな、よし、ゴージャスに行こう」

「やったー、お肉ですー」


 家につくと、アンが出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ、遅かったですね。おや、お客さんですか?」

「この間も同じ事を言ってたな」

「ということは新しい仲間ですか、さすがご主人様」


 顔を出したペイルーンが、


「あら、スクミズじゃない、珍しいわね。クラスはなに?」

「盗賊だよ、なんか文句あるかい?」

「ご主人様のハートを盗むとはなかなかの腕ね、あてにしてるわよ、後輩ちゃん」

「よくわかってるじゃないか、先輩ちゃん」

「ふふん、それよりお肉は?」

「おう、ちょっと色々あってな。お陰で今日はリッチに焼肉だ」


 と手にした大袋を見せてやる。

 アンが支度をしている間に、エレンを抱く。

 やっぱこれをしないと契約した気にならないらしい。

 たっぷりと時間を掛けて可愛がってやった。


「僕は旦那の名誉を傷つけるようなことはしない、スクミズにかけて違うよ」

「ああ、任せたぞ」


 優しく頭を撫でてやるが、正直笑いをこらえていた。

 いくらなんでもスクミズにかけて誓うはないだろう、どんな変態だよ。

 だが、俺に抱かれてうっとりとした顔で甘えるエレンは、理屈抜きでとても可愛いのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る