第11話 スクミズを着た盗賊 前編

 魔導師のデュースは占いが売れるということで、軒先でやってもらうことにした。

 と言っても簡単なおみくじのようなものだが、御札や丸薬を買うついでに買っていくものは結構いるようだ。

 冒険者は縁起を気にするものらしい。

 お札の質が良いのかして狭い店でも固定客はいるし、取り扱う品が増えれば売上も少しはマシになってくる。

 とはいえ儲かっているかといえば、そうでもなかった。

 五人分の食い扶持を稼ぐのは容易くはないのだ。

 今日も朝一の店番を終えたデュースがアンに、


「あのー」

「どうしました、デュース」

「おなかすきましたー」

「朝ごはんはしっかり食べたでしょう」

「十時のおやつはまだでしょうかー」

「そのような退廃的な習慣は、我が家では執り行っておりません」

「あうう……」


 しかしまあ、腹具合はともかく、たまにはガッツリと肉でも食いたいな。


「はー、まるやきのポッポが食べたいですねー」

「それはどんなのだ?」


 ぽっちゃりとした体を揺すりながらぼやくデュースに尋ねると、


「鳩みたいな声で鳴く小動物なんですけどー、それの皮をむしって腸を抜いて代わりに香草を詰めてー、熾火でじっくり焼きあげるんですー。おいしいですよー」

「うまそうだな」

「昔ー、一緒に旅をしていた仲間がよく作ってくれましてー、ポッポのいそうな沼地なんかを見つけるとー、夜のうちに罠を仕掛けておくんですよー、そしたら朝には……」


 デュースは長いこと冒険の旅をしていたらしい。

 その途中、いくつかのパーティにも所属していたそうだ。

 アン曰く、かなりの精霊力を秘めていて、相当の使い手だという。

 おっとりした外見からは想像できないが、多分すごいんだろう。

 おっぱいは間違いなくすごいしな。

 それに冒険の経験も豊富なら言うことなしなんじゃないだろうか。


「旅はいいですよー、季節にあわせて日々移り変わる景色の中をー」

「ほう」

「飲んだり食べたり歌ったりやっつけたりしながら果てしなく進むんですよー」

「ほうほう」

「その先にはまだ見ぬメイドやスクミズやごちそうがー」

「ほほうほう」

「はー、お腹すきましたー」


 俺も空いちゃったよ。


「そういえば、お肉なんて随分食べてないわね」


 ペイルーンも薬研を転がす手を止めて、会話に入ってくる。


「すまんなあ、俺が不甲斐ないばっかりに」

「そうねえ」


 黙って聞いていたアンが、根負けしたのか立ち上がる。


「うぐぐ、わかりました。じゃあ、今日はお肉にしましょう」

「え、いいの?」


 ペイルーンとデュースが目を輝かせる。

 セスは黙って丸薬を袋詰していたが、わずかに反応したのを俺は見逃さない。

 みんな、肉に飢えてたんだな。

 豆ばっかりだもんなあ。


「よくはありませんが、従者も増えたことですし、お祝いの一つもしなければ」


 まあ、何かの節目に祝うのはいいことだ。

 メリハリは大事だよな。


「じゃあ、早速買い物に」


 と俺が声を上げると、


「わたしもいきますー」


 とデュースが手を上げ、セスも、


「では私も」


 と、やはりノリ気である。

 ペイルーンはどうするのかと尋ねると、


「アン一人で留守番も何だし、私はこっちを仕上げとくわ。この際、質より量よ、ガッツリ食べてバリバリご奉仕よ」


 うん、いい心がけだ。

 というわけで、セスとデュースをつれて買い物に出る。

 懐にはアンから預かったお金が入っている。

 そういえば学生のころ、寮の仲間となけなしの小銭をかき集めて、ぼろ肉を買って焼肉とかしたなあ。

 ミンチ肉で焼き肉ができるなんて、あの時まで俺は想像もできなかったよ。

 あの頃は、いつも誰かの部屋に転がりこんでビデオだの麻雀だのと遊んでいたな。

 両親を早くになくし、祖母に引き取られてからは田舎の家でいつも祖母が居てくれたし。

 サラリーマン時代も、たいてい会社にいたし。

 まあ、それはどうかと思うが。

 こうしてメイドを侍らせて初めて気がついたけど、いつも誰かそばに居てくれてたんだなあ。

 いやいや、これからは俺がこいつらのそばに居てやる、ぐらいの心構えで行かないと。

 なんといってもご主人様だからな。

 少し前を何やら楽しそうに喋りながらあるくセスとデュースをみながら、そんなことを考える。

 しかし、何を話してるのかね。

 ご主人様の素晴らしさ自慢とかしてるのかな。

 私の主人はエツレヤアン随一の紳士だ、いやいや、私のご主人様こそ大陸一の紳士ですよー。

 とかなんとか。


 などとバカなことを考えていたせいだろうか、いや、もともと俺は隙だらけだが、小走りに寄ってきた小僧にぶつかってしまった。


「ごめんよ、旦那」


 とそのまま小走りに去っていく。


「大丈夫ですか、ご主人様」


 セスが心配そうに戻ってくる。

 ふと思い浮かんで懐に手をやると、ない。


「やられた!」


 セスはすぐに理解したのだろう。

 間髪を入れず追いかける。


「えー、なんですかー?」

「スリだよスリ、今の小僧にお金盗られちまった」

「えー、こまりますー、あれは大事なお肉代なんですー」


 と叫びながら杖を掲げたかと思うと

 次の瞬間、落雷とともに轟音と悲鳴が響く。


「仕留めましたよー」

「仕留めたって、おまえ」


 慌てて追いかけると、先ほどの小僧がひっくり返っていた。


「お、おい、大丈夫なのか?」

「ええ、見事な腕でしたが、デュースのほうが一枚上手でした。とりあえず番所に突き出すとしましょう。おそらくは常習犯です」

「かわいそうだが仕方ないな。まさかスリで縛り首ってこともないよな?」

「程度によりますが、盗賊ギルドにも掟というものがあるそうですし」

「こんな子供でもか?」

「そういうものです」

「うーん、俺としては財布だけ帰ってくれば別に……」

「ご主人様はやさしいですねー」


 と、乳を揺らしながら追いついたデュースが言うと、セスは不満顔で、


「情けが常に人の役に立つわけではないですが……」


 そう言ってセスは懐を改める。


「ありました。他に物はないようですし、放免しますか?」

「それよりもピクリとも動かないが、大丈夫なのか?」

「ええ、これはをしているだけです」


 というセスの指摘で、パチリと目をひらく。


「ふふん、バレたらしょうがないね、さあ、煮るなり焼くなり好きにしな」

「たいしたタマだな、財布はやれんが、その腕前におひねりだ」


 そう言って懐からコインを一枚手渡そうとすると、


「ふん、施しは受けないよ」


 と振り払う。

 その瞬間、俺と触れ合った小僧の体が輝きだした。


「えっ!?」

「あなた……」

「あれ、これっていつもの」

「え、え、旦那が僕の?」

「おまえもメイドだったのか?」

「違うよ! に決まってんだろ!」


 そういってシャツの胸元を広げると、たしかにスクミズっぽいものを着ている。

 そうか、スクミズは下着か。


「ほう、これが噂のスクミズ族か。じゃあ、お前も俺の従者になるか?」

「ほ、ほんとに!?」


 小僧、もといスクミズ族の少女は一瞬、顔を輝かせる。


「ご主人様……」


 だが、隣で渋そうな顔をしているセスを見て、スクミズ少女は吐き捨てるように叫ぶ。


「ふん、どこの世の中にスリを従者にする紳士がいるっていうのさ、僕は天涯孤独のエレン様だ、あばよ」


 と俺を突き飛ばしてかけ出した。


「あ、おまちなさい」


 セスの制止も間に合わず、エレンと名乗ったスリの少女は雑踏に消え去った。


「申し訳ありません、私が……」


 渋い顔をしていたのは、やはり彼女がスリだったからか。

 生真面目なセスにしてみれば、仲間として受け入れがたいのか、あるいは俺の名誉みたいなものを気にしているのかもしれない。


「私が口を挟むことではありませんでした、申し訳ありません」

「でもー、仕方ないですよー、盗賊は身分あるものの従者としては避けられちゃいますしー」


 デュースがなだめようとするが、セスは聞き入れなかった。


「ですが……、主人を持てぬ者の苦しみは私がよく知っております。あの者にせめて一言謝らなければ」

「そうですねー、私も長くさまよいましたからー、気持ちはわかりますよ―」


 そうだな、俺もあいつのことは気にかかる。


「じゃあ、追いかけるか」

「では、お先に」


 俺が言い終わる前に、セスは駆け足で追いかける。

 だが、あのすばしっこさではあてもなしには難しいのではないか。


「なあ、さっきみたいに呪文でどかんとはいかないのか?」

「気配を見失ったのでむりですねー」

「そんなものか」


 ならば仕方がない。

 地道に探すとしよう。


「どうしたもんかな」

「町中の盗賊ならー、盗賊ギルドに所属してると思いますがー、カタギの人間がコンタクトを取れる相手ではありませんしー」


 盗賊ギルドか。

 ファンタジーではよく出てくるが、いったい何をやってる組織なんだろうな。

 互助会みたいなもん……って事は無いよな?


「盗賊という職業は特殊なんですよー。社会的には悪ですがー、全知の女神ネアルのお定めになった職業の一つにも含まれますしー、存在自体は許容されているというかー」

「ほう」

「それにー、冒険には欠かせないクラスでもありますからー」


 たしかにゲームだとシーフ抜きで宝箱を開けるのはやばいよな。


「そんなわけで、そこのあたりを調整するための組織が盗賊ギルドなんですよー」

「わかったような、わからないような」

「ですからー、ギルドにつながりがないとー、まず探す手段はないですねー。あとは足で探すしかー」

「仕方がない、そうしよう」


 俺はあえて通りを避けて、町外れの公園に来てみた。

 何度か散歩に来たことがあるが、まともに一周すると一時間はかかる大きな自然公園だ。


「スリならー、人通りの多いところを探したほうがー、いいんじゃないですかー?」

「そうなんだけどな」


 もしあのスクミズ娘がすぐに仕事が出来るようなら、たぶんセスが謝る必要もないだろう。

 だけど、そういうのじゃない気がするんだよな、あの娘は

 ぶらぶらと公園を歩いていると、意識がどこかに引っ張られる気がする。

 はて、なんだろう。

 匂い? というわけでもないが、こっちにさっきの娘がいそうな気がする。


「なんか、こっちのような気がするんだけど」

「おお、さすがご主人様ですー。紳士は従者とつながっているのでー、その気配がわかるといいますがー、契約してなくてもわかるんですねー」

「え、そうなのか?」

「わかりませんかー?」

「うーん」


 よくわからんが、そういえば、セスは自分の後ろの方にいる気がする。

 なんとなく意識の向く方向に向かって、公園の茂みをかき分けて進むと、小さな木小屋があった。

 大きめの犬小屋程度のものだが、中を覗くとふわふわの毛玉がある。


「はずれか」


 なーんとなくこの辺な気がしたんだけど、まあそんな都合よくはいかないか。


「だ、だれ?」


 毛玉が突然起き上がると、女の子になった。


「わー、かわいいグッグ族ですねー」


 とデュース。


「グッグ族?」

「少数民族のグッグ族ですー。世間では人と犬の間の子だとか言われてますけどー、実際は別物の、古代種族の一つなんですよー」

「そうか」


 確かに犬っぽい気はするな。

 犬耳少女か。


「おじょうちゃん、エレンっていう、スクミズの女の子を知らないか?」

「エレン!? し、しらない……」


 知ってるな、こりゃ。


「そうか、じゃあエレンって子に会ったら、紳士と連れのメイドが謝ってたって伝えてくれないかな」

「う、うん。あ、しらない……から」

「そうか、もしそういう子を見かけたら頼むよ」

「わ、わかった、……げほ、げほ」

「おい、大丈夫か?」

「へいき……」


 あんまり平気じゃなさそうだが……。


「この子、病気みたいですねー」

「ひどいのか?」

「そこまではちょっとー」


 ふと思い出して、さっき渡しそこねた小銭を取り出す。


「じゃあ、お願いしたお礼にこれを」

「い、いらない」

「そう言わずに、紳士たるもの、ただでお願いはできないんだよ。おじさんを助けると思って」

「う、うん」


 これ以上尋ねても負担をかけるだけだろう。

 小銭を手渡し、俺達はその場を後にした。


「あはは、ご主人様はおじさんでしたかー」

「ほっといてくれ」


 精神的にはまだ二十代で通じるつもりなんだ。


「ところで、現実問題として、さっきのあの盗賊娘が望むなら従者にしてもいいと思うか?」

「それを決めるのはご主人様ですよー」

「そりゃそうなんだろうが、なんせ俺はこの世界のお約束みたいなものを知らないからなあ」

「大丈夫ですよー、私たちは一蓮托生ー、いざとなったらみんなでですー」


 俺と仲間のためなら、他をすべて捨てる覚悟があるということだろう。


「それにー、我々従者のお約束を決められるのはー、ご主人様だけですからー」

「そうか、だったら良し」


 あとの事はあの娘次第だ、あのスクミズ娘の。

 しかし、スクミズ族って……。

 本人を前に、笑わないようにしないとな。

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