第9話 セス

 いつものように型を見てもらっていると、セスに止められた。


「何かお悩みでも?」


 お見通しのようだ。

 なんだろう、動きに迷いが、とかそういうやつだろうか。

 時代劇に出てくる達人みたいでかっこいいな。


「じつは、故郷の知り合いに会いましてね」

「なにか良くない知らせが?」

「そうではないんですが……、どうにもわからないのです」

「悩みが尽きぬ時は、ただひたすらに剣を振るべし、と気陰流九代目にして剣聖とうたわれたレンヤは言っていたそうです」

「なるほど。確かに、今朝も素振りをしているときは何も考えずにいられたんですが……すみません」

「謝る必要はありません。私もまだまだ、その境地には至れません」

「先生でも?」


 最近はセスのことを先生と呼ぶ。


「何時まで経っても未熟なまま。恥ずかしい話です」


 自重するときでも表情が変わらないのはさすがだな。


「ところで、明日はまた休ませてください」

「わかりました。今度はどのような?」

「商品の材料が切れまして、神殿の洞窟に薬草を仕入れにいこうかと」


 当初ひと月は持つと思われた薬草だが、思いの外売れ行きがよく、材料が足りなくなったのだ。

 休日は薬草取りで混むので、平日がいいだろうということになり、明日出向くことにしたわけだ。

 正直、緊張するなあ。

 ちょっとはマシになっただろうか。


「そういえば、元々冒険に出るために剣をとったのでしたね」

「ええ、まだ腕試しができるほどではありませんが」

「私もご一緒してよろしいでしょうか?」

「そりゃあ、先生に来ていただけるなら心強いですが」

「私も道場に籠ってばかりでは腕が鈍ります。では、実践の場での実技指導と行きましょう」




 翌朝、町の外れで待ち合わせる。


「いつも主人がお世話になっております。アンと申します」

「こちらこそ、クリュウ殿には多くを教えられます、ご立派な紳士を主人に持たれて羨ましく思います」


 アンを見るセスの目がどこか寂しそうなのは気のせいではないのだろう。

 メイド族の主人に対する気持ちというのは分からないが、アンやペイルーンの俺への入れ込みようを見れば想像はつく。

 彼女にも主人がいれば、きっと今とは全く違う人生があったのかもしれないなあ。


「クリュウ殿、良ければこれをお使いください」


 そう言ってセスは持参した刀をとりだした。


「無名の打刀うちがたなですが、ちょうどいいでしょう。私が昔、修行に使っていたものです」


 見た目は日本刀に近い気がする。

 もっとも本物の日本刀なんて見たことないけど。

 受け取ると、細身の割にずしりと重い。


「気陰流の型を使うなら、お持ちの剣よりこちらの方が良い。型を忘れずに臨めば、いずれは使いこなせるでしょう」

「ありがとうございます」


 腰に差すと、ちょっと楽しくなってきた。

 やっぱ刀って言うとこれだな。

 祖母の影響で時代劇ばっかり見てたせいか、実は好きなんだよ、ちゃんばらが。


 探索は軽快に進む。

 セスはさほど手を出すわけではないが、誰よりも早く魔物の気配に気がつく。

 俺達のような素人パーティにとって、先制出来るだけでも大違いだった。


「気をつけて、すぐ先にいます」


 セスの言葉に、身構える。

 刀を持つ手がしっくり来る。

 アンがランタンを掲げると、闇の向こうにぼんやりと光る丸い塊。

 いつかのスイカもどきだ。


「コロコロみたいね、ご主人様、リベンジの機会じゃなくて?」


 ペイルーンに促されて、俺は一歩前に出る。

 後ろにセスが控えているのも心強いが、なにより、自分の体の感覚が、自分でわかる気がする。

 説明しづらいが、どうやって体を使えば刀を振れるのか、どこに力を入れれば攻撃をかわせるのか、そういうのが、全部気がするのだ。

 だから、緊張しつつも心は落ち着いている。

 呼吸も乱れていない。

 一歩前に出る。

 敵もこっちを捉えているはずだ。

 まだ、俺の間合いじゃない。

 今、刀を振っても届かない。

 そろそろ、敵が来る。


 来た!

 半歩体を反らして腰を据え、横殴りに切り払う。

 それで、真っ二つだ。


「やりましたね、ご主人様!」


 アンとペイルーンが駆け寄ってくる。

 どうだね、君たちの主人もなかなかやるだろう。

 自慢げに胸を反らす俺の横で、ペイルーンが魔物の死体から光る小石を取り出す。


「ほら、魔物のよ」

「何だそりゃ」

「魔物の魂、みたいなものかしら。精霊石の一種で、魔物は体内にこれを持っているの」

「へえ」

「色々使い道があるから、もって帰れば売れるのよ」

「そりゃいいな」


 モンスターのおとすゴールドってわけか。

 これだけ綺麗なら、さぞ高くで……。


「もっとも、これぐらいじゃ十Gぐらいだけどね」

「しけてるなあ……」


 金額を聞いて拍子抜けしていると、後ろから声をかけられた。


「お見事です」


 振り返ると、セスが微笑んでいた。


「ありがとうございます、先生」


 初めてセスの笑顔を見たな。

 こいつは良いご褒美だ。


「大切なのは間合いです。彼我の間合い、呼吸の間合い、仲間との間合い、そのどれもがあるべきところにあるように己を持っていく、それが大切なのです」


 また難しいことを言われたもんだ。

 でも、なんだかわかる気もする。

 今、敵と対峙して、自分にふさわしい距離が自然にわかったし、アンやペイルーンとの距離は、これが一番いいと思う。

 セスは、少し遠いかな。

 俺はもう少し、近いほうがいいと思うんだけど……。


「さあ、行きましょうか」


 そう言ったセスは、いつもの無表情に戻っていた。

 なかなか、近寄りがたいものだ。


 その後の探索は順調だった。

 数匹の魔物を倒し、希少な薬草も見つけたりした。

 そのせいか、また調子に乗りすぎたのだろう。

 俺達はいつの間にか、随分と深い所まで来ていた。


 (気をつけよ、主殿)


 ん、誰かなんか言ったか?

 なにか聞こえた気がしたので尋ねるが、全員が首を振る。


「それよりもみてよ、これこれ」


 ペイルーンが満足そうに、大量の薬草を見せてくる。


「随分とれたな」

「大漁ね。これだけあれば今度こそ、ひと月は持つでしょ」

「でも、ちょっと潜り過ぎてしまいましたね」


 と、アンがあたりを見回しながら言う。


「そうみたいだな。急いで戻るか」


 帰路につこうとすると、


「しずかに」


 という、セスの一言で全員が足を止める。


「何やら異様な気配を感じます」

「たしかに、強力な精霊の気配……」


 アンも表情を引き締める。

 俺もなんとなくだが、言い知れぬ寒気のようなものを感じる。


「急ぎましょう、まともに出くわすと危ない」


 セスに促され、元来た道を小走りに引き返すと、正面から別のパーティが走ってきた。


「あ、あんたら助けてくれ、仲間がギアントに……」


 そういう男も血まみれで、尋常ではない。


「敵は何匹?」


 ペイルーンの問いに男は二匹だと答える。

 俺には分からないのでセスの方を見ると、大丈夫だと頷く。


「行きましょう、先生。どっちにしろ出口に向かわないと」

「では、お先に」


 セスはパーティが来た方向に走りだす。


「俺達も急ごう、あんたも戻ったほうがいい。後ろからもっとやばいのが来てる」

「ほんとかよ」


 そういって男は背後を覗きみるが、気配を感じたのだろう。


「なんだこりゃ、くそう、ついてねえ」


 セスに追いつくと、すでに戦いは決していた。

 ドデカい人型の魔物が二体、地面に転がっている。

 幸い、男の仲間はまだ生きていた。


「先生、大丈夫ですか」

「ええ、どうにか間に合いました」


 とはいえ、余裕はない。

 一刻も早くこの場を離れないと、なんだかやばい予感がヒシヒシと……。


「とにかく急ぎましょう」


 そう言って向きを変えた瞬間、強烈な気のようなものに当てられて、俺は目が眩んだ。


「いけない! クリュウ殿、早く逃げて……」


 そう、セスが叫ぶ。

 だが、俺は一歩も動けなかった。

 隣にいたアンやペイルーンの体は真っ赤に輝き、その場に崩れ落ちる。

 そして、周りを覆い尽くすような黒いもや。


「クリュウ殿、ここは私が食い止めます。はやく先に!」


 だが、動けない。

 視線は逃げてきた道を見つめたままだ。

 今や俺にもはっきりと分かる。

 何かがいる。

 黒いもやの向こう側、ゆらりと漂うふたつの目。

 それが一歩近づくたびに、衝撃が走る。

 魂の根っこを掴まれたような恐怖。

 死ぬ。

 助かるはずがない。

 そう思った瞬間、セスが切り込んでゆく。

 強烈な斬撃がもやを切り裂き、敵の姿が顕になった。

 灰色ののっぺりとした巨人が不気味な地響きを立てて歩み寄る。


「うそ、ア、アヌマール……」


 ペイルーンの声が絶望に震えている。


「ご主人様、早く逃げて」


 アンが動かぬ身体で、懸命に声を絞り出す。


「し、しかし」


 体が動かない。

 動けたとしても二人をおいてはいけない。

 さっき助けたパーティは瘴気に当てられて気絶しているようだ。

 そんな中でセスはよく戦っているが、素人目にも互角とは言いがたい。

 剣技で劣っているわけではない、それは素人目にもわかる。

 だが、魔物の吐き出す瘴気が、セスの力を奪っているようだ。

 あれをどうにかしない限り、勝ち目はない。

 それどころか敵の力はますます膨れ上がっていく。


 なんてこった、こんなところで死ぬのか?

 突然始まった楽しい異世界ハーレムライフが。

 いや、まだだ、まだ死ねない。


 どうにか力を奮い起こし、二人を抱えて階段を目指す。

 修業の成果が少しは出たのか、体力だけは上がっていた。

 セスが勝てるかは分からないが、俺達が逃げきれば、彼女一人ならやり過ごせるかもしれない。

 少なくとも邪魔をする訳にはいかない。

 気絶してるパーティには悪いが、今はそこまで気を使う余裕はない。

 小部屋を抜けると、多少楽になる。

 アンとペイルーンもどうにか自分で動けるようになったようだ。

 急いで助けを呼びに行かねば。


 その前にセスの様子を見ようと振り返った瞬間、信じがたい光景が目に映る。

 魔物の腕がセスの小柄な体を貫いていた。

 口から大量の血を吐き、こちらを見つめるセスの目は何かを懇願するようで……。


 後のことはよく覚えていない。

 頭が真っ白になって、魔物に突進していったのは覚えている。

 アンの話では、俺は随分超人じみた動きをしていたそうだが、それでもかなうものではなかった。

 無我夢中で殴りかかり、傷ついたセスの体を取り戻したものの、強烈な一撃を受けて、俺はセスを抱えたまま吹き飛ぶ。

 遠くでアンやペイルーンの悲痛な叫び声を聞いた気がした。

 何が紳士様だ、何がご主人様だ、こんなことで……俺は……。

 腕の中で血まみれになったセスの体がわずかに動く

 左手には形見の宝石を握りしめ、右手は俺にしがみついていた。

 朦朧とした意識の底で、かつてないほど、セスを身近に感じる。

 だが、それは今にも失われてしまいそうで……こんなにも自分を不甲斐なく思ったことはなかった。

 敵が迫る。

 その時……。


 (石をかざせ)


 聞き覚えのある声に導かれるままに、セスの握りしめた形見の宝石を敵に向けてかざす。

 次の瞬間。

 形見の宝石が凄まじい閃光を放ち、魔物を飲み込んでしまった。


 後には砕け散った宝石の欠片が残った。


「しっかりしろ、先生! しっかり!!」


 何が起こったのかは分からないが、そんなことより今はセスだ。


「戻って……くれたのですね」


 セスの血まみれの体は、俺の腕の中で赤く輝いていた。


「今度は……離さない…で……、もう…私を……」


 離さない、離さないけど、どうすれば、このままじゃセスは……。


「ご主人様、早く契約を!」


 駆けつけたアンが叫ぶ。


「急がないと死んじゃうでしょ! はやく!」


 とペイルーンもまくし立てる。


「し、しかしこんな体で」

「血でいいのよ、口移しで血を飲ませなさい、それで十分よ。ほら、唾液でもいいから、体液よ体液、早く!」

「お、おうっ」


 言われるままに唇を重ね、切れた口内の傷から流れる血を流し込む。


「ん……んぐっ…」


 セスの体は直視できないほどに輝き、次の瞬間、何事もなかったかのように治まった。

 それだけで、あれほどひどかったセスの傷は、全快していた。

 セスはゆっくりと目を開き、俺を見つめる。


「ごしゅじん……さま……」

「先生! 大丈夫ですか!?」

「ご主人さま、ご主人様ぁ……ああ、ご無事で、ご無事でよかった」


 無心で俺にすがりつき、子供のように泣きじゃくる姿は、今までセスの外面を繕っていたなにかが剥がれ落ちてしまったかのように、純粋で無垢な……、つまり、セスはこういう娘だったのだなあと、俺は一度に理解したのだった。




「改めまして、侍メイドのセスともうします。ご主人様の従者の末席にお加えいただいたことに感謝いたします。つきましては、その名を汚さぬよう、精進いたします」

「こちらこそ、よろしく頼みます、先生」

「どうか、先生はおよしください。セスとおよび捨ていただきたく」

「そ、そうか。じゃあ、セス」

「はい、ご主人様」


 そういって、セスはにっこり笑う。

 ああ、俺はこの顔が見たかったんだな。


「しかし、どうして今までは光らなかったのかしら?」


 ペイルーンがもっともな疑問を口にする。


「それはおそらく、私の心がマム様に囚われていたからでしょう。主人の候補となる相手は一人とは限りませんが、心が望まなければ、この体も答えてくれません。心と体は一体なのです」


 セスは砕け散った形見を握りしめ、


「きっとマム様が導いてくれたのです。もはや私に迷いはありません。貴方様の剣として生涯を貫く所存です」


 道場に戻って事情を話すと、道場主のヤーマは病の体を起こして、俺に頭を下げた。

 俺は恐縮するばかりだったが、「主人としての責務を果たします」というと、ヤーマはやっと肩の荷が下りたとばかりに、安堵していた。

 あるいは予感があったのかもしれない。

 ヤーマはセスのためにあつらえたメイド服を差し出した。


「これは……」

「いずれお前に、と思っておったが、こうして渡せる日が来て、よかった」

「ありがたく……頂きます」


 セスは涙ぐんでいるようだったが、ヤーマもまた、湧き上がる涙を抑えようとはしていなかった。

 俺までちょっともらい泣きしちゃったよ。


 その後、ヤーマは淡々と祝いの言葉を語り、セスはそれに頷く。

 最後に従者となる記念に、一振りの小刀を贈っていた。

 セスはそれを大切そうに受け取ると、道場を辞した。

 風呂敷包み一つでやってきたセスは、狭い我が家に入ると、改めて頭を下げる。


「全力でお尽くしいたします」

「よろしく頼むよ、セス」


 アンたちにも頭を下げ、


「未熟者ですが、何卒ご指導ご鞭撻のほどを」

「はい、共にご主人様をもり立てていきましょう。それがメイド族の本分ですから」

「肝に銘じます」


 と、どこまでも真面目なセスを茶化すようにペイルーンが、


「なにはともあれ、契約の仕切りなおしじゃない?」

「といいますと?」

「あんなその場しのぎの契約じゃスッキリしないでしょ。ズバッと抱いてもらわないと」

「そ、それは……その……」


 顔を真赤にモジモジとうつ向くセス。

 これだよこれ、この顔が見たかった。

 笑顔もいいが、照れるところももっといい。

 多分、ご奉仕の時は、もっといい顔を……ふひひ。


 セスを抱き、さらに二人も交えて四人でくんずほぐれつする。

 やっぱあれだ、彼女たちとの距離は空気の入る隙間もないぐらい、ピッタリが一番だな。


「ふう、三人相手だとさすがにバテたな」

「ご、ご奉仕というのがこんなにも素晴らしいものだったとは」


 みんなそう言うけど、俺が格別テクニシャンってわけじゃないよな、たぶん。

 それよりも、興奮に頬を上気させるセスはますますいい顔で、実にたまらないものがあるな。


「そうですよね。私も初めてお情けをいただいたときはびっくりしました。今でもご主人様に触れてるだけで幸せすぎてどうにかなってしまいそうです」


 とのアンのセリフに同意するセス。

 隣でほてった体を手で扇ぎながら冷ましていたペイルーンが部屋を見渡してつぶやく。


「しかし、ここも手狭になったわね」

「そうは言っても、今の稼ぎでは……」

「ご主人様は本国にも所領などはお持ちではないのですか」


 苦笑するアンをみたセスが尋ねる。


「それがだな、隠していたわけじゃないんだが、俺は……」


 セスにしてみれば当然の質問なのだろうが、俺は普通の紳士ではないのだよ。

 そこのところをかいつまんで説明する。


「そ、そのようなことがあるのですか。世の中は広いものですね」


 セスはあっけ無く納得してしまった。

 セスに限らないが、この子らは俺の言うことを無条件で受け入れてる気がする。

 それはそれで大丈夫なんだろうか?


「では、私も用心棒か人足仕事でもして」

「いやいや、そこまでしなくても。探索の時には頼りになるし、あとは店番ぐらいでも大丈夫じゃないか?」


 とアンに振ると頷いて、


「そうですね。まずは日々のご奉仕に精を出してください。それが新人の努めです」


 そうそう、それが一番大事だよ。

 というわけで、第二ラウンドをお願いしますかね。


「か、かしこまりました」


 と、耳まで真っ赤にするセスは、やはりたまらなくいい顔をしているなあ、と思うのだった。

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