第7話 剣術道場
ペイルーンは丸薬づくりに精を出し、アンはいつもどおり御札を書く。
昼からは手が空くのでのんびりと散歩したりいちゃいちゃしたり、金のかからないことをする。
三人での暮らしも、少し慣れてきたかな。
というより、二人がうまく俺に合わせてくれているのか。
メイド族は従者の種族なんですよ、とアンはいうが、まさにそのとおりなんだろう。
店の裏路地はそこそこの道幅があるが、人通りはほとんど無い。
その日俺は、借りっぱなしの剣で素振りのまね事をしていた。
構えはうろ覚えの剣道のそれだが、こういう西洋風の剣にこの構えがあっているとも思えない。
なにか教えを請える人がいればいいんだが……。
汗をぬぐっていると、立派な甲冑を纏った年配の男が歩いてきた。
以前アンに教わった騎士団の紋章がある。
ここエツレヤアンは自治領だが、実際に自治権を持つのは学園の中だけで、このあたりの街は騎士団が治めているらしい。
詳しいことは聞いていないのでわからないが。
一歩引いて会釈すると、相手も頭を下げてくる。
「おや、紳士とは珍しい。失礼だが、貴殿は東方の御生まれか?」
「ええ、日本という小さな国で、ご存じないかと思いますが」
滅多なことを言うのもなんなので、嘘をつかずに適当に答えておく。
「あまりよい太刀筋ではないが、構えがあちら風だったのでな」
「そうですか。子供の頃に少しかじっただけで、わけあってこの歳で剣を取ろうと思ったんですが、これがどうにも……」
「なるほど。東通りに
道場か、なるほど。
エツレヤアンは冒険者学校としては廃れたと聞いたが、それでも剣術道場ぐらいは当然あるよな。
これだけ冒険者がいるんだし。
「ところで騎士殿はこんな裏道にどのような御用で?」
「うむ、じつはとある店を探しているのだが……」
それなら……と近所の店に案内する。
年配の騎士は礼を言って去っていった。
道場のことを二人に聞いてみると、聞いたことがあるようだ。
「気陰流の剣術道場ですか。ペイルーンは知っていますか?」
「あれじゃない? 東通りにあるやつ。細身の剣をすごいスピードで振り回してるのを見たことがあるわ」
「ああ、思い出しました。たしか勇者の仲間が開いたとか言う」
「そうそう、それよ。東洋から来た少年剣士が勇者と共に魔王オルイデを倒して、その後道場を建てたとか」
「へえ、随分由緒のある道場なんだな」
そこそこ有名な道場らしい。
「気陰流って、かつては王室指南役だったそうだけど、今じゃ小さな町道場ね。門弟もそんなにいないんじゃない?」
「話だけでも聞いてみたいが、払う金がなあ」
「投資だと思えば安いものよ。丸薬の現物支払いでどうにかならないかしら」
「一度見学に行ってみるか。あんまりハードでもついていけないしな」
「いいじゃない、じゃあ今から行きましょ」
と言うとペイルーンは返事も待たずに支度を始める。
「でしたら私は店番をしておきますので、二人で行ってきてください」
俺たちはアンに送り出されて、道場を目指した。
ペイルーンの案内で件の道場まで来る。
大きく開かれた扉の前にはそこそこの見物客がいる。
興味深そうに見ている子どもや冷やかし半分の町人にまじって俺も覗いてみる。
板張りの道場には袴姿の男が三人ほど木剣で稽古をしている。
時代劇でよくあるように、激しく打ち合っていた。
ああ、こりゃ剣道だな。
学校の授業でかじっただけなので細かいことは分からないが、明らかに先日の洞窟探検で見た戦士とは違う。
奥の見所には小柄な若者が座っている。
道場主にしては若すぎるが、師範としてもどうだろう。
よく見ると娘のようだ。
だが、醸し出す威圧感のようなものは、素人の俺にもわかる。
たぶん、相当強いんだろう。
練習を終えた三人が、正面の人物に頭を下げると、その娘は奥に去っていった。
さてどうしたものかと考えていると、後ろから声をかけられた。
「おお、早速来ておるな、紳士殿」
振り返るとさっきの老騎士だった。
「先程は世話になった。どうも儂は道順を覚えるのが苦手でのう、がはは」
豪快に笑うと、稽古を終えた連中もこちらに気がつく。
「ほれ、つったっておらんと、上がられよ。せっかくなので一つご指南いたそう」
ぐいぐいと道場に押しやられ、なにやら布を巻いた棒を渡された。
竹刀の代わりだろうか?
「さあ、かかってきなされ」
かかってこいと言われても困るのだが、しかたがないので思い切って振りかぶり突撃する。
しこたま打ち込まれて何度もひっくり返るが、手加減されているのか、どうにか起き上がることができる。
そしてまた突撃しては打ちのめされる。
ペイルーンはハラハラしながら見ていたようだが、声を出さないのは感心した。
ここで止めに入られても恥ずかしいからな。
何度かそれを繰り返して、どうにか打ち止めとなった。
「ふむ、全くのドシロウトじゃが見込みがないわけでもないのう。どうじゃ?」
そう言って騎士の爺さんは、そばにいた門人に話しかける。
「そうですな、全く体ができておりませんが、数回打ち込まれただけで、呼吸があってきております。素質があるのではありませんか?」
「であろう、東洋の、なんじゃったかな、ニホンという国の生まれらしいぞ」
「聞き及びませんが、気陰流の源流もはるか東方。あちらの生まれであれば、呼吸があうのも必然かと」
うむうむと騎士のじいさんは納得したようだ。
「よし、今日からここに通いなされ。儂はたまにしかおらぬがな」
そう言ってくれるのはありがたいが、月謝のことはどうしたものか聞きあぐねていると、それを察したのか、
「この道場は国の庇護下にあってな。近所の悪ガキどもも、年頃になると金がかからんのをいいコトに遊び半分で勝手に通いだしては耐え切れずに逃げ出す始末じゃ」
と、さり気なく金のかからないことを教えてくれた。
俺の貧乏っぷりは初対面時の長屋ぐらしから知れているだろう。
気配りのきく爺さんだ。
そこまで言われては世話になるしかあるまい。
そういえば名乗るのを忘れていたな。
「遅くなりましたが、私はクリュウと申します。ご好意に甘えてお世話になります、よろしくお願いします」
「おお、これはご丁寧な。儂は赤竜騎士団指南役、バダムと申す。以後お見知りおきを。さあ、道場主に引き合わせよう。まいられよ」
ペイルーンを待たせておいて、ついていく。
奥は時代劇のようなこじんまりした中庭があり、綺麗に手入れがされていた。
そこにわずかに薬の匂いが漂っている。
紹介された道場主のヤーマは、老騎士のバダムと同年輩だが、こちらは病んでいるようで、随分と痩せていた。
そばには先程の師範らしい娘と、ちょっと油の乗った年配の女中がいた。
「ヤーマ殿、お加減はいかがかな」
「なに、今日はすこぶる良い調子じゃ」
「それは重畳。今日は紹介したい御仁をお連れしてな」
「ほほう」
紹介されるままに頭を下げる。
冒険者としてやっていけるだけの剣の練習がしたいと告げると、
「セス、お前にまかせよう」
と先程の師範風の娘に言い渡す。
「セスと申します、ではこちらに」
セスと名乗った娘は、無表情のまま、俺を隣の部屋に案内する。
眉一つ動かさないとはこのことか。
だが、慇懃無礼というわけでもない、なにかこう……冷めてるのかな?
ちょっと気になる子だな。
「しばしお待ちを」
といって、木刀を持ってきた。
それを手に中庭に降りると、
「この木刀には鉛が埋め込まれています。今から見本をお見せしますので、まずはこれを毎日三百振りぬいてください。あなたには基本の力が、足りないようですから」
なるほど、時代小説かなにかで見たような練習だな。
漫画だったっけ?
言われたとおりに振ってみるが、これが重い。
十回ほどで腕が痛くなり、二十回で足元がふらついてくる。
どうにか五十回ほど行った所で、へたり込んでしまった。
息を荒げていると、手ぬぐいを渡される。
「今日はもういいでしょう。これを朝夕出来る限り行なってください。道場にはどれぐらいおいでになられますか?」
「はぁ、はぁ、そ、そうですね、平日の午後はなるべく……お願いしようかと」
「わかりました。私はいつでもここにいますので」
「よ、よろしくお願いします」
よれよれのまま戻ると、ちょうど老騎士のバダムも帰るところだった。
「おお、男ぶりが上がられたな、紳士殿」
「おかげさまで」
「まずはしっかりやりなされ。なにかを始めるのに早いも遅いもないのでな、がはは」
道場の入り口ではペイルーンがやきもきしながら待っていた。
「ちょっと大丈夫なの?」
足元のおぼつかない俺を見かねて駆け寄ってくる。
「ま、まあな」
「それで教わることにしたの?」
「明日から通うことになったよ」
「よかったじゃない、しっかりやりなさいよ」
「そうするよ」
そうそう不甲斐ないままじゃいられないからな。
やっぱ、ちょっとはかっこいいところも見せたいわけで。
男の子ってのは、いくつになっても、そういうもんなんだよなあ。
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