第6話 初めての冒険
翌朝、パンとミルクで朝食を済ませると、早めに家を出る。
アンとペイルーンのメイド二人はいつもより勇ましい格好をしてはいるが、それほど気負っている感じはない。
むしろ俺のほうが遥かに緊張していた。
遠足の比じゃないな。
冷静に考えるとアレだろ、剣とか持って魔物と戦うんだろ?
殺しあったりするんだろ?
大丈夫なのか、おれ。
神殿で事情を話すと、訓練用の簡素な革鎧と剣が借りられた。
身につけると二人の従者がそれぞれ感想を述べる。
「いいじゃない、見た目は様になってるわよ」
「良いと思います。すこし剣の使い方を練習して行きましょうか」
アンの知り合いの僧兵に基本的な手ほどきを受け、広場で小一時間ほど素振りをさせられる。
出発前からヘトヘトだが、あまりカッコ悪いところも見せられないだろう。
それに剣を振ってちゃんばらの真似事をしていると、なんだか緊張もほぐれてきた。
やっぱり体を動かすのは考えるよりメンタルに効くな。
教わったのは、ほとんど防御の仕方だけだった。
盾での受け方から、大型の魔物の攻撃を交わす方法、その他にもあれやこれやと。
とにかく死なない方法を重点的に教わった。
せっかくの初陣なので景気よくバッサバッサと行きたいところだが、俺もすでに勇気と無謀の違いがわかる年頃なのだよ、生きてりゃ次があるんだって。
だからかっこ悪くても平気!
などと自分に言い訳しつつ、せっせと剣の受け流し方を復習する。
「いいじゃない、動きも様になってきたわよ、ご主人様」
横で剣の手入れをしていたペイルーンが声をかける。
「ははは、これぐらいちょろいもんさ」
調子に乗って返事を返して振り返ったところに、先生役の僧兵の振り下ろした棍棒が胸元をかする。
「あわわ……」
驚いて尻餅をつく俺を見て、ペイルーンがため息を付いた。
だめだこりゃ。
少し休憩を挟んで、洞窟探索に出発する。
薬草のある洞窟は神殿から十分ほど歩いた丘の麓にあった。
「ご主人様、入る前に、今一度装備の点検を」
「お、そうだったな」
借り物の革鎧はいまいちサイズが小さいが、ベルトで調整できるようになっていた。
留め具をしっかりと確認し、更に靴紐を縛り直す。
腰に下げた剣がずしりと重たい。
長さは七十センチぐらいだろうか、素人の俺に取り回せるのはこれぐらいが限度らしい。
それでも片手で振り回すのは無理なので、俺の盾は左腕に括りつける小さいタイプのものを貸してもらった。
ペイルーンも似たような装備だが、剣は細身で少し反っていた。
盾は身につけていないようだった。
「左手は術を使うから空けとかないとね」
錬金術師というのは、魔法も使えるがどちらかと言うとインハウス向けで、ペイルーン自身も簡単な火炎魔法が使えるだけらしい。
だから、実際には剣で戦うのがメインだそうだ。
一方のアンは金属のプレートを貼り付けた棍棒を握りしめている。
クラスは巫女だと言っていたが、やはり僧侶系は刃物厳禁なんだろうか?
「刃物ですか? 別に使えますけど……こちらのほうが向いてるんですよ」
なるほど。
アンは一見几帳面なタイプだが、案外大胆でアバウトなところもある気がしてるので、こういう武器が向いているのかも。
そして大きめの盾を背負い、左手にはランタンを持っている。
ちなみに巫女も錬金術師同様、あまり戦闘向けでは無いそうだ。
神殿で神を祭ったり降ろしたりするのが本分らしい。
「巫女は僧侶と違って、回復や補助魔法があまり使えないんです。簡単な治癒呪文だけならどうにかなりますが」
つまり、俺を含めて戦闘向けのメンバーは一人も居ないということだな。
「では探索時は私が先頭で次にご主人様、その後ろにペイルーンで行きましょう」
「いいわよ、ご主人様の背中は私が守るわ」
「よろしく頼むよ」
「では、行きましょう」
ああ、緊張してきた。
小さな洞窟に入ると、中はひんやりとしている。
奥の方からは微妙に生臭い空気も流れてくる。
「気をつけてください、どこからくるかわかりませんから」
「まあ、このへんだと人しかいないけどね」
洞窟の中には思ったより人がたくさんいた。
特に最初の階層、つまり地下一階では普段着の女性がまとまって草むしりをしていた。
それが薬草らしい。
俺達も一緒になって薬草を集める。
ちょっと拍子抜けだな、これじゃただの山菜採りみたいなもんだよ。
小一時間もしないうちにあらかたとりつくしてしまったが、どうやらまだ足りないらしい。
「ちょっと出遅れましたね」
「しょうが無いわね、もう少し潜る?」
「その方がいいですね。よろしいですか、ご主人様」
「ああ、任せるよ」
狭くはない洞窟を、ランタンを頼りに進むのはなかなかスリルがある。
魔物とやらも出ないしな。
などと、俺もちょっと調子に乗っていたのかもしれない。
小さな段差にかけられた梯子を下ると、突然巨大なスイカのような塊が飛びかかってきた。
「危ない!」
アンの声に反応する間もなく、俺はそのスイカもどきに体当りされ、ごろごろと転がった。
息が詰まる。
心臓がばくばくいって、意識だけがぐわっと覚醒したような妙な感じになって、気持ち悪い。
それでもどうにか体を転がして、スイカもどきから逃れる。
「たあっ!」
ペイルーンが勇ましく剣を抜いて、一刀のもとにスイカもどきを叩き切る。
頼もしいな。
俺は駄目だが。
「ご主人様、お怪我は!?」
慌てて二人が駆け寄ってくるので起き上がろうとするが、打ち身がひどくて動けない。
アンが御札を取り出して何やらつぶやくと、ふわっと燃え上がり、俺の体を包み込んだ。
それですっと痛みがとれた。
「どうですか、まだ痛みますか?」
「いや……大丈夫だ」
たぶん。
激しい痛みこそとれたものの、体を動かすと痛いようなこわばってるような違和感はあるし、この打撲っぽい感じは、たぶんあとから効いてくるはずだ。
それでも泣きそうな顔で心配しているアンを見たら、強がってみせるしかあるまい。
「ねえ、大丈夫なの?」
治療中、あたりを警戒していたペイルーンも、心配そうに聞いてくる。
いかんなあ、俺ってやつは。
まったく、不甲斐ないというかなんというか。
「申し訳ありません、私達が身を挺してお守りするはずが……」
「なに、次はうまくやるさ」
結局、その日の探索は打ち切りにして俺達は引き上げた。
多少痛みの残る体を引きずりながら、家についたら夕方だった。
「お疲れ様でした。体を清めたら、食事にしましょう」
軽い打ち身ですんだが、あの程度でこの有り様では、冒険者への道は果てしなく遠そうだ。
アンが俺の体を清めた後に、打撲に湿布を貼ってくれる。
アンの使える回復魔法では、治せる範囲は限られているらしい。
隣では、ペイルーンが今日集めた薬草を確認していた。
「思ったより採れてるわ。これだけあれば十分ね。作るペースを考えてもひと月は持つわ」
「お願いしますね」
「ええ、まかせてよ。売れるといいけど」
「ご主人様は商売がお得意なんですよ」
「へえ」
「すごい計算の知識もお持ちで」
「どんなの?」
「掛け算をどんどん暗算で計算されるんです。あと、すごい数字も」
「数字?」
「はい。0というやつですが、何もないを表す数字なんですよ、で、これがあると大きな桁の数字も簡単に」
「ゼロ? 商人が使う算術かしら。あれって古代から伝わるやつらしいけど、よくわからないのよね。あ、もしかして……」
ペイルーンは手帳をパラパラとめくって何かの記号を指し示す。
「ご主人様、こういうのもわかる?」
見るとごちゃごちゃと数式っぽいものが並んでいる。
「ああ、これはたぶん数字だろうな。この式はなんだろう……」
なんか見覚えあるんだけど、記号とかが違うとさっぱりわからんな。
「これだけだとわからんが、前後はないのか?」
「手帳の走り書きみたいなものだから、それだけなのよね」
「発掘してたってやつか?」
「ええ、そうよ。数万年前の、古代文明の発掘品よ」
「遺跡か、もしかして昔のほうが技術が進んでたのかな?」
「そういう可能性は指摘されてるけど、微妙な証拠しかないのよね。文献みたいなものがほとんど出てこないから。文字を記録する習慣があまりなかったんじゃないかとも言われてるけど」
「それはアレじゃないのか、デジタル化とかが進んで印刷物がほとんど無い社会だったとか」
「え、どういうこと?」
「説明が難しいが……」
簡単に情報のデータ化、みたいな話をしてやる。
「うーん、そういう発想はなかったわね。じゃあ、私達が想定してるより、はるかに進んでる可能性もあるわけね」
少なくとも今の地球程度には科学の進んだ世界だったんだろうな。
あるいはもっと、か。
「さすがはご主人様ね、インスピレーションが湧いてきたわ」
とペイルーンはちょっとオーバーに頷く。
まあ、今日はダメダメだったからな、素直に褒められておこう。
話す間に、ペイルーンが今日とったばかりの薬草をすりつぶして、薬を作り始めた。
出来上がったのは、緑色のドロッとしてグチャッとしたなにかだった。
「さあ、飲んで。これを飲んで一晩眠ればバッチリよ」
「そ、そうか」
覚悟を決めてグビリと飲み干すと、想像通り、ひどい味だった。
「あら、景気よく行ったわね。さすがはご主人様」
「すごいですね、私ではちょっと一気には飲めません」
と驚くペイルーンに、苦笑するアン。
そんなところで感心されてもな。
「しかし、薬なんてそんなもんじゃないのか」
「普通はそれを煎じて団子にして飲めるようにするんだけどね、作るのに3日ぐらいかかるから」
「次からはそれで頼むわ」
薬が効いたのか、疲れたのか、その日はそのままばったり寝てしまった。
夜のご奉仕も受けずに、だ。
ますますもって不甲斐ないじゃないか。
……ちょっと鍛えてみるか。
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