第5話 二人目のメイド
アンは夜明けと同時に店を開け、表通りの清掃をする。
俺も付き合って店の掃除やらを手伝う。
そうしていると朝一の冒険者が買い出しに来る。
アンの作る御札は魔法の触媒のようなものらしく消耗品で、上がりは少ないが、元手がただみたいなものなので、商売としては悪くないはずだ。
そのうちに売り方を工夫してみよう。
工夫をする前に、もっと常識が必要なんだよな、この世界の常識が。
それが終わると、二人で朝食を取り、俺は店番をしながら本を読む。
その間にアンは今日の御札作成ノルマをせっせとこなす。
朝の冒険者ラッシュが終わるころには、通りには雑多な人が溢れている。
なるほど、活気のある町だ。
通行人の中に時折、襟の立った特徴的なシルエットの白いコートをたまに見かけるが、あれはエツレヤアンの工房、世間ではアカデミアと呼ばれているらしいが、つまり大学の研究室のようなものがあって、そこの学者らしい。
元は冒険者学校だったが、今ではそうした研究者たちの工房が主体となっているという。
読書に疲れてそうした人たちを眺めていると、何かの気配に惹かれて学者の一人と目が合う。
小柄で長い金髪の、すらりとした色白の美少女だ。
白いコートにさらさらの金髪がよく映える。
その少女が肩を怒らせながら、まっすぐこちらに向かってきた。
「いらっしゃいませ」
反射的にそうやって出迎えると、
「あなたがクリュウ?」
「ええ、そうですが」
「精霊教会で聞いたわ、あなた放浪者ですって?」
「放浪者……ですか?」
なんか前に聞いた気がするな、その言葉は。
「異世界から来たんでしょう」
「ああ、そのことですか」
「私はペイルーン。放浪者、またはさまよい人と呼ばれる異邦人の研究をしているの。よろしく」
「そりゃあいい、ぜひ詳しく話を聞かせてください」
そういって手を差し出す。
握手が標準的な挨拶だというのは確認済みだ。
「それはこっちのセリフよ」
と、差し出した手を握り返した瞬間、彼女の体が輝きだした。
「えっ!? うそ……あなたが私の主人なの? え、ちょっとまって!」
「あの……ペイルーンさん?」
「だ、だめよ、私には研究が……ああ、でも何なの、この人の顔を見てたらなんだかムラムラと……だめ、まだ心の準備が……」
えっと。
色白の美少女は体を真っ赤に光らせてあたふたと焦っていた。
この光る体はあれか、アンと同じくメイド族ってことなのか?
「と、とにかく今日の所は出直してくるわ、ごきげんよう」
そう言って逃げるように去っていった。
「どうされました?」
顔を出したアンに説明する。
「そんなことが……、私がいれば無理にでも押し留めたところですが、失敗でしたね」
「無理強いはいかんだろう」
従者になって一生仕えるんだろう、メイド族ってのは。
そういう相手には余計になあ。
「何を言ってるんですか、メイドにとって主を得ることは最優先の課題であり、また死活問題でもあるんですよ?」
「そうなのか?」
「その人の体が真っ赤に輝いたということは、ご主人様がもっともふさわしい、言い換えれば相性のいい相手であるという何よりの証拠です」
わかりやすいな。
そういえばアンも自信満々で俺を主人と決めていたからな。
「主人を得た充実感というものは、私もご主人様にお仕えしてはじめて理解出来ましたが、これは何事にも代えがたいものです。それ以前に、主人を得られずに死んだメイドはゴーストとなって成仏できずにさまようことになるんです。それは恐ろしいことですよ」
「そりゃ気の毒だな」
「話を聞く限り、脈はありそうなのできっとすぐに戻ってきますよ」
「そうかな?」
はたして一時間もしないうちに先ほどのペイルーンと名のった金髪美少女は戻ってきた。
今度はコートを脱いで、メイドの格好だ。
つまりエツレヤアンの学者ではなく、メイド族の娘として来た、ということだろうか?
わからんけど。
「ご、ごきげんよう、また会ったわね」
「そうだな」
「しょ、しょうがないじゃない! あんたの顔が脳裏に焼き付いて離れないんだから」
「そりゃどうも」
「まさか探し求めてた研究対象が運命の主人だったなんて、動揺してもしかたがないでしょう」
「そんなもんかい?」
「発掘予定が洪水で中止になって、今日戻ってきたのも運命だったのよ」
「ははあ」
「だ、だから、わ、わたしを……わたしを……」
ペイルーンは顔を真赤にして、ガクガクと震えながら、身悶えしている。
面白い娘だな。
美人なのにもったいないというか、むしろそれでいいというか。
ああ、こういうのが相性がいいということなのかな?
「だ、だめ、私には研究が……」
その場でぐるぐる回りながら、悩んでいるようだ。
しかたないので、適当に助け舟を出してみる。
「研究ぐらいは、どこでもできるんじゃないのか」
「え、いいの? でも、従者になったら朝から晩までご奉仕してるんじゃ、というかしたくてしたくてたまらないんだけど、どうなってるのよ私の体は……」
したくてたまらないって……。
「ああ、その素敵なほっぺたに頬ずりしたい、ちょっとたるんだお腹をぷにぷにしたい、その下の方のナニでナニを……ってなによこれ、まるっきり変態みたいじゃない、ああもう、ああ、あああ……」
うん、変態だな。
「奉仕以外の仕事ってことなら、うちのアンも昼間は奥でしてるよ」
「そ、そうなの?」
「はい、もちろん夜はご奉仕させていただいてますけど」
隣でおとなしく控えていたアンも、相槌を打つ。
「夜だけ? じゃあ、け、研究も多少はできる?」
「大丈夫じゃないでしょうか」
アンは安請け合いするが、今日も朝から何度もご奉仕してもらってるけどな。
まあいいか。
「じ、じゃあ、あ、あの……わた…わたしを……」
「うん」
「あなたの従者に、して……、してくださいっ!!」
顔を真赤にして体を輝かせながら、ペイルーンは頭を下げる。
アンの時以上にわけが分からないが、断っていい状況じゃないよな。
なにより、俺はこの子をすっかり気に入ってしまったようだ。
「わかった、よろしく頼む」
「あ、ありがとうございます!」
ペイルーンはますます体を真っ赤に輝かせて、全身で喜びを表していた。
そうかそうか、そんなに嬉しいのか。
よくわからんが、よかったな。
「さあさあ、じゃあ奥に入って契約の儀式を」
アンに促されて、俺とペイルーンは奥に入った。
たっぷり時間をかけて、契約完了。
アンよりは多少、女らしいメリハリのある身体を堪能する。
契約を終えると体の光もすっと消えてしまう。
ほんとに不思議なもんだな。
「素敵……こんな素晴らしいなんて、想像もしてなかった」
お人形のように柔らかな金髪を撫で付けてやると、ペイルーンはうっとりとした顔で、俺に甘えてくる。
「そうでしょう、主人を持ったメイド族の幸せは、持ったものにしかわからないんですよ」
そばで控えていたアンが答える。
そういえば契約の間、ずっとアンが横にいたので、すごく気になったのは内緒だ。
そういうプレイは、俺にはまだ早すぎたようだ。
「体の奥から満たされてる感じ、私がご主人様のものになったんだってのが、すごく実感できるわ」
「まあ、よろしく頼むよ」
「ええ、任せてちょうだい、ご主人様!」
ペイルーンは自信たっぷりにそう言った。
「あたらめて自己紹介させてもらうわ。私の名はペイルーン。イドゥール工房で考古学の古代文明論をやっているわ。クラスで言えば錬金術師ね」
「クラス?」
と尋ねた俺に、アンが補足を入れる。
「メイド族は生まれ持った資質に応じてクラスに分けられるんです。私は巫女ですし、彼女のような錬金術師の他にも戦士や騎士、魔導師といったものがあります。これは冒険者の役職に習って付けられた便宜的な振り分けなんですけど、ほぼ同じような特性を持っていると思ってください」
「なるほど」
「ご主人様は、あまりホロアのことに詳しくないのかしら?」
「まあ、よそ者だからな」
そのホロアってのも知らん。
「そうだわ、そのことを忘れてたじゃない。ねえ、ご主人様はどこからどうやってきたの? 聖書にはいくつかの異界文明が記されてるわ。デンパー、ラオーレ、そしてアジャール」
「いや、どれも知らないなあ。俺は地球って星の日本って国から来たんだよ」
「地球……うーん、思い当たる単語はないわねえ。で、どんなところ? 気候は? 国の仕組みは?」
まくし立てるペイルーンの前に、アンが割って入る。
「ペイルーン、少し落ち着いて」
「ちょっとまってよ、今いい所なんだから」
「だめです。あなたも従者となったからには、先にすることがあるでしょう」
「え、ご奉仕? たしかに、もうムラムラしてるけど」
「違います! 今後の身の振り方です。研究を続けるにしても、完全に今までどおりとは行かないでしょう」
「そ、そうだったわね。ちょっと取り乱しちゃったわ、ごめんなさい。でも、どうしよう」
「ご主人様は異邦人ということで身寄りもありません。今は私が教会から借りたこの店で仮住まいです。いずれは名を挙げて……ということになるかもしれませんが、それは先の話です」
「そうね、じゃあ私もここに引っ越してくるわ。寮は独身者用だし、部外者は住めないもの」
「わかりました、まずはその支度ですね」
「荷物はちょっとしかないから平気よ。ひとまず工房長と、あと私の世話役だったビオンにも挨拶しないと」
「そうですね」
「世話役ってのは?」
ちょっと会話に加わりたかったので聞いてみる。
「見習いのメイドは私のように単身修行をするものもいますが、クラスに基づいて修行するものもいます。ペイルーンも、その世話役の元で修行という形で研究していたのでしょう」
「そういうこと。私の場合は世話役は工房長のメイドだったから」
「なるほどね」
頷いた所で、ペイルーンはアンに向き直る。
「従者はあなただけなの?」
「はい、改めてアンと申します。お互いに切磋琢磨して、ご主人様に尽くしてまいりましょう」
「よろしくお願いするわ。私、実のところ研究ばかりであまり従者としての修行はしていなかったのだけれど」
「身の回りのお世話だけなら、私だけでも十分ですけど、やはり、そこの所はしっかり覚えてもらわないと」
「そうね、わきまえているつもりよ」
「あとは、お仕事ですね。ご主人様は、有り体に言えば無職です。所領も官職もなく、全く収入がありません。異世界から来られたのでしかたがないのですが、やはり我々でどうにかしていかねばなりません」
「わかったわ。あ、でも私、お金全然ないんだけど……」
「工房ってので働いてたんじゃないのか?」
と俺が聞くと、
「経費は出るけど見習いだからタダ働きよ」
それとなく聞いてみたら、とんでもない答えがかえってきた。
ただ働きはいかん、いかんぞぉ。
「御心配いりません、ここの稼ぎで四人までなら食べられる計算です」
アレだけ質素なのにどこにそんな余裕が、と思ったが、あえて突っ込むのはやめた。
養ってもらう立場で言うことじゃないだろうからなあ。
三人で連れ立って工房に向かう。
俺達の住んでいる街は、アカデミアと呼ばれる学園都市を取り囲むようにできた街で、その中央、小高い丘になったところを堀と塀で囲まれた中に目指す工房はある。
お城と城下町みたいなものか。
塀の中はずいぶんと雰囲気が違い、いかにも研究者と言った風体の連中がウロウロしている。
今では冒険者学校としてはほとんど機能していないそうだが、様々な分野の研究者が集う場所として、知られているという。
工房長のイドゥールは白髪交じりの絵に描いたような学者風の男で、そのイドゥールの従者であり、ペイルーンの世話役であるビオンはむっちりしたメイドだった。
いいなあ、むっちりメイド。
面倒なことになるからと、俺が異世界からの異邦人、つまりペイルーンのいうところの放浪者である、というのはふせて、旅の異国人として紹介された。
メイドのビオンはペイルーンが主人を得たことを手放しで喜んでいたが、工房長のイドゥールは貴重なスタッフが欠けることを惜しんでいた。
そりゃタダ働きの労働者が一人いなくなれば困るだろうが……。
落ち着いたら研究は再開したいが、当面は従者としての生活に専念すると言って、ペイルーンは話をつけたようだ。
ペイルーンのスーツケースひとつ分の荷物を手に、狭い我が家に戻ってきた。
「へ?」
ちゃぶ台に並ぶ食事を見てペイルーンが面白い声を上げる。
「ご飯ってマメだけ?」
「マメだけです。朝はパンがでます」
「そ、そう……いただきます」
粛々とマメスープをすするペイルーン。
まあ、気持ちはわからんでもないけどな。
と、アンの方を見ると、何やらアイコンタクトしてきた。
ああ、アレか。
「ほら、あーん」
スープをすくって、差し出してやる。
「え、なに!? いいの?」
「ご主人様の施しですから」
施しか、いい響の言葉だな。
たっぷり施してやるから、あとでご奉仕を頼むぞ。
長い髪をかき分けて、スプーンをそっと口に含む仕草がえろかわいい。
メイド族ってのはみんなこんななのか?
「それにしても……働かなきゃねえ」
食後にみんなでまったりと体を寄せあっていると、ペイルーンがそうつぶやいた。
やはりお前もそう思うか。
なんせマメだもんな。
「錬金術師ならポーションとか作れませんか?」
「基本的なのなら作れるけど、私は発掘専門だったから。穴掘りとか古文書読むのは得意なんだけど」
「御札も基本の護符しか売れないので大丈夫だと思いますよ?」
「冒険者用よね、それなら丸薬のほうがいいかもね。明日にでも材料を仕入れに行ってくるわ」
「神殿の洞窟ですか?」
「そうなるわね」
「じゃあ、初の冒険になりますね。紳士への道の第一歩です」
「え、ご主人様って紳士だったの?」
「そうですよ、気が付かなかったんですか」
「た、たしかに独特の精霊力を感じたけど、てっきり放浪者だからかと。言われてみると、紳士っぽいわね、いや、間違いなく紳士だわ」
「この世界の紳士と全く同じかはわかりませんが、ほら、印もお持ちです」
「ほんと……そっか、私、紳士様の従者になれたんだ。なんだか夢みたい」
「そうでしょう」
「なんだかまたムラムラしてきたわ。ねえ、ご奉仕していい?」
そうやって金髪美少女にねだられたら、拒めるはずもないだろうに。
たっぷりねっとり奉仕を受けて、再びまったり中。
「で、冒険ってのはどういうことだ?」
と尋ねるとアンが、
「丸薬をペイルーンに作ってもらって売ってみようと思うんですが、材料になる薬草は、この辺りでは神殿のそばにある洞窟でしか取れないんです。そこは多少魔物なども出ますので、冒険となるわけです」
「なるほどね、まあそろそろ何かしなきゃと思ってたところだ。しかし気をつけてくれよ、俺が一番弱そうではあるが」
「大丈夫、私たちはご主人様さえ無事なら死にませんから」
「どういうことだ?」
「それがご主人様のものになるということです。ご主人様が生きている限り不死身ですし、ご主人様が死ねば共にアシハラの園に旅立ちます。そういう理ですから」
「そ、そうなのか」
どういう仕組なんだか。
一見、普通の近世風世界なのに、時折、不思議設定が顔を見せるな。
と思ったらペイルーンが、
「それ、眉唾じゃない?」
「そうでしょうか、教会ではそう教えていますが。少なくとも紳士に仕えたメイドは不死身だという話ですけど」
「紳士だけが特別なのかしら? 寿命で死ななくなるとは聞くけど、怪我とかだとやっぱり……」
などと言っている。
ご当地の人間にわからないのなら、当然俺にもわからんな。
まあ、なるべく死なないように頑張ろう。
「ところで、私は発掘用の装備があるけどアンは?」
「私も修行で何度か潜ったことはありますので、僧兵用の装備があります」
「ご主人様は?」
「ないよ」
簡潔に答えると、アンがうなずいて、
「戦闘経験がないなら装備は意味が無いかもしれませんが。明日、神殿で借りられないか聞いてみましょう」
とのアンの言葉で明日の予定は決まり、今夜の予定に切り替わる。
「さて、ご主人様には聞きたいことがいっぱいあるけど、まずはご奉仕させてもらおうかしら」
と、舌なめずりするペイルーン。
またか!
いいぜ、かかってこいよ。
「二人でご奉仕だと色々できそうですね」
と、アンの目つきも艷っぽい。
お、お手柔らかに。
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