第一次お菓子革命戦記

 県立岡科おかしな高等学校にはおかしな校則がある。生徒は毎日お菓子を食べなければいけない、というものだ。六限目のあと、15時から15時15分の間はお菓子の時間と決められている。毎日15時になると、生徒は学校から配られたお菓子を食べる。お菓子のメニューは日替わりである。クッキー、チョコレート、プリン、カヌレ、ゼリー、マシュマロ、ラングドシャ、グミ、ラムネ、栗饅頭、三食団子、杏仁豆腐、最中、おはぎ、あんみつ、りんご飴、パンケーキ、わたがし、キャラメルポップコーン、チュロス、たい焼き、どら焼き、ミニクリームパン、バターサンド、フレンチトースト、塩大福......。

 この校則(お菓子新法)は初代校長である奄美あまみ氏が制定したものである。より良い大学に進学するためには甘いものを食べて脳を活性化する必要がある、というのが奄美氏の持論であった。彼の鶴の一声によって校則が施行されてから五十年、生徒たちは毎日お菓子を食べ続けている。

 しかし先日、お菓子新法に異を唱える生徒が現れた。第五十一代生徒会長の佐藤好さとうこのみである。彼は令和五年度第一四半期生徒会議会において次のように提言した。

「お菓子新法は直ちに撤廃するべきである。今や周知の事実だが、岡科高校の生徒の健康状態は県内ワーストを記録している。血糖値、虫歯の割合、肥満度、体脂肪率、基礎運動能力、どれをとっても岡科高校は県内最下位である。これは紛れもなくお菓子新法の悪影響によるものである」

 これに対し、第十二代校長の樫田樹かしだいつきは次のように反論した。

「岡科高校生の健康状態の悪さがお菓子新法によるものだとする根拠はどこにもない。お菓子新法は岡科高校が代々守り続けてきた伝統であり、これを放棄しては歴代の卒業生や教師たちに面目が立たない。よってお菓子新法は引き続き効力を持つものである」

「歴史や伝統に何の価値があろうか。お菓子新法は今を生きる若者の健康を害し、光り輝く未来に影を落とそうとしている。健康こそ人間の最大の資本である」

「お菓子新法はそもそも、生徒たちの学力向上を目的として制定されたものだ。今では当初の目的を超え、生徒たちの学校生活に希望を与える存在となった。毎日お菓子が食べられることほど幸せなことはない。お菓子こそが、生徒たちが学業にいそしむモチベーションの源であるのだ」

「目先の快楽のみを目指して将来に目をつぶることほど愚かなことはない。そもそもお菓子新法が学力向上を目的としていると言うが、お菓子によって生徒の学力が上がったことを示す根拠はどこにもないではないか」

 第五十一代生徒会副会長の百乃汁子もものしるこは独自に調査を行い、結果を報告した。

「先日行った一斉投票の結果をお伝えします。一年生から三年生までの全校生徒のうち、お菓子新法の撤廃に賛成の者は50パーセント、反対の者は50パーセントでした」

 この論争は岡科高校史上類を見ないほどの白熱を見せ、やがて血で血を洗う紛争へと発展した。お菓子新法の撤廃を唱える革命派はお菓子工場から高校を結ぶお菓子供給のパイプラインを爆破し、強制的に高校からお菓子を遮断した。一方保守派はお菓子工場と高校にヘリポートを建設し、空輸によるお菓子の供給を開始した。それに対し革命派はお菓子の原材料となるサトウキビ、小麦、カカオ、米の農場を残らず焼き払った。保守派は対象物を二倍に増やす秘薬「バイバイン」を開発し、既存のお菓子の消費をストップすることで供給を続けた。両者の争いは、のちに第一次お菓子革命と呼ばれる。

 第一次お菓子革命の勃発から十年、平穏は突如として訪れた。岡科高校に入学した一年生米林麦よねばやしむぎは次のように提案した。

「なんでこの高校のお菓子は甘いものばかりなんだ? もっと辛いお菓子を食べれば良いじゃないか」

 こうして、第一次お菓子革命は、甘いお菓子の割合を減らし辛いお菓子の割合を増やすことで決着した。それ以来、岡科高校のお菓子のメニューは次のような並びになる。クッキー、煎餅、チョコレート、ポテトチップス、プリン、柿の種、カヌレ、トルティーヤチップス......。

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