扉の音
屋上へ続く階段を上りながら、カズキは緊張を募らせていた。次第に足取りが重くなっていく。下りのエスカレーターを上っているような気分だった。
それでも引き返すわけにはいかない。彼は一段一段踏みしめるようにして、校舎の屋上を目指す。上靴の立てる乾いた音が、冷たい壁に反響する。
それはミズキからの呼び出しだった。
塔屋にたどり着くと、屋上へ続く扉は開けっ放しになっていた。扉越しに、がらんどうの屋上が見えた。ミズキはまだ来ていないようだった。
カズキは少し安心して屋上に出た。顔を上げると、薄い水色の空が広がっている。もう三月だというのに、空気は真冬のように冷たい。
カズキは出てきた扉を閉めると、胸の高さまである柵に向かって歩いた。
* * *
二人は高校に入ってすぐに仲良くなった。
———ミズキとカズキって、似たような名前ね。
例えばクラスの数人で話しているとき、二人はこっそりと目を合わせた。
———それに、同じ希望の「希」。
ミズキと目を合わせると、カズキは自分の心が満たされるのを感じた。まるでその瞬間は、彼女が自分のためだけに存在しているみたいに。
三年生に上がるころから、二人は同じ大学を目指していた。
すっかり仲良くなった二人は、一緒になって勉強をした。教室で、あるいは図書室で。
同じ参考書を開き、同じ問題を解いた。それでも、カズキの方が間違いが多かった。
———また間違えたの? バーカ。
図書室で、周りの誰にも聞こえないようにミズキがささやく。しっかりと彼と目を合わせて。
大学に入ったら告白しよう。カズキはそう決意した。大学に入ったら。
* * *
屋上から足元を見下ろすと、グラウンドでたくさんの生徒が動き回っていた。部活の練習なのだろう。野太いかけ声や、ボールの弾かれる音が無数に発せられる。
しかし、カズキの耳にそれらの音は届いていなかった。彼は自分の背後からの音をじっと待っていた。
後ろの扉ががちゃりと開いて、ミズキが屋上に出てきたとき、どんな顔をして振り返れば良いだろう。
そのことを考えながら、カズキは扉の開く音を待った。
* * *
大学の合格発表の日、カズキは自分の受験番号を見つけた。小さなスマートフォンの画面に、彼の受験番号は確かに存在した。何度もページを拡大したり更新したりして、そのことを確かめた。
彼はすぐにミズキにメッセージを送った。
———受かってた!
その返信はすぐに届いた。
———おめでとう
———私はだめだった
* * *
約束の時間を十五分過ぎても、ミズキは屋上に現れなかった。メッセージにも既読マークは付かなかった。自分の手で閉めた扉は閉まったままだった。
とりあえず彼女の家に行ってみよう。そう思って振り返ると、塔屋の屋根の上に人の姿があった。梯子を使わなければ登れない場所だった。なぜなら、その場所だけは柵がない。その人物は、建物の縁のぎりぎりのところに立っていた。
それはミズキの姿だった。
二人はその場でそっと目を合わせた。教室で、あるいは図書室で、いつもそうしていたように。やがて彼女の体がゆっくりと後ろに倒れ始めるまで。
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