真面目にやれよ

「真面目にやれよ」

 というのが、生徒会長の口癖だった。俺はその言葉が、わりと好きだった。生徒会の会議中に実花とふざけて、会長を怒らせるのが好きだった。

 会長は怒ると、声が小さくなって、どんどんうつむきがちになる。きっと怒り方が分からないのだろう。そのくせ、顔はちゃんと赤くなる。そして俺にも聞こえないような声で、ブツブツと文句を垂れはじめる。よくよく耳をそばだてると、彼はこう言っていた。

「真面目にやれよ、真面目にやれよ、頼むから」


 真面目にやる気なんて、さらさらなかった。生徒会に入ったのは、実花が一緒にやってほしいと言ってきたからだ。それに彼女にしたって、別に学校を良くしたいなんて思っていない。生徒会をやりたがる生徒がほとんどいなかったから、教師が実花に頼み込んだのだ。

 実花は人気がある。顔が良いし、スタイルも良いし、人懐っこい。高校に入ったばかりの頃から、実花は自慢の彼女だった。

 彼女は生徒会に入るにあたって、条件を付けた。俺を一緒に生徒会に入れることだ。そんな経緯で、生徒会は無事に三人体制になった。会長と、副会長の実花、それから書記役の俺。もちろん、役職なんて名前だけなんだ。


 生徒会室に入ると、実花が一人でスマホをいじっていた。

「あれ、会長は?」と俺は聞いた。

「ああ、なんか生徒会やめるらしいよ」

 実花はスマホの画面を見ながらそう言った。

「え、初耳なんだけど」

「さっき会長がここにきて、僕はやっぱり生徒会長に向いてないからやめる、って言って出て行っちゃった」

 は?なんだよそれ。

「お前、止めなかったの?」と俺は聞いた。責めるような口調になった。

「別に、いないならいないで良いかなと思って」

 実花は当たり前のようにそう言った。

「でも、あれでも生徒会長だぜ。会長がいない生徒会ってどうよ」と俺は言った。

「べつに生徒会なんて名前だけでしょ」

「でも、あいつがいなかったら、教師からの雑務、俺らがやることになるじゃん」

 実花はスマホを切ると、俺を睨んできた。明らかにイラついていた。

「そんなの大した問題じゃないでしょ?なんで私が怒られなきゃいけないの?あんただって、会長のクソ真面目なところがムカつくって言ってたじゃん」

「そりゃそうだけど」

 そりゃそうだけど、の後が続かなかった。確かに俺は、会長の真面目さが嫌いだった。どうでも良いことを時間をかけて議論しようとするところが嫌いだった。だから怒らせて遊んでいたのだ。

「だけどなんなの?」と実花は吹っ掛けてくる。

 だけど、だけど、

「せめて引き留めてやれよ」と俺は言った。なぜだか少し悲しくなった。


 会長が生徒会に来なくなって、二か月が経った。たまに廊下ですれ違っても、あいつはだんまりを決め込んでいる。久しぶりと声をかけても、久しぶりと返されるだけだ。最近どうよ、と聞く前に、早足で立ち去ってしまう。

 一度くらい、走って追いかけて張り倒してやろうかと思った。でも結局、それはしなかった。自分があいつを責めて良い立場でないことは分かっていた。俺と実花が冷たくしたから、あいつは生徒会に来なくなったのだ。


「私たちは悪くないでしょ、あいつが空気を読めないクソ真面目なのが問題だったのよ」

 あいつの話題を出すと、実花は機嫌を悪くする。

 確かに実花も間違っていない。あいつがクソ真面目なことが問題だったんだ。もう少し、気楽にやれば良いのにと思う。そうすれば、三人でお昼を食べるくらいには、仲良くなったかもしれない。


 この二か月間、会長が会長でなくなったことで、困ることは何もなかった。俺と実花は二人だけで生徒会室を好きに使えたし、「週次定例」なんていう無駄な会議の時間はなくなった。たまに教師から降ってくる経理の仕事は、二人で放課後の一時間を使えばすぐに片付いた。

 生徒会長なんて、しょせんその程度だったんだ。


 卒業式の送辞は、俺が読むことになった。副会長は実花だったけれど、彼女はどうしてもやりたがらなかった。決められた文章を読み上げるだけの、簡単な仕事だった。

 体育館の壇上から、会長の姿を見つけた。二年生は体育館の後ろの方だから、小さな豆粒のようにしか見えなかった。表情は分からなかった。


 新年度になり、後輩に仕事を引き継いで、俺と実花は生徒会の任を解かれた。

「先輩、今まで二人だけでやっていたなんて、すごいです」と後輩は言う。

 次の生徒会は、女子三人組だ。三人とも自分から立候補したという。良い生徒会になりそうだと思った。

「大した仕事じゃないけど、よろしくね」と俺は言った。


 実花の家で、生徒会の打ち上げをした。もちろん会長は呼ばなかった。実花の母親がケーキを焼いてくれた。クリームチーズを使ったケーキで、甘くはなかったけれど、優しい味がした。ケーキを食べてから、実花とひたすらゲームをした。打ち上げでもなんでもない、結局ただのおうちデートになった。

 ゲームに疲れると、実花は俺の太ももを枕にして横になった。その横顔が、本当にかわいいと思った。俺は実花に聞いてみた。

「実花、俺が浮気したら怒る?」

 実花はぱっちりと目を開けると、寝転がったまま俺を見上げた。

「浮気してるの?」と不機嫌な声で実花は聞いた。

「してないよ。もしもの話」と俺は言った。

「怒る。絶対許さないからね」

 実花はすぐにそう答えた。

 嘘だ、と思った。もしも俺が浮気をしたら、実花はさんざん俺の悪口を言って、別の男に乗り換える。誓っても良い。実花は絶対にそうする。しょせん俺だって、たいした人間じゃないんだ。

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