その弦を鳴らして

 バンドを始めたころは、ギターの弦が六本あるのがうらやましかった。ベースはただでさえ音が低いのに、弦が四本しかない。だからギターみたいに派手な演奏はとてもできない。

 でも今となっては、ベース担当になって良かったと思っている。弦が六本もあったら、鳴ってほしくない弦も鳴らしてしまう。ギターは余計な音を出さないようにするのが難しいのだと、ギターを三年で辞めた兄が言っていた。

 ベースは良い楽器だ。その音は強く、それでいて膨らみがある。基本的に和音は鳴らさない。一本の弦を弾くと、一つの音が鳴る。単調な音の繰り返しがリズムを作り、音楽の土台となる。そういうところが好きになった。


 毎月の第一火曜日を、僕たちはいつも楽しみにしていた。その日は吹奏楽部の活動が無くて、軽音楽部が音楽室を使える日だから。

 軽音楽部は普段、使われなくなった体育館倉庫で活動している。なぜそんなしみったれた場所を割り当てられたのか、今では誰もわかっていない。

 体育館倉庫は高校の敷地の端にあって、すごく地味な場所だ。空調はついていないし、蛍光灯はいつも薄暗い。コンクリートの打ちっぱなしのような建物で、冬になると、壁が氷のように冷たくなる。ガレージロックみたいで良いじゃないかと、顧問は言っていたけれど、僕にはその良さがちっともわからない。

 だから、音楽室を使える日には、僕たちはいつも上機嫌だった。吹奏楽部のドラムセットとアンプを、その日だけは軽音楽部が使っても良いことになっていた。吹奏楽部の機材は、僕たちのそれとはまるで別物だった。ぴかぴかしていて、とにかくでかい。ベースアンプなんか、僕の身長と同じくらいの高さがある。

 僕たちは意気揚々とセッティングをした。せっかくの防音壁なのに、僕たちはいつも窓を開けることにしていた。学校中に俺たちの音を聞かせようぜと、バンドの誰かが言い出したのだ。

 音楽室は、なぜだかいつも暖かい。防音壁のせいかもしれないし、窓から差し込む夕日のせいかもしれない。そこにベースの音が加わるときの、音が空気に馴染んでいく感覚が、僕はたまらなく好きだった。


 大切なものは箱の中にしまっておくべきだと思う。後からいじくり回してしまわないように。

 だから、高校を卒業するとき、僕はベースを吹奏楽部に寄贈してきた。僕の好きなベースの音が、僕の好きな音楽室でこれからも鳴り続けてくれるように。

 僕はもう、ベースを弾かなくなった。

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