声を聞かせて
彼との電話は、もう一年も続いている。その電話は、
「もしもし」
で始まり、
「おやすみ」
で終わる。いつもそうだ。
私たちの会話は、とりとめのないものばかりだ。学校での出来事とか、マックの新作の話とか、好きなアニメの話とか。とにかく、どうでも良いことをひたすら話す。話題がないときは、昨日話した内容について話す。だから、まるっきり同じ話を繰り返すこともある。私に言わせれば、話の内容なんてなんでも良かった。ただ彼と話していれば満足だった。彼の眠そうな声、曖昧なあいづち、ベッドの中で寝返りを打つ時の、かすかな衣擦れの音。スピーカーから流れる彼の音のすべてが、私は好きだった。
「うちのインコが迷子なんだ」
彼はいつものけだるげな声で、そう呟く。
「うそ、大丈夫なの?」
私はそう聞き返す。彼の家ではインコを飼っている。体が緑色で、頭が黄色のセキセイインコ。一度、写真が送られてきたことがある。
「わからない。いつの間にか小屋の扉が開いていて、家じゅうを探し回ったけどいなかった。もしかしたら外に出たのかもしれない」
彼は淡々と、そう説明した。
こういうとき、私はなんて言えば良いのかわからなくなる。大変だね、見つかるといいね。そんな言葉は、まるで他人事みたいだ。私は彼の他人になりたくはない。
だから、さんざん迷った挙句に、私はこう言った。
「私がインコを探すよ」
わずかな沈黙のあと、彼の明るい笑い声が聞こえた。私はとたんに恥ずかしくなって、かぶっていた毛布を顔まで引っ張り上げた。私の顔なんて、彼には見えないのに。
「あはは、ありがとう。助かるよ」
彼は笑いを嚙み殺しながらそう言った。今、私の顔が、彼に見えなくて良かったと思った。
本当は、彼に会いたくてたまらないのだ。私たちは、一度も顔を合わせたことがない。彼とはSNSでたまたま繋がった。それ以来ずっと、電話ばかりが続いている。私にとっての彼は、そして彼にとっての私も、実体のない声だけの存在だ。
だから、私がインコを探すと言ったとき、私の下心が彼に伝わったような気がした。インコなんてどうでも良くて、本当はただ彼に会いたかった。回りくどい言い方でも、彼に会いたいと伝えたかった。
いつか勇気が沸いたら、今度はごまかさずに伝えてみようと思う。あなたに会いたい、顔を見てみたいと。でもそれには、もう少し時間がかかりそうだ。
その翌日、彼のインコは無事に見つかった。インコは洗濯籠の奥の方で、のんきな顔で眠っていたという。
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