第5話 最愛の犬
僕の家には、真っ白な紀州犬を少し小さくした綺麗な犬がいた。名前は「シロ」。そのままの名前だが、それだけその白さが印象的だった。教える芸は全て覚える賢い犬で、一人っ子だった僕の弟のような存在で、家族の一員だった。
しかし、僕が帰る頃には18歳で、人間の年齢にすればもう100歳近くだった。その年の春帰った時は元気に散歩もできていたのに、その後痙攣で倒れ、復活したものの、そこから歩くこともできないくらい弱っていた。
僕は、シロが弱っていく姿を見るのがとても辛かった。そもそも、自分だけ東京に行って好き勝手やってる間にも、シロは確実に歳をとっていき、地元の大学に行くなどしてもっと一緒に時間を過ごすこともできたはずなのに、それができなかったことが今更ながら悔やむのだった。
慣れぬ介護を母に教えてもらいながらやるのだが、それでも四六時中見続けるのはなかなかにきつかった。懺悔する思いがありながらも、就活に落ちた精神的な弱さも圧迫し、満足に介護できていたのか、今でも疑問に思うのだ。
シロが亡くなる前日のことは生涯忘れられない。散歩するため車で郡山の公園に向かった。シロの身体がきついのはわかっていたので、ダンボールの下敷きの上に犬用のマットを敷いた。後部座席に母と共にシロは目を瞑り眠っていた。
秋の日差しが心地よく肌に向けられ、シロは僕に抱かれたままウトウトしていた。すれ違い様、カーキのトレンチコートを羽織ったおばさんが声をかけてきた。おばさんはシロを見て
「可愛いワンちゃんだね。ウトウトとして。何歳になるの?」
と聞いてきて、少し人見知りしたが、何とか声を振り絞り
「今年で18歳です。もう結構な年になってしまって。」
と返した。
「そう。飼い主さんに抱かれて、とても幸せそうな顔をしてるわね。」
おばさんはそういって、ドングリの木が立ち並ぶ道へと向かった。カーキ色のトレンチコートは、まるで夏から秋へと葉が移りゆく様を表しているかのように見えた。
おばさんの言葉を聞いて、僕は嬉しくなった。
「ああ、もしかしたらまだシロはあと何年かは生きてくれるかもしれない。」
そう期待せずにはいられなかったのだった。
しかし、次の日、シロは老衰で亡くなった。朝、水と大好きなカリカリのドッグフードを水で柔らかくしたものを母が食べさせた。そして、午後になって痙攣を起こして倒れた。母は、
「多分、もうこれが最後だよ。お父さんを呼んできて。」
と仕事中だが、偶然近くにいた父に電話し、1時間もしないうちに、父は帰ってきた。
シロは僕ら家族に囲まれた。30分くらいしてからだ。最後の力を振り絞り、白内障で白くなった目を一生懸命開けながら、母、父、僕の順で見つめた。そして、力尽きたように頭がゆっくりと床に倒れた。僕は、最愛の弟を亡くした。どうしようもなく悲しかった。
「もっと、自分に力があれば。早く仕事についてれば、いい獣医さんにつれて行って、もっと長生きさせられたかもしれないのに、もっと。。」
涙が止まらなかった。嗚咽がどこまでも喉の底から底なしに溢れてくるようだった。こうすればよかった。ああすればよかった。自分の無力さばかりが、とにかく情けなかったし、責めずにはいられなかった。
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