第8話 鹿島の朝は遅い。

眩しい。

太陽はもう高く昇っている。

部屋に差し込む日光で鹿島かじまは目を覚ました。


重たい頭を持ち上げ、煙草とマッチを探す。

まずは一服しなければ。

ニコチンの離脱症状と昨夜の日本酒が脳の覚醒を妨げる。


マッチを擦り、咥えた煙草に火を灯す。

肺一杯に吸い込み、吐き出す。


朝起きてから煙草を吸い、インスタントコーヒーを飲むのが彼女のルーティーンだった。


彼女の家は「喫茶一匙きっさひとさじ」の近く、よくある6畳一間の賃貸アパート。

実家もすぐ近くなのだが、歴史と伝統を重んじる家の者たちとはどうにも馬が合わず、

喫茶店で働くことが決まってすぐに実家を出た。

今ではたまに顔を出すくらいでほとんど実家には寄りつかない。

母親は顔を合わせるたびに小言を言ってくるが、いい加減慣れたので適当に聞き流している。


喫茶一匙きっさひとさじ」の本店、和菓子屋「北鹿ほくろく」を営む北鹿家ほくろくけとうちの家は代々繋がりがある。

うちの家と鹿苑ろくおん玉鹿ぎょくかの家の三家は、古くから北鹿家ほくろくけの家臣として仕えていて、北鹿家ほくろくけの当主には三家から一人ずつ補佐役がつく習わしがあるそうだ。


うちのマスターが「北鹿ほくろく」の本店を取り仕切っていた時も、爺さん達が補佐役として付いていた。

マスターの息子が本店を継ぎ、当主を引き継ぐための修行が始まる際に彼らは息子の補佐役に移った。

本店を息子に譲り、マスターは一人で小さく喫茶店を始めようとしていたらしいが、伝統にうるさい周囲がそれを許さなかった。

しきたり通り三家から補佐役、というか従業員を出すことになった。

喫茶店なので各家から女性(今どきどちらでもいいと思うが)が選ばれた。

私の場合は実家から出たかったので自分から立候補したが。




などと思い出しているうちに頭が冴えてきた。


やはり煙草はうまい。

一時期禁煙しようと思った時もあったが、もう手放せない。

煙草というものはそのまま吸ってもいいし、珈琲と一緒にやっていい。


家では面倒なのでインスタントだが、喫茶店ではうまい豆があるのでハンドドリップで淹れる。

自分でも淹れるが特に鹿苑ろくおんが淹れた珈琲がうまい。まあマスターには負けるが。



煙草は酒と一緒にやってもまたいい。


この地域は米どころなので日本酒が美味い。

昨日も喫茶店の閉店後、締め作業はのお供は日本酒。

近所の爺さんが差し入れてくれた地元酒造会社の大吟醸をやりながら1人でだらだらとやっていた。

締め作業の時間、夢鹿むじかには主に客席の掃除とレジ締めをやってもらっている。

最初の頃こそ伝票と金額が合わずに冷や汗をかきながらやっていたが、

根が真面目なのだろう、ほとんど間違いもなく、一生懸命にやっている。

それが終われば彼女には先に退勤してもらっている。

と言っても屋根裏部屋に戻るだけだが。


私はといえば、洗い物、キッチンの清掃、食器・食材の整理、引き継ぎノートの作成など、

裏方の細々したものを片付ける。

時間はかかるが、この作業が嫌いではない。

もちろん酒と煙草をお供に。

いや、煙草は店内では吸わないよ。寒くても外、縁側に腰掛けてやるのさ。



他のメイド達は嗜む程度にしか酒をやらない。非常にもったいない。

地元の美味いものはもっと大事にしていかないといけないんじゃないか。


などと考えながら出勤の準備をする。

熱いシャワーを浴びる。

髪を適当に乾かし、適当に櫛を通す。

私は髪には自信がある。生まれつき丈夫で、特別ケアしなくても問題ない。

黒髪長髪にこだわりがあるのと、結ぶのが面倒なのでそのまま髪を流す。

結ぶとしてもポニーテールにする程度。

仕事で邪魔になる時と、ご近所の手伝いで力仕事をたのまれた時くらい。


服もみすぼらしくない程度の適当な組み合わせで着込む。

どうせ店で制服に着替える。


さて、今日も出かけますか。

適度な労働、適度な飲酒、それが人生を楽しく生きるコツだ。






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