第5話 北鹿の仕事

※喫茶店の間取りを近況ノートに掲載しました。

2023年10月31日 「喫茶店の間取りを公開しました〜」

https://kakuyomu.jp/users/tyasaji_gyokuka/news/16817330666145044613

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和菓子職人の朝は早い。

いや、大抵の職人の朝は早い。

パン職人もそう、うどん職人もそうである。

それぞれに理由はあるだろうが、私の場合は喫茶店の開店準備が始まる前に和菓子の製作を終わらせるためだ。


喫茶一匙きっさひとさじ」の店主にして和菓子職人である北鹿ほくろくは毎朝5時に仕事を始めていた。


和菓子は良い。

日常のお茶請けとしても、特別な日の手土産としても活躍する。

見た目の美しさでもって四季を表すこともできる。


私の家、北鹿家ほくろくけは代々和菓子屋を営んでいる。

この店とは別に、北鹿家ほくろくけの屋敷と本店としての和菓子屋「北鹿ほくろく」がある。

そちらは武家屋敷の表通りの一角にあり、観光コースにも面しているのでなかなか好評をいただいている。

本店は息子が中心となって営業しているため、この喫茶店はほとんど私の趣味である。

今は私が当主だが、近々襲名式を行い正式に当主の座を息子に継がせるつもりだ。


現在喫茶店となっているこの建物は、元々「北鹿ほくろく」の本店であった。

下級武士であった北鹿家ほくろくけの副業として和菓子作りが始まった頃の話である。

小さな町屋様式の店舗だったが、徐々に好評を得て本店を別に設ける事になった。


元・本店の建物は小さい改修を重ねながら、小さく営業していたが、老朽化もあり取り壊しの話が持ち上がった。

しかし、歴史も愛着もあるこの店を手放す気にはなれなかったので、私から「隠れ家的な喫茶店」、兼「和菓子屋」、という形を提案したのだった。


ほとんどの者からは考え直すように何度も言われたが、そもそも本店が別にあり経営主体はそちらなのだ。

別にここで利益を出さなくとも良いのだし、老い先短い老人の最後の願いと思って…とのらりくらり受け流しながら説得していった。


周囲が反対した理由はもう一つある。

それは店員の制服。

いわゆる「クラシックメイド服」である。

これは先祖代々 北鹿ほくろくで働いてくれている家の娘から、熱い意見があった。

曰く、「クラシックメイド服が全てを救う。」だそうだ。

和の雰囲気はもちろん好きなのだが、純喫茶の雰囲気にも密かに憧れを抱いていた私は思い切って「メイドが働く純喫茶」という方向性を打ち出した。


お陰様で大ヒット…というわけではないが、古い馴染みのお客様や、噂を聞きつけた観光客などに人気が出て、まあまあ繁盛している。


桜のある小さな庭や、店の二階にある四畳半の茶室を残したことも良かったかもしれない。

定期的に開催する茶会や野点のだて(屋外で茶を点てる茶会)目当てのお客様もいる。もちろん従業員はクラシックメイド服で対応する。

茶会には着物が定番だが、メイドが点てるお茶もまた違った味わいがあって良い。

参加者の服装も自由にしており、新しい茶会の形が出来上がっている。


そんなこんなで始まった「喫茶一匙きっさひとさじ」、店主1名、従業員3名でこれまでやってきたが、先月から従業員が1名増えた。

まだまだ動きがぎこちないが、一生懸命やっているようだ。

他の従業員もそれぞれで面倒を見てくれている。

うまく馴染めると良いのだが。


さて、本日分の和菓子を一通り作り終えた。

そろそろ皆が出勤してくる時間だろうか。

開店準備が終われば私の仕事は終わったようなものだ。

あとは当店自慢の「メイド」達がうまく切り盛りしてくれる。

今日も穏やかな一日になりますように。

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