第79話 脈動

 地面においた巨大な漆黒の角材――つまりは終焉樹の核を、トモヤは右手でコンコンと叩く。


「悪い、フラーゼ。改めて相談に乗って欲しい。これを剣にしたいんだ」


「……これをっすか?」


 漆黒が禍々しいのか、恐る恐るといった様子でフラーゼが核に触れる。

 触れた瞬間、顔つきが真剣なそれに変わる。

 しばらくの間、観察を続け――数分後、集中力が切れたのか、ふーと深い息を吐きながら頭上を仰いだ。


「これは、とんでもないっすね」


 世界最硬と称するにふさわしい外殻。

 そして数万年分の魔力がこもった内側。

 実力ある鍛冶師である彼女には、そのすさまじさが理解できたらしい。


「分かるか?」


「はい、あたしがこれまで見た中で最も硬質な素材っす……正直なところを申し上げてもいいっすか?」


「ああ、頼む」


「――これを剣にするのは不可能っすね」


「ッ、どうしてだ?」


 フラーゼの口から発せられたのは、トモヤの希望を打ち砕くような言葉だった。

 当然すぐに納得することもできず、その理由を尋ねる。


「簡単な話っす。あたしの錬成のスキルはLv6しかないっす。ですが推測するに、この硬さの物に干渉するにはLv10は必要っす。あたしのレベルじゃ全く届いてない……それどころか、Lv10に到達した鍛冶師なんて過去を遡っても一人や二人程度しか存在してません。その時点で、もう不可能――」


「あっ、錬成スキルなら俺が持ってるから大丈夫だ。Lvも10超えてるし」


「泣きそう」


 フラーゼはその場で両手を床に置き四つん這いになり、ショックを受けていた。

 創造のスキルだけではなく、錬成のスキルまでトモヤが保有しているとは思っていなかったのだろう。

 トモヤが慌てて謝罪すると、フラーゼは呆れたようにため息を吐きながら立ち上がる。


「まあいいっすけど。もうトモヤさんが何をしようと驚いたりしないっす! それじゃあ話を先に進めるっすね!」


「お願いします」


 気を取り直して、フラーゼは説明を再開する。


「錬成のスキルを持っているのなら、第一関門はクリアっす。けど問題は他にもあります。まずこの素材を一部だけ削ったりすることは無理みたいっすね」


「どういうことだ?」


「二重構造になってるからっす。外層が硬質な核、そして内部が大量の魔力……おそらくですが、外層の一部を削り取った時点で中身の魔力が外に溢れるっすね、この形ですと」


「なら、どうすればいいんだ?」


「まあ、圧縮……という方法になるっすかね。魔力を中に閉じ込めたままで、外層の形を変えて剣に創りかえるのが一番だと思うっす。難易度があがる分、必要となる錬成のレベルがあがるっすけど。15くらいっすかね。けどLv15なんて過去に一人として――」


「それなら大丈夫だ。15も超えてる」


「泣いた」


 お馴染みの会話を繰り返し、結論が出る。


「じゃあ、さっそくその圧縮を試してみるよ」


「はいっす!」


「がんばれ、トモヤっ!」


「おう」


 フラーゼを含む三人に見守られながら、トモヤはさっそく実行に移す。

 終焉樹の核に触れる。イメージするは一振りの剣。

 錬成Lv∞――発動。




「――――なんだこれ」


 完成品を見て、トモヤは思わずそう呟いた。

 そこにあるのはお世辞にも剣とはいえない歪な形をした何かだった。

 サイズは随分と小さくなっているが。

 いや、もしくは幼稚園児が粘土で剣を創り上げたかのような、そんな表現なら適しているかもしれない。


 だからといって、決してトモヤの想像力が幼稚園児並みというわけではない。

 創造のスキルを使えば普通の剣を創れるのが良い証拠だ。

 となると、別の要因を探す必要がある。


「フラーゼ、どうなってるか分かるか?」


「ちょっと見せてくださいね。ふむふむ……」


 しばらく唸った後、フラーゼは「ああ」と閃いたような声を漏らした。


「何か分かったのか?」


「まだ推測の範囲ですけど、それでもいいっすか?」


「ああ、頼む」


 頷くと、それを確認したフラーゼは言った。


「おそらく、内部で魔力が結晶体になってるっす」


「結晶体?」


「はい。ご存知の通り、普段の魔力は気体に近い性質っす。けど、この中はあまりの魔力密度に高さによって魔力の一部が固体に近い性質――結晶体に変化してるんです。それだと外層を変形させようが、その結晶体が邪魔になって思い通りに錬成することができなくなってるんです」


「……ふむ」


 フラーゼの説明を聞き、トモヤはビニール袋に入った氷を思い浮かべた。運動部がアイシングによく使用するやつだ。

 いくら外側のビニール袋を押したりして小さくまとめようとしても、氷という固体が存在する限り思い通りの形に変えることは不可能。

 それに似たことが終焉樹の核にも起きているのだろう。


 同時に、一つの発想がトモヤの中に浮かぶ。

 ならば、中にある氷を――結晶体を砕き、もとの魔力に戻してやればいいのではないか。そうすれば錬成も可能になるはずだ。

 結論。もう一度、錬成を使用し、力ずく結晶体を砕く。


「というのはどうだ?」


 トモヤは自分の考えをそのままフラーゼに伝える。


「そうっすね、未知の範囲ですけど試してみる価値はあると思うっす」


 賛同も頂けたことで、実行に移すことにする。

 錬成Lv∞発動。

 今回に限っては、核の外殻の形を変える過程で邪魔するもの(結晶体)が存在したとしても、遠慮なくすりつぶす。

 さあ、始めよ―――――











 ドクン











 それは、遥かな記憶。


 外殻が壊れる。

 魔力が漏れ出す。

 ああ、早く元に戻さなければ。

 創造発動――外殻の一部を補強。

 間に合った。

 よかった。

 もしそのままならば。

 もう少しで、“俺”は――――


「――――トモヤ!?」


「ッ!?」


 自分の名を呼ぶ声がした。

 聞き慣れた彼女の声を聞き、トモヤははっと意識を取り戻した。

 目の前で心配そうな表情を浮かべていたリーネが、ほっと安堵の息を吐く。


「どうしたんだトモヤ。とつぜん呆けたりして。顔色も悪い」


「俺が呆けた……?」


 一瞬、リーネの言っている意味が分からなかった。

 冷静になって落ち着いてから、ようやく理解する。

 そうだ、たしかに自分はいま、何かに思考を奪われていたと。


 視線を落とす。そこにはさきほどと変わり映えしない歪な形の剣があった。

 もくろみは失敗したのだろう。

 続けて、辺りを見渡す。

 リーネだけではない。ルナリアやフラーゼも、心配そうな表情でトモヤのことを見ていた。

 何かを言わなければと思った。


「すまない、大丈夫だ。剣を創るのは失敗したみたいだけど」


「そうっすか。なら、いいんすけど」


「ほんとに大丈夫? トモヤ?」


「ああ」


 寄ってきたルナリアの頭を優しく撫でる。

 するとようやく、彼女は安心したように表情を綻ばせる。

 決して強がりではなかった。

 今はもう、トモヤの体のどこにも異常は感じられない。


 ふと、フラーゼが口を開く。


「それにしても失敗っすか。錬成を用いて結晶体を押し潰すこともできない。こうなったらもう、直接中の結晶体を攻撃して壊すくらいしか思いつかないっすね」


「そんなことが可能なのか?」


「不可能っすね~」


「っておい」


 思わず素でツッコんでしまう。

 けどまあ、それは当然だろうとトモヤも思った。

 外殻を壊すことなく内部のみ攻撃するなんて、どれ程の高い技術を持った達人でなくてはならないのか。

 残念ながらトモヤは力などに関してはステータスによって常軌を逸しているが、技術に関しては素人。そんなことはできない。

 それを可能にするスキルにも心当たりはな――


「ってあぁっ!」


「うおっ、なんだ」


 突然、フラーゼが叫びながら跳び上がる。

 尋ねると、彼女は目を輝かせて言った。


「心当たりがあるっす! 外層を傷付けることなく、中身の結晶体だけ攻撃できる人物!」


「なっ、本当か!?」


「はいっす!」


 だとしたら物凄い進展だ。

 一気に問題が解決するかもしれない。

 そう期待するトモヤの前で、フラーゼが言った。


「グエルド鉱山を越えた先にあるエルフの国。そこにシアさんって方がいます! その方なら、どうにかしてくれるかもしれないっす!」


 そしてその言葉が、トモヤ達の今後の行動の指針となるのだった。

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