第74話 ファベルトニク

 それからさらに一時間後。

 ドワーフの国、最大の都市ファベルトニクに到着した。


「まあ、だいたいは想像通りってところか」


 城壁の中に入り、周りを見渡しながらトモヤはそう呟いた。

 ちなみに既にルナリアは肩から降り、トモヤと手を繋いだ先にいる。


 最大の都市といっても、それほどの大きさを誇るわけではない。

 トモヤとリーネが出会った冒険者の町ルガールに比べても同じ程度だ。

 観光客用に幾つかの宿屋や飲食店があるものの、それらがこの町の売りというわけではない。


 この町にくる多くの者の目的。

 それは、ドワーフ族の類稀なる高水準の鍛冶技術によって生み出される武具や調度品であった。

 その証拠に、それらを取り扱う店が圧倒的に多い。武具などを売る店は石造りの外観そのものが凝った造りになっており、それを眺めるだけで面白い。

 店主にとって、何よりまず初めに自分の技術を主張できる場所、それこそが店の在り方なのだという。


「……懐かしいな」


 その光景を眺めながら、リーネがそっと零す。


「そういえばリーネは前にもここに来たことあるんだっけか」


「ああ。家を出てすぐの頃、自分探しの一環でな」


「自分探しだったのか……」


 まさかの真実である。


「それで、以前言ってたリーネの知り合いの店はどこにあるんだ?」


 トモヤは続けて質問を重ねる。

 そもそも、この北大陸に来た理由はリーネの知り合いに会って剣を打ってもらうためだ。

 長きに渡る旅の末、ようやく目的が叶うことになる。


「ああ、工房はこっちだ。付いて来てくれ」


「分かった」


 リーネの言葉に頷き、トモヤ達は目的地に向かい始めた。

 大通りから外れた路地裏を、リーネは久しぶりに来たというのに迷うことなく突き進んでいく。

 普段はこの辺りに観光客は来ないのだろう。どんどんと建物や道の風貌はさびれていく。この先にリーネの知り合いが本当にいるのか疑問に思えてくる。


「着いたぞ」


「……ここが、か」


 リーネに連れられて辿り着いた先は、大きさだけは立派な、けれどもボロボロな外観の工房だった。店ですらない。トモヤが訝しげな表情を浮かべていると、リーネが説明を加えてくれる。


「ああ、ここの主は基本的に仲のいい相手からしか生産依頼を受け付けていないんだ。そのせいか、建物の外側にこだわったところで仕方ないという考え方の持ち主でな。その分、腕は確かなのだが」


「なるほどな」


 完全な職人気質というわけか。

 どんな人物なのだろうかと考えるトモヤの横で、リーネが軽く戸をノックする。


「フラーゼ、いるか? 私だ、リーネだ。以前約束していた剣を創ってもらいに来たぞ」


 しかし、何も言葉が返ってくることはなかった。


「? だれも、いないのかな?」


 ルナリアはきょとんと首を傾げながらそう呟く。トモヤも同様の感想だった。

 しかしリーネだけはトモヤ達とは違い――


「入るぞ」


 ――迷うことなく戸を開け中に入った。


「ちょっ、リーネ、勝手に入って大丈夫なのか?」


「ん? ああ、別に構わないだろう……というよりも、彼女が呼び掛け程度で外に出てきた記憶がこれまでにない」


「……それならまあ、いいか」


 ここの主と最も親しみ深いリーネがこう言っているのだ。特に疑うこともないだろう。


 ルナリアと顔を合わせてお互いにこくんと頷いた後、リーネの後に続く。


 建物の中に入るとまず小さな部屋が広がり、そこからは雑多な印象を受けた。武具の素材に使用するであろう鉱物から、錬成に用いる道具まで、なんともまあ無造作に散らかっている。

 本当にここの主の腕は確かなのかという疑問を抱きながらも、リーネに続いて前に歩いて行く。

 そして、その先にある二つ目の戸を開いた。


「っう、おぉ」


「わぁ……」


 その中の光景を見た瞬間、トモヤとルナリアは思わず感嘆の息を吐いた。

 そこに広がる空間は、一つ目の部屋の何倍も大きい。

 尤も、トモヤ達が目を引かれたのは部屋の大きさにではなかった。


 石造りの壁には、様々な武器が立てかけられていた。

 剣、槍、弓、盾などに至るまでその種類は様々だ。その刀身の輝きから、大して武器に詳しくないトモヤでも優れたものだと一見して分かる。


「……ふぇ? ああ、誰かと思えばリーネさんじゃないっすか! お久しぶりっすね!」


「ああ、そうだな、フラーゼ」


 聞き慣れない声がトモヤを現実に引き戻す。

 部屋の中心に視線を向けると、そこには一人の少女がいた。


「っと、ところで、そちらの方々は知り合いっすか?」


「ああ。私の旅の仲間だ」


「ほえ~、あのリーネさんと一緒に旅をするほどの方々っすか。なるほど」


 そのような会話の後、フラーゼと呼ばれた少女は手に持つ歪な形をした、恐らく鍛えている最中の剣をことんと地面に置く。

 そしてゆっくりと立ち上がると、トモヤとルナリアに向き直る。


 140センチほどの小さめな背丈。身に纏う服は、レザー製の、体の要所要所のみを隠す露出の多いものだ。美しい肌が大胆に空気にさらされている。

 容姿に関しては、琥珀色の髪を首元まで伸ばし、髪色を少し濃くしたようなぱっちりと開かれた瞳が特徴的だった。綺麗というよりは可愛いといった風貌。


 そんな子供みたいな容姿を持ったフラーゼは、にっと笑って言った。


「どうも初めまして、あたしはフラーゼっす。リーネさんと旅できるなんて、貴方たち凄い人っすね!」


 開口一番、リーネに対してちょっと失礼だった。

 心の中で、トモヤもちょっとだけ賛同した。

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