第69話 添い寝②

「るるる、ルナ!? なな、なんでそれが分かったんだ!?」


「? だって今のリーネ、そんな顔してたから! たしかトモヤが言ってた……おとめの顔? だっけ?」


「ちょっと待て。君は普段トモヤからどんなことを聞かされているんだ」


 それだけは、動揺状態の今でもきちんと訊いておかなければならないことだと思った。しかし、目の前にいる少女はそんなことを気にする様子はなく――


「はい、どうぞ、リーネ!」


「……ルナぁ」


 トモヤの腕の中からごろごろと転がって(可愛い)離れたルナリアは、何の含みもない満面の笑みでリーネに向けてそう告げた。

 空いたスペースをリーネに譲ってくれたのだろう。


(わ、私はどうするべきなんだ!?)


 トモヤの腕の中で眠ること。それに興味がないと言えば嘘になる。

 しかしだからと言ってこの状態……トモヤが寝ている間に、勝手に彼を利用するようなことをしてしまっていいとは思えない。


「……どうしたの、リーネ?」


「ああっ、そんな無垢な目で見ないでくれぇ!」


 葛藤するリーネを不思議そうな目で見るルナリアに気付き、思わずそんな反応をしてしまう。

 そうだ、本当は分かっている。いまトモヤの横で自分が眠ったとしても、彼はそれで怒ったりはしないということを。それなのに今もこうして悩む理由……それは単純に、恥ずかしいからだ。


 そんな折、不意に、リーネのもとに天啓が下る。


(いや、待て。逆に考えよう、これは恥ずかしさに耐える特訓なんだ。心を鍛えるためのトレーニングの場なのだ! そうだ、何が逆なのかは全然わからないがそういうことなんだ! そういうことにしよう!)


 ――リーネは逆転的発想を手に入れた。


「よし、参る!」


「? 急にげんきになった」


 自身に洗脳を施し気合を入れたリーネは、覚悟と共に“その場所”にすっと体を滑り込ませる。

 そう、横向きに寝転ぶトモヤのすぐそばで、自分も横になった。


「うんうん、わたしはこっち!」


 それを見て、ルナリアは満足したように頷きながらトモヤの背後に周り寝転ぶ。

 リーネとルナリアで前後からトモヤを挟む形になっているというわけだ。


(も、もう後には引けない……!)


 そこに辿り着いたリーネは、自分の顔が真っ赤になっているのを感じながらも、その身をそっとトモヤに寄せた。普段ルナリアがやっているように、自分の頬をトモヤの胸元にすり寄せるように。すると、トモヤの体温が直に伝わってくる。


(あ、暖かい……それに見た目とは違って、意外とがっしりしているんだな……わ、私は何を考えているんだ! こ、これはただの添い寝だ!)


 いまさら過ぎる言い訳を自分に向けて叫び、胸の高鳴りを感じつつもそのままの状態でじっとする。

 なんというか、不思議な気分だった。普段は軽口を言い合う相手とこうして体をくっつけて眠っていることが。

 けれど、嫌な気分ではない。むしろどこか心地よい。


(もし君が起きていたら、君は私と同じように思ってくれるんだろうか? ……いや、何を変なことを考えているんだ私は。最近はこんなのばかりだな……まあ、そもそも、勝手に添い寝していることがバレたら、まず初めに私の心臓が壊れてしまいそうだが)


 そんな突拍子のないことを考えて、リーネは心の中でふふっと笑う。

 ぽかぽかとした暖かい陽光、そしてトモヤの腕の中の不思議な心地よさに包まれるうちに、自然とリーネは眠りに落ちていくのだった。



 ◇◆◇



(目が覚めた時、天使二人に添い寝されている確率と、その時の俺の心情を答えなさい)


 まどろみの中から意識を取り戻し――真っ先にトモヤは、現実逃避をするかのごとく、そんなことを心の中で誰かに問うた。

 当然、答えてくれる者はいない。


(いや、ほんとマジでなにこれ? 何なの? モテ期?)


 語彙力と思考力を失ったトモヤは、何とか現状を把握するべく分析を開始――しようとした瞬間、目の前にいる一人目の天使がゆっくりと口を開く。


「……んんっ、とも、やぁ」

「―――――!」


 普段とはまた違った艶めかしいとろけるような声が、そこにいるリーネから耳の中に飛び込んでき、そのままトモヤの脳を溶かしていく。彼女の閉じられた目からも、それが寝言だということは分かっている。いや、もしくは寝言だからこそ、そんな風に名前を呼び出されただけで何だか色々とやばかった。


 むにょん


(追撃だと!?)


 それだけではない。トモヤの胸と腹の付近に、この世のものとは思えない柔らかな感覚が襲来する。

 そこでふと気づく、なぜかリーネは上着を脱いでおり現在は薄着だった、そのため彼女の双丘の感覚が一際ダイナミックに伝わってきて……


「トモヤ、だいすき……」


「――――! ルナも、だと?」


 背中に抱き着いてくる二人目の天使であるルナからも、そんな寝言が聞こえてくる。続けて彼女の寝息がそっとトモヤの首筋を撫で、ぞくりと背筋が震える。これはまずい、再び新たな扉が開かれそうになる!


(ほ、本当になんなんだこの状況……夢か? 俺はまだ夢を見ているのか? いや、この骨身の芯まで伝わってくる感覚的にこれは間違いなく現実……)


 疑問はある。

 動揺もある。

 様々な葛藤も生じる。


 そんな中で、トモヤは強く思った。






「やったぜ」





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